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お隣さんがダンジョン運営してました  作者: 榊坂さかき
お隣さんがダンジョン運営してました
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お隣さんがダンジョン運営してました15

「我が今回の依頼を受けるアーノルドだ。よろしく頼む」


ギルド室内にある対談用のソファーとテーブルを借りて

アーノルドと話し合うことになった。


アーノルドは英雄譚に出てくる騎士のように甲冑で身を固め、

その上を革のマントで身を包んでいた。

兜は外しているので、金髪と濃いイケメンがよく見える。


……鎧はレイちゃんに剥ぎ取られたはずなので、

おそらく二代目だと思われる。


あの後、ランベルの言いくるめに負けた。

アーノルドを雇うことは避けられなさそうだった。


断ればギルドとアーノルドに不信感を抱かせることになり、

そのリスクを負うくらいなら、

ダンジョン内部で依頼を失敗させたほうが被害が少ないと、

オレとサラさんの間で意見が一致した。


もちろん、成功報酬の証券は必要なので、

アーノルドを失敗させるだけだ。

その後、偽の冒険者になりすまして依頼を成功させたと報告すれば、

証券は手に入れることができる。


そもそも架空の依頼なので、依頼の終了は一瞬なのだが、

アーノルドに声をかけられたタイミングが悪すぎた。

こればかりは仕方がない。


問題は、いかにしてアーノルドを失敗させるかだった。

サラさんがギルドから受け取った書類を眺めながら、

アーノルドに声をかけた。


「ふむ。荒地の廃城に潜る冒険者としては優秀だね。

依頼達成の実績も十分なレベルだ。

これなら安心して任せられるだろう」


以前、キョウコさんの幻覚に惑わされて壁を殴りまくったり、

レイちゃんの火炎魔法の酸欠で倒された姿からは

想像できないほど優秀な冒険者だった。


さすが英雄譚に出てきそうな濃いイケメンというだけのことはある。

エリート級だった。

ボス部屋以外で倒すのが面倒なレベルだったので、

頭を抱えたい……。


「では、アーノルド君が廃城に潜る日時だが、いつになるかな?」


「ああ、それなら明日にでも出発しよう」


「ほほう、明日かね? それはまた随分と早いようだが、

そんなに急いで出発しなくても大丈夫だよ。

君たちにも、なにかと準備は必要だろう?」


「たまたま明日出発する予定だったのだ。

むしろ目標ができてありがたいくらいだ」


「そうか。それは幸運だね」


冷静なサラさんは笑顔でそう受け答えしていたが、

内心では幸運などとは思っていないだろう。

むしろ不運だ。


なにか持ち物に罠の類を仕掛けるとしても、

明日の出発では間に合わない。


「さて、依頼書(クエスト)の確認もさせてもらった。

互いに質問することも特に無いだろう。

少し早いが我は失礼する」


そう言ってアーノルドはギルドから出て行った。

その後ろ姿は勇敢な騎士の後ろ姿だった。


「ふーむ。参ったね」


表情を崩さずにサラさんが呟いた。

その呟きを聞いてオレも思わずため息で同調した。



◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□




ダンジョンのボス部屋に帰ってきたオレたちを

キョウコさんが指を差して笑って出迎えてくれた。


「ひゃーひゃっひゃっ!」とかいう聞き慣れない笑い声を上げながら、

くるくると回転している。すごい楽しそうだった。

オレは訊いた。


「ねえ、キョウコさん。

なんで笑っているの?」


「いやー、私、エイジ君とサラさんが

アーノルドにやられているところを見ていたんですよー。

エイジ君はともかくサラさんの困っている顔なんて久しぶりに見ました」


「後をつけてのぞき見かい?

あまり趣味が良いとは言えないね」


サラさんはそう言うと、いつものようにコーヒーを沸かしに行った。

キョウコさんの挑発的ともいえる嘲笑にすら表情一つ変えない。

その辺りのあしらい方は、さすが長い付き合いといったところか。


「まー、でも面倒なことになりましたねー。

素材の依頼でしたっけー?

ダンジョンのどこの素材を依頼として出したんですかー?」


「蜘蛛の糸さ。

ほら、最上階近くに巣を構えた大きなやつがいたのを覚えているかい?

