表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お隣さんがダンジョン運営してました  作者: 榊坂さかき
お隣さんがダンジョン運営してました
4/17

お隣さんがダンジョン運営してました4

昨日、全身ブルーの人間が駅前で捕まるという事件が起きた。

しかし、サラさんが目撃者全員に記憶消去をほどこして、

無かったことにしておいたとのこと。


今日、オレはダンジョンに来ていた。


狐の耳が生えたポニーテール。

着物と忍び装束の混ざったような青い和服。

にょっきりと飛び出た黄色いふわふわ尻尾。


そんなキョウコさんについていく形で、

灰色をした石造りの回廊を進んでいる。


窓が一切ない地下だ。

しかし、松明に火が灯してあり、

薄暗いものの視界には困らない。


途中、上ってすぐ下りる階段など、

便利性とは全く関係のない構造を歩くたびに、

ここが入り組んだ迷宮であることを実感する。


『荒れ地の廃城』と、このダンジョンは呼ばれているらしい。

オレは前を歩く栗色ポニーテールに訊ねた。


「それで今日は一日中キョウコさんに付いていく、

というのはわかったけど、具体的に何をやればいいの?」


「んー、とりあえず今日は、

私の仕事っぷりを見ているだけでいいですよー」


キョウコさんは、そう言いながら、

くるくると回転しながらのんびりと歩いていく。


ダンジョンというのは、

もっと忙しい場所だと勝手に勘違いしていたが、

彼女の様子を見る限り、

のほほんとしていられるのだろう。


その時、誰も居ないはずの真後ろから声が飛んできた。


「……あら? なんなの仕事って?

さっきから罠の点検と起動をすっぽかして先に進んでいるわよね。

そろそろいい加減にしないと、

バーベキューにした後、

スケルトンの残骸と一緒に落とし穴にばら撒くわよ?」


振り返るとそこにはゴスロリ金髪の小さな女の子が立っている。


レイちゃんだ。


……おそろしい怒りのオーラがレイちゃんから溢れ、

周囲の空間を歪めている。


キョウコさん、何をやらかしたのさ……。


「ど、どうしてレイがここにいるんです!

一体どこから湧いて出てきたっていうんですかー?」


キョウコさんのふさふさした尻尾の毛が一斉にピーンと伸びた。

表情から血の気も引いていっているように見える。


「アナタがちゃんとお兄様に仕事を教えているかどうか、

隠れながら尾行してきたのよ。

そしたら案の定、本来やるべき仕事をサボっているじゃない。

しかも、ひとつふたつならまだしも、

全部って一体どういうことよっ!!

どうも最近は奥の部屋まで冒険者が来るわねーって、

そりゃあ来るわよねっ!!

だって罠がひとつも無いんだものッ!!」


「お、落ち着いて、レイちゃん。

いろいろと崩れているから。

まずは落ち着いて深呼吸したほうがいい……」


「ぜぇぜぇ……」


今まで見た中で一番取り乱していた。

それだけレイちゃんは怒っていたのだ。


まあ、素人のオレですら、

罠の無いダンジョンがどれだけヤバいかというのは、

想像できるけども。


「ふぅ、お兄様、お見苦しいところを見せて申し訳ありません。

ですが、この雌狐の怠惰があまりにも看過できないものだったので……」


「ちょっと待ったー!

なんでレイがここにいるんですかーっ!?

レイはダンジョンのボスでしょー!

いま誰が魔力結晶を守っているっていうんですかー!?」


誰が魔力結晶を守っているんですかって、どういうことだ?

魔力結晶は誰にも守られてない無防備な状態ってことか?


あれはオレの命なんだけど。

もし、魔力結晶の守りが薄いなら、

こうしている場合じゃなく無事を確認しに行きたいんだが。


「大丈夫よ。……代替としてサラを置いてきたし」


そう言いながらも、

レイちゃんの視線はあさっての方向に泳いでいた。


「サラさんって、あの人ドMだから全く役に立ちませんよー!!」


ドMだから役に立たないというのは、

果たしてどういう意味なのだろうか?


「はーっはっは! 冒険者の諸君!

よくぞここまでたどり着いたな!

