お隣さんがダンジョン運営してました5
「ふふふー! まずは一人目ですねー」
そう言ってワザとらしく汗を拭うキョウコさんに、
迫りくる影があった。
「キョウコさん、危ない!」
「むっ!」
爆発で生まれた煙から、
狐の少女を目掛けて巨大なメイスが振り下ろされる。
キョウコさんはそれをひらりと避けた。
煙の中から銀色の甲冑を着た大男が現れる。
アーノルドだった。
ちょっと所々が焦げているが、
ダイナマイトの爆発を受けても、彼はまだ動けたのだ。
「な、なんてタフなヤローなんですかー!」
キョウコさんが驚愕していた。
ダイナマイトがどれくらいの威力だったのかは、わからない。
しかし、オレの目から見て、岩に穴が空きそうな爆発だった。
全身を金属で覆っていたとしても、
すぐに動き出すことのできるアーノルドはタフと言えるだろう。
驚いているキョウコさんに、レイちゃんが言う。
「キョウコッ! わかっているわよね!?」
「嫌ですよー! わかりたくありません!」
レイちゃんは両目がドルマークに変わっていた。
そんなレイちゃんを見てキョウコさんは、
全身を使って拒否反応を示していた。
「あの凄まじい防御力を持つ甲冑は相当高価よ!
なんとしてでも無傷ではぎ取って!!」
「あーあー……、何も聞こえませんですよー」
キョウコさんは両耳を塞いで聞こえないアピールをしていた。
でも、頭に生えている狐耳はぴくぴくと反応している。
あれは塞いでいないし、たぶん聞こえているだろう。
キョウコさんが不機嫌な顔をしながら渋々ぼやく。
「というか、注文があるならレイがやれば良いじゃないですかー。
私じゃ無理ですよー」
「私の方が出来ないわよ。どの攻撃方法でも貫通してしまうわ」
「遠まわしに自慢ですかー!? なんかこう、むかつくんですけどー!」
話を聞くかぎり、キョウコさんのダイナマイトは、
彼女の持ち札の中で自信のある攻撃だったのだろう。
それでもダメージを与えられなかった相手を、
どの攻撃でも容易く倒せますみたいな言い方をされたら、
そりゃあムカつくだろうな。
「私の言うことがわからないなら、
まず貴方の身体で試してみるという方法もあるわね」
「わかりましたぁー!
はぎ取ってごらんにいれますよチクショーめ!」
三秒で脅迫に屈した狐の獣人の姿があった。
どうやら甲冑をはぎ取るという方向で話はまとまったらしい。
しかし、キョウコさんは果たしてどうやってそれを成し遂げるのか。
オレは興味を覚えた。
青い忍者和服のポニーテール少女と銀色甲冑の大男が対峙する。
「はぁー。本当に、もう、どうしたら良いんですかねー」
と、言いながらキョウコさんはため息を吐く。
攻撃のタイミングをうかがっているようだ。
「大丈夫よ。幻術と投擲武器しか使えない貴方だけど、
工夫次第でどうとでもなるわ」
レイちゃんが素晴らしいアドバイスをした。
「さりげなく私の手の内を晒さないでもらえますかっ!?
普通に相手に聞こえていますからねっ!?」
オレも聞いていた。きっと全員に聞こえていた。
どうやらキョウコさんの武器は幻術と
(どこから出したのか謎)的な投擲武器しかないらしい。
これでどうやって甲冑をはぎ取るのか?
キョウコさんは勝てるのか?
……たぶん無理というのがオレの予想だった。
「仲間想いなのは結構だけど、横やりは無粋だわ」
火炎がそれを阻止した。
アーノルドを援護しようと放たれた狩人らしき冒険者の矢は、
空中で燃えて消滅した。
精巧な西洋人形のように美しい少女が、
赤と黒のゴスロリドレスに金色の長いウェーブヘアーを優雅になびかせながら、
三人の冒険者の前に立ちはだかる。
「さて、あの雌狐も頑張るみたいだから、
私も少しはダンジョンのボスとして格好つけないとイケナイわよね?」
そういってレイちゃんは一掴みの炎を地面に落とす。
地面と接触した炎は瞬時に燃え広がり、
高くて厚い火炎の壁となってキョウコさん達と自分たちを完全に区切った。
「貴方たちの相手は私よ」
レイちゃんは気品のある微笑みを浮かべながら宣言した。
「荒れ地にそびえる迷宮城の主、
クイッククッカー・レイチェル・アナキンスの名において、
私の領域を穢す侵入者を、消し炭すら残さずに燃やしてあげるわ」
中二病っぽいセリフに合わせて、
レイちゃんは両手から真っ赤な火炎を溢れさせた。
……不覚にもちょっとカッコイイと思ってしまった。
三人の冒険者たちも、
立ちはだかる赤い魔女の威圧に飲み込まれまいと、
決意を新たに武器を構える。
その構図は、まさしくこれから命を賭けて死闘をする勇者と魔王の姿に見えた。
「……あのきちがいロリババアめ。
ついにやりやがりましたね」
怨嗟の篭もった呟きがボソッと聞こえてきた。
声の出所を見ると、
キョウコさんがガッチリ閉じた大部屋の扉を必死な様子でガンガン叩いていた。
「ちくしょー! 私の腕力じゃビクともしませんよー!」
任されたハズの甲冑騎士アーノルドをすっかり無視して、
キョウコさんは大部屋の出入り口を攻撃している。
なんでキョウコさんが目の前の敵を無視してまで、
そんな奇行に走っているのか?
