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お隣さんがダンジョン運営してました  作者: 榊坂さかき
お隣さんがダンジョン運営してました
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お隣さんがダンジョン運営してました9

「戦力補強をお願いしたら脱衣トラップを考えろと言われましたー。

意味わからないので、とりあえず笑っておいたんですけど、

そうしたら燃やされそうになりました。

……私、ダンジョンの松明か何かだと思われているんですかねー?」


状況だけ聞くとキョウコさんが一方的に酷い目にあって可哀想に思えるが、

それだけではなく、どうせ燃やされるだけの何かをしたに違いない。

キョウコさんがふざけてレイちゃんに燃やされるという流れは、

もはやこのダンジョンの定番と化している。


「ふーん。まあ、燃やされそうになるのは

いつものパターンだから放っておくとして……。

脱衣トラップを考えろというのはどういうことなの?」


今はダンジョンの点検中だった。

男としては脱衣トラップという響きにロマンを感じるが、

真面目な話として考えると脱衣させることに意味があるのか疑問だ。

そんな手間を掛けるなら、倒してしまった方が早いと思う。


「んー、私達の収入源の一つは冒険者の装備をはぎ取ることなので、

要するに無傷で防具を手に入れろってことですねー。

そんな面倒なことは言い出したレイがやれば良いのに、

なんで私が罠を考えなければいけないのか意味不明ですー」


「なるほど、それで脱衣トラップか。

でも、装備を脱がすのって、命を奪うより難しそうだな」


装備の売却を視野に入れた状態で、しかも罠で奪うとなると大変だ。


「手段も面倒ですが、評判の方も問題ですねー。

最初は引っかかってもらえるとしても、脱衣トラップがあるなんて評判が立てば、

下心ある人間が悪用しようとするので、結果として人が来なくなるんですよ。

あの脳筋ババアはそういったことまで考えていませんからねー。

その辺はサラさんに任せておけばいいのに……」


「あら? 誰が脳筋ババアですって?」


「ぎゃあああああああ!!!!

ちょ、だから何でいるんですかッ!?」


キョウコさんが悲鳴をあげた。

オレも声こそ出さなかったが、内心ですごい驚いた。

気が付いたら背後に居るんだもの。


「アナタ達がいつまでも戻らないから心配して見に来たのよ」


レイちゃんは堂々とそんなことをのたまう。

それに対してキョウコさんが反論する。


「まだ全然時間かかっていませんけどッ!?」


「それより防具を剥ぐトラップが考え無しとはどういうことなのかしら?」


「話を逸らさないでください!」


「燃やすわよ?」


「燃やせるものなら、燃やしてみやがれですー!」


普段の三倍ほどの火炎量がキョウコさんに襲いかかった。

久しぶりに、これは逝ったのではないかと思う。


鎮火し、すすだらけになった壁に踊るような白い人型がくっきり残っていた。

キョウコさんは死ぬ直前に踊り出すタイプらしい。

ていうか、なんでそんな両手と片足を上げた格好がとっさにできるのさ……。


一見すると、キョウコさんが一方的に酷い目にあって可哀想に思えるが、

事実その通りの気もするのだが、

挑発するほうもどうかと思うのでいまいち同情できない。


とりあえず、キョウコさんが入口から帰ってくるまで、

レイちゃんには、オレの方から脱衣トラップは、

評判が悪くなることを説明しておくことにした。


話を聞いたレイちゃんはふるふると震えだし、

そして輝かんばかりの笑顔が咲いた。


「なるほど! さすがお兄様は聡明ですわ!!

これは私が浅はかでしたわね」


レイちゃんはうんうん頷きながら尊敬の篭もった眼差しを向けてくる。

……まあ、キョウコさんの言ったことをそのまま言っただけで、

そんな眼差しを向けられると心が痛む。


ただ、脱衣トラップというアイディア自体は、

惜しいところまでいっているような気がした。

そう思ったオレはこんなことを口にしていた。


「評判が悪くなる理由ってさ。

つまり罠にかかった冒険者が裸になることが問題なんだよね?

