お隣さんがダンジョン運営してました7
ビターン!
オレはおっぱいに顔をひっぱたかれた。
予想の遙か斜めをいくほどの痛みだった。
しなる鞭のごとき一撃だった。
「な……」
オレはおっぱいに攻撃されたという事実に困惑した。
常日頃からたびたび揉みたいとは思っていたものの、
まさかなぶられることになるとは思ってもみなかった。
そしてこれがおっぱいとの人生初のコンタクトだった。
しかし、オレは、このドでかいおっぱいに、
「おっぱいとは凶器だ」
と教え込まれた気分になった。
男が勝手に幻想を抱いているだけで、
おっぱいとはつまり人体における武器のひとつなのだ。
オレは混乱を抑えきれずに、訪ねた。
「ねえ、レイちゃん、
おっぱいって、いったい、
なんなんだろう?」
レイちゃんは自らのまな板を見下ろしながら答えた。
「ただの脂肪のかたまりです。
お兄様、どうか目を覚ましてください」
その言葉でオレの狭かった世界が開けた。
そうか、馬鹿な男が盲信しているだけで、
おっぱいとは、ただの脂肪のかたまりなのだ。
オレってやつは……いや、
男ってやつはなんて馬鹿だったんだろうか。
「どうでもいいから戦ってくださいよー!
さっきからなんで私が3人も相手しなきゃいけないんですかー!?」
キョウコさんが叫んでいた。
四方が全て灰色の石で造られているボス部屋で、
サラさん以外のオレたちと冒険者4人が戦っている。
ダイナマイト・シスターズという
実力以上に火力の高そうなボディと名前を持つ
女性だけで組まれた冒険者パーティだった。
全員の職業が踊り子という構成から、
かなり変わっていることで有名らしい。
……男達からは別の意味でも有名なんだろうな。
レイちゃんがいつもの3割増し冷たい声で言った。
「クスクスクス。脂が乗っていて良く燃えそうね」
「怖いですねー、
持たざる者のひがみっておっかないですよー」
火炎の大蛇がキョウコさんと冒険者3人を呑み込んだ。
「……思ったとおりね。神殿の聖火よりも激しく燃える」
「いやいやいや!
さも当たり前のように私を巻き込むのヤメテもらえますかッ!?」
所々がすすけたキョウコさんが、レイちゃんの隣に立っていた。
一撃で死亡判定を叩き出し、ダンジョン入口に強制送還するレイちゃんもすごいけど、
その攻撃をかわすキョウコさんも、なんだかんだですごかった。
バビターン!
よそ見をするなと言わんばかりに、
巨乳がオレの顔をひっぱたいてきた。
そのあまりの威力にオレの身体は石の壁まで吹っ飛ぶ。
ぶつかった衝撃で、灰色の壁の表面が砕けてひび割れた。
「ぐっ……!」
「お兄様っ!! 大丈夫ですか!?」
レイちゃんがオレのところまで駆け付けようとする。
オレは片手を上げてレイちゃんが来るのを止めた。
「……レイちゃん。オレは大丈夫だ。
こいつ一人ぐらいなら、オレでもやれる」
「で、ですが!!」
「良いんだ。心配いらない。だってさ、オレ、
いつもレイちゃんやキョウコさんに助けてもらってばかりで、
モンスターとして何もできていないから。
だから、せめて、最後まで戦いたい」
「お兄様……」
バビターン! バビバビターン! グッサリ!
「ぐわああああああ!」
「お兄様ァァァァァァァーー!!!!!!!
……おのれ、その乳もぎ取ってくれるわ」
フルコンボで攻撃を食らったあと、
フィニッシュといわんばかりに短剣で刺された。
死亡判定の出たオレは、ダンジョン入口付近に転送される。
そこで、先に転送された冒険者3人におっぱい乱舞で襲われつつ、
どうにかオレは、息絶え絶えとしながらボス部屋まで再び戻ってきた。
そこには心配でしょうがないといった表情を浮かべたレイちゃんがいた。
「お、お兄様……今日はもう休息したほうが……」
「いや、大丈夫だ。
いつまでも甘やかされてもしょうがない。
これも修行と思って頑張るさ」
そう言って、オレはレイちゃんに微笑みかける。
サラさんに「優しくしてあげてくれ」と言われた時から、
オレは持てる限りの兄性を発揮するようにしていた。
そんなオレにニマニマ顔のキョウコさんが近づいてきて言う。
「いやー! でも今日は運が良い日ですねー!
巷でも評判のダイナマイト・シスターズと戦えるなんて、
他のダンジョンの連中がうらやましがりますよー?