さあ、私を思う存分に攻めるが良い!!」


と怒鳴りながらロープでぐるぐる巻きにされて、

天井から吊るされているサラさんの姿を想像して、

それ以上は考えることをやめた。


あの人は違う。


変態とは縁遠いクールでキャリアな現実的な大人の女性だ。

オレがこっそり理想の大人像として見本にしている完璧な大人なんだ。

昨日、地面に這いつくばりながらレイちゃんの靴を舐めていたからといって、

変態とは限らないじゃないか。


そこまで考えてオレはひとつの可能性に思い至った。


「……待て、ということは、

いま、このダンジョンには罠がなくてボスが居ないというのか?」


キョウコさんはパーンッと手を叩いて、

ビシッとオレを指差してきた。


いや、

そう!! それだっ!! って、

リアクションが欲しいんじゃねーから!


最悪の状況だろ。

魔力結晶のセキュリティが無防備すぎるだろ。

その原因のひとつはお前だよっ!!


「は、早く戻らないとオレまた死ぬかもしれない……」


オレは不安になった。

そんなオレにレイちゃんは強い口調で励ましてくれた。


「大丈夫です。ご安心を。

お兄様の命を狙う不届き者は、

ひとり残らず火炎の海に沈めて御覧にいれますわ」


そこには数多の闘いを潜りぬけてきた戦乙女の、

頼もしく可憐な微笑みがあった。

でも、その原因のひとつはレイちゃんが勝手に持ち場を離れたことだった。


「……ありがとう。

オレを守ろうとしてくれるのは嬉しいんだけど、

レイちゃんにはちゃんとダンジョンのボスをやっていて欲しかったよ」


レイちゃんの優しさにオレは涙の出る思いだった。


「とにかく、魔力結晶のある部屋まで戻ろう」


そう言ってオレは来た道を逆走する。


三歩目を踏んだ瞬間だった。


突然、地面の感触が消え、

落下していく感覚が全身を包んだ。


落とし穴!?


……かろうじて穴のふちを掴んで、

落ちることは阻止したものの、

下には鋭い剣山広がっている。


一歩間違えば串刺しになっていただろう。


ゾッとする想像を振り払い、

とりあえず穴から這いあがったところを、

石で造られた大きな振り子に襲われた。


「な、なんで罠が……!?」


「エイジ君! 危ないっ!!」


キョウコさんがオレを突き飛ばしてくれた。

おかげで振り子を避けられたが、

飛ばされた先にはさらに大きい鋼鉄の振り子が迫ってきていた。


……どうやら状況は悪化したらしい。

キョウコさんのてへぺろ顔が走馬灯のように浮かんで消えた。


「やれやれ、ねぇ、キョウコ。

貴方のそれは、本当はワザとやっているんじゃないかしら?」


いつの間にか近くまで来ていたレイちゃんが、

オレの手を掴んで優しく引き寄せる。


振り子は頭のすぐ真後ろを通過した。

紙一重の回避だった。


「あ、危なかった。ありがとう、レイちゃん。助かったよ」


ふと、気付くとレイちゃんとしっかり抱き合ってしまっている。


もう大丈夫そうなので、

オレはレイちゃんから離れようとした。

しかし、レイちゃんは、ぐっとオレを掴んで離さない。


ん? 一体どうし――――くんかくんかくんか――――。


オレは寒気を覚えてゴスロリ少女の身体を強引に引き剥がした。


「お兄様っ! お怪我はございませんでしたか?」


オレから離れたレイちゃんは、

潤んだ瞳でオレを見上げてくる。

その表情は真剣そのものだ。


「え? あ、ああ、うん、大丈夫だよ、レイちゃん……」


今のは一体なんだったのだろう?

胸の辺りで台風が発生していたような?


「あれ? でも、おかしいですねー。

なんで罠が動いているんでしょー?」


キョウコさんが動きまわる振り子と、

ぽっかり開いた落とし穴を眺めながら、

納得いかないというふうに言った。


そう、それだった。

ここまでキョウコさんは罠の起動をサボっていたのに、

どうして罠が発動しているのだろうか?


