お隣さんがダンジョン運営してました14
時の破壊神だったダンジョンワームは
体力の回復したレイちゃんにワンパンチで倒され
(さすがにあの化け物をワンパンチで倒せるとは思わなかった。)
ダンジョンに平和は訪れたが、
破壊されたもろもろの損害が大きく、経営は一気にピンチになった。
というか、元はといえば地下水路に空いた大穴をフォローするために
ダンジョンワームを放ったのだが、そのダンジョンワームに
穴を二つ増やされたということが本末転倒の始まりだった。
貯蓄していた資金は綺麗さっぱり散財した。
これによって新しく設備を補強するという計画は白紙になったが、
それだけならまだいい方だった。
問題は懐に金銭が無いことではなく、
出ていくお金が無いということだ。
つまり、支払うべきお金が払えない状態だった。
ダンジョンの施設に必要なモノは金銭で揃えている。
そして、金銭の取引というのは、その場の現金一括払いが全てではない。
当たり前だが、相手によって前払いや後払いを使い分けている。
その場で取引するのなら、買わずに我慢という選択も可能だが、
取引を交わしている以上、買わないという選択はあり得ない。
自分達の失敗で自分達に被害が及ぶのは自業自得の範囲だとしても、
自分達の約束をあてにしていた相手側に被害が及ぶのは、
なんとしても避けなくてはならない。
文字通り信用問題になる危険性があり、
信用は金や能力では得られない、
信用だけで得られる物だとサラさんが言っていた。
だから信用は何としてでも守らなくてはならない。
いかにして稼ぐかではなく、いかにして払うかという問題に、
いまオレ達は頭を悩まされていた。
「目先の1万円か一年後の100万円か。
みたいな質問をよく目にしますけど、
間違い無く目先の1万円に飛びつきますよね、今の私たち」
「まあ、あれは、
より良い生活を目指すための教訓みたいな話だからな。
一応、このダンジョンは、
一カ月間で200万円以上稼げるペースだし」
オレとキョウコさんはボス部屋に向かって歩いていた。
この頃、会議が多くなっている。
話せることは全て話したとも思うが、
それでもどうにもならないので、ひねり出せという感じだ。
「でも三日後の10万円が出ないって感じですよねー」
「そうだなー、本当にそんな感じ……」
秘策や奇策があったらもうすでにやっているというサラさんの言葉の通り、
思い付いた作戦はことごとく問題点を抱えていて実行不可能だった。
そんなこんなでボス部屋に辿り着いた。
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「……と、いうわけで、
今回の会議の内容は、
どうやって支払いを踏み倒すかについて議論したいと思うわ」
「「ぇぇぇえええぇぇぇえええぇぇぇえええええ――!?」」
レイちゃんの開口一番の言葉に、
オレとキョウコさんの絶叫がハモった。
オレは言った。
「いやいやいや!
昨日まで死んでも信用を守りましょうみたいなテンションだったよね!?
なんでそれが急に踏み倒す話になっているの!?
信用を守らないとお終いみたいな、深刻な話だったじゃないですかッ!?」
「エイジ君、私とて信用は守りたい」
そこでサラさんは一度、テーブルの上のコーヒーを啜った。
冷静沈着なサラさんは表情を少しも崩さずに言う。
「だが、無い物は無いし、無理な物は無理なのだよ」
「それで済むような話じゃないハズですよねッ!?」
お金のことに関しては一番まともで頼りになると思っていたサラさんが、
匙を投げたうえで開き直っていた。
なんていうか、もう駄目だった。もうお終いだった。
そうやって絶望しているオレに、
レイちゃんは温かい声をかけてくれた。
「お兄様、そんな悲観した顔をなさらないでください。
確かに踏み倒すという行為は悪逆非道なのかもしれません。
しかし、踏み倒したという事実が残らないほど相手を滅することができれば、
私たちの信用が守られ、悪逆非道という評判も広がらないのですわ。
ですから安心なさってください。
こう見えても私は破壊活動が大の得意なので、
私に任せて頂けるならば、
きっとご期待以上の成果を挙げてごらんにいれますッ!」
そう言ってレイちゃんはオレに向かって親指を立ててくれた。
ちゃっかりウィンクも混ぜている辺り、すごい可愛い。
けど、言っていることは何一つ可愛くないというか、
それだけはやっちゃ駄目だった。
「ちょっとまってくださいですよー。
潰すと言ったって、私たち確か色々なところと取引してますよねー?
