お隣さんがダンジョン運営してました11
オレ達が運営している『荒地の廃城』というダンジョンには、
地下水路が張り巡らされている。
人が生活をする場所には、水が必要であり、
それはダンジョンでも変わらない。
だから地下水脈から巨大なポンプを使って水を引き上げ、
ついでにそれをダンジョンの仕掛けにも利用しているのだ。
もちろん水路のエリアも迷路となっており、
冒険者はそこに侵入してくる。
その地下水路の一部が冒険者によって破壊された。
幸い、重要施設に被害は無く、壁に大穴が開くだけだったのだが、
大穴からボス部屋までの近道が出来てしまうという問題が発生した。
そのため、急遽スタッフ全員を集め、
ボス部屋で緊急会議があると連絡を受けた。
折りたたみ式の簡易テーブルと椅子が並べられ、
コーヒーの入ったマグカップと被害状況をまとめた紙が各席に置いてある。
サラさんが淹れてくれたコーヒーはまだ温かく、湯気が立っている。
どうやらオレが最後だったらしく、他のメンバーは全員席に着いていた。
オレも急いで座る。
サラさんが口を開いた。
「では、これから緊急会議を始める。
レイ様どうぞ」
「さて、ご存知の通り我がダンジョンは上階と下階を往復させることで、
ボス部屋までの距離を稼いでいるわ。
だけど、先ほどやってきた冒険者の開けた穴のせいで、
ショートカットが出来てしまったの。
これは入口に近く、利用されるとダンジョンの半分が機能しなくなるものなのよ。
まだダンジョンは公開中なのよね。なので今にも冒険者たちは侵入してくるわ。
それで、緊急の対応を要するのだけど、誰か意見は無いかしら?」
「どうせ、レイがボス部屋に来た冒険者を皆殺しにするので、
急がなくても良いんじゃないでしょーか?」
キョウコさんはいつもと変わらない調子で言う。
焦っている様子は無かった。
「確かに普段ならそうね」
そう言ってレイちゃんは獰猛な笑みを浮かべた。
小柄で子供のような容姿の彼女だが、
こういう表情をしているときは、
歴戦の戦士だということを思い知らされる。
しかし、すぐ真顔に戻って言った。
「地下水路の結界と物量で固めた壁をわざわざぶち抜いてきた相手だったのよ。
もちろん無傷で追い返したわ。でも、手ごわくて思ったよりも力を使ったから、
休憩が欲しいの。少し時間を稼いでもらえないかしら?
……それとも貴方が代わりにボスでもやってくれる?」
キョウコさんの両目が驚きに見開かれた。
休憩が欲しいという弱々しいセリフをレイちゃんから聞いたのは初めてだ。
サラさんが畏まった様子でレイちゃんに訊ねる。
「……レイ様、お時間はどれほど必要ですか?」
「一時間。それで私はまた戦えるわ」
「では、三時間ですね。レイ様はいつも無理をなさいますから」
「サラ、一時間と言ったら一時間よ。
余計な気遣いは無用だわ。
私は強い。そして、まだ強くなる。
だから、悠長に休んでなんかいられないの」
その時、バタンと扉の開かれる音がした。
「ここって城の反対側ッスよねー。
いつもと違って初めて来るから案内とかできねーッスけど……」
というセリフと共にチンピラ風情の集団が四人くらい入ってきて扉を閉めた。
「畏まりました。それでは一時間ほど時間を稼ぎます。
……キョウコ君、エイジ君。
まあ、そういうわけで我々は軽視できないピンチに陥っている。
とりあえず手元にある資料を見てくれ。私から状況を説明しようと思う」
「サラさん、すみません。
もう、そういう段階ではないと思うんですけど……」
明らかにボス部屋に迷い込んできた冒険者たちがいた。
冒険者の目には、
ボス部屋でテーブルを広げて会議しているという
シュールな光景が広がっているはずだ。
「キョウコ――動くと燃やすわよ?」
凄みの利いた声でレイちゃんがキョウコさんをけん制する。
キョウコさんは、狐耳と背筋と全身の毛をぴきーんと伸ばしたまま固まっていた。
