お隣さんがダンジョン運営してました16
攻城兵器で壁に大穴を開けられたから、ダンジョンワームを使い、
ダンジョンワームに穴を増やされたので、架空の依頼をしようと思い、
架空の依頼をしようと思ったらアーノルドに依頼を取られ、
アーノルドを倒すために大穴を空けた攻城兵器を探すこととなった。
そもそも自分たちのダンジョンなのに、
攻城兵器という大きな物を隠されて気付かないというのもどうかと思う。
だが、ダンジョンのような迷宮で地図作成を封じることができるのは、
大きなメリットのため、オレが口出しするようなことではないのは確かだ。
ダンジョンスタッフですら
ダンジョンの構造全てを把握できていない。
キョウコさんとレイちゃんの話では、
その把握できていない余白に攻城兵器が隠してあるのではないか
ということだった。
問題は、その探しても見つからない余白をどうやって発見するかだ。
意外な話だが、探し物をする能力はレイちゃんが一番高いので、
ボス部屋は一時キョウコさんに任せて
(すごい不安だけどしょうがない……)
オレとレイちゃんで攻城兵器を探すことになった。
本当はレイちゃんにボス部屋を守っていて欲しかったが、
誰よりも探索に乗り気だったのがレイちゃんだったので、
ずるずると流された。
オレがレイちゃんを止めるのは違うだろうし、
任せろというほど探し物が得意ではないので、
これも仕方ないことだ。
日の光が入らない迷宮では、灰色の石壁に掛けてある松明が主な光源となる。
特に、じめじめと湿気った地下水路は、
松明の数が他のエリアより少なくなっており、
炎の揺れる不安定な明かりと、
足場を流れる水路によって、人を陰鬱な気持ちにさせる。
澱んだ暗闇の溜まる石壁の隅。
いつの間にか住み着いたコウモリが不意を突いて羽ばたいてくる。
なにか秘密めいたものを感じさせる地下水路の様子に、
確かに攻城兵器くらいは隠されていそうだな、と思った。
「お兄様。
こちらをご覧下さい」
ゴスロリドレス少女のレイちゃんが、
すでに塞がれた大穴のあった壁の足下にしゃがみ込み、
火炎魔法で生み出した灯火によって石の地面を照らす。
すると光に照らされて地面に何かが浮かび上がった。
魔法陣……ではない。大きく重いものが擦れた赤茶色の跡だ。
おそらくこれは攻城兵器を動かした跡だった。
「見ての通り車輪の痕跡がありますわ。
攻城兵器は確かにあったのです。
ですが、その周囲を見てください」
そう言ってレイちゃんは灯火の明かりを強め、
地面広域が見えるように足元を照らした。
一瞬、魔法陣と見間違えた理由がわかった。
車輪の跡は魔法陣のようにめちゃくちゃに円を描いて留まっているからだ。
だが、円を描いた車輪の軌跡は、一つも円の外に出ていない。
それは、つまり、
攻城兵器がその場からほぼ移動していないことを示していた。
「攻城兵器の移動した様子がありません。
おそらく攻城兵器は分解して持ち運びされたと思われますわ」
「分解ってことは、細かく分けて隠してあるということ?」
赤と黒の金髪ゴスロリ少女は
少し考えた後、首を振って否定した。
「それはまだ断定できません。
ですが、大型兵器のサイズで考えていると
間違える可能性があるのは確かですわね……」
ダンジョンスタッフの目を掻い潜ってあるだけあって、
どうやら一筋縄ではいかないことが予想された。
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「……お兄様は冒険者が大成するにあたって
最も大切な要素は何だと思いますか?」
てっきり、手当たり次第に探し始めるのかと思った。
しかし、レイちゃんは違った。その場に留まった。
石の壁にもたれかかって腕を組んで目を瞑り、
動くことをやめてひたすらじっと考え込んでいた。
そして、ようやく口を開いたと思ったら、
オレにそんな質問をしてきたのだ。
「んー、大切な要素?
やっぱり、それは強さじゃないかな?」
オレは答えた。
誰にも負けない強さがあれば、
それだけで何でもできると思う。
ダンジョンに来る冒険者を見てきたが、
やはり強さが重要な要素だとオレは思っていた。
「では、強い者であれば成功すると思いますか?
