1話 森を移動ー3
健吾がサマエルに命令を出す少し前、二人の少女が森の中を彷徨っていた。
一人は黒髪ロングの美少女。
背は女の子として見ても小さめな155と少し。
瞳は燃えるような真紅の瞳だが、、無表情な中に少しだけ柔らかな感じがする顔をしている。
格好は上から下までがセットのワンピースの魔道師風の衣装に身を包んでいる。
もしこの場に地球人が見たら、先ずコスプレを疑うだろう。
しかし、顔や服の間から覗く手足が、その華奢な体躯を想像させるに十分な程に細い。
もう一人は銀髪の碧眼でスレンダーな長身のポニーテールの美少女。
格好はなんともラフな装いで、Tシャツに簡易的なジャケットという軽装で、下もサバイバル用の長ズボンではあるが、森を彷徨っている間に擦れたのか、少々破れている箇所が多い。
そして、彼女は片手に銃を持っている事から戦闘に関して銃火器を扱う職種なようだ。
その、黒髪の子よりも頭2つ分背が高いその少女は、左手に持った拳銃で頭のテッペンをコリコリと掻いている。
そして、むぅ~っと、唸りながら黒髪の子に銀髪の子は愚痴りだした。
「なあ、凛奈?」
「なに?ライラ」
「あたしが思うに、ここはやはりゲームの世界……異世界だと思うのだが?仮に日本だとして、ここまで深い樹海も、太陽が届かない程の木も、私の記憶には無いぞ?」
凛奈と呼んだ少女に、なに?と返された少女……ライラは、そう言って困った顔をする。
彼女たちは、もう彼此数時間薄暗い森の中を彷徨っている。
それというのも、幼馴染の親友、是枝凛奈と共に、インターネットゲームのプレイ中に突然視界が暗転し、気付いたら彼女と共にこの森にいたのだ。
当初はバグによる可能性を検討し、普通に腰に着けていた道具袋に大量に買い込んでいた回復アイテムがあったのでそれで水分と満腹度を回復させていた。(その際水分メーターも満腹メーターも、果ては体力や魔力のメーターも表示されていない事に疑問を覚えてはいたが、意図的に無視していた)
しかし……何時になっても場所は固定されたまま。
序でにログアウトも出来ない。
幸い、魔法それ自体は使えたので、近寄ってきた多少の魔物は撃退できたが、移動系の魔法を使おうにも選択出来る場所がなかった。
そうして、途方に暮れる様にして、相棒の凛奈に……
「さて……どうする?」
と、相談すると……
「どうするも……、ここが本当にゲーム世界なのか、それともそれに近い別の世界なのかはまだわからない。……取りあえずどこかに移動。嘆くのは万策尽きた後でいい」
という話になり、今に至る。
そして、相棒に先ほどの質問をした結果、返って来た答えは‥…。
「兎に角、ライラも気付いての通り、これだけ長い間歩いて、人里どころか、道さえ見えない樹海は日本には無い。そして、ゲームのアバターの装備を着て、あまつさえ魔法まで使えるとなると……ここは私たちがプレイしていた、【剣と魔法と銃の世界ブレットガイア】である可能性が高い。……魔物は恐らくテクノガイアの魔物だと思うけど……」
と、ライラと同じ結論であった。
「しっかし……何で普通に魔法が使えるんだ?しかも、自分が覚えていた魔法や魔剣、魔銃に限ってのみだが、頭に思い浮かべただけで行使できるなんて、普通にゲームをしてる様な感覚だぞ?……っと、またお客さんだ」
ゲーム中にもお世話になった、戦闘系アバターの特異センスである『気配察知』で敵の気配を捉えたライラは、魔法系アバターの凛奈に索敵を任せる。
「……分かった。少し待って。《索敵》」
言われて凛奈が己のアバターの攻撃手段である魔法書の中に収めている索敵用の制作電子魔法を詠唱破棄で唱える。
すると、凛奈の周囲を囲む様に液晶のパネルが現れ、その一つに2メートルはあろうかという熊の獣1体と大型犬ほどの獣3匹と小型犬ほどの獣数十匹が表示された。
そして、その表示された物を見るなり、ライラが眉を顰めながら戦闘準備をする。
「……結構ゴツイのがいるな。いっちょ先制攻撃でもやりますか……!!?」
「……何?これ?……もしかして……」
それはいきなりであった。
