序章
「おっはー……」
とある高校の教室に、明らかに夜更しをしたと思われる少年が入ってきた。
その眠たげな声に、席が近くになったばかりの幼なじみが同じように挨拶をする。
「おっはー、ケンちゃん。何か眠そうだね?その調子だと、収穫は芳しくなかったのかな?」
「まあな?ある程度レアっぽいのは出たけど、肝心な噂のカードは一切ないな」
「……もう、諦めて普通にゲームを楽しめば?」
「そうは言ってもな……。異世界だぞ?異世界。男のロマンじゃないか!」
「何がロマンだ~?神代~?もうチャイムは鳴ったぞ~?ゲームの話も良いが、たまには休日のデートの話でもしてろ~。そっちの方が余程ロマンを語れるぞ~?」
「なんだよ知らねえのか?せんせ。今時デートなんてインターネットゲームで何時でも出来るんだぞ?それよか、待ってくれるかどうか分かんないロマンの方が重要だとは、思わんのか?せんせ」
神代と呼ばれた少年、神代健吾はいつの間になったのか気が付かないままホームルームにやってきた担任に、男のロマンを女子とのデートより下にされた事に不満を漏らす。
しかし、担任の言葉に乗っかる形になって言って来たのは幼馴染の伊藤未来。
「ケンちゃんの言ってることも合ってるけど、せんせの言う事も現実的だよー?それにあんまり確証の無い噂ばかり追いかけてると、いい噂を見つける事も出来ないよ?物事はある程度の諦めも必要なんだからー。だからケンちゃん、久々に買い物付き合って貰いたいから、この土曜日は空けといてね~?」
健吾の幼馴染み伊藤未来は、ハッキリ言って誰もが見惚れる美少女だ。
更に誰にでも気さくに話しかけたり、相談事に乗っていたりと色々なモテ要素を孕んでいるので、その人気は高校で一番と言っても過言ではない。
そんな彼女がデートに誘うような発言をした瞬間……
「おい……今伊藤さん確かに神代をデートに……」
「そ、そんな訳があるか!何かの聞き間違いだ。俺は何も聞いてないぞ!」
と、皆が何かに絶望をしたような顔をしたが……
「目当てのカードが出たらな~?っていうか、毎日ゲームでツルんでるのはデートに成らんのか?手軽で金が掛からないから丁度いいんだが……」
「あれとこれとは話が違うよ。っていうか、カードが出たらって……何時までやる気?」
「知らん!」
なんていう会話がその後も続いた。
なので、その会話を聞いている者達はあえて無視を決め込む。
具体的には……
「……近くで何か虫が囁いてるな……」
「?俺には何も聞こえないぞ?」
「ああ!な~んにも聞こえんな!」
ってな具合であった。
そして、放課後になり家が隣の未来と玄関で別れた健吾は、家の中へと入る。
「お帰りなさいませ、若社長。本日のご予定は?」
「ただいま、源。今日もゲームをやるから例の株式会社の株がそこそこ上がってきだしたら50億ほど残して売っぱらて、昨日オープンしたアミューズメントパークの会社の株に変えといてって父さんに報告して?桃花が俺の部屋へ入ろうとしたら止めてくれ。ってことで」
「了解しました。……一応言っておきますが、もし万が一カードが出てきたら一言言ってください。こちらも社員が心配しますので」
「OK~」
健吾は自分専属の秘書にして有能な右腕の源保に今日の予定を伝えて、自室に向かう。
専属秘書が高校生でいるのは変だとは思うが、それも健吾の株式運営の賜物。
健吾は何を隠そう個人投資家にして大企業の社長なのだ。
その会社名は公には公表してない。
どうせ株式を運営する傍ら、趣味で始めたヴァーチャルゲームとは別のゲーム会社の運営だからだ。
しかし、何故か秘書が有能なお陰でそちらの景気もすこぶる良く、金は増える一方だから、健吾自身は遊び呆けている。
社長としての決算関係もオヤジと妹に任せっきりだ。
閑話休題
そんなこんなで自室に入った健吾は、早速VRMMOゲーム【魔術世界テクノガイア】のソフトが入ったカプセルベッド式VRギアを起動させる。
今の時代のVR技術は、数年前のヘッドギアの目耳手から視覚、聴覚、触覚を伝える従来のモノより更に進化し、人が入れるカプセルベッドに専用ソフトを入れる事で更に味覚、嗅覚の再現も可能にした一種の異世界的な感覚で、体全身からゲームの世界の感覚を伝える事ができる様になっている。
しかも、ゲームの世界の時間は大凡3時間で現実世界の1時間となり、よりゲームらしさが出てきた事もユーザーが増える要因になっている。
これも全ては人の娯楽を可能な限り追求した欲の結晶である。
そして、そんなゲームの世界に今日も神代健吾はダイブする。
今健吾がハマっているのは学校でも言っていたゲームの事に関する噂の真相を探るため。
