金ヶ崎衛人きゅん 其の1
異世界の魔王の転生体、金ヶ崎衛人。
金ヶ崎韲人の次男として誕生。
次男として誕生したが、実際には28人目の子供であった。
金ヶ崎家は代々西園寺家という、鳳凰院家というビックネームと並ぶ、超金持ち企業の代表の暗部として、表向きには西園寺の子会社の普通の企業だが、裏側では決して公表出来ない汚い仕事を請け負ってきた。
その仕事に必要な能力の一つに、“速やかに、かつ無手で行う頸折りの暗殺術”というモノがある。
頸十字。
対象の首を片腕で完全に固定し、空いた手を眉間にあて、頭上から見るとまるで十字を書くように押し折る技。
これを1秒で出来れば金ヶ崎の子供として名乗れ、出来なければ、この技の練習台として活用された。
金ヶ崎の子供は生まれてから、西園寺が所有しているとある山の隠れ家で育ち、都合の良いように教育される。
そしてこの技を5才の誕生日に誕生プレゼントとして、1匹の生きた鶏と共に贈られる。
最初の試練。鶏の頸を折れれば、そのままその肉が食卓に並び、出来なければ“見込み無し”と判断され、練習台として次の兄弟が8才になるまで幽閉される。
鶏の次は豚。今度は筋力が足りなければ首は折れない。
これは8才の誕生日に行われ、この3年間に必要な筋力を手に入れられなければ、勿論死を待つだけの幽閉生活が与えられる。
そして、それが出来れば次は、本番だ。
次は兄弟を殺す。
勿論彼らは自分たち兄弟がいることを知らない。
勿論彼らは倫理的教育を一切受けていない。
故に彼らは頸を折った相手がどうなろうと気にしない。
衛人は、そんな金ヶ崎家に生まれた。
5才の誕生日、彼の目の前には生きた、そして縄で縛られ動けないでいた鶏が一羽。
「習ったように頸を折りなさい。そうすれば今日の誕生日はお前の望む鶏料理を出そう」
前の27人の兄弟たちは全員嬉々として鶏の頸を折った。
「…、できません」
が、衛人は断った。
彼は知っていたのだ。
死が、どういうモノか。
外で遊んでいる際に、見つけた怪我をした小鳥。
怪我をしたことの無い衛人には動けなくなっている鳥が理解できなかった。そして、衛人の手の中で鳥は段々と弱り、ついには冷たくなってしまった。
母親が死んだ鳥を手に乗せている衛人を発見すると、衛人は彼女に訪ねた。
「…うごかない。つめたい。…、これは?」
母親は衛人から死骸を取り上げ、
「これは、死です。生命の活動停止。そして我々に日々の糧を与える、もしくは与える過程になるモノです」
「し?」
「いずれ理解できるでしょう。…、いえ、貴方達は理解しない方が…」
きっと幸せでしょう。
そう言って、彼女は使用人を呼び小鳥の死骸を処分させた。
そして次の日、母親が死んだ。
なぜ死んだのかは衛人には解らなかったが、母親の言葉を思い出し、目の前にいる冷たくなった母に目をやると、もう二度母にはと会えないことが理解できた。
理解した途端に、震えが止まらなかった。
自分もいずれこんな風に冷たくなってしまうのか?
知識が無くとも、本能が衛人の肢体を震わせた。
別に鶏の頸を折るのに抵抗があるわけではなかった。
母は言っていた。日々の糧を与えるモノとも。
自分が普段食している肉は、別の誰かが生物を亡きものにし、それを自分が食べていたのだ。
自分でそれをしろ、と言われても別段なに可笑しいとは思わない。
しかし、動けないでいる鶏を見ていると、不意に死んだ母の顔が重なったのだ。
いずれ、自分も冷たくなって死んでしまうのだ。
そう思うと手が震えた。
父は深くため息をつくと、ここで躓くのはお前が初めてだ、と言い、部屋から出た。
その後、使用人が表れ、今までで知らなかった地下へと続く厳重な扉を開き、そこにあった牢獄へ衛人を閉じ込め、扉を閉めた。
嗚呼、自分はここで死ぬのか。
ここで冷たくなっていくのか。
人生で初めて飢餓を知ったのは5才になったこの頃だ。
幽閉されても食事は出てきたが、恐らく、二日に一回の質素な食事であった。
幸いに、部屋の隅にある洗面台の蛇口を捻れば水は出た。
地下で日が指さない為、時間が分からなかった。
正直、もうお腹が空きすぎて、次の食事が何時か、それしか衛人は考えられなくなってきていた。
時間ーーー
ふと意識したのは次の食事まで、どれ位かかるか、であった。
次の食事がどのタイミングで来るか判れば、我慢も多少できるのではと考え、時間を計ることにしたのだ。
それに、他にすることも無い。動けばそれだけ腹が減る。
1・2・3・4・5・6・7・8・9ーーーー
80900・80901・80902ーーー
ガタン、ガタンガタン
「飯だ」
約80900秒。3600で割ると…だいたい22時間。1日一回か…。
とりあえず1日寝て、今度は24時間を仮定してカウントしてみよう。
5才児が1日徹夜したのだ。眠くないはずがない。
1日おいて衛人はまたカウントし始める。
それを何日も続けていると、いつの間にか逆算から割り出した、正確か分からない24時間であるが、一秒も違えずカウント出来るようになっていた。
「…いつもより、2分、遅かったね」
その言葉が、衛人の“金ヶ崎の異端児”と呼ばれる引き金となったのだった。