お隣さんがダンジョン運営してました17
「ふむ。なるほど。
しかし、私としては、
おそらく攻城兵器や生物兵器では無いと思うのだがね」
とサラさんが言った。
オレは思わず万年筆を動かす手を止めて、
サラさんを見る。
ボス部屋での休憩時間が終わって、
オレはそのままサラさんの書類仕事の手伝いに入っていた。
サラさんは卓上の書類に目を落としたまま、
キーボードを叩くよりも速いと思われる速記で、
書類の上から下に万年筆での記述を繰り返している。
あちら側の異世界(ルーティリス大陸)では、
印刷技術が未発達のため、
どうしても手書きで書類を作るしかないらしい。
そのため、ダンジョンの会計を担当するサラさんは、
常人を超えた速記と暗算を習得するに至ったのだとか。
顔色ひとつ変えずに黙々と事務作業をするサラさんは
キリッとしていて格好いい。
品の良い眼鏡と黒いビジネススーツがとても似合う知的な女性だ。
いいなあ。いつか、こういう仕事のできる人になりたい。
そう思いつつ、オレはサラさんの言葉に対して返事をした。
「攻城兵器や生物兵器じゃないんですか?」
自分で口にしてから考えると、結構すごい話題だということに気づいた。
いけない。サラさんに見とれている場合じゃない。
生物兵器じゃないなら、キョウコさんの言った推理が外れたことになるじゃないか。
「うむ。あくまで私の一意見に過ぎないのだがね。
キョウコ君の推理を聞いて私なりに考えてみた。
私はキョウコ君の言う血痕が、ただの血痕ではなく魔法陣だと思うのだよ」
「魔法陣? いえ、でも……」
実物の魔法陣を何度か見たことあるが、ちゃんと形式的な図形として整っている。
とても車輪の跡と見間違うほど滅茶苦茶ではない。
その滅茶苦茶な図形を魔法陣と捉えるサラさんの考えが気になった。
「ああ、もちろん魔法陣というものは魔術の儀式的要因をまとめたものだ。
だからこそ形式的な図形なのだが、その形式的にも様々な流派のようなものがある。
そして、今でこそ魔力結晶を溶かしたインクで魔法陣を描く方法が主流だが、
魔法陣の源流を辿ると遥か昔は己の血液を用いて描いていたのだよ。
つまり、私はあの滅茶苦茶な血痕の跡は歴史の彼方に失われた魔法陣のひとつと推理している。
もちろん確証は無いが、古代手法の類似点と壁に仕込んだ結界の防御を貫通していることに、
未知の可能性を感じているのだよ。
そう、対策の届いていない正体不明の魔術にね」
つまりサラさんは、正体の不明さに見知らぬ技術を見ているらしかった。
「エイジ君。すまないが、この後でちょっと付き合ってもらえないかな?」
サラさんは書類を書く手を休ませずにそういった。
「はい。わかりました。
けど、この書類を片付けたら今日はもう仕事ないはずですよね?」
「明日に向けて準備することがあるんだ。
アーノルド対策だね。一人だと少し時間がかかってしまう」
「……アーノルドたちが来るのは明日ですからね。
本当に急な話で嫌になります」
「ああ、全くだよ」
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「エイジ君、
以前、このダンジョンの魔物は2種類いることは説明したハズだね?
生物タイプの天然モンスターと、
無機質タイプの人工物モンスターだ。
どちらも冒険者を撃退するための防衛システムだが、
その他にも役割がある。
生物タイプのモンスターは素材の生産のために利用し、
無機質タイプのモンスターは私たちの命令を聞く労働力として使っている。
ここで問題だ。
この無機質タイプのモンスターは外見で強さが判断できるようになっているが、
どうしてそういう仕様にしているか、わかるだろうか?」
無機質タイプのモンスターを収納するモンスターハウスという部屋がある。
そこに行く途中でサラさんがオレに聞いてきた。
もし、冒険者の不意を突くのならば、姿形を同じにした上で、
能力をバラバラにした方が効率が良いはずだ。
それをしないで姿形をわける理由。
……全然わからない。
オレは、この問題を出したサラさんのことを考える。
彼女は数字と効率を重んじる性格だ。
ならば、答えは数字と効率に関係するに違いない。
その時、オレの脳裏に閃くことがあった。
「わかりました。
つまり、無機質モンスターは『ものさし』なんですね?
ダンジョンスタッフと冒険者の両方が測ることのできる強さのバロメーターなんだ」
「……ふーむ。驚いた。
正直、この問題の答えを当てるとは思わなかったよ」
サラさんは心底感心した様子だった。
オレは心の中でガッツポーズを決める。
サラさんほど仕事のできる人間に認められたことが嬉しかった。
でも、だからと言って疑問が晴れた訳じゃない。
「……あの、すみません。
バロメーターということはなんとなくわかったのですが、
結局なんのためのものさしなんですか?
