お隣さんがダンジョン運営してました2
ダンジョン攻略RPGゲームのアイディアは、
そもそも私達がモデルとなって生まれたモノなんですよー。
そんなことを言い切るキョウコさんの説明によると、
この異世界にはダンジョンという迷宮が存在し、
ダンジョンにある秘宝を狙う冒険者が存在し、
物理法則を無視した魔法が存在し、
ダンジョンを守るモンスターが存在するという。
そしてキョウコさんとレイちゃんはモンスターとのこと。
まあ、モンスターというのは蔑称で、
冒険者に危害を与える生き物は全部モンスターなんだとか。
可愛くてキュートなモンスターでしょー。
と、言って悪ふざけするキョウコさん。
何をふざけているのかしら?
と、言って大人のようにたしなめるレイちゃん。
二人を見ているとある疑問が沸いてきた。
「そういえば、ずっと思ってたんだけどさ、
キョウコさんとレイちゃんって、
そんな性格だったっけ?」
――――そう、あれは、たしか三日前の出来事だ。
いつものように高校の授業が全て終了し、
下校中に本屋に寄り道をした。
「あれ、キョウコさん?」
するとそこには、栗色のポニーテールの女子高生が本棚の前に立っていた。
参考書をじっくり選んでいるらしい。
彼女の纏う雰囲気は、そこだけ時間が止まっているかのように清楚で、
十代らしからぬ理知的さに満ちていた。
その姿を見て、オレは、敵わないな、って思った。
彼女を見ていると、自分が酷く子供じみている気がする。
人間としての器で比べ物にならない。
そう認めてしまう自分がいて、
それが全く悔しくないことが、悔しかった。
「あ……エイジ君、偶然だね」
彼女がオレのことに気づいた。
そして、参考書を選ぶことを止めて、
オレのところに、た、た、た、と駆け寄ってきてくれた。
参考書よりも自分の方が重要だ。
そんなちっぽけなことで自尊心を満たしてしまう自分が、
なんか、嫌いだった。
「あれ? なんか本を選んでいたみたいだけど、よかったの?」
この質問は、自分でも卑怯だと思った。
「いいの、別に今日買わなくても大丈夫だから」
そう言って笑うキョウコさんが、天使みたいだった。
――――たまに登下校が一緒になると、
その日はちょっといい気分になれた。
「じゃあ、こっちだから、じゃあね」
彼女はお隣さんだ。
だから家の前まで一緒に帰ることができる。
他人には無いオレだけの特権というやつだった。
オレは彼女が扉の向こうに消えるまで、
彼女に向かって手を振っていた。
そして扉が閉まるのを見届けてから、隣の自宅に帰った。
「あれ、レイちゃん。また来ていたのか」
「お兄様ぁー、遅いですよー。ぶーぶー」
ウェーブのかかった金髪に、
西洋人形みたいな整った顔立ちの小さな暴君が、
不機嫌そうにほっぺたを膨らませて、
リビングのソファーに寝転がってオレを待っていた。
テーブルの上に空のガラスコップが置かれている。
おそらく、また母の出したオレンジジュースを堪能したのだろう。
甘やかされて育った妹というのは、
きっとこういうふうになるんだろうな。
そう思ってしまうくらい、彼女は幼い性格をしていたが、
それが彼女の個性だとオレは思っていた。
「ごめん、ごめん、お詫びにチョコレートあげるから」
「キャー! やったー! お兄様ダイスキー!」
オレが渡したチョコレートを美味しそうに頬張る彼女を見ていると、
心が和やかになる。
いつまでも、この調子ではいけないなと思いつつも、
ついつい彼女を甘やかしてしまう。
そんなオレの甘やかし精神がバレてしまっているのか、
レイちゃんは、よくオレの家に遊びにやってきて、一緒にゲームをする。
「お兄様ぁ~、その装備ちょうだい~」
「しょうがないなー、ほら。たまには自分で作るんだぞー」
こうやってオレが数時間かけて揃えた装備が消えていったりした。
……こんな感じで、キョウコさんは大人びている真面目な同級生、
レイちゃんはわがままな少女、という認識だったんだが、
思いっきり別人ですよね?
◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□
「……という性格だったと思うんだけど?」
オレは二人に訊いてみた。
もちろん天使みたいだとか、そんなことは言わなかった。
「なんだー、そんなことですか。
もちろん演技に決まっていますよー。
人間社会に溶け込むための仮面です」
キョウコさんがくるくる回りながら答えてくれた。
よくわからないが楽しそうだ。
ファンタジーだから二重人格もあり得ると思ったのだが、違うらしい。
……仮面の付き合いをされていたことに、ショックを受けた。
でも、こだわってもしょうがない。
……しょうがないと思うことにした。
というか、殺し殺された仲だというのに、
今さら嘘を吐かれていたくらいなんだというのだ。
さて、そんなキョウコさんともかく、
オレはレイちゃんがやけに静かなことに気づいて振り向くと、
レイちゃんは滝のような汗を流しながら立ち尽くしていた。
「え! レイちゃんどうしたの? 人間が流しちゃいけない量の汗が出てるけど」
「お、お兄様。わ、私は、別に、
お兄様を騙していたわけではなくてですね。えーと……」
そしてレイちゃんは言い切った。
「お兄様! 私は本当は甘えん坊なんですっ!