エイジ君、巨乳ハーレムはいかがでしたかー?」
「超痛かった」
◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□
「ふむ。強くなりたいと言う訳かい?」
「そうです。そのためにどうすればいいのか、
わからなくて……」
モンスターとしての力不足について、
オレはサラさんに相談していた。
「なるほど。
それがエイジ君の求めるダンジョン像に繋がるという訳だね?」
「オレの求めるダンジョン像がなんなのか、
まだはっきりわかりませんけど、
まずは強くなることが大前提な気がして……」
だって書類仕事の方が向いている気がしないもの。
大量に紙面を積み上げたサラさんの横で、
デスクワークを手伝っているものの、
ぜんぜん進まない。
そんなオレとは対象的に、
サラさんは右から左に受け流すが如く、
次から次へと書類を処理していった。
サラさんのマグカップのコーヒーが無くなっていることに気付く。
オレは自分の分をおかわりするついでに、
サラさんのマグカップも台所に持っていき、
ポットからコーヒーを注いでいく。
そんなオレの背中にサラさんが声をかけてきた。
「ありがとう。ふむ、君の考えに水を差すようだが、
私は君自身が強くなるのには反対だ」
「え? どうしてですか?」
「向いていないと思われる。足が速い者は最初から足が速いように、
戦闘の強さというのは、遺伝子的な要素が大きく絡むものだ。
だが、日本では足が遅いからといって、困る場面がほとんど無い。
なぜなら、車や自転車がある。
それと同じで、自分の能力以外で補えるならば、
そうした方が効率が良い。
強くなることそのものが理想でないのならば、
強くなるために使う時間を他のことに使うべきだ」
「あー……、なるほど。
そう言われれば、確かにそうですね」
目から鱗とはこのことを言う。
金言とも思える教訓だった。
さすがサラさんだ。格好良すぎる。
「心配しなくとも、必要なものは金銭で揃えてみせる。
近いうちに新しいスタッフを雇う予定だ。
私に任せておけば大丈夫さ。
なぜなら私は君に服従する奴隷なのだから」
さらりと下僕宣言されたような気がするけど、
コーヒーを注ぐ音が邪魔したので良く聞こえなかった。
オレは自分の分とサラさんの分のマグカップを持って、
書類だらけの居間に戻る。
「最後の方が良く聞こえませんでしたけど、
新しいスタッフが入るんですね。楽しみです」
「うむ、そうだ。
ちなみに最後に言ったのは、
私は君の――――」
「ああーっとっと! そういえば、
教えて欲しい部分があるんですよねー!」
サラさんが何か言おうとしたけど、
そんなことより書類でわからない部分の方が重要だ。
仕事は大事。
そんな当たり前のことがわからないオレではなかった。
◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□
「ええー? エイジ君、強くなるのヤメたんですかー?」
「ああ、オレには向いてないみたいだから。
サラさんに相談したんだけど、他のことに時間を使った方がいいって」
「なるほどー。
確かにサラさんなら、そう言うでしょうねー。
あの人、頭はいいんですけど、
デスクワークに偏っている傾向があるから、
ケース・バイ・ケースですよー」
「ん? すると、キョウコさんは違う意見なの?」
「もちろんですよー。実際問題、エイジ君が強くなった方が便利ですしー。
エイジ君だって、他人に任せるより、自分でなんとかしたいでしょー?」
確かにそうだが、
他人に任せられない理由の一つはキョウコさんの適当さが原因だ。
その自覚があるのかは激しく気になる。
オレとキョウコさんはダンジョンを歩き回っていた。
トラップの整備や、放っている魔物の体調観察などの仕事をしている。
キョウコさんは、すぐ目を離すとサボる癖があるので、
シフトを組んで交代で監視している。
今まではそれでもレイちゃんが何とかしていたらしいが、
オレが入ったことで魔力結晶を死守しなければならなくなったため、
今後無視できない問題として、
キョウコさん以外の全員から監視員の案が出て採用された。
「強くなれるならなりたいけど、
才能無いって言われたらちょっと考えるよな」
「確かに才能無いと思いますけど、
それでも才能を超えて強くなる方法はありますよー」
「ん? その方法って?」
「……生きるか死ぬかの境界に立つことですね」
「……ああ、なるほど」
すぐにキョウコさんが何を指して言っているのかわかった。
あれだ。いつもキョウコさんがレイちゃんにされる、
即死レベルの攻撃のことを言っているのだ。
「もともと私は仕掛けやトラップを扱う技師だったんですよー。
でも、人員不足から戦闘の前線に立つことになって、
気が付けば戦う人材になってました。
私、別に才能あったわけじゃないんですよねー」
「たぶん、
レイちゃんのことを言ってるんだよね?」
「ええ、もちろん、
何かある度にレイに殺されそうになったことが、
一番の試練だったと思います。
気付けば、私、大抵の攻撃は避けられるようになりましたねー」
それは自業自得のような気がする。
だが、しかし、生命が掛かっているというのは、
まさしく今のオレの状況と同じだ。
「……オレも生命が掛かっているからな。
才能を越えられるなら、越えて強くなりたい」
「ふーん。ソレ、言質として頂きますよー」
にまぁ、と。
とてつもなく邪悪な笑みを浮かべたキョウコさんがいた。
すぐに後悔の念が湧いてくる。これは、
なにか変なスイッチを押してしまったに違いない。
「エイジ君、ありがとうございますー」
「え? な、なにが?」
「私、いますごい脳内物質が出てるみたいですよー。
ここまでやる気になったのは何カ月ぶりでしょうかねー?
ぞくぞくしてきました。ちょっと本気でトラップ組み直すので、
入口からボス部屋までテストプレイしてみてください」
「テストプレイって……キョウコさん、なんか目が怖いんだけど」
「死んだらレベルダウンしますけど、大丈夫です。
何回でもチャレンジすればいいですよー」
絶対に大丈夫じゃない。
キョウコさんの目を見てオレは確信した。