表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お隣さんがダンジョン運営してました  作者: 榊坂さかき
お隣さんがダンジョン運営してました
1/17

お隣さんがダンジョン運営してました1

日光の差す気持ちの良い放課後。

交通量の多い国道の歩道で起こった出来事だった。


お隣さん家には「キョウコさん」という同い年の女の子がいる。


いつも邪気のない明るい笑顔を浮かべている栗色ポニーテールの女子高生だ。

たまに登下校が一緒になったりすると、その日はちょっといい気分になれる。


そんな彼女が、今、目の前で道を大きく逸れたトラックに撥ねられそうになっていた。


「キョウコさん! 危ない!!」


手の届く距離だった。


たまたま後ろから声をかける直前でトラックは現れたのだ。

だからオレは彼女を逃すために、

彼女の背中を押し飛ばそうとした瞬間だった。


「背後から攻撃の気配ッ!?」


キョウコさんは急にそんなことを口走って、

凄まじい勢いで振り返ると、

押し飛ばそうとしたオレの手を掴む。


そのまま腕をひねって腕の骨をへし折った。


さらに追撃でオレの胴体に見えない速さの膝蹴りを入れてくる。

肋骨と背骨の砕けた音が身体の内側から聞こえた。


ん? えっと、どゆこと?


痛みがなく、景色がスローモーションだったのは、

すでに死んだ直後の走馬灯を駆け巡っていたからだと思われる。


「あれれ!? エイジ君!?」


そうです、正解はエイジ君です。ははは……。


やったことないから知らなかったけど、

キョウコさんの後ろから「だーれだ?」ってやると、

どうやら殺されるらしい。

彼女に対しての新しい知識が一つ増えた瞬間だった。


いつ使うことになるかは知らんけど。


というか、トラックそろそろなんとかしないと、轢かれちゃうよ、キョウコさん。


「フンッハッ!」


彼女は迫り来るトラックを片手で受け止めてみせた。

アスファルトが衝撃で蜘蛛の巣みたいなヒビを作って割れる。


いやいや、片手でトラックの勢いを完全に止めるってどういうこと?

まぁ、無事そうなので良かったのかな?


そもそも彼女の人間離れした動きは何なのか?

謎は尽きない。

さっきからオレを包み込んでいる眠気に意識をゆだねた。

世界は暗闇になった。



――――――そして、次に視界に入ってきたのは、

ウェーブのかかった金髪少女の顔面ドアップだった。


「うおぉっ!」


「みぎゃあ!」


お互いに奇声をあげて飛び退いた。


目の前には、身長が百五十センチくらい、

ウェーブのある金髪をした女の子がいる。

まだ幼さの残る顔立ちをしているが、

造形は美しく、将来は西洋人形のように気品ある貴婦人になりそうな子だった。

着ている服装も、赤と黒のゴスロリ調のフリフリしたドレスで、

彼女の魅力にマッチしている。


というか、この少女は見たことあるぞ。

たしか、お隣さん家の三女、レイちゃんだ。


「えっと? あれ、オレ一体どうなったんだ?」


周囲を見渡してみる。ここはオレの知っている場所ではない。


四方が全て灰色の石で造られている大部屋だった。

椅子も机も家具も何も無い殺風景な空間。

壁には炎の灯った松明がかけられていて、

暗い洞窟のような部屋を明るく照らしている。


ただ一つ、奥には七色に光り輝く巨大な宝石らしきものが、

大事そうに台座の上に納められてあった。


「お、お兄様ーっ!!」


「どわふぅ!」


レイちゃんがオレに飛びついてきた。

相変わらず体重の軽い彼女だが、急に飛びつかれると痛い。


「ちょっと、レイちゃん、離れ……あひゃひゃひゃひゃひゃ」


くすぐられた。身体のわきをまさぐられた。

ちょ、やめろ、そこから先は立ち入り禁止区域だ。


「いい加減に離れろっ!」


オレは彼女の小柄な身体を押しのけて距離を確保した。

息を整えないと酸欠で死ぬ。

オレは息絶え絶えに彼女を見下ろして警戒心をあらわにしてみせた。


がるるるる。


しかし、そうやってふざけるオレとは正反対に、

レイちゃんの頬から涙が伝って落ちた。


ぴちゃん、と。聞こえるはずのない水音が部屋に大きく響いた気がした。


オレは呆気にとられた。


「あれ? レイちゃん、ひょっとして泣いているのか?」


「…………」


彼女はうつむいたまま、肩を震わせて泣いていた。


何かしてしまっただろうか?