オレには何がなんだかわからなかった。
キョウコさんはアーノルドに振り返ってこう言った。
「ちょっと君! そこの甲冑君!
たしかアーノルドとか言いましたよね」
「む? 我か? 一体なんだ?」
「ちょっとここの扉をブッ壊すの手伝ってくださいよー! 早くー!」
ついにはアーノルドまで呼び付ける始末だった。
「いや、我らは敵同士だよな? どうしてそんな……」
「シャラープ!! 良いですか、よく聞いてください」
そして火炎魔法を使っているレイちゃんを指差しながらこう言った。
「火炎魔法! そしてここは密室の屋内!!」
さらに部屋中をグルグルと指差しながら言った。
「酸素が無くなる! 私もろとも、みんな全滅! オーケー?」
あ……、ああ、なるほど。
扉の閉じた屋内で火炎魔法なんて使えば、
そりゃあ酸素が無くなるよな。
あれ? でもそれってレイちゃんも自滅するんじゃ?
「だが、それは廃城の魔女も自滅するってことではないのか?」
アーノルドがオレの訊きたかった質問を代わりにしてくれた。
「いいですかー。
あのロリババアは活火山地帯に洞穴つくって閉じこもるような、
わけわからん種族のドワーフです!
酸欠や毒ガスなんて概念が無いんですよっ!
そして、そこにいるエイジ君っていう少年は酸素不要のアンデットです!
あそこでロープぐるぐる巻きのお姉さんはドM!!
つまり私と冒険者だけを綺麗に片づける計画が始動しているんですよっ!
この状況はーっ!」
そしてアーノルドの手を取ってキョウコさんは言った。
「今だけは私と貴方たちの利害は一致していますよー!
それがわかったら、さっさと扉をブッ壊す手伝いをしてください!
貴方たちと私の生存のためにっ!
いいや、むしろ私が生き残るためにっ!! 酸素のためにっ!!」
キョウコさんとアーノルドの視線が交差する。
そしてお互いに頷き合った。
キョウコさんは大量の火の点いたダイナマイト(どこから出したかは不明)を、
アーノルドは大きくて太くて硬そうなメイスをそれぞれ構える。
そして……―――
「「うおおおおおおおーーー!!」」
アーノルドとキョウコさんの連携攻撃が炸裂した!
しかし、扉はビクともしない。
「アーノルド君っ! 手加減してるんじゃないですかー!?
貴方の力はそんなもんじゃないでしょー!?」
「ふんっ! 狐の少女よ! お前こそまだ全力が出せるだろうがっ!!」
キョウコさんとアーノルドの連続攻撃は激しさを増していく!
この苛烈な破壊力の前には、いつか扉は砕けるだろう。
そう思わせるだけの迫力があった。
「くすくすくす。知らないのかしら? ボス部屋からは逃げられないのよ?」
という静かな呟きをオレは確かに聞いた。
他の人には聞こえなかったみたいだが……。
そして5分後。ボス部屋には沈黙のとばりが降りた。
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「さて、それじゃあ、はぎ取りましょうか」
そう言うとレイちゃんはアーノルドのところまで歩いていく。
「よいしょっと、脱がすのは問題なさそうね」
非常に慣れた手つきでレイちゃんはアーノルドの全身甲冑を脱がしていく。
どことなく犯罪臭の漂う光景だった。
全身甲冑の中から現れたのは、濃い顔面のイケメン男だ。
サラサラとした黄金色の長髪、太いが凛々しい眉、
筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)としていて、
男性ホルモンがここまで漂ってきそうな男前。
そんなアーノルドに対するレイちゃんの扱い方は雑だ。
ひっくり返す時、顔面が地面に擦れているけど、
あれは絶対に痛いだろう。
あ、アーノルドの頭が落ちた。
騒がしい金属音を鳴らしながらレイちゃんは、
剥いだ鎧を片手で持ちあげてボス部屋の隅に置いた。
レイちゃんの体格と腕力については、もう何も突っ込まない。
代わりにステテコパンツに白いティーシャツという、
ファンタジーらしからぬ下着姿のアーノルドが倒れている。
……下着以外を全部剥いだのか。
休日に家でごろごろしている無防備なおっさんかよ、
と突っ込むべきか。
ティーシャツにくっきりと付いた脇汗の跡に着目して、
甲冑って着ぐるみ並みに中が熱いのか、
と感想を残すべきか。
とりあえずオレは、
狩られた後のオヤジみたいな哀愁を漂わせるアーノルドに対して、
両手を合わせて黙祷しておくことにした。