いつもお兄様とゲームしている時が本当の姿でですね、
今こうやってお兄様と話している私はちょっぴり背伸びしているというか……」
「えー? レイって、これが素じゃないですかー?」
キョウコさんが横やりを入れてきた。
「キシャーー!! だまらっしゃい!」
ゴスロリ少女の鋭い正拳突きが、狐娘の胴体にクリーンヒットした。
吹っ飛ばされたキョウコさんは壁に勢いよく衝突すると、
灰色の煙となって姿形が消え、いつの間にかオレの横に立っていた。
ていうか、キョウコさんワープしたし……。
さも当たり前みたいな感じで。
「ふっふっふっ、空蝉の術です。
さすがにあんな拳をまともに受けたら、
私だって壊れちゃいますよー」
キョウコさんは表情を崩すことなく楽しそうに言った。
……いや、よく見るとこめかみの辺りから冷や汗が垂れている。
結構ギリギリだったのかもしれない。
意外と虚勢を張っているだけっぽかった。
「だいたい、なにも可笑しいところなんて無いじゃないですかー?
ドワーフだから若く見えますけど、実年齢八十七歳なんですから、
今さら甘えん坊なんていう年齢でも……」
「私の年齢をバラすなあああ!!」
ちょっと引いてしまう類の怒声をあげながらレイちゃんは震えた。
そして、ずっと妹のように扱ってきた近所の少女が、
実は八十七歳のばあさんだった。
本日何度目の衝撃かわからない。
オレとしては、今後彼女をどういう風に見て、
どういう風に接したらいいのか、ちょっと悩む。
赤と黒のゴスロリドレス装備のドワーフ少女が、
今までで一番と推測される圧力を込めた握り拳を、
キョウコさんに向かって放とうとしていた。
しかし、キョウコさんはオレの後ろにいた。
「エイジ君バリアーー!」
「まて! オレが死ぬ!」
迫りくるレイちゃんの前にオレが盾役として立ちはだかった。
もちろん、オレの意思ではなく、キョウコさんの策謀による行動だ。
今日一日で二回もオレは死ぬことになるのか?
しかも、どちらも死因がキョウコさんという。
だが、レイちゃんは拳を振り上げたまま、
オレの目の前でぴたりと止まった。
「く……。お兄様を盾にするとは、卑怯ですわ」
エイジ君バリアーは効果があったようだ。
「ふふふー、さすがのレイでも、
エイジ君を人質に取られちゃったら、
なにもできないみたいですねー」
バリアーどころの話ではなかった。人質だった。
「いや、あのさ、喧嘩するのは危ないし、やめないか? な?」
そんなオレの一言で白けたのか、レイちゃんは拳を降ろすと、
潤んだ瞳でオレにこう訊いてきた。
「あの、お兄様。お兄様は、
えっと、その、八十七歳の妹って、どう思いますか?」
「八十七歳の妹? いや、それは妹じゃないだろう」
それは、姉だ。年上だもの。
「…………うぐぅ」
レイちゃんは、胸を撃たれて死ぬ寸前のヒロインみたいに、
両膝から地面に崩れて、胸を抱えた。
そして最後の遺言でも伝えるような虫の息でオレを見上げ、オレに訊いた。
「お兄様。……私を、まだ、妹のように見ていただけるでしょうか?」
「え? ええーと、それは……」
「……ううううう。即答してくれない! もう、嫌ぁぁぁ!」
それだけ叫ぶとレイちゃんは泣きながら大部屋の扉から出ていった。
「エイジ君、そこは即答してあげないと」
「いや、逆の立場になってみてよ。即答とか無理だから」
せめて数秒くらいの猶予をください。
「とりあえず、一回帰りますかー。
家まで送りますよー。ついて来てください」
オレはキョウコさんに連れられて大部屋の扉から出た。
外は灰色の石造りの長い廊下が左右に伸びていて、
左の方が曲がり角、右の方が行き止まりになっていた。
大部屋と同じく、松明が等間隔に灯されていて、明かりは十分にある。
キョウコさんは行き止まりの方に歩いていく。
やがて行き止まりの壁の前までやってきたオレたちは立ち止り、
キョウコさんは壁に向かって呪文を唱えた。
「開けゴマー」
どこかで聞いたことがある呪文を唱えると、
目の前の壁がせり上がり、
後ろに壁が下りてきて元来た通路を塞いだ。
壁が上がって出来た空間には短い通路があり、
通路の先には一人分が潜れる扉がある。
キョウコさんは扉を開けて中にオレを招き入れた。
「はい。日本に帰ってきましたよー」
この部屋は見たことなかったが、造りはオレの良く知っている、
日本式の住宅の一部屋だった。
……日本と異世界の境界線って、扉一つだけかよ。