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お隣さんがダンジョン運営してました  作者: 榊坂さかき
お隣さんがダンジョン運営してました
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お隣さんがダンジョン運営してました6

一仕事を終えたレイちゃんはドレスについた埃を払うと、

オレに寄り添ってきて腕を掴んできた。


……こうしてみると、レイちゃんは本当に人形のように美しい少女だ。


小学生のような低い身長に、

黄金色の長いウェーブヘアー、

赤と黒のゴスロリドレス、

そして彼女自身の品格ある雰囲気が、

精巧に造られた西洋のアンティークドールを思わせる。


「……お兄様。私たち二人きりになってしまいましたね」


「酸素が無いのになんで松明は燃えているだろうなー」


意図的にオレは話題を逸らした。

最近、なんか、こう、レイちゃんとの距離感が気になる。


自惚れかもしれないが、

彼女はひょっとしたらオレに惚れているのではないだろうか、

と思ってしまう節がある。


ただの仲が良いお隣さんにしては、

オレに対する態度に熱が入り過ぎている気がするのだ。

まぁ、確証を持つには恋愛経験に乏しいし、証拠もないから勘違いかもしれないけど。


まあ、それはそれとして、

石の壁にかけられた松明は爛々と燃えているのが気になった。

レイちゃんが火炎魔法で部屋中の酸素を根こそぎ一酸化炭素に燃焼させたハズなのに、

あの松明はどういう原理で燃えているのだろうか?


「あれは概念寄りの魔法で灯されているからですわ」


「概念寄りってどういう意味?」


「魔法は概念によって物理法則を操作する術です。

ですが、物理法則の操作と言っても魔法そのものがすでに物理法則を無視しています。

これは、魔法が『物理』と『概念』の二属性の複合体だから発生するのです。


『概念』というのは『魔法の意味』や『存在や命令』といった物理法則を無視している部分です。

あの松明に灯った火は『周囲を明るく照らして燃える』という『概念』の属性を強く持っているので、

物理法則の制約を越えて酸素が無くても燃えるのですわ」


「ありがとう、レイちゃん。なるほど、概念というなら納得した」


本当はあんまりよくわかって無かったけど、

魔法ならなんでも有りだ。きっと。


「……それより、お兄様。私たち、二人きりになってしまいましたね」


「ねえ、そういえばレイちゃん。

死んじゃった人たちって、どうなるの?」


ダンジョンに来る前に聞いた限りでは大丈夫だということだったが、

詳しい話はわかっていない。


冒険者ごとキョウコさんとサラさんを倒しちゃったわけだけど、

これは本当に大丈夫なのだろうか?


「死亡した人間は、ダンジョンに設定された強力な魔法によって、

ダンジョンに入る前の状態に戻ることになります。

ただ、レベルという概念の力を奪うので総合的に弱体化しますが……。

でも、キョウコやサラは一回ぐらい魔力を奪われたからといって、

問題にならないので大丈夫ですわ」


「状態が戻るって、この場所で?」


「いえ、ダンジョンの入り口付近になります」


「それって戻った瞬間に冒険者と鉢合わせしない?」


「それくらいは自力でなんとかしてもらいませんと、

ダンジョンのスタッフとして務まりません」


「そうかー。

ダンジョンのスタッフってそんな感じなんだね」


「ええ、ですからなにも心配は要りませんわ。

――――それより、お兄様。

――――私たち二人きりになってしまいましたね」


「ダンジョンの入り口付近に戻されるのはわかったけど、いつ戻るの?」


「それなら、もう、戻っていますわ」


「え? ……あれ? 本当だ! いつの間に」


気が付いたら全員いなくなっていた。

それはもう、初めから誰もいなかったみたいに。


「なんというか、あっさり消えるものだなー」


「そうですね。

腕が切断されて、そのまま放置しておきますと、

いつの間にか無くなっていたりするので、お兄様も気を付けてくださいね」


「……わかった。気をつけるよ」


グロテスクな内容のアドバイスだった。


「ええ、ですが、そもそもお兄様をそんな危険な目に合わせることなどありえませんが……」


その時、ダンッと勢いよく扉が開き、キョウコさんが現れた。


「レイー!! さっきはよくもやってくれましたねー!!」


「あら、もう帰ってきたの? というか、その両手に持っているモノって……」


キョウコさんは両手に持っている『見ているだけでうねうねした気分になる何か』を、

こちらに向かって大量に投げてきた。

なんだこれッ? ゼリー? 触手? ちぢれ毛?