噂では究極レアカード【無限の世界リクガイア】のカードは、手に入れて使うと誰でもそのカードの異世界へと旅立つ事が出来るという物。
そして、幸いにしてその世界は系列会社の関係している形態に限り、存在する全ての魔術があり、更にその中のゲーム特有の魔法もあるという事。
そして、当然の事ながら健吾が主にやっているゲームのタロットカード召喚型の召喚術も可能なのらしい。
健吾はこの事実に感激した。
何しろ、例え噂通り異世界に行けて、夢にまで見たファンタジーライフが出来るとは言え、戦える事が出来ないのなら意味がない。
それでは只の自殺志願者だ。
健吾はファンタジー好きであっても自殺志願者ではないのだ。
そして、半ば半信半疑で情報をかき集め、そのカードが出るというガチャの専用エリアへ行けるクエストを発見。
更に色々と面倒な物も存在したが、なんとか条件をクリアし、未来の協力も手伝って、ひと月前漸くガチャの専用エリアへと来ることが出来て、今はそこをホームに登録している。
しかし、手に入れたは良いがこのガチャ、使うのに課金制のシステムが有りやがり、それをそれ専用のポイントで通貨を使用せねばならない、なんとも鬱陶しい仕様なのだ。
いつもの銀行からの引き落としによるゲーム通貨とはまた違った枠組みの様な仕様である。
しかも中々目的のカードが出てこないという状況。
生活用品のカードやら、生贄用のカードなんかは数え切れないほど出てくるのだが……。
因みにガチャは電子マネーに直すと一回百円とリーズナブルだが、ノーマルカードは嫌というほど(10枚入のカードパックを例にすると、ノーマルカード7対レア2、激レア0.5、SPレア0.3、究極レア0.005位の割合)出るがレアカードは50回に1回、激レアカードの出る確率は100回に1回が良いところ。
更にSPレアは健吾は今まで10回しか引いていない、それの確率は大凡500回に1回。
一応言っておくと、健吾は株の関係で電子マネーの予算は100兆ちょい。
なので、予算的には十分だが兎に角ガチャをやる時間が学生故にあまり無いのだ。
一応伊藤未来が冗談半分に『私がケンちゃんの家に行って交代でやったげようか?』と言ったのだが、指紋認証か何かが作用しているのか、未来が回しても反応が無かった。
なのでこのガチャは健吾専用なのである。
閑話休題
「お待た~ケンちゃん。早速引いてるの?」
「おう、モチのロンよ!っていうか、未来もクエストの詳細は俺が調べてやったんだから、さっさとこのガチャを手に入れて一緒に引こうぜ?もし俺だけ向こうに行く事になっても、お前が居なかったら面白くねえんだからさ……って、あれ?」
健吾がガチャを引いていると、背後からフレンド登録によりエリアに入ることが出来る伊藤未来がやってきた。
その手には健吾の引いているガチャの色違いが抱えられていた。
健吾はその物を指差しながら問いかける。
「……あ、あのさ?」
「?なにかな?」
「ああ、もしかしたら……それはお前用のガチャか?」
「うん!よくぞ気付いた!褒めて使わす。そうなんだよ!一昨日頑張ってガチャ獲得条件をクリアできたんだよ。これからは一緒に引こうね?!」
「……おう、まあそう言う事なら良いが。金はあるのか?」
一応肝心な事を聞く。
初めに言いだしたのは健吾だが、自分のカードを指紋認証で他人に譲渡出来ない以上、どんなに運が良くても数千万の出費は覚悟しなければならないのだ。
そんな大金を、目の前の未来が自由に出来るとは思えない。
そう思って聞くと……やはりというべきか、いい笑顔で健吾に言って来た。
「うん、ないよ?だから、お金貸して?返済は向こうに行けたら体で払うから(♥)」
「本当だろうな~?…まあ、株で儲けてる分がまだまだあるから良いが、もし行けたら本当に支払えよ?……っと、お前の口座は以前のと代わりないか?」
「うん、ありがと」
そう言って健吾はIDでマネーを一億ほど未来に渡す。
その金を確認した未来は、早速健吾の隣でガチャを引き始める。
それを確認し、健吾も同じように再開する。
そうして数時間が経過したとき、それは起きた。
ガチャから黄金に輝くカードが出たと思った瞬間、目の前が一瞬暗くなって隣の未来も消えていたのだ。
そして、自分の姿もアバターではなく、カプセルに入った状態になっていた。
その事に呆ける健吾だが、これは噂が真実だったとしか思えない。
唯一の違いは、手に入れた直後に行けるとは、否飛ばされるとは思わなかったこと。
幸い未来に渡したマネーは相当な額の筈なので(もはや金銭感覚は普通とはかけ離れている)相当運が悪く無ければ時間さえ掛ければ数日後には合流できるだろう。
……諦めて無かったら……。