いや、彼女に、何かあったのだろうか?


わからない。

ただ、彼女を慰めてやるのが、オレの役割だということは理解していた。

オレはできるだけ優しい声で話しかけた。


「レイちゃん、どうした? なにかあったのか?」


「…………」


がしっ、と彼女は無言のまま、再びオレに飛びついてきた。

よくわからないが、さっきのように引き剥がすことはしない。

代わりにそっと抱き返してやった。そして頭を撫でてやる。


怖い夢を見た子供をあやす父親のような気持ちで、

オレは彼女が落ち着くまで、そうやっているつもりだった。


「…………」


「…………」


目があった。

レイちゃんとではない。


この部屋に一つだけある扉から、

オレと同じ百七十センチくらいの身長で、

栗色の長い髪をポニーテールにまとめている女の子がこっちを覗いていた。

青い生地に黄色い蝶柄の忍び装束と和服を混ぜたような服装をしていて、

邪悪な微笑みを浮かべている。

というか、キョウコさんじゃないか。


「……エイジ君。さすがに中学生と抱き合うのはいかがなものかと」


「いや、えっと、これは……別にやましい行為じゃない」


キョウコさんは扉に半身を隠すような形でこちらのことを伺っている。

しかし、いつものキョウコさんと様子が違うのはオレの気のせいだろうか?

普段の彼女は全く邪気というものがないように振舞っているのだが、

いま目の前にいるキョウコさんはむしろ邪悪さに満ち満ちているような気がする。


だが、そんなキョウコさんの雰囲気の変化よりも、

もっと目を惹く変化が彼女には起こっていた。


ぴこぴこ。


キョウコさんの頭に生えている二つの猫耳が動いていた。


いや、えーと、猫耳?


「言い訳ですよー。

やましくなければロリコンじゃないなんてロリコンの常套句じゃないですか。

開き直って絶賛興奮中ですって親指立てるくらいはして欲しいところですよー」


「いや、別に興奮していないのに自ら冤罪を作るような真似はしないって。

ところで、その……頭にある猫耳はなに?

ひょっとして直接的に生えてたりする?」


「あー、違いますって。これ猫耳じゃないですよー」


どうやら猫耳じゃないらしい。


そして彼女は言った。


「狐耳です。キャットじゃなくてフォックスですよー」


いや、知りたかったのはそこではないし、どうでもいい。

欲しかった答えは、頭から生えている本物なのか、

作り物のニセモノなのかどうかだ。


「……そこにキョウコがいるの?」


その冷たい呟きにキョウコさんはビクッと震えた。

オレもちょっと小便をちびりそうになった。

声の出処は、オレの胸に顔をうずめているレイちゃんからだった。


キョウコさんは部屋に入るかどうか迷った素振りを見せたあと、

ゆっくりと扉を閉めて向こう側に消えていこうとした。


オレもその方がいいと思う。

いまのレイちゃんは、なんか怖い。

身体から湯気のように怒りのオーラみたいなものが出ているから。


「ねぇ、なんで逃げようとしてるの?

元はといえばアナタが全部悪いってわかってるわよね?」


しばらく沈黙が続いたあと。


キィという弱々しい扉の音とともにキョウコさんが姿を現した。

どうやら逃げることを諦めたらしい。

彼女は怯えながらトボトボ歩いてこっちまでやってきた。


さっきは扉に隠れて見えなかったが、

狐耳以外にもふさふさした黄色い尻尾が生えている。

レイちゃんはオレから離れてキョウコさんの前に立った。


修羅場の予感がする。


「あ、あのさ、レイちゃん、

キョウコさんが何をやらかしたのか知らないけど、ほどほどにしてあげたら?

ほら、一応、逃げないで出てきたのは殊勝な態度なわけだし」


「庇わなくていいんですよ、こんなやつ。

コイツがお兄様にしたことを思うと……

でも、当事者であるお兄様がそうおっしゃるなら、少しは手加減しますけど」


その言葉にあからさまに狐の少女はホッとした。


「なに気を抜いているのかしら? ほら、まずはお兄様に謝ってください」


「えーと、エイジ君。

その、えっと……

殺しちゃって本当にごめんなさい。本当にごめんなさい」


深々と彼女は頭を下げた。

誠意は篭っているようだった。

でも、なんというか。


……その内容が重大かつ現実離れしすぎて、

俺はどう反応したらいいのかわからなかった。


というか、やっぱりオレは死んだのか。

でも、死んだのにオレはここにいるよな?