良く分からないけど凄くうねうねしている。

うねうね動いている……。


「ハッハー! 私の生還祝いに受け取るが良いですよー!!

そして私の復讐劇のいしずえになるザマスー!!」


そう言いながらキョウコさんはくるくると回転していた。

よくわからないけど、絶好調だった。オレは叫んだ。


「キョウコさん!

なんのキャラか良く分からないって!

というか、このうねうねした物体は一体なんなの!?」


せめて危険物なのかそうじゃないのか知りたい。

そんなキョウコさんに、レイちゃんは呆れながら言った。


「はぁ、ねえ、キョウコ。貴方はもう子供じゃないわよね。

食べ物は粗末にするなって誰かから教わったことはないのかしら?」


まさかの食べ物だった。

飲み込んだ後は胃の中で蠢くんだろうなーと思うと、

こちらの世界の『食』もなかなか業の深い感じがした。


「いやいやいや、食べ物じゃありませんからっ!

普段、私が食べてるみたいなカンジで言うのやめてもらえます!?」


なんだ、食べ物じゃないのか。

まあ、さすがに、こんなおぞましいモノを食べようとする人間はいないだろう。

オレは摘まんでいたうねうねをサッと捨てた。

こっちを見ていたレイちゃんが、なぜか驚いた顔をしていた。


「……お兄様。

今、ひょっとして、ソレを食べようとしていませんでしたか?」


「ところでキョウコさん。サラさんはどうしたの?」


「んー、サラさんは縄を解いてあげたら残念そうに帰って行きましたよー。

そういえば、サラさんがエイジ君に居間まで来るように伝えて欲しいと言ってました。

すぐ行ってくださいですよー」


「ん、わかった。じゃあ、ちょっと行ってくる」


「……くぅ、お兄様との時間が」


バタンと後ろで扉が閉まった。

ボス部屋を出ると途端に静かになったような気がする。


灰色の石で造られた廊下が左右に伸びていて、

オレは行き止まりの方に歩いて行った。


「開けゴマ」


呪文を唱えると石材の引きずられる音がして、

目の前の壁がせり上がり、一人分が通れる大きさの扉が現れた。


オレは取っ手を引いて中に入った。

階段を下りて居間の扉を開ける。


すると、洒落た内装の居間で、

サラさんはテーブルの上にいくつもの書類を広げていた。


「サラさん。呼ばれたと聞いて来ましたけど……」


黒髪ストレートロング、

紺色スーツに眼鏡を掛けたサラさんは、

凛とした表情で書類を見つめている。


惚れ惚れするほど格好良い人だった。

仕草の一つ一つに隙が無く、

頭の先から足の底まで完璧なビジネスウーマンだった。

オレはとても、さっきまでロープで吊るされていたサラさんと、

目の前にいるサラさんが同一人物だとは思えなかった。


「やあ、エイジ君か。ご苦労さま」


サラさんは顔を上げてオレを見た。


「今、コーヒーを出すから向かいの椅子に腰かけていてくれ」


そう言うとサラさんは席を立った。


「大丈夫です。それくらい自分で取りにいきますから!」


オレは慌ててサラさんを阻止しようとした。

さすがにコーヒーくらいで手を煩わせるのは申し訳なさすぎる。


「こんなことくらいで遠慮するな。

君も色々と変化の激しい状況にいるんだ。

疲れも溜まっているだろう。

……それとも、なんだ、私が出したコーヒーは飲めないとでもいうのかい?」


「そ、そんなことはないですよ」


「じゃあ、そこに座っていなさい。

砂糖とミルクは……

ああ、そういえば、エイジ君は砂糖やミルクは必要ないんだったな。

代わりにいつも誰かを土下座させていたと記憶している」


「なんですかソレ!?