ライラが先制攻撃で魔銃に風の魔法を装填しようとした時、突如周囲の空気が変化し、足元が沼地になった。
そして、それは周囲数十メートルを丸々覆い、遥か前方でまた森の姿に戻っていた。
この事から、ライラは半ば呆然としたが、凛奈はあるどうにか平静を取り戻し、ライラに呼びかける。
「……ライラ、何があったかは分からないけど、何処かで別の誰かが戦闘を行ってる可能性が高い。しかも、フィールドを強制的に変換する様な職業は、私の知る限りガイアシリーズではテクノガイアの召喚士くらい。だから、もしかしたら私たちと同じ状況の人がここにいるかもしれない。……って事で、お掃除よろしく」
「ああ、雑魚はライラお姉さんに任せなさい」
「同い年。しかも、誕生日は私の方が早い」
「……ええい、細かいことは気にするな!……来い、『トカレフ』!『風よ』『水よ』『雷よ』『氷よ』『光よ』『鉄よ』……くらえ!!」
短い詠唱と共にゲームでの己の愛用の多弾頭発射式魔銃をもう一丁呼び出すと、双銃に無数の種類の魔法を注ぎ込んで、発射。
その無数の魔法の弾丸は螺旋を描いて獣の群れへと向かっていく。
「ギャウーーーん!!」
「「ガルル!!」」
放たれた弾丸は見事大型犬の一体と、大きな熊に命中してその大型犬一体は動かなくなった。
そして、熊も生きてはいるようだが、大量の血を流している。
あれでは動けないだろう。
しかし、他の獣たちにはその前に気づかれてしまい、見事に避けられた。
そして、獣達から唸り声が聞こえ出す。
「「「グルルル……」」」
「……マズイな、もう少し減らせると思ってたんだけど、厄介そうなモノしか倒せなかったな。……凛奈、広範囲魔法はすぐ出来そうか?」
「……待って?……多分、もう少しで行ける」
「……良し、分かった。これから剣と銃の二刀流で残りの雑魚を迎え撃つから、凛奈は下がって準備が出来たら広範囲攻撃用の魔法をぶっぱなしてくれ」
「……分かった」
ライラはそう言って片方の銃を魔力に戻し、代わりに魔法剣を呼び出す。
その魔法剣『ライトニングセイバー』を出したライラは、凛奈を下がらせると、広範囲魔法の時間稼ぎをする。
そして、自分は片手に魔銃を持ちながら、片手に魔法剣を持って獣の群れと相まみえる。
「ギュルアアア!!」
「ギュリュリュリュ!!」
「結構数が多いね!!」
襲われながらも吠えて、その度に右手の魔銃を放ち遠くの獣を仕留め、近寄って来た獣を左手の魔法剣で薙ぎ払う。
その姿は、傍目では太陽が踊っているようにも見える。
しかし、数の問題は些か酷な事実を突きつける。
一人で凛奈を守りながら未だ数十匹残っている獣どもを相手にして疲労しない訳もなく、徐々に足元がふらつき出す。
しかも、足元は泥濘んだ沼地だ。
悪条件が重なっている状況では流石にゲームで養った技術も、道場で培った経験も発揮できず、九条ライラの分があまりにも悪かった。
「ああ、もう!数が多すぎるよ!……って、きゃ!」
「ギュアアア!!」
そして、とうとう足が縺れて可愛い悲鳴を挙げて泥濘にハマったライラに、ココぞとばかりに獣がその口を大きく開いて迫る。
「しまっ……やばい!殺られ……って、何!?」
突如ライラの体が発光して、しかしすぐに消えた。
しかし、今の光で獣達の警戒心が沸き立ち、迫っていた獣も後ずさって二人を警戒している。
だが、今のは一体何だったのだろうか?と、健吾達の存在を認識していない凛奈とライラには、判るはずも無く、単に運が良かったと思うしかできない。
そんな時、凛奈の魔法が完成したらしい。
「……取りあえず、ライラ。魔法が出来たからこっち。この魔法で粗方は片付くと思う」
「分かった」
「『大地振動』」
ライラの気安い答えの後、凛奈は魔法書から、一つの魔法陣を取り出し、そのまま行使した。
凛奈の職業……元素魔法師から、特定の魔法を好んで使った事で派生した職の最終形態……電子魔法師の優位点の一つはこの通り、魔法書に収めた魔法をキーワードを唱えるだけで行使できる事。
その名も【魔法図書館】。