その疑問にレイちゃんが答えた。


「お兄様を追いかけるついでに、

私が起動させておいたのよ。

そもそもキョウコがちゃんとしていれば、

こんな手間なんてかけずに――――」


「いえー、そうではなくてですねー。

ちゃんと起動していれば、

ダンジョンのスタッフが近づくと、

罠は停止するようになっているはずなんですよー。


安全装置が組まれているのです。

それなのに動いているのは一体どうしてかなと……」


「…………」


「…………」


「…………」


誰も何も言えなくなった。


「わ、私、普段はボス部屋にいる……から……」


というレイちゃんの消え入りそうな声が、

やけに大きく響いていた。


――――大量の罠に足止めを食らいつつも、

なんとかオレ達は魔力結晶のある最奥の部屋に辿りついていた。


灰色の石で造られた大部屋。

その中心では、今まさにロープでぐるぐる巻きにされたサラさんが、

見知らぬ人間たちの手によって、

吊るし上げられようとしているところだった。


……果たしてどういう流れでそうなったのか?


想像もつかないし、知りたいとは思わない。


サラさんは異世界でも紺のスーツに眼鏡をかけていて、

涎を垂らしながら恍惚とした笑みを浮かべている。


――――ような気がした。

何故かここからだと良く見えないから、わからないな。うん。


見知らぬ人間たちは、服装からして冒険者だろう。

全部で四人いた。


英雄譚に登場する騎士のように全身を銀色の甲冑で包んだ男が一人。

手先が器用そうな狩人らしき男性が一人。

真っ黒いローブと尖がり帽子を被った魔女のような女性が一人。

軽装を纏った盗賊らしき女性が一人。


オレ達三人の登場に冒険者たちも気付いて向き直った。


まだ魔力結晶は無事らしく、台座の上で七色に輝いている。

オレはホッとした。

サラさんが時間を稼いでくれたおかげで、

なんとか間に合ったようだ。


張り詰めた空気の重さにオレは息を呑んだ。

冒険者たちは無言で各々が持つ武器を構える。


話し合いや和平で済むような雰囲気はない。

明確な殺意の威圧が冒険者たちからオレ達に放たれていて、

その鋭さに肌がチリチリと痛みを覚えるほどだった。


これが冒険者か……。

キョウコさんは見ているだけで良いと言っていたが、

いざという時にはオレも戦わなければならないだろう。

何も出来ないかもしれないが。


そんな緊張感の中、

レイちゃんはサラさんに呼び掛ける。


「サラ。一応聞くけど、今すぐ助けたほうが良いかしら?」


「……いいえ、できれば、もう少しこのままでいたいです」


「わかったわ。じゃあ、あとで助けるわね」


そんな空気読めない会話が、

バトル開始の合図となった。


「ウオオオオオーーーー!」

と、野太い怒声を上げながら甲冑男はこちらに突撃してきた。


――――素早い。


大柄な図体と重量のありそうな甲冑を装備しているにも関わらず、

甲冑男は身軽な狼のように俊敏だった。


甲冑男は一気に間合いを詰めると、

大きくて太くて硬そうなメイスを振り上げる。


そして、誰も居ない壁に向かって思い切りメイスを打ちつけた。


「フンッ! ハァッ! イヤァッ!

どうした廃城の魔女め! 無抵抗でなぶられるだけかッ!!」


オレ達には目もくれず、

甲冑男は嬉々として誰も居ない壁を殴りまくっていた。


オレは言いようのない恐怖を覚える。

何故、誰も居ないところを叩いて喜んでいるのか?

あの人は一体どうしてしまったのだろうか?

頭がオカシイんじゃないだろうか?


「アーノルド! 違う!! それは幻術よ!!」


「正解。でも遅いですよー!」


黒い魔女のような冒険者の呼びかけで、

アーノルドという名前の甲冑男は攻撃を止めるが、

キョウコさんがすでに無防備な甲冑男に肉薄していた。


手元から大量の火の点いたダイナマイト

(と思われる筒。どこから出したのかは謎)をばら撒き、


そのままオレ達とは反対側に離脱していった。


閃光と爆音が炸裂する!


「「アーノルドォォォォォォオオオーーーーーーーーーー!」」


冒険者一同の絶叫がこだました。

どうせ爆発するならもうちょっとカッコ良く爆発すればいいのに。

オレは不覚にもアーノルドの最後を見てそう思ってしまった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