強ければ死なないというわけでもありませんし、
なにかを手にするというわけでもありませんよね」
レイちゃんの言い分には少し驚いた。
強さを探求して、強さの化身のような彼女の口から、
強さが大切な要素ではないという言葉が出たからだ。
「うーん、でも、そう言われればそうだなあ」
オレは考え直してみる。
「じゃあ、未来を予測する知力じゃないかな?
それさえあれば負けないじゃない?」
強さ以外の要素となると、
やはり計略か危機察知の能力になると思う。
なら、未来予知が最強だ。
「確かにおっしゃる通り負けませんわ。
しかし、それでは負けることはなくとも、
成功にはほど遠いですわね。
自分の実力以上に勝つことはないのですから」
「え、じゃあ、なんなの?」
「私はいかに矛盾を成立させているかだと思っていますわ。
弱いのに勝つ、危険なのに安全な道を選ぶ。
つまり、第三者から見て矛盾するものを備えている者です。
真似ができる。理解ができることは、いつか誰かが、
誰でも手の届く事柄に昇華させてしまうのですわ。
それは、つまり誰かに対策を取られることと同意なのです。
ですが、矛盾していることは誰にもどうしようもありません。
だって、矛盾しているのですから。
今回の攻城兵器の事件ですが、相手からは大きな矛盾の匂いがします。
ですので、私はアーノルドよりも攻城兵器の黒幕は恐ろしい敵だと警戒しています」
そう言ってレイちゃんは再び考え込んだ。
自分の世界に戻ったレイちゃんを見て、
オレは思い出した。
そこまでレイちゃんに言わせる相手と、
レイちゃんは確かボス部屋で戦っているはずだ。
「そういえば、レイちゃんって、
ボス部屋で壁を破壊した冒険者と戦っているよね?
それは、どんな相手だったの?」
「相当な手練でしたわ。
この私が久々に魔法を使い切りましたから。
ですがそこまでですね。
魔法使いの私に魔法を使い切らせたのは対策として普通のレベルです。
その程度で私に勝てると思った相手が浅いですわね。
下準備をしっかりしてきたという点については50点ほど差し上げても良いと思いますわ。
ただ……」
と言って、レイちゃんは表情を曇らせた。
「ボス部屋で戦った冒険者の中に
おそらく攻城兵器のアイディアを考えた者はいないでしょう。
あの程度ならば杞憂で終わるので、むしろ安心できます」
「…………」
「ですから私は、
攻城兵器に関わったパーティは2組だと考えています。
ただ、これは勘による判断の部分が大きくなりますから、
理性的に考えるなら複数のパーティで大所帯を結成し、
分割して攻城兵器を持って散らばった。
と考えるのが妥当だと思っているのですが……」
後半部分でレイちゃんの声は小さくなっていった。
勘という不確定なものに判断を任せて良いのか迷っているのだろう。
オレは言った。
「そこまでわかっているなら、そう考えて動いてみるのも良いんじゃない?」
「お兄様のように行動的で前向きなのは素晴らしいと思いますわ。
ですが、もし、キョウコのように裏をかくのが好きな相手であれば、
攻城兵器の跡だけ残して攻城兵器は使ってすらいないのかもしれません。
もし、そうであれば、相手は何かの準備に車輪の跡を残したことになります」
そこでレイちゃんは言葉を切り、呼吸を入れて言った。
「もしかしたら、今日私たちを殺す気だったのかもしれません。
そうであるからこそ、私がボス部屋から出て探しているのですよ。お兄様」
そう言ってレイちゃんはにっこりとほほ笑んだ。
オレは何ていうか、
「ははは……」と苦笑いを浮かべるしかできなかった。
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相当な思考時間を経て、レイちゃんはようやく動き出した。
そして、かなり長い時間をかけてダンジョン内部を捜索したが、
どこにも攻城兵器らしきものはない。
それどころか大穴の近く以外に痕跡すら見つからなかった。
「はぁ~。疲れた」
途中までレイちゃんのお供をしていたが、
帰って良いと言われたので、オレだけ先にボス部屋に帰還していた。
レイちゃんはまだ探している。
オレはサラさんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら
ソファーに腰を下ろしていた。
そんなオレのそばにキョウコさんが寄ってきた。
「お疲れ様ですー。
どうでした? 何か成果は出ましたかー?」
「いや、全然ダメだよ。
レイちゃんがすごい本気で探しているけど、
全然見つかる気配がない。
オレはとりあえず帰って良いみたいだから帰ってきたけど、
レイちゃんはまだ探しているよ」
「……そうですか」
「ねえ、なんでニヤニヤしているの?