あの巨大蜘蛛は卵を糸で包んで保護する習性があるのだが、

その卵に使われる糸が薄い青の混ざった銀色で、

希少な素材となるのだよ。

できれば報酬の額を釣り上げたかったのでね。

取るのが面倒なモノにはしたつもりだ」


ただね、とサラさんは続けて言った。


「その蜘蛛の卵の数を考えると、

依頼通りに素材を回収しようと考えた場合、おそらく卵が全滅してしまう。

そうなると、儲け口の一つが減ってしまうからよろしくない。

だからなんとしてもアーノルド君を阻止しなければならないね」


そう言いながらサラさんは全員分のコーヒーカップを準備している。

現在、ボス部屋には机とソファーとコーヒーセット一式が持ち込まれているので、

(ダンジョン内にこんなもの持ち込んで良いのかという疑問は見えない)

ゆったりとコーヒーを飲むことが可能だ。


その時、がちゃりとボス部屋の扉が開いた。

全員が戦闘モードに入る。


だが、そこから現れたのは冒険者ではなく、

レイちゃんが散歩から戻ってきただけだった。


「あら?

お兄様とサラ、戻ってきてたのね?」


そう言うなり、レイちゃんはソファーに腰掛け、

サラさんが淹れてくれるコーヒーを待つ体制になった。


……魔力結晶が無事なので文句を言うことはできないが、

できればボス部屋を留守にするのは控えて欲しい。

このダンジョンで一番安全な場所にあるはずのオレの生命は、

レイちゃんの気分次第でセキュリティがガバガバになるのだった。

レイちゃんはサラさんに向かって声をかけた。


「それで、サラ、ギルドのほうはどうなったのかしら?」


「ええ、それなのですが、

申し訳ありません。不都合が起こってしまいまして……」


「不都合? いったいなにがあったの?」


「それがですね……」


と言って、サラさんはアーノルドのことを説明した。


「そう。彼が依頼を受けることになったのね?

もともとここに来る予定だったということは、

メンバーは普段から組んでいる面子なのかしら?」


「はい。確認した限りではそのように言っておりました。

彼らのパーティの特色を考えると人員を替えることも難しいので、

ほぼ間違いないかと思います」


「すると前に来たパーティということね」


前に来たパーティとなると、

アーノルドの他には狩人と魔術師と盗賊だったはずだ。

『パーティの特色』という言葉が気になったので、

レイちゃんに聞いてみる。


「ねえ、レイちゃん、

パーティの特色ってなんなの?