その全てを相手にするわけですかー?
いくらレイがアホみたいに強いといってもそれは無謀ですよ……」
キョウコさんが危ない空気に水を差してくれた。
そうだ。相手は一つじゃない。
いくらレイちゃんが強いとはいえ、
証拠も残らずに滅するとなれば人手が足りないはずだ。
そんなキョウコさんの疑問に、サラさんが答えた。
「キョウコ君、安心したまえ。
私の計算によると、その全てが持つ資産を成功報酬に回せば、
相手戦力を殲滅するに足る傭兵を雇うことが可能なのだよ。
私たちは出ていくお金が無くなり、
傭兵どもはお金が入ってウィンウィンの結果が得られる。
何一つ問題は無いはずだ」
「いや、何一つ問題が無いどころか、
最初から最後まで問題しかないですから」
たまらずにオレはサラさんにツッコミを入れてしまった。
自己険悪感に襲われるが、
さすがに看過できる意見じゃない。
しかし、たとえ邪道とはいえ、
昨日まで解決不可能だった支払い問題に、
解決方法を提示したのだ。
そういう意味ではサラさんはすごい人だった。
ここはオレも具体的な解決方法を出さねば、
みんなの意見を変えることはできないだろう。
オレは言った。
「今の傭兵のアイディアを聞いて思いついたんですが、
傭兵に相手を襲ってもらうのではなく、
自分達のダンジョンを襲ってもらえば良いんじゃないですか?
そこで傭兵から装備を奪えばお金になると思います」
「着眼点は素晴らしいと思うが、
その手法は私達がすでに冒険者ギルドを通じて行っている方法と同じなのだ。
普段は私達が冒険者ギルドに依頼を出し、冒険者に来てもらっている。
……もちろん、正直にダンジョンの者だとは言わないがね。
だから冒険者は仕事が無くならないし、ダンジョンに来る冒険者の数も減らない。
もちろん仕事に対する成功報酬もダンジョンが払っている。
だが、それは全体の利益の3割になるように調節しているから私達に儲けが出るのだよ。
このバランス調整がデリケートなので、余計な横槍を入れる余裕はない」
サラさんがそう答えたのに対し、
レイちゃんが今度は口を出してきた。
「そうだわ。
冒険者の報酬という手があったんじゃないかしら?」
オレとサラさんは頭に疑問符を浮かべた。
つまりどういうことだろう?
レイちゃんは話を続ける。
「冒険者ギルドが成功報酬に後払いの証券を取り扱っているのを覚えているわ。
その証券は確か現金と同じレベルの信用ある金券だったはずよ。
つまり私達がその証券で支払いを済ませることができれば、
払う額に変わりはないけど、払う期日を実質伸ばすことができますわ」
「ごめん、レイちゃん。
もうちょっとわかりやすくお願い」
「レイ様の話をわかりやすくまとめると、
架空の依頼と架空の冒険者を作り、
成功報酬に後払いの証券を出してもらう。
それで支払いを済ませれば後払いで良いということさ」
サラさんが要点をまとめてくれたが、
まとまり過ぎてて逆にわかりにくくなった。
ま、まあ、借金を借金で先延ばしにする話だと考えれば大体合っているだろう。
だが、サラさんが不安そうな表情で訊く。
「しかし、レイ様。
依頼主としてギルドの信頼を得ているので、
その方法を実行するのに問題はありませんが、
今度は不審な金銭の動きに税務機関が動くのではありませんか?」
「そこまで考えるのは、さすがに用心が過ぎると思うわ。
それに、そうなったら、今度こそ私が潰してあげるわよ」
威圧感が場を一瞬で支配した。
誰かの唾を飲む音が聞こえる。サラさんからだった。
キョウコさんの顔からも血の気が引いて真っ青になっている。
オレも多分みんなと同じ表情をしているだろう。
「と、とにかく、レイちゃんのアイディアでなんとかなりそうだよね……」
今思えば、オレはこの時の発言でフラグを立てたような気がする。
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「我が今回の依頼を受けるアーノルドだ。よろしく頼む」
フラグを回収した。いや、正確に言うと、