まあ、この呼び名は凛奈が勝手に付けた名で、本来のスキル名は【記憶魔法増殖の書】という、凛奈のアバター職業のレベルを最終段階まで上げた際に獲得できた魔法をスキルとして使うことが出来る魔法書だ。
この魔法により、地面に脚を着けている獣型の魔物はその振動波により体内から構成物質を崩され、内部崩壊し、瞬く間に溶けていった。
因みに標的に指定している者以外は効果を与えないのもこの魔法書の利点の一つなので、同じように地面に脚を着けているライラには一切振動は伝わていない。
同時に倒して素材にしようとしていた魔物もそのままだ。
「……ふ~、これで終わり。さあ、探索の続き」
そう言って当て所もなく出口を目指して行動を開始する凛奈。
凛奈の魔法は更に、他にも便利な事が出来るが、戦闘に際して役に立つ物は今の魔法出力機能が最大の便利機能。
今出したのは、本来なら元素魔法の土と特殊魔法に属する振動を掛け合わせて始めて行使可能な大地振動。
それを予め入力時に収めていた魔力を流すだけで行使できるのだ。
しかし、これにも限界はあり、一度使った魔法はその魔力の再充填にそこそこの時間がかかる為、連発が出来ない。
今の様に見た目地面に這いつくばっている獣型の魔物しか居ない時の為の魔法だったり、兎に角威力が馬鹿だかい魔法も使えるのは確かに利点なので、チート魔法と呼ぶには相応しいが、最終レベルの魔法にしては使うのに頭の要る魔法なのだ。
そして、二人は気づいて居なかった。
今まさにライラの背後で気配を隠し、近づいている猿の様な魔物がいることに。
そして、その猿はついに後数メートルに迫った獲物に向けて牙を突き立てる……そう思った時に興奮のあまり……
「うきゃーー!!」
と雄叫びを挙げてしまった。
「……え?!」
突然前方……ライラの背後から上がった雄叫びに硬直する凛奈。
「……ライラ、危ない!!」
そして、思わず叫ぶ……が。
「うっききーー!」
「え……な?……があああ??!!」
ザシュッと言う音と共に、ライラの背中から激しい量の血飛沫が舞う。
そして、痛みと同時に体の感覚まで無くなってしまったライラは、その場に膝まづき……ドサッとうつ伏せに倒れこむ。
「ラ……ライラーー!!??」
「ムキーー!」
倒れこむライラに、夢中で駆け寄る凛奈だが、その途中で猿が邪魔をする。
「邪魔よ!『滅びの業火をここに!我が前に立ちはだかる、数多の愚か者全てを焼き尽くす。汝の名は……』《ヘル・フレイム》」
気が動転して、普通ならやらないであろう森の中での味方まで巻き込む兼ねない火の上級元素魔法。
狙われた猿は、あっけなく骨まで炭化した。
明らかなオーバーキル。
しかし、下が沼地な事もあり、延焼は最小限で済んでいる。
上の方は燃えたままだが。
そして、他の木に登っていた他の猿共も、弱った獲物を前に、火の驚異を物ともせずに凛奈とライラの周囲に寄ってきた。
しかし、今の凛奈にそんな事は考える余裕がなかった。
「ライラ!しっかりして、ライラ!」
「……あ……り……ん?あ……た……逃げ……」
たどり着いた際に、動いてばい菌が入らないように自分の服を下にしてライラをその上に乗せ、呼吸の出来る様に魔法書を枕にして安静にする。
その際に凛奈の体を覆う服はライラのそれよりもラフな物(完全な下着姿)になるが、今の凛奈にはどうでも良いことであった。
そうこうしてるウチにも、出血は増していく。
「気をしっかり持って、ライラ!」
「……」
凛奈の慟哭も虚しく、もはや凛奈は多量の出血の所為で意識が朦朧としていた。
「うっききー」
「うきうき!」
「うきー!」
そして、何故か騒ぎ始めた猿共。
「?……!?……う、嘘……」
そこには、他の猿の数倍の大きさのゴリラがいた……。
「ウホウホ!」
なんとも陽気な掛け声をしているが、猿共の目は喜色に満ちている。
中にはヨダレを垂らしている猿までいる。
そんな中、凛奈は既に息も絶え絶えのライラを自分の身を呈して庇うように、覆いかぶさると、苦痛に耐えるべく瞳を閉じる。
これが人間の賊ならば、他の可能性も考えねばならないが、魔物であれば万一の可能性で済む。