そんな風に未来の事を考えていたのを一旦止め、目の前の事に意識を移す。
健吾の今いる場所は何処かの教会の中のような場所。
周りは白い壁に囲まれ、八角形の白い建物の中に広さ10平方メートルの神聖な雰囲気が漂っている。
出入り口は見たところ後ろ側にある扉一つのみ。
後は白い壁だけに壁画が描かれているだけだ。
その壁画も何を意味するものなのかは今のところ分からない。
そして、その建物の中にある祭壇の手前の魔法陣の真ん中に立っていた健吾は、今の自分の状態を確認すべく適当に体を動かした。
「こりゃ~本当にネットの中の世界じゃなくて、現実の別世界に来たような感じだな。体も自分で自由に動かせるし、空気も温度もシッカリと体感できてる。……まあ、カプセルのタイプに成ってからは普通だから、まだ確証はないんだけど。それにしても服装が寝た時の状態に成ってる時点で、面白くなりそうではあるな」
一頻り自分の体を動かし、その感触に満足いったところで、次にしたのは状況確認。
今いる場所が何処かの祭壇なのは見た感じでわかるのだが、誰かがいる訳でもなく、小説やなんやでよく見かける草原でもなければ勇者召喚のようなお城でもない。
目の前には祭壇のような一際厳かな場所に、神聖な感のする台座に置かれた何か機械的なメガネがあるだけだ。
「取り敢えず、あれを取って掛けて見る他ないな……」
そう言いながら健吾は祭壇の台座に近づいてメガネを手に取る。
少し不安に思いつつ、健吾はそのメガネを取り、掛けてみる。
すると……
「おお~!なんか頭の中に情報画面が開いた。まるでゲームの用だ……って、確か情報では既にここは異世界のようだったから、異世界の様だ!が正しいのか?まあ、そんなことはどうでもいいか。しっかし、これがこの世界の召喚魔法カードの用だが、色んなカードがあるな。……?解説がある?よし、一応見るか。オープンで開けるのか。……解説オープン」
健吾の言葉に、ヴーンという耳元の機械音の後に目の前にモニターが表示される。
それはあたかも次世代型の投影機。
そのハイテク感にしばし健吾は感動してから説明を読む。
「……何なに?ようこそ、異世界リクガイアへ。あなたはこれより様々な人々と交流し、己のやりたいことを見つけることでしょう。我が運営は、その旅立ちに手を貸すことで、あなたの幸せの後押しをさせていただきます。詳しくは次のページをご覧下さい。…か」
その説明通り、次のページを表示すると、色々と書かれていた。
先ず、噂通りこの世界で死ぬと、本当に死ぬ異世界だということ。
この世界には魔物がおり、魔法陣より出てきた者(恐らく健吾の様な渡ってきた者)はその魔物を倒し、その魔物に触れることで、己の手札一覧の通常カードに魔物肉のカードやその魔物が落とす素材が追加される。
そして、その肉を選んで召喚カードのように実体化と言いながら宣言すると、実際に手元、もしくは台座に肉が出現する。
そして、都市や村、街や国からの頼まれごと(依頼など)以外に、極偶に倒した魔物から出たカードにはコインのカードもあり、それを肉と同じように宣言すると、手元にお金が出現する。
そのコインはこの世界の通貨と同じなので、普通に使える。
更に、生きている者も生きていない者も、その物によって一定のカード化の条件があり、条件を満たすことでそのカードを使用可能にすることができる。
また、常時身体能力を上げるカードは存在しないが、素材を魔道具に変えての向上は可能。
しかし、注意がいるのは現実世界に影響の出るほどの身体能力にはならないとの事。
例えば、手で岩を砕く事が出来るようにはならないし(戦闘の最中に戦闘カードでの身体能力向上は可能)光の速さで走れることもない(ただし、戦闘中には戦闘カードの重複併用で可能)。
「……正しく、何でもありって世界だな。けど、この説明通りなら、この建物の祭壇のメガネは召喚士専用の道具って考えるべきだな。それでないと全ての関係ゲームであのガチャが使用可能な仕様の訳が無い。
恐らく各ゲーム毎の専用ガチャが用意されていて、手に入れた先には専用の装備が用意されている筈だ。でないと他の職業の奴が楽しめない……ってか直ぐに死ぬしかない。予想では他の職業の奴らにはカードをそのままこの世界の金や便利道具に替えるっていうサービスくらいはあるんだろ。異世界の癖にヤケにゲームじみてるが、今はどうでも良いか。
ってことで、次は今のカードの確認だな。……!お~!お金は無いが、マンガ肉はあるし、調理道具一式もあるじゃないか。なんて親切な運営だ……って、待てよ?この肉の絵……それに調理道具にこのタロットカードみたいなカード……これ全部俺が引いたガチャのカードじゃねえか!