アーノルドのパーティは割と普通に見えるんだけど」


「お兄様のおっしゃる通り構成はオーソドックスですわ。

しかし、全員の敏捷性が高いのでパーティ単位で連携の出し入れが速いのです。

お兄様が覚えていらっしゃるかわかりませんけど、

アーノルドは甲冑を来て大振りの武器を装備しているにも関わらず、

かなり俊敏な動きをしてました。


壁役となる前衛が素早く動けることで、

攻撃と防御を集中的に振り分けることができるのですわ。


例えばパーティが挟み撃ちにあったとしましょう。

普通のパーティなら同時に両方に対処しなければなりません。

ですが、アーノルドのパーティであれば、

片方に全力で対処したあと、もう片方に全力で対処するというような、

割り振り方が可能なのです。


これはメンバー全員の高い敏捷性に依存している連携なので、

メンバーの代わりを見つけるのは難しいと思われますわ」


なるほど。

どうやらアーノルドのパーティは素早い連携で畳み掛けるのが得意らしい。

そういえば、以前アーノルドと戦った時は、

アーノルドと他のメンバーを分断していた。

それは相手パーティの得意パターンを封じるためだったのかもしれない。


キョウコさんがテーブルの上に「地図らしきもの」を広げていた。

「地図らしきもの」という曖昧な表現の理由は、

このダンジョンは通路や部屋の入り組み方が複雑過ぎて

地図にならないからだ。


ただ、正確な見取り図は無理でも紙に描くことで、

ある程度の情報は共有できる。

オレは図面を覗き込む。

するとそこには雑な落書きで三つの道筋が描かれていた。

……キョウコさんは絵が上手くなかった。


「とりあえず紙にざっくり描いたものです。

入口から蜘蛛の部屋まで三つほどルートがありますよー。

なにか仕掛けますか? どうしますー?」


そこには本当にざっくりと罠と魔物の配置など情報が書き込んである。

このダンジョンの魔物は二種類いる。

ゴーレムやスケルトンなど命令を守って徘徊する無機質なタイプと、

蜘蛛やスライムなど様々な素材を生産してくれる生物タイプだ。


この荒地の廃城の罠はスタッフ以外に牙を剥くよう設定されているので、

あまり自由に行動できる魔物は自滅してしまう。

なので、規則正しく徘徊できる魔物を広く配置し、

自由に動き回る魔物を罠の少ない部屋などに閉じ込めている。


もちろん規則正しく徘徊する魔物の徘徊ルートをなぞることで、

罠を回避できるという冒険者側の攻略法があるのだが、

その辺はダンジョン側も理解しているので、

逆手に取るなり、容認するなり、色々と駆け引きがあるらしい。


キョウコさんが紙に描いたルートの一つを指差して言った。


「私としてはここのポイントで問い掛けして、

超えてくるようであれば、

四つ目のギミックあたりで全滅を狙うのがベストだと思いますよー」


「……ちょっと、待って。

話の腰を折って悪いんだけど、

問い掛けってなに? 専門用語?」


聞きなれない言葉が入っていたのでオレはキョウコさんに訪ねた。


「そういえば、専門用語ですねー。

せっかくですし説明しますか。


えー、例えば、即死ギミックだらけのダンジョンって、

誰も冒険者が来ないんですよー。

その理由は説明しなくてもわかりますよね?


で、あれば、どうするのが良いと思いますか?

それは冒険者の選択を尊重すれば良いんです。


エイジ君はダンジョン探索ゲームやったことありますよね。

そのゲームの中で、

冒険者とダンジョンの間で発生する駆け引きがあるんですよー。


奥に進むか、引き返すか、です。

この選択を相手に迫ることを私たちは『問い掛け』と呼んでいます。


このダンジョンはレベルダウンシステムを採用しているので、

死んでも現実的には死にません。

なので、冒険者は生きるか死ぬかのシビアな判断ではなく、

損得で判断することが可能なんですよー。


例えば冒険者の仲間が一人負傷したとしましょう。


今までのような連携は取れない。

戦力がダウンしてしまった。

しかし、ダンジョンの目標まで近かったらどうでしょうか?

無理して進むことも可能なのではないでしょうか?


こう考えさせるために、

私たちはわざと最初に一人だけ狙い撃ちにするわけなのですねー。


危険度の高いダンジョンの奥に誘い込めるか、否か。

そこに様々な分岐点が発生するわけです。


進んで試練を乗り越え成果を得る者。

進んで試練に破れ全滅する者。

戻って現状の戦果に満足する者。

戻ったことを悔やんで涙を呑む者。

戻ろうとして全滅する者。


このように問い掛けを活用することで、

冒険者の判断によって自動で振り分けが行われるのです。

これが本当は私たちの演出であり、手の平でまんまと踊っているとも知らずに、

冒険者同士で比較しあったり、運が悪かったと嘆いたり、

あの時の選択はああだった、こうだった、と的外れな反省をするのです。


クククククク。わかりますか?

いつでもヤろうと思えばヤれるのを知らずに自らの判断を疑うのですよー。

ハーハッハッ! こんな愉快なことはないですよーッ!」


テンションが上がったキョウコさんを見てドン引きした。

言っていることはなるほどと思ったが、性格が悪すぎる。

そんな腹黒い狐の娘を見てレイちゃんがため息をこぼした。


「はぁ。でもね、キョウコ。

それでも狙った通りにいかなかったことは多いでしょう?

大局的にコントロールできるのと、

小粒のアーノルドを直接的にコントロールできるかは別問題だわ。

冒険者側の実力によるところも大きいわけだし、

お兄様に説明しているだからしっかりやりなさいな」


「え? でも、レイちゃん。

今の話を聞く限り主導権はダンジョン側が大きく握っているよね?

即死のギミックをアーノルドにぶつける方法じゃ駄目なの?」


「お兄様のおっしゃる通りですが、

新しく即死のギミックを用意するお金が私たちにはありません。

確かに冒険者との間には私たちの方に主導権はあるのですが、

今回は私たちの主導権がお金に握られているといった感じですわ。

今ある物でやりくりするからこそ普段よりも難しい話なのです」


楽しそうにくるくる回っていたキョウコさんの回転が止まり、

真面目な顔でレイちゃんに声をかけた。


「そういえば、散歩の成果は出たんですかー?

あれが見つかれば金銭に余裕が生まれますよねー?」


「痕跡のようなものは発見できたけど、

その先が無理ね。私は本職のレンジャーじゃないから」


その二人の言葉を聞いて疑問に思った。


「ねえ、散歩の成果ってなに?

オレとサラさんがいない間に

レイちゃんはなにか探していたの?」


「ええ、そうです。

以前、冒険者が壁を破壊するのに使った攻城兵器が

ダンジョンのどこかに隠してあるはずなので、

それを探して売っ払ってしまおうかと」


よくわからないうちに変な方向に話が進んでいた。

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