その両手には複数のクナイ(どこから出したかは謎)が握られている。
どうやら、冒険者に向かって投擲しようとしたところを止められたようだ。
動きを止められたキョウコさんはしぶしぶ元のポジションに戻る。
「では、資料の図を見てくれたまえ。
このように地下水路の壁が……」
「……ちょっとまった。良いのか? これで」
「お兄様? どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
冒険者に反応していたキョウコさんですら、
真面目な顔で資料を見ている。
なら、皆が反応しないなら、オレだって反応するものか。
オレは資料を見る。写実的な図が書いてあった。
カメラで撮影した方が早いんじゃないかっていうほど、
事実に忠実な絵だった。
……確かに、この短時間でここまでクオリティの高い絵を
仕上げたのは凄いと思うが、努力の無駄じゃないだろうか。
というか、この資料は全部手書きだ。すげえ。
「すげえ!! 美人が四人もいるぜえ!!」
空耳を無視して資料の文章を読む。
穴の大きさは直径三メートルほど。
破壊跡から推測するに、強力な打撃で強引に壁を破壊したとのこと。
これまで見てきた冒険者から考えると、
生身の人間がそんな力を出せるとは考えにくい。
つまり、攻城兵器か何かを持ち込んだのだろう。
……ちょっと待て、四人ってどういうことだ。
ここには、レイちゃん、キョウコさん、サラさんの三人しか
女性がいない。すると後の一人は?
「まず、ボス部屋まで冒険者を辿りつかせないことが第一ですよねー。
しばらくレイが使い物にならないのなら、そこが最重要課題となるはずですー」
キョウコさんの言葉にサラさんが答えた。
「そういうことになるだろうね。
そこで戦力の補強が必要だが、取れる作戦が二つある。
一つ目は、ショートカットによって機能しなくなったエリアから罠を移動させ、
機能しているエリアの戦力に加えること。
二つ目は、インスタントエッグを使って狂暴なモンスターを
ダンジョンに解き放つことだ。
一つ目の作戦のリスクは、機能しなくなったエリアの防御力が落ちることで、
分割してある宝物庫などが危険にさらされることだ。
残念なことに機能しなくなったエリアにそういう部屋が幾つか存在する。
二つ目の作戦のリスクは、インスタントエッグで放つモンスターは、
こちらの命令を聞かずに襲ってくるのだ。動き難くなる。
冒険者の防具ごと破壊するだろうし、収入も減るだろう」
「むー。難しい選択ですねー」
「あれ? この馬鹿デカイ水晶って、ひょっとして魔力結晶!?
俺たちもしかしてすげーお宝を目の前にしてるんじゃね?」
無視できない存在感がさっきからオレの視界を出たり入ったりする。
皆、どうしてそこまで無視できるのだろうか? 集中力の問題か?
そんなことを考えていると、また再び空耳が聞こえてきた。
「てゆーか、こいつらさっきから机に座って何やってんだ?
ここ廃城の中だよな。……まさか、モンスター?」
「おい! お前らいったい何なんだよ!?」
……ついに気付かれてしまった。いや、ついに、じゃないか。
最初から気付かれていた違和感にツッコミを入れられてしまった。
もう誤魔化せないというか、最初から誤魔化す気があったのか謎だが、
とにかく衝突は避けられない状況になった。
冒険者に怒鳴られたレイちゃんは、鬱陶しそうに答えた。
「……はぁ。
うるさいわね。今、忙しいの。
私と話をしたいなら、もう少しで終わるから待っていてもらえないかしら?
いま、大事な話をまとめているところなのよ。
……で、話を戻すわね。
最近は資金を貯めていたから、ここで失うのは痛手ね。
そうよね、サラ?」
「はい、仰る通りです。レイ様」
冒険者達は顔を見合わせて困惑していた。
オレは自分の口があんぐり開いていることに遅まきながら気付いた。
まさか……このまま続ける気か……?