だったら、罠にかかった冒険者の防具と、

こっちが用意した安物の服に取り換える罠なら問題ないんじゃないかな?

脱衣トラップじゃなくて、着せ替えトラップなんてどうだろう?」


食いつく勢いでレイちゃんは話を聞いていた。

話に合わせて瞳がどんどん大きくなっていく感じの表情が怖い。


「ちょっと待ったーー!!

二人だけで話をすると嫌な方向に行きそうなので、

私も話に混ぜてもらえますかっ!」


「あら? まだ生きていたの?

本当に雌狐は虫のような生命力ね」


反対側の壁がぺろりとめくれて、キョウコさんが現れた。

どうやら、壁の色と同じ布で隠れ蓑の術をしていたらしい。


そんなキョウコさんに向かって

レイちゃんは火炎放射を容赦なく放った。

間髪いれずにキョウコさんはジャンプで飛んで避ける。


……話すくらいの時間があっても良いのにと思うが、

なんでこうも示し合わせたかのように戦い始めるのか。


火炎放射を華麗な動きで避けたキョウコさんは、

スタッと着地を決めると静かに笑い始めた。


「ふっふっふっ……ふふ……、

ちょ、待って、降参です、実は結構無茶したもので……」


どうやら見栄を張っただけらしく、

キョウコさんは疲労で倒れこんでしまった。


そんな寝ているキョウコさんに、レイちゃんは無言で近づいて、

至近距離で手から炎の玉を出して燃やした。本当に容赦ないな……。


キョウコさんは、寝返りを打って避けていた。

ほぼ脊髄反射と思えるほど、意識の無い動きだったのは、

染みついた習慣の成せる業だからだろう。


……ギリギリで最後の火炎を避けたのは、

まあ、さすがというか、すごいと思うけどそこまでだ。

もう動かない。


「くすくすくす、まだまだ修行不足ね。

でも、お兄様に面白いことを教えてもらいましたわ。

脱衣がダメなら着せ替えれば良いとは流石です」


「……それ、実現しようと思ったら、

どんな仕掛けの罠を作れば良いんですかね?」


「あ」


掠れた声でキョウコさんは的確なツッコミをしてきた。

なるほど。アイディアはともかく、実際に作るとなると無茶だ。


「そうだな。ちょっとどういう罠なのか想像できないな」


「ご安心ください。お兄様」


キョウコさんの青い顔から色が消えて白くなった。


オレにはどうしてそうなったのかわからないが、

レイちゃんの「ご安心ください」という言葉が、

キョウコさんの心に何かの絶望を吹き込んだのは間違いなかった。


「ここに罠の専門家が居ます」


そして、一名がさらなる地獄の底に落ちた。



◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□


「エイジ君、責任取って後で手伝ってもらいますよ。

あんなことをレイの前で言えば、

こうなることは火を見るよりも明らかだったじゃないですかー」


「いや、ごめん。

そうなのかもしれないけど、

レイちゃんってオレに対しては態度を変えるから、

他の人がどういうことになるのかちょっとわからなくて……」


あの後、取りつく島も無く、

レイちゃんはキョウコさんに着せ替えトラップの試作品を提出することを命じ、

そのまま用事があると言って居なくなった。


帰ってくるのはキッカリ二日後とのこと。

それまでに作れということらしい。

難題だけ残してレイちゃんは消えた。

いったい何をしに来たのかが最後まで謎といえば謎だった。


キョウコさんが今にも死にそうな声で言う。


「……とりあえず、済んでしまったことは良いですよー。

それよりも、徒労に終わりそうな難題に取り組まなければならない状況が地獄です。

ギロチンで首を刎ねたあと、動かなくなった死体から装備を奪う方が楽なのに、

なんで動く標的を着替えさせなければならないのでしょうかねー。

お蔵入り確定になる罠を作れとか、

自分で掘った土を自分で埋めるだけの仕事をさせられる気分です」


「うん、なんか本当にごめん。

