2.
邸へ帰って来て早速、サーシャに急かされてバスルームに入れられた。
たっぷりお湯がはられた湯船に入れられ、メイドたちに体中を磨き上げられて、髪を洗われたかと思うと、すぐにバスルームから出され、髪を乾かされ、梳かされ、エランジュの香りのするオイルを髪に塗られ、また梳かされる。
「ふわー。ごめんね、皆。急がせて」
私は結局座っているだけなので疲れないのだけれど、周りが大変そうで申し訳なくなる。
「ところで、お嬢様。今日はどうしてこのように遅くなられたのでしょう?」
サーシャが再び聞いてくる。
いつもだったら、もう少し早い時間に帰って来ていたのに、今日に限ってディナーの直前とか、それはメイドも困るわねえ。
バスタイム上がりのホワホワした気分のまま、水分補給のリモーネ水を飲みながら答える。
「街で変なのに追いかけられちゃって…」
「変なの…ですか?」
「黒髪で、体型を隠すようなフードを被ってて、しかも兄様や父様みたいな切れ者って感じの…」
「それはもしや…」
「不審者ね」
バッサリと切った。
誰に自慢するわけでもないけれど、我がアルドロワ伯爵が収めるこの地域は、皆温厚で優しくて働き者な良い人たちが集まっている。
まあ、たまにやんちゃする人もいるけれど、兄たちが目を光らせているから、悪って感じの人は街に来ないし、来たとしても兄たちに勝てるとは思えない。
そんなわけで、移住してくる人も多く繁盛しているのである。
そんな人たちの中において、あの男は異質だった。
そう、浮いている…いや、浮いていた。あまり無茶なことをしそうであれば、兄たちに報告が行くだろうし、私も歩かされただけで特に危害は加えられていないし、ここは様子見が一番だろう。
…にしても、あの不審者。いったい何が目的だったのか…?
「さ、お嬢様。出来ましたよ。こちらに着替えてくださいな」
その声に考えを一時中断して、私はディナー用のドレスに着替える。
確か、今日は王宮で生活している姉が帰って来るはずだ。隙を見せないようにしないと…。
そう考えて、私は家族が揃うダイニングルームへと向かうために部屋を出た。
「久しぶりだな、アンネマリア」
「ええ。お久しぶりですお父様、お母様。」
そんな会話が玄関から聞こえてくる。どうやら、姉が到着したようだ。
両親や、兄たち、私の部屋は3階にあり、2階はメイドたちの部屋、1階には応接室やダイニング、ホールなどが誂えてある。ダイニングにもっとも近いのは玄関から延びる階段なので、私はそこを降りていたのだが、降りてくる姿を見つけたのか、姉が両親への挨拶もそこそこに私に向かってダッシュしてくる。
おい、淑女はどうした!
「エリーズ!!ただいま!姉さま帰ってきたわ!!」
タックルのあと、流れるようにホールドですか、そうですか。ちょっと、背中が痛いのですけれど!!
「お帰りなさい、姉さま。・・・い、たたたたた!!折れる!折れる!!姉さ、ま」
「…あら、ごめんなさい。姉さま、嬉しくって。」
金髪を後ろに結い上げた姉さまが、世間のイメージぶち壊しで迫って来るのはどうしたら良いですか?
この国の王太子殿下である、ユリウス・アストランダム王太子殿下をその儚げな美貌で落とし、あれよあれよという間に王太子妃殿下となるべく王宮で勉強をしている姉。サラサラの金髪に紫の瞳を持ち、一度見たら忘れられない美貌を持つ王国一の美女。王太子妃にならなければ、近隣諸国から結婚の申し込みが殺到していたくらい、優しくて、頭が良い自慢の姉である。
・・・そう、人前では。
実家である我が家に帰ってくるたび、これである。儚げな見た目に反して、意外と元気なのだ。家の姉は。
「相変わらずだな、アンネマリア。」
父よ。苦笑していないで止めてくれ。そう、私が先ほど決意した隙を見せないというのは、この姉が隙を見せたら最後、飛びついてくるからである。
食前の今はまだ良いが、これが食後だと思うと・・・。うん、気を付けねば!!
私が再度決意を新たにしていると、姉が私に話しかけてきた。
「ねえ、エリーズ。最近何か変わったことはなかった?」
「最近?・・・特に」
「そう。今日、エリーズが変質者に追いかけられていたと報告が…」
「「「何だと!!」」」
後ろから3人分の怒りが感じられる。見なくてもわかるけれど、一応振り返って挨拶だけはしておかなければ。
「兄様たち、お帰りなさい。」
「ただいま、エリーズ。姉さん、今の話って…?」
「変質者って何?」
「そんな報告上がってきていないぞ」
父まで…。ここは一応玄関ですよー?
そんな男3人を見ながら、母はあらあらなんて言っている。
ど、どうしよう。このままでは、ご飯が追求のせいで美味しくなくなる!!
サーシャにすがるが、首を振られた。そんなー!!
「詳しく聞かせてくれ、アンネマリア」