今になってオレは訊きたかった疑問を次々に思い出していた。


「……とりあえずわかった。

オレがキョウコさんに殺されたことが夢じゃないことはわかったよ。

それはちょっと保留にしよう」


感情が追いついてないし、簡単に許していいのかわからないので保留にした。


「それより色々とわからないことが沢山あるから、

それについて説明してもらっていい?」


「あー、わかりましたよー。

じゃあ、私たちのことから順番に説明しますよー」


キョウコさんの話はオレの常識をぶち抜くものだった。


まず、キョウコさんとレイちゃんは人間ではないらしい。

キョウコさんは狐の獣人、レイちゃんはドワーフの魔法使いだそうだ。

そもそもそんなモノが現実に存在するわけがないのだが、

ここはオレが元居た世界ではなく異世界なので、

そういう種族が普通に暮らしているのだとか。


それで、オレ達がいる石造りの大部屋はダンジョンと呼ばれる迷宮の最奥だった。

台座に置かれている七色の巨大宝石は『魔力結晶』と呼ばれる魔石なのだそうだ。

この魔石のおかげでダンジョンはその形態を保つことができ、

オレはこうして生き返ることができたのだという。


「つまり、オレは間違いなく死んだってことなのか。

しかし、生き返るって凄いな。

どう考えても反則技技っぽいじゃん」


「さすが!お兄様は聡明です。そうです。

死者蘇生術は自然の理に背く禁術なので、

色々とお兄様は人間を辞めていることになります」


「あれっ!? なんか人間じゃなくなってた!?」


「そうだよー。聞いたことあると思うけど、

不死者(アンデット)っていうのが、いまのエイジ君の正体だよー」


不死者(アンデット)ってあれか。

たしかゾンビとか、スケルトンとかだったな。

ということは、オレも最終的にあんな姿になってしまうのだろうか。

さすがにちょっと美意識に傷つくものがあるな。

まぁ、死んでも生きているということを考えれば贅沢なのかもしれないが。


不死者(アンデット)と一口に言っても種類がありますからね。

お兄様の場合は『リッチー』と呼ばれる不死者(アンデット)なります。

ゾンビやスケルトンや吸血鬼のような醜い屍にするくらいだったら、

私がすでに火葬してあげてますよ」


「その『リッチー』ってどういうものなわけ?」


火葬についてはスルーした。


「生物としての在り方から外れて、魔力と呪術によって生きる生命体ですよー。

老化がないから、魔力さえ摂取できれば永遠に生きていくことができるのです。

鏡を見てもらえばもっとよくわかるかもー」


そう言ってキョウコさんは手鏡をオレに差し出した。(どこにしまってあったのかは謎だ)

鏡を覗くとそこには全身ブルーになったオレがいた。

いや、本当に肌が真っ青だ。

身体中の血液を全て抜いたらこんな感じになるかもしれないというレベル。


「めっちゃ青い! え、これって本当に大丈夫なのか!?」


「お兄様、お許しください。お肌が青くなるのは避けられなかったのです。

私ももっと綺麗な方法で蘇生させたかったのですが……

くっ、私に魔法使いとしての才覚があればっ!」


「肌が青くなるだけで害はないから大丈夫だよー。

人間に化けるために使う『人化の指輪』があればそれくらい隠せるし、

むしろ人間より高性能になった部分も多いと思うよー。

ただ、一つだけ新しい問題が生まれちゃったかなー」


「え、なんか問題あるのか?」


「不死の呪術を行うため『魔力結晶』と、

エイジ君の間に『魔力の供給路』を築いたことですよー。

エイジ君は魔力を知らない素人ですからね。

『リッチー』になれたところで魔力が上手く集められずに、

また死んじゃうのがオチになんですよー。


だから『魔力結晶』から自動的に魔力を分けてもらえる呪術を施したんです。

私達が供給源になるということもできたのですが、

これをやると危険があったのでー」


「それで、えと、どう問題なんだ?」


「つまり、この『魔力結晶』が無くなっちゃうと、

エイジ君がまた死んじゃうんですが『魔力結晶』は貴重なモノなので、

狙ってくる輩がいるんですよー。

そう、『冒険者』っていう人間です」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