そう思うも、同時に、誰かがここに通りかかり、もし自分とライラを助けてくれるならこの身を差し出しても構わないから助けてと神に祈って居ると……。
「うきゃー!?」
「ホギャー!?」
「……?」
先ほど迄の歓喜の悲鳴ではなく、どこか断末魔の悲鳴のような叫びが聞こえた。
その声に、ふと頭を上げて前方を見てみると……。
「……危ない所でしたね。ギリギリでしたが、もう心配ありませんよ?わたくしが、主の命令により、助太刀致します。しばし休んでいて下さい」
「……へ?」
突然自分たちの頭上からの声に唖然とし、間抜けな声をあげる凛奈。
どう考えても、悪魔にしか見えないその姿に一瞬硬直する。
しかし、その手にはゴリラの頭部が握られていた。
そして、その悪魔の周囲を見やると……。
「……うそ、あれだけの数の猿が、……殆ど死んでる?」
そう、凛奈が目を閉じている間に、音もない惨殺劇が行われていたのだ。
そして、再び悪魔に目を向けると……引き受けてくれるかは分からないが、万一の可能性を信じ懇願する。
「お願い!友達を助けて!私の体が引換というなら、喜んで差し出すから!……ライラは助けて……!!」
嗚咽混じりの懇願。
凛奈にとって、ライラは生徒会の役員同士という以上に、親友として以上に、家族も同然の存在。
そんなライラが自分の目の前で死ぬなど、凛奈には想像が出来ない。
いや、したくないと言ったほうがいいだろう。
だが、目の前の悪魔は、その懇願にただ頷き……。
「ええ、お任せ下さい。というより、今はこの雑魚の群れを片付けてからですね。……まあ、この程度の群れ一瞬ですが……《裁きの雷》」
涙混じりの懇願の言葉に応えた後、サマエルは片手を空に掲げ、魔法陣に近い、だが魔法陣ではない幾何学模様の図形を空に映す。
そして、そこから幾条もの紫の閃光がどこから湧いたのか分からないほどに集まってきていた獣どもに向かって放たれた。
「「「グリャアアア!!」」」
そして、その言葉通り一瞬で戦闘を集結させた。
猿どもはその一撃で見事に黒焦げになっていた。
その事に、頼んだ凛奈は唖然とした様子で口を開けたままにしている。
しかし、そんな凛奈の様子に首を傾げながらも、主に言われた事を行動に移すサマエル。
「さて、これで戦闘は終わったと思いますが……そちらのお嬢さんの出血が酷いですね?……どうします?我が主なら、治療できると思いますが?」
(本当はわたくしでも出血の治療くらい出来ますが、この唆る姿を主に見せれば喜ばれるでしょう。主の記憶には、どうやら面識があるようですし、怪我をしている彼女に至っては、相当親しい様子。……面白くなりそうですね、ックックック……)
そんな事を考え、凛奈に見えないように唇を吊り上げる。
そして、どうするか聞かれた凛奈は、一も二もなく嘆願する。
「……はい!出来ればその主という方の元へ案内してください!仰る通り、出血が酷くて今のままだとこの子……ライラが死ぬかも知れないんです!」
そう説明し、深々と頭を下げる。
そして、その回答にサマエルは内心ほくそ笑んだ。
勿論、凛奈に見える所では表情には出さない。
主の交渉を優位に運ぶのには余計な情報を与えてはならないのだ。
「それは見れば分かります。……そして、主は向こうで待機しておられます。そして、ここの戦闘状況を見て、苦戦しているのなら加勢する様に命を受けました。そして、この様な場所に来るのなら、何か困った事があるのだろうと、そして、もしその通りなら、交渉すると伝える事を受け賜ってきました」
本当は恩を売った場合に連れて来いと言われたのだが、この状況では既に恩は売っているので、サマエルはワザと違う内容にした。
そして、その事は功を奏した様で……。
「お願いします!」
そう言って二つ返事で交渉成立となった。
「フム……では、主の元にご案内します。……足場が悪いので一旦木の上に出て空から向かいます。《風の回廊》」
サマエルは、今度は足元に幾何学模様を出現させる。
すると、3人の足元に透明な足場が出来、上空へと舞い上がらせ、サマエルは獣の死体も序でに浮かし木々を抜け、大空へと抜けた。
そして、そこから一気に3人は健吾の元へと向かっていった。