冒険者たちも戸惑い気味に喋り合う。
「おい、どうするよ?」
「どうするって、邪魔できる雰囲気じゃないし、待つか?」
「なあ、この魔力結晶は持って行っても良いんだよな?」
その魔力結晶は持って行ってはいけません。
という正論を何故か言っては駄目な空気が流れているので、
オレは何も口を挟まずに頑張ってレイちゃんの話を聞いていた。
「では、今ある資金を守らなければならないわね。
だから、一つ目の案は却下。
代わりに、確か倉庫に使っていない罠が幾つかあったはずだから、
それで誤魔化しておきなさい。
二つ目の案を中心に動いてもらうわ。
地下水路を巡回するように化け物を放つことと、
細かい部分はサラに任せるわ。
サラ、大丈夫よね?」
「はい、レイ様。お任せ下さい」
「頼んだわよ。……さて」
そう言ってレイちゃんは四人組の冒険者に向き直った。
チンピラ風の冒険者たちは、
魔力結晶を取り囲んで大きさなどを調べていたが、
話が終わったことに気付くとレイちゃんに注目した。
冒険者四人の視線を一身に集めた状態でレイちゃんは言った。
「私がこの荒地にそびえる迷宮城の主、
クイッククッカー・レイチェル・アナキンスよ。
貴方達は、どんな用があってここまでやって来たのかしら?」
正々堂々とボス宣言した。
さっき戦えないとか言っていたのは嘘だったのだろうか……。
◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□◆□
「まさか正々堂々ハッタリだけで追い返すとは……」
「戦闘を回避するという点では満点回答ですけど、
もうちょっと頭の良い方法があったと思うんですよねー」
ボスと戦うには、まだ準備が出来ていない。
先ほどの冒険者たちを表すならこういう状態だった。
レイちゃんは扉に入ってきた時に冒険者が呟いた
『ここって城の反対側ッスよねー。
いつもと違って初めて来るから案内とかできねーッスけど……』
というセリフから、ダンジョンの攻略が目的ではないと見破ったらしい。
いつも来る常連ということは少なからず自分の強さの評判を知っているだろうし、
ダンジョンの半分ほどしか知らない道案内を連れているという時点で、
攻略を真剣に考えているわけではないという推理だったようだ。
だからハッタリが通用すると踏んだ。
その割に大穴が開いてたら誘われて入るような
冒険心の強い相手だったので、やや不安はあったが。
「んー。まあ、英雄だった時代から名前の大きさだけで相手を降参させていた
という話も何度か聞いたことありますし、その手の方法には慣れていたのかも
しれませんねー。……メチャクチャですけど」
「なるほどなー」
メチャクチャだが、ボス部屋で一戦交えるよりは、
時間の消耗も戦力の消耗も無くて良い。
レイちゃんという最大戦力がいない現在、
中ボスレベルのキョウコさん、
雑魚のオレ、戦力外のサラさんが動ける人員だ。
あまり余裕があるとは言えない。
「では、早速で悪いがキョウコ君。
お願いしたいことがあるのだがね」
「わかりましたー。
倉庫からどんな罠を持ってくれば良いですかー?」
倉庫にある罠はキョウコさんでなければ判断できない。
だから、罠を使うならキョウコさんの知識が必要だ。
「いや、罠ではないさ。
君には穴の前に立ってもらって、
通ろうとする冒険者を撃退して欲しいかな。
罠よりも、まずは通れなくすることが先決だ」
「……あっ、はい、わかりましたー。
……なんでいつも罠師の仕事じゃないですかね」
返事の最後にそんなことをボソッと呟いていた。
「では、エイジ君は私と一緒に着いて来てくれたまえ。
君にはインスタントエッグを取りに行く手伝いをしてもらいたい」
「あ、わかりました。いま行きます」