けど、俺が使ってた最強デッキも下位召喚カードはキチンとあるぞ。…上位召喚カードは上級召喚対象以上のカード以外が無くなってる?その代わり、なんかガチャで引いた覚えのないレアカードが入ってるな?……また説明をみないとイカン」
健吾の叫び通り、健吾の脳内デッキにはガチャで引いたカードとゲームで使っていた最強デッキが下位の物と上級以上の物だけではあるが、入っていた。
何故中級レベルのカードが無くなっているのかは、説明を読むと以前のゲームで持っていたカードの対象のレアカードの数に応じたレアカード取得確率と召喚コストを補正してくれるらしい。
更に、戦闘時にはそのカードがどの位の生贄の数で上位召喚出来るかメガネを通じて表示してくれるのだとか。
それに、元々この世界ではガーディアンは例外を除けば、特殊なカードを使って殆ど最低ラインから育てないといけないシステムなのだとか。
だから余り中途半端に強いカードは持っていても意味がないらしい。
しかし、余りに強いカードばかり集めすぎていて、生贄素材である星が三つ以内のカードが無かった健吾にとっては、この世界特有の基本生贄素材である【愚者】のカードがガチャで無数に手に入ったのは幸運なことだ。
説明によれば、上位変換のカードと、ガーディアン用の素材は別口らしい。
そして、改めてみた新カードの内容は色々と面白い事に成っていた。
「ハハハ……正に元のカードと合わせて【軍団】デッキと言っていいようなデッキだな」
硬い笑いを浮かべる健吾。
それもそのはず、その内容は下級の生贄素材からして面白い。
ゾンビはあるし、家畜も完備。果ては魔女の魔道具作りに出てきそうな土鍋まであった。
恐らくこの土鍋に素材になるカードを入れて掻き混ぜれば、別の素材が誕生するのだろう。
その証拠に、戦闘用のトラップカード、魔法カード、モンスターカードは素材にもなるが、ガーディアンを作る事を考えればそこそこの数は残していなければならなく成っていた。
そして、ガーディアンが手に入った時の直ぐに死なない保険として、成長促進のカードもゲームのレアカードの枚数に応じて入っているみたいだ。
これを使えば短時間で子犬のカードが大型犬に、子供が大人になって、それに応じた強さを得られるのだろう。
しかも、年齢はそのままで強さのみの成長だから長い間(少なくともプレイヤーが死ぬ間)使える仕様だ。
更に戦闘で生贄にした生贄モンスターのカードも墓地という欄に填められ、戦闘終了後にはキチンとカード欄に戻るらしい。
そして、嬉しことに街で絡まれた場合に備える為に魔道具を作ろうと思えば、簡単な物も今のカードで作成可能らしかった。
流石に魔導生命体というのは専用の【○○の魂】というカードが必要らしく、今持っているカードには無かった。
そして、上級以上のカードが健在だったのは、召喚生命体作成用の為らしい。
なので、取り敢えずの試しに望遠鏡と各種身体能力アップの装備一式を作ることにする。
そしてやり方を見ながら作業に移った。
「え……っと、先ず出来るのはこのメガネに脳波反応型の望遠機能を付けられる奴が簡単そうだな。素材も沢山あるし」
そう言いながら健吾は素材欄にある【愚者:鳥種】ホークを2枚と【機械:レンズ】のカードを脳内土鍋に放り込んで掻き混ぜる。
「……これはエグいな……」
その光景を見た健吾は思わず呻いた。
目の前に突如現れた土鍋にも驚いたが、それ以上にその中に入った素材が掻き混ぜる度に「グギャーー」という、本当に生きたまま土鍋にて掻き回されているような悲鳴を挙げているのだ。
その悲鳴に敢えて耳栓 (スルーともいう)をすることで耐え、しばし。
悲鳴が聞こえなくなってから数分。
突然、ガコッ!という音が土鍋からしたかと思って見ると、その下にタロットカードのような物が落ちていた。
そのカード見て、『取得』のコマンドに脳波ポインタを合わせると、確かにカードのリストに望遠機能付きと書かれた眼鏡の絵が追加され、説明もきちんとあった。