利用価値がわからないんですけど」
「ふむ……。
全体像が掴めていないのに正解を導き出すとはね。
君のそういうところはレイ様に似ているな」
「え、いや、レイちゃんのような直感とは違いますよ。
ただ、サラさんは数値化と効率化が得意なので、
なんとなく関連性のあるものを考えただけです」
サラさんは顎に手を当てて何やら考えていた。
そして、こんな言葉を口にした。
「すごいな。なるほど。
君はなかなか面白い人材のようだ」
すごいと褒めてもらえた。
今日はいい日だ。
サラさんは話を続ける。
「無機質モンスターのランクは4つにわかれている。
ABCDの4ランクだ。
冒険者が連戦すると想定して、
このうちABの上位ランクと連戦して勝てる割合を50%下回るように、
無機質モンスターは強さを設定している。
冒険者ギルドの冒険者ランクは冒険者とダンジョンの相性が考慮され、
世界共通のランクとダンジョン固有のランクにわかれている。
このダンジョン固有のランク制を逆手に取り、
絶対評価制から相対評価制になるように、
ダンジョンスタッフはランク操作をしている。
これによって損益の計算の明確な基準化が可能となり、
想定と結果の差異が小さくて済む。
私たちダンジョンスタッフは冒険者ギルドに依頼を出すことも、
損益操作のひとつなので、お互いに視覚化された情報が必要だということだ。
わかってくれただろうか?」
「……すみません。難しいです」
うん、難しい。
何を言っているのかわからなかった。
「そうか。では、こう例えてみたらどうだろうか?
ランクを、レベルで評価するか、ランキングで評価するかの違いだとしよう。
冒険者が仮に全員で100人だとする。
レベルで評価した場合、50レベル以上がランク上位で利益が出るとしよう。
この時、50レベル以上が100人いたとすると、冒険者の全員が得をしてしまうので、
ダンジョンは損をしてしまう。
逆に、50レベル以下が100人いたとすると、冒険者の全員が損をしてしまうので、
誰もダンジョンに挑まなくなってしまう。
これではマズイ。
そこで、ランキングで評価をするとしよう。
この時、ランキング50位以上の得をする冒険者は50人、
ランキング50位以下の損をする冒険者は50人なので、
冒険者とダンジョンはお互いに良い利益関係を結べるので、
長く取引を続けることができる。
つまり、冒険者のランクというダンジョン側が操作できないことを、
ランキング制にすることで操作しやすくなるのだ。
そして、モンスターの外見で、
ランキングがわかりやすくなると考えてくれれば、
ニュアンスは伝わると思うのだが、
どうだろうか?」
「ええ、なんとなくわかりました」
なるほど。
利益と損失を操作するために、
ランキング制の方がやりやすく、
そのために外見でわかるようにしているという話なのだとわかった。
ただ、それだと引っかかることがある。
オレはサラさんに聞いた。
「でも、うちのダンジョンってユニークモンスターがいますよね?
見た目の割に強いモンスターが少し混ざっているんですけど、
これだと見た目でわける意味が無くなるんじゃないですか?」
「良い質問をしてくれるじゃないか。
君は優秀な生徒の素質がある。
先ほどの話を少し応用しよう。
上位50%のABランクのモンスターと、
下位50%のCDランクのモンスターがいる。
割合は50:50となり、冒険者の強さの割合も50:50になる。
上位50:下位50だ。
しかし、ここにユニークモンスターが混ざるとどうなるか?
荒地の廃城のユニークモンスター率は10%だ。
つまり逆に言えば、
『モンスターの強さは見た目によって90%の確率で正しくわかる。』ということだ。
すると大抵の冒険者はこの10%を軽視しがちになる。
人間は不思議なことに90%という確率を信用できる情報として扱うのだ。
では、冒険者ギルドがランクをつくる場合どうなるか?
9割の正しいデータと1割の例外がある場合、
9割の正しいデータを参考に冒険者ギルドはランクを作るしかない。
1割の疑問が常に付きまとうとしてもだ。
つまり実際のモンスター割合は上位55:下位45なのに、
冒険者たちは上位50:下位50と認識する。
実際のランクと冒険者の考えるランクに、
有利な誤解が生まれていると思わないか?
次に、単体パーティに絞った話をする。
先ほど言ったように
『モンスターの強さは見た目によって90%の確率で正しくわかる。』
というのがダンジョンのルールだ。
10回に1回はユニークモンスターに遭遇してしまう。
大抵のパーティは想定内の出来事なので対処できる。
では、連続でユニークモンスターに遭遇することは想定内になり得るだろうか?
90%の確率を連続で外すと考える人間は少ない。
それが、冒険者ギルドの出している信用あるデータだからなおさらだ。
そして、何度もダンジョンに潜っている経験者なら、なおさらだとは思わないか?
つまり、アーノルドパーティのような実績のある冒険者だからこそ、
『モンスターの強さは見た目によって90%の確率で正しくわかる。』
という情報に思考判断が引っ張られやすい。
さて、そこでだ、エイジ君。
私たちは今からモンスターハウスに行って、
いくつかの上位モンスターを下位モンスターに偽装する。
そして、アーノルド達に積極的にぶつける作戦を準備しようと思う。
これによって、全体の戦力割合は変わらないが、
ユニークモンスターが増えることによって、
死亡率を上げることができるとは思わないか?
やや間接的ではあるが、金銭をかけずに、
アーノルドパーティを妨害できるのだよ」
そう言ってサラさんは眼鏡を光らせた。
理屈を述べて眼鏡を光らせる。今のサラさんは博士キャラに違いない。
ビジネスウーマンキャラから、博士キャラになってしまったことで、
サラさんという存在がどこか遠くにいってしまうようで、寂しい気がした。
でも、やっぱりサラさんはたとえ博士キャラだとしても、
格好良いことに違いは無かった。
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――そういう馬鹿なことを考えるくらいには、
余裕が出てきたと言うべきだろう。
最初、アーノルドが来るとわかった時は焦ったが、
なんだかんだでオレ以外の3人は落ち着いている。
それが救いだ。
そう思っていた。
「アーノルドのパーティに強力な助っ人が参戦してきたわ」
レイちゃんのその言葉にオレ達は凍りついた。