仲間が頑張っているんだから、応援するべきじゃないの?
なんでそんな、ざまあ見ろみたいな顔してるのさ」
「いやあ、私そんな顔してましたか?
おかしいなあ。頑張って欲しいと思っているのに」
「……今回はすごい本気みたいだったから、
そういう顔でレイちゃんを迎えるのはやめてくれよ」
「……ふーん」
そう言ってキョウコさんはオレの隣に座った。
さっきのようなフザけた表情ではない。
しかし、どこか興の醒めたような表情で、キョウコさんは呟いた。
「らしくないなぁ」
「らしくないって、レイちゃんが?」
「はいー。そうですよー。
私ですら解けた問題なのに、
あの脳筋馬鹿にわからないということがあるんでしょうか?」
「え!? キョウコさんわかったの!?」
「100点は無理ですけど、
たぶん70点くらいの回答にはなると思います。
……こんな言い方するのも嫌ですけど、
私の方が早く気付くというのが信じられませんねー」
「確かにその言い方は自虐的だな。
……でもさ、わかったならすごいって。
あのレイちゃんでもわからなかったのに」
「あのレイちゃんという言い方はやめたほうがいいですよー。
たぶん、レイが嫌がりますから。
そうですねー。レイがどこまで推理したのか、
エイジ君に聞いてもいいですかー?」
「え? ああ、うん。わかった」
オレはキョウコさんにレイちゃんから聞いた考えを説明した。
「2組みのパーティにアーノルドよりも恐ろしい冒険者ですか。
んー、半分以上あたっていると思うんですけどねー。
というか、方法はわかっていないのに、そこまでわかるんですねー」
やっぱりレイは化物です、とキョウコさんは頷いていた。
何に頷いているのか全然わからない。
「ねえ、結局どういうことなの?」
「えー、いま説明しますねー。
まず大穴の前にあった魔法陣のような車輪の跡ですが、
あれは車輪の跡ではないんですよね」
「車輪の跡ではない?
じゃあ、なんなの?」
「はい、あれはおそらく擦れた跡と血痕の混ざったものです」
「血痕……」
ということはあそこで誰かが死んだのだろうか?
そう頭に浮かんだとき、閃くものがあった。
そうか、レベルダウンシステムだ。
「入口に強制転送……」
「そうです。
死亡判定が出て入口に転送されたから見つからないんですよー」
「ちょ、ちょっと待って。
じゃあ、攻城兵器は生物だったということ?」
「そういうことになりますね。
エイジ君だってダンジョンの壁に穴を空ける生物に心当たりあるでしょう?」
「ダンジョンワーム……。
ちょっとまって、ダンジョンワームだとしたらどうやってそれを制御したの?」
「その回答はエイジ君も検討がつくはずですよー。
ほら、レイならダンジョンワームですら一撃で葬り去るじゃないですか。
それだけの力があれば不可能ではありません」
「いや、でも、レイちゃんは……」
「ええ、レイは味方です。
ですから、レイに及ばないとしても、
かなりの力を持った存在が敵側にいたと考えるのが自然だと思います。
だからレイは警戒しているんじゃないですかねー。
それを矛盾の匂いとかいうもので察知できるのが、わけわかりませんけど」
「待って、外から持ち込んだダンジョンワーム転送するなら、
大穴と入口の2箇所に制御できる人が必要だよね?」
「レベルダウンシステムで自身も転送しないならそうですよねー。
だから、まあ、私はレイの考えが半分以上あたっていると思ったんですよー。
入口と大穴の2箇所にパーティが必要なんです。
あのロリババアは当たり前のように私に即死攻撃しますけど、
普通に考えたらレベルダウンのペナルティは重いので、
自分をレベルダウンしてまで大穴を空けるとは考えられません。
普通に考えたらレベルダウンのペナルティは重いですもんねー」
そう言ってキョウコさんは不貞腐れたように
サラさんの淹れたコーヒーを一気飲みした。