勝手に捏造しないでください!!」


コーヒーを飲むたびに誰かを土下座させる。

オレはそんな歪んだコーヒーブレイクを過ごす習慣は無い。


「いや、前にキョウコ君に砂糖かミルクかと聞かれた時、

君は土下座が欲しいと言っていたじゃないか。

私はそれを聞いて思ったのだよ。

エイジ君、君は素晴らしいSの素質を持っている人物だ。

ぜひとも私にも土下座をさせて欲しい」


「土下座しろなんて言ったこと無いですって!」


……あー、そうだ。そういえば、言ったんだった。


「……いや、一回だけ言ったかもしれませんが、

あれは珍しいケースで、普段はあんなこと言いませんから」


「エイジ君。

私はこう見えて、土下座が得意なんだ。

きっと君に満足してもらえる土下座をすることができると思う。

だが、もし、不満を感じるようなことがあれば遠慮なく言ってくれ。

君に、必ず満足して頂けるクオリティの土下座を提供すると約束しよう」


後半部分にプロ根性を感じるセリフだった。

いや、そんな全力で土下座を迫られても困る。

オレはなんとかサラさんを説得しようとしたが無駄だった。


最後は仕方なくロープでぐるぐる巻きにすることでサラさんを鎮静化したのだが、

サラさんの満更ではない顔を見るとなぜか負けた気がした。


◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□


「……ふぅ、それで、サラさん。話って一体なんですか?」


ひと悶着を終えて、ようやく静かになった。

鎮静化されたサラさんはロープでぐるぐる巻きにされて地面を転がっている。

なんか、もう、土下座と大差ない醜態を晒している気がしたけど、

深く考えないことにする。


「ああ、話だったな」


サラさんは起き上がろうとしたが、

ロープで縛られているため上手く立てなかった。


「エイジ君。すまない、ロープを解いてもらえないだろうか」


サラさんはぐいぐいと動きながら、

地面からオレを見上げてくる。


「…………」


オレは渋々ロープを解いた。

なんだろう。なんか、納得がいかない。


自由の身になったサラさんは立ちあがって、ため息をこぼした。


「ふぅ……ああ、そうだったコーヒーをまだ淹れてなかったな」


「いいえ、サラさん。コーヒーはオレが自分で淹れてきますから大丈夫です」


「しかし……」


「自分でやります」


いいから、そこを動かないでください。


◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□


オレは、サラさんとテーブルで向かい合いながらコーヒーを飲んでいた。


「ところでエイジ君。

ダンジョンを運営するスタッフになったわけだが、

君は何がしたくてスタッフになったんだい?

わざわざそんなことをしなくても、私たちに任せておけば良かったと思うんだが」


「あー、いや、魔力結晶が自分の命になったので、

自分の命は自分で守りたいなと。

誰かに任せきりというのも格好悪いじゃないですか」


そうだ。他ならない自分の命なのだ。

他人事というわけにはいかないだろう。

あと、正直、みんなちょっと抜けている部分があるみたいだし、

ちゃんと見張っていないと不安だ。


「なるほど、エイジ君の決意は立派だが、それだけでは足りないな。

なぜなら、それは『したいこと』ではなくて、ただの『義務』だからだ」


「ん? オレ、なにか変なこと言いましたか?」


「いや、すごく常識的で正しかった。

――――ただ、君がこれからスタッフとしてやっていくにあたって、

『ダンジョンをどういう形にしたいか』や

『ダンジョンを通じて何がしたいか』を常に意識して欲しいと思う。


ダンジョンは魔力結晶を守るための迷宮ではなく、一つの創造物だ。

そして、このダンジョンは誰かに依頼されて創ったものではない。

君は君の理想とするダンジョンを創ることができる。

それがここのスタッフになるということなのだよ」


「…………」


「すぐにはわからないだろう。

君は状況に流されるままスタッフになってしまった。

だが、せっかくダンジョンのスタッフをやることになったんだ。

君だからこそのダンジョンというのを、考えてみてはどうかな?」


「……あの、サラさんは、どうしてダンジョンを運営しているんですか?」


「ふむ、私かね」


サラさんはコーヒーを飲んで一息ついてから言った。


「会社運営とダンジョン運営の一番の違いはなんだと思う?」


「会社運営と……ですか?」


そもそも一から十まで違う気がする。

でも、良く考えてみれば、

何かをすることで利益を出すというのは会社と言えるのかもしれない。

じゃあ、違いとは何だろう?

なんか、こう、違和感のようなわだかまりは確かに感じるけど、

その正体が明確には何なのかわからない。


「難しいです。わかりません」


「うむ、そうだろうな。

正解は、会社は顧客に貢献するものであり、

ダンジョンは顧客を害するものという部分だ」


「……顧客って冒険者のことですか?」


「そうだ。私たちは冒険者を相手に商売しているのだ。

そして商売とは顧客に満足してもらい対価として金銭を得る。

しかし、ダンジョンは冒険者からレベルや装備を奪い取ることで金銭を得る。

これは盗賊やマフィアの手口に近い」


「なるほど」


物騒な話だが、確かにやっていることは盗賊みたいなものだと思った。


「こういう商売の特徴として必ず害を受けた者からの報復がある。

日本で言えばヤクザと警察が良い例だ。

ヤクザから被害を受けた人間が、警察を通して報復するのだ。


だが、ヤクザは一方には有害でも一方には利益を提供している。

満足して対価を支払ってくれる顧客が、

害を与える人間とは別にいるから成り立っているのだよ。


それでは、ダンジョンはどうだろうか?