帰ってきたらオレの方からレイちゃんにそう言っておくから、

着せ替えトラップは作らなくても良いんじゃないか?」


「それがそうもいかないんですよねー。

……たぶん、私がトラップを作ることを、

エイジ君に手伝わせるのが本当の目的っぽいですからー」


「え? それってどういうこと?」


「エイジ君には今まで雑用ばっかりさせてきたんですけど、

そろそろ専門的な部分も少しずつ吸収させようということでしょうねー。

何も私にまでこんな嫌がらせしなくても良いのに……」


「確かに回りくどい上に面倒な方法だな」


「というわけで私は帰るので、後は頼みましたよー」


「いやいや、待て待て!

さりげなく点検もろともサボって居なくなろうとするなって!」


「チッ」


とりあえず、まずはダンジョンの点検を終わらせることにした。



◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□



点検と、今日やるべきことが全て終わって、

オレ達はダンジョン最下層に移動した。


最下層には倉庫や工房など、

裏方で使う部屋が集まっている。


『危険物取扱注意』とラベルの張られたいかにも怪しい棚や、

『貴重品』と書かれて固く施錠されている箱などを見ると、

遺跡荒しになった気分で漁ってみたくなる。


少し探し物をすると言って消えたキョウコさんが、

奥の暗い部屋から戻ってきた。

入口に倉庫と書かれた札があるので、倉庫で何かを探していたらしい。


「倉庫を探してみたら、実験的に作った脱衣トラップが残ってました。

参考になるかもしれないので、一緒に見てみましょうか」


そう言ってキョウコさんは一枚の壁の前にオレを連れて行った。

四方の長さ五メートルくらいの壁で、

ダンジョンと同じ灰色の石で出来ていた。

地面に鉄製の留め金で固定されていて、

壁の前の地面にスイッチらしき印が描かれている。


この印の描かれた床を踏むと、

罠が発動して壁の脱衣トラップが作動するらしい。


「さあ、では、エイジ君、どうぞ」


そう言ってキョウコさんはオレにスイッチを勧めてくれた。

どうぞって何だよ? 踏めってことか? 嫌だよ。


「嫌に決まってるだろ。

キョウコさんが持ってきたんだから、

自分で引っかかってみてよ」


「脱衣トラップと知っておきながら、

女の子に勧めるのはどうかと思いますよー」


「そういうの卑怯だと思うし、

相手がキョウコさんなら良心が痛まないから、

オレは庇おうとか思わない」


「さりげなく、私すごい粗末な扱い受けてません!?

いつからですかー!? いつからそんな扱いにッ!?」


「強いて言うならダンジョンに馴染むにつれてかなぁ……」


レイちゃんに(生死を左右するレベルで)

弄られるキョウコさんを見るあまりに、

毒されてしまったのかもしれない。


特に問題とは思わないので、このままで良いような気はする。


「あっれー? おかしいですねー。

最初はどちらかというと、

私に惚れている感じだったと思ったのですが……」


「無かったとは言わんけど、もう関係ないからな。

それより、別に実演しなくても、罠の説明だけしてくれれば良いんじゃないか?」


「正直、最初から何も無かったよりも、

気があったけど無くなったという方が精神的にダメージ受けますねー」


「言うほどダメージ受けているわけでも無いくせに」


「……まあ、そう言われたらそうですけどー」


それだけ言うとキョウコさんは、

壁の上部を見たり下部を見たり何か考え込んでいるようだった。

思ったより罠の説明は面倒なのかもしれない。

そんなことを考えている時だった。


「エイジ君、あそこにあるのは何だと思いますか?」


「え? あの天井間際?」


良く見えないので目を凝らそうとする。

すると足に何かが引っかかって体勢が保てなくなった。


「おっとっとっと!

え! ちょっとキョウコさん!