依頼を出す直前に声をかけられて、
そのまま外堀を埋められて頼むしかなくなった。
話は冒険者ギルドにやって来たところまで遡る。
オレは勉強を兼ねてサラさんと一緒にダンジョン最寄りの町にやってきた。
なにげに初めてダンジョンの外の世界を見たわけだが、
感想としては幻想的というよりは時代錯誤の田舎っぽさが目立つ町並みで、
(常に魔法が飛び交っているわけでもないので)
つまり現代から科学の要素を抜いた感じそのままだった。
ただ、人種は本当に様々な種族がいて、
小人族やら長耳族やら獣人族やら良くわからない種族まで沢山いる。
しかし、ぶっちゃけると普段ダンジョンに潜ってくる冒険者とほとんど変わりなかったので、
新鮮味に欠ける面子たちだった。
要するにあまり驚きも感動もなかったが、
ある意味、ダンジョンで普段から色々なものと接しているので、
それも仕方ないことだと思えた。
ただ、それでも冒険者ギルドに入った瞬間は空気が変わった。
魔王を討伐した歴史を持つ最大手の組合というだけのことはあり、
冒険者ギルドという組織そのものがまい進的なエネルギーをまとっている。
職員の一人一人から冒険者はもちろん、
掃除のおばちゃんですらきびきび働いていて隙がなかった。
はっきり言ってこれがオレたちの戦っている相手かと思うと本気でビビる。
こんな気合の入った超マジメ集団に勝てるわけねーよ……。
「お客様。ようこそ冒険者ギルドへいらっしゃいました」
身体が引き締まる低音ボイスで声をかけられた。
見れば受付カウンターの椅子に座る中年男性の姿がある。
渋かっこいいスーツ姿の受付員だった。
それは、もはや中年男性と彼を表現することすら失礼に値するレベルだ。
スーパー・ダンディ・ナイスミドル。
ダンディにスーパーという言葉を付けて、ようやくスタート地点に立った感じだ。
オレは思った。なぜ受付嬢ではなくオッサンを配置するのだろうかと……。
サラさんがカウンターの前に出て彼に挨拶をする。
「これはランベルさん。お久しぶりです」
「お久しぶりでございます。サラ様。
お美しい貴方にまたお会いできて嬉しく思っております」
と言ってランベルはお辞儀をした。
ん? このオッサンは一体何を言っているのだろうか。
「エイジくん、どうしたんだい?
低空からメンチを飛ばしてくるヤンキーのような顔をしているよ。」
とサラさんに小声でたしなめられて冷静さを取り戻したが、
オレの心にはランベルに対しての険悪感が渦巻いていた。
再会して三秒でサラさんを口説くとは良い度胸だ。
死ぬ覚悟は済んでいるんだろうな?
……ただ、今は殺る時ではないので、
ダンジョンの用事を優先する。
サラさんはいつものように依頼書を発注したい
とランベルに持ちかけた。
クエストの中身はダンジョンに潜っての素材の採集だ。
特別な事情で大量に必要になったが、
即金では間に合わないので報酬は後払いが良いという
完璧なストーリーの口実でランベルに話を持ちかけていた。
とても自然な流れだ。この依頼に疑う部分など欠片もない。
サラさんの交渉は完璧だったが、不幸がそれを邪魔した。
「貴様たち。そこまで潜れる冒険者を探しているのか?」
背後からの奇襲である。
いや、一応気配はあったが、無害だと思い込んでいたのがまずかった。
「ならば、我に任せるが良い。
我ならそこまで行くことも、
そこに行けるメンバーを集めることも容易い」
振り返ると、そこにはどこかで見たことのあるアーノルドがいた。
「いや、だが、しかし……」
とサラさんが言ってみたものの逃げ場が無い感じがする。
何が一番面倒なのかというと、アーノルド本人ではなく、
オレたちのやり取りを目撃しているランベルである。
ランベルはここぞとばかりに口を挟んできた。
「サラ様。ここは彼に先ほどの依頼を受けてもらってはいかがでしょうか?
この方はダンジョンに潜る冒険者の中でも、
最奥のボス部屋にまで到達している実力者でございます」
嫌なタイミングで冒険者ギルドのお墨付きを頂いた。