なんと対価を支払ってくれる人間と、

害を与える人間と、復讐する人間が同一人物だ。

全て冒険者ということになる」


「……ん? えーと?」


「つまり商売としては絶望的に危ういジャンルとなっている。

何が言いたいのかというとダンジョン運営というのは必ず失敗する。

短期的には成功しても長期的には成功しない。

冒険者の怨みは留まることを知らずに膨れ上がり、

報復は日に日に強くなっていき、最後には攻略されるだろう」


「ごふっ、ぐふ、ぐふ」


つい思わず鼻からコーヒーを逆流させてしまった。

ぽたぽたとテーブルの上に黒いしずくを落としてコーヒーまみれにしてしまう。

いやいや、絶望的とか、最後には攻略とか、

それを聞いてしまったオレはどうすればいい?


「エイジ君。大丈夫か? 紙はあるぞ」


サラさんはオレにティッシュを箱で渡してくれた。


「ずびばぜん。

……いやいやいや、というか、

サラさんがどうしてダンジョン運営をしているかという話でしょう?

その話は微妙に関係ありませんよね?」


「関係はある。私がダンジョン運営をするのは、

つまりそういった絶望感がたまらないからなのだよ」


そう言い切ってサラさんは微笑んだ。

そして続けた。


「ダンジョン運営とは、つまりマゾの極地にある商売だ。

私は、この偉大な事業を全身で受け止め、乗り越えてこそ覚醒できると信じている。

だからこそ成功させたいのだ。

私は一人の商売人として、マゾとして、出来るところまでやりたいのだ。

エイジ君、君にも協力してほしい」


サラさんはオレの前に右手を差し出してきた。

握手だ。

オレは深く考えることができずに彼女の手を握り返す。


「…………」


確かに自分からダンジョンのスタッフにしてくれと頼んだ。

そして、サラさんはオレの手を取って承諾した。

一見すると、何もかも上手くいっている流れなのに、

どうして何もかも台無しになった気分を味わっているのだろう?


いや、サラさんは成功させたいと言っていた。

サラさんに変わった部分があったとして、そこだけは信じるべきだ。

そこで、ふと、疑問に思った。


「ところで、そのサラさんがダンジョン運営する理由って、

他の二人は知っているんですか?」


「もちろん知っているさ」


つまり、二人ともサラさんの破滅願望に協力しているってことだ。

それは、キョウコさんもレイちゃんも、

本当の意味でまともではないということじゃないか。


「まぁ、サラ様もキョウコ君も、私とは違う目的を持っているがね。

キョウコ君は趣味が大きな割合を占めているが、サラ様は立派だ。

サラ様は冒険者を育てるためにダンジョン運営をしているのだ」


「レイちゃんは、ダンジョンのボスなのに冒険者を育てているんですか?」


「ああ、そうだ。

そもそもレイ様は有名な冒険者で、魔族との戦争を終結させた英雄の一人でもある。

その経験から強い冒険者を育てておきたいのだろう。


……しかし、本当は、戦争でお兄さんを死なせてしまったことが許せないからだろうな。

彼女は強さというものに執着を持っている節がある。

戦争がまた起こった時に今度こそ守れる力が欲しいのだろう。

魔族に近い立場でダンジョン運営する理由も、

強さの探求を兼ねているからじゃないかな」


「…………」


「……君は、死んだお兄さんにとても似ていると、

嬉しいような悲しいような表情でレイ様は語っていた」


「オレ、お兄さんに似ているんですか?」


「……私の口から言うことではないのかもしれない。

だが、できれば、彼女に優しくしてやってはくれないだろうか?

彼女は強い分、可哀想な女性なんだ。

彼女の突き抜けた強さは、突き抜けた後悔の裏返しなのだよ。

昇華し切れずに抱え込んだ悲しみに、今でも苦しんでいる。


……どうか、彼女に少しでも親愛の情を抱いているのならば、

優しく接してあげてくれ」


そう言うとサラさんは目を伏せてコーヒーを啜った。


オレはしばらく一言も発することができなかった。


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