「何なに?眼鏡の上にあるスロット部にカードを差し込むと、思っただけで望遠機能が作動します。カードはカードに成っていない物を手にとって『カード化』を念じることでカードにして手に取れます。また、『実体化』と念じることで実際の望遠機能付き双眼鏡が現れます…か。これだけで物凄く便利になった感じだな」
そう呟きながら健吾は説明の通りに「(ゲルト)」と念じてカードにした後、それを眼鏡の上に空いている三つのスロットの一つにカードを差し込む。
すると、右上に倍率を示す×1の数字が現れた。
即ち今の状態が通常の倍率ということだ。
そして、試しに「(3倍)」と念じると、目の前に白い壁が迫ってきた。
「うわ!……ビックリした~。しかし、これは現実に持って帰ったら良い覗き道具になるな。……現実で使えれば……の話だが」
呟きながら倍率を解除し、次に身体能力を上げる魔道具を幾つか作っておく。
これは健吾自身覚悟はしているものの、こんな世界ではまだ死にたくないという考えからだ。(健吾とて、ファンタジーに憧れを抱き異世界探検をしたいが、死ぬなら現実世界という欲は持っている)
そして、今作れる物で最高の品を作ろうと制作可能な魔道具リストを見ていると、何個か良さそうな物を見つけた。
それは回避補助の靴型の魔道具。
説明書によればメガネに篭められている魔力を調節しながら注入することでその靴が推進力を持ち、最大で200キロ毎時の速度が得られるらしい。
そして、服や装備品にしてもそれぞれ簡易ながら魔道具的な効果のある装飾品が見られた。
服は上下セットでかなりの高い効果の物もあるが、それは今のところの素材の数量上他の物が作れないので、仕方なく上下別でそれぞれに簡単な特殊効果が付いている物を選ぶ。
具体的な装備品のリストとしては以下の通り。
頭:召喚士専用グラス(望遠機能付きのカード【愚者:鳥種】ホーク2枚、【機械:レンズ】)
耳:多感リング(五感増幅(中)の効果付きイヤリング【審判:サムネイト】)
首:翻訳の首輪(言語翻訳機能付きのチョーカー【愚者:鳥種】九官2枚、【識者:賢人】ローラ)
衣服上:異世界仕様の召喚士の服(打撃軽減(中)の効果付き【愚者:拳人】バルト、【機械:機械人形】、【鋼龍の皮膚】)
衣服下:異世界仕様の召喚士のズボン(魔法ダメージ軽減(大)の効果付き【大魔導師:エルフ】ハリス、【天女の衣】)
手首:使役者のリストバンド(召喚生物強化(大)の効果付き【古代エスパニアの召喚王:魔人種】エルトパ【特殊:召喚:ガイア】、【魔力増幅の書】)
手袋:召喚魔法操作グローブ(緊急時にメガネ無しでもフィールド及び召喚体カードを召喚可能【特殊:召喚:ガイア】、【傀儡師:魔族】リビア)
武器:調教者の鞭(カード化可能生物のカード化(中)の効果付き【魔獣調教師:魔族】サンボ、【傀儡師:魔族】リビアラ)
更に良い物があるか見てみるが、今のところこれ以上に良い物は無いようだ。
素材的には効果の高い魔道具の素材もあるのだが、どれも素材として使うと戦闘の時に召喚できる召喚獣が無くなってしまう為、断念せざるを得ない。
まあ、一旦カードに戻して土鍋に入れて継ぎ足しをすれば上位の魔道具に変更出来るらしいから、取りあえずはこのくらいでイイかと思って健吾はそれぞれの装備品を一つずつ土鍋に入れながら掻き混ぜる。
そうしてカード化されて出てきた魔道具を健吾は手に取り「(クルト)」と念じて全てを実体化させる。
そして、出てきた装備を装着することで、気分は立派な冒険者だ。
この世界に冒険者という職業があるのかも、それに代わる職業があるのかも未だ分からないが、取りあえずはそんなノリで装備する健吾であった。
「……っし、これでいいな。後はここが何処かということだが、取りあえず外に出ないと話に成らないな。誰か人が居れば良いけど……」
そう呟いた健吾は何か忘れているような気がしたのだが、何がかは分からないのでその疑問を敢えて無視して一つだけある扉に手を掛け、ユックリと開いて外に出た。