何で足を前に突き出して……って、

お前、足引っ掛けやがったなッ!!!」


「一名様ご案内ですよぉ」


カチリと足元でスイッチの入る音がした。

どうやら足を引っ掛けられてスイッチまで誘導されたらしい。


「見損なったぞ! この堕落キツネめ!!」


「そりゃあ罠師ですから、普段から罠の一つや二つ使いますよー」


「やり口が姑息過ぎんだろ!!

罠っていうか、ただの卑怯だろ、こんなの!!

うわっ! やめろ! なんだこれ!?」


大量の紐が身体に巻き付いてきた。

どうも粘着性があるらしく、衣服にくっついて取れない。


「触手か!? このネバネバした細い紐状のものは触手なのかッ!?」


「触手じゃないですよー。

そうですねー。蜘蛛の糸とでも言っておきましょうか。

粘着する紐で対象を捕えるアレです」


「嘘だ!

脱衣トラップと言えば、

触手か、服を溶かすスライムと相場が決まっている!!」


「……ちょっと待ってください。

そうだと思っていながら、

さっき私に引っかかれと言ってたんですかッ!?」


恐ろしく強い力で紐が引き寄せられ、

背中からドンッと壁に(はりつけ)にされた。


手と足が動かない、というのはもの凄い不安感に駆られる。

この後、どんな方法で脱がされるというのか。

そんなことばかりを考えていた時に変化は起こった。


熱い。――背中から尋常じゃない熱を感じる。

オレは後ろを見ようとした。しかし、

磔にされた状況では思うように後ろが見えなかった。


ちょっと待て……。

いったい何が起こっている?

服を脱がすだけという話ではなかったか?


「え? ちょっと待て!?

脱衣とか関係無しに、今なんか背中で恐ろしいことが起こってない?

主に焼却トラップっぽい目に遭っているんだけど!?」


「そりゃあ、まあ、トラップだから引っかかって無事じゃ済まないですよー」


無事じゃ済まないっていうのはどういう意味で?


徐々に熱の温度が上がっているような気がする。

このままでは、服を脱ぐどころではなく、

オレの身体が熱で焼けるなり溶けるなりしてしまう。


「ちッ! くそッ!!」


死の危険を感じたオレは粘着性の糸からもがいて脱出しようとした。

しかし、糸は衣服にしっかり絡み付いて身動きが取れない。

その時、閃いた。糸は衣服にしか絡み付いていないので、

服を脱げば脱出できることに。


オレは身体をよじって上半身の上着を脱ぎ、

上半身が自由になると両手を使って、急いでズボンを脱いだ。


自由の身になったオレは、ごろりと地面を転がる。

いったい何が起こったのか、状況を確認するため、

さっきまで磔にされていた壁に振り向いた。すると、

壁にくっ付いていた衣類ごと、壁は回転扉のように反対側に回転し、

何も無い面と入れ替わった。


後には、ただ、いつものダンジョンで見かける、

変哲のない灰色の壁があるだけだった。


あ、糸ごと服を持って行かれた。と思い至ったのは、

息を整える途中で、全部おわってから数秒ほど経った頃だった。


冷や汗がオレの顔を伝う。

オレはキョウコさんを見て言った。


「あのさ、脱衣トラップは評判が悪くなるとか言ってたけど、

この罠で評判が悪くなるとかあるの?

エロいとか考える余裕が無いほど、

すげー、真面目な罠だったんだけど……」


捕まって、服を無理矢理に剥ぎ取る罠なら、

あるいは評判が悪くなるかもしれない。


しかし、罠の脅威から脱出するために、

自ら脱ぐのは自己責任みたいな話になるんじゃないのか?


「いや、なんか、話が盛り上がると面倒臭そうだったので、つい……」


「ついって……」


結局のところ、罠の話題で盛り上がると、

罠師である自分に火の粉が飛んでくるから、

避けたいがためにああいうことを言っただけらしかった。

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