第七話 奴の背後に立つな!
姫を救出して歓喜に沸き立つ王国! だが、その祝宴を嘲笑うかのように、真の恐怖が世界を覆い尽くさんとしていた! 竜王率いる悪魔の軍団の刺客が、世界征服の邪魔となるであろう勇者の前に立ちはだかる! まだだ、まだ終わらんよ! そううそぶいてみせる勇者に、残された勝機はあるのか?
「で、その世紀末覇者とやらは、どこにいるんだ?」
「うむ、南の海の向こうに見える小島にある、竜王の城に潜んでおるとのことじゃ」
「あの小島……ですか?」
レムリアが怪訝そうな表情で会話に参加したのも、無理はない、
南の小島と言えば、距離にしてたかだか2キロあるかどうか。宮島口から厳島神社へ行く程度の労力で辿り着ける場所だ。
蔵人も、呆れた調子で疑問を投げかけてきた。
「さっさと船で兵士を送り込めば良いのでは?」
「それは無理じゃ」
おっさんは沈痛な面持ちで言葉を続けた。
「この世界には、船かないからじゃ」
薄々気づいていたが、どうも俺たちの話は初代ドラクエをベースにしているようだ。確かにあの世界には船が登場しなかった。
スカイリムの世界ならば泳いですぐの距離なんだが、残念ながら俺たちは泳ぐことと高い山を越えることが禁止されている身分なので、それも叶わぬ話だ。
「だったら、どうやってその城へ行けばいいんだ?」
おっさんは、王に相応しい威風堂々とした威厳のある表情で、俺の質問に答えた。
「予が知っておるわけなかろう」
これがウルティマの世界だったら、今すぐこの役立たずのロード・ブリティッシュに斬りかかるところだが、そんな行動の選択権のない俺たちは国王の間を辞し、件の情報屋を尋ねることにした。レムリアが獅子奮迅の抵抗を披露したため、蔵人と二人だけで行くことになってしまったが。まぁ、今回は姫奪還の報酬としておっさんから頂戴した5000ゴールドがあるので、ぱふぱふに頼らなくても何とかなるだろう。
「らっしゃい、毎度旦那!」今日も威勢の良い情報屋に、俺は尋ねた。
「南の小島に行きたいんだが、その方法を知らないか?」
「知ってやすぜ旦那、1000ゴールドになりやすがいいですかい?」
俺は黙って1000ゴールドを差し出すと、情報屋に話の続きを促した。
「あの島に行くためには、3つのアイテムがいるんでさぁ。一つ目は『杉浦太陽の石』ってアイテムでさぁ」
「なんか誰かの尿道結石みたいな名前だな。で、それはどこにある?」
「グランドハイツ稲荷前城の地下に宝物庫があったでしょう? あの中にありやす」
なるほど、これで当面の目標はできたな。あの宝物庫の扉を開けるためには、南の海を越えた島で犬がどこかに埋めた金の鍵を探し……あれ?
そもそも海を越えられないからアイテムが必要だというのに、そのアイテムを手に入れるために必要な鍵が海の向こうにあるというのは、ストーリーが破綻していないだろうか?
まぁ、細かいことは後で考えるとして、今は情報屋の話を聞くことに専念しよう。
「二つ目のアイテムは…」
そこで会話を止めた情報屋の次の言葉を俺は待ったが、すぐに、奴が二度と話せない体になってしまったことに気がついた。
前のめりにゆっくりと倒れた奴の後頭部からは、天に向かって一本の鏃が生えていたのだ。
「狙撃だ、伏せろ!」
蔵人にそう叫んだ俺は、手近なタルの物陰へ飛び込むように伏せてみせた。狙撃手を探すべく矢の飛来した方向に視線を走らせると、正面の建物の屋上に弓を構えた男が見えた。
剃刀のように研ぎ澄まされた両目、意志の強靭さを示すかのような太く黒い眉に狭い額、短く刈りこんだ髪型が特徴的なオリエンタルな顔立ちの中年が、黒いスーツに身を包んで次の矢の発射の機会を窺っている。
間違いない、ヤツだ。伝説の超A級スナイパーのデューク・なんちゃらだ。
これは困った。迂闊に顔を出せば、5.56mmの矢玉に眉間を射抜かれてしまうことは間違いない。
俺も蔵人も武器は剣一本で、今の間合いは明らかにデュークなんちゃらが有利な状況だ。しかし、下手に間合いを詰めようとすれば格好の的になってしまう。
この進退窮まった状況で、俺がただの民間人ならば、俺の物語はここでジ・エンドとなっていたことであろう。
しかし、奴にとっては不幸なことに、俺は勇者なのだ。
こんな時こそ、厳しい修行の末に会得した数々の呪文がその威力を発揮するのだ。覚悟しろ、ボルボ十三!
ヘラクレスもたじろぐ勢いで雄々しく立ち上がった俺は、奴を指さして叫んだ。
「ルーラ!」
……かくして、危機は去った。
常人ならば、その場に置き去りとなった蔵人の安否が気にかかるところだろうが、勇者は小さなことに拘るような狭い心を持ち合わせていない。縁があれば、いずれどこかの飲み屋でバッタリ再開したりするだろう。
情報屋から全ての情報を聞き出せなかったことは残念だが、一つでも手かがりを入手できたことを今は喜ぼう。
気がかりなのは、俺たちを付け狙う連中がいる、という事実だ。勇者たるこの俺が、世界征服にとって最大の障害になると見極めた敵の慧眼には敬服する。
ともあれまずは、ギルがメッシュの酒場に置いてきたレムリアと合流する必要があるな。
再びプレミアムメロンパンを堪能しながら、俺は、海老名サービスエリアを後にしてグランドハイツ稲荷前城へと急ぐのだった。
読んでいただいてありがとうございます。
できれば毎日投稿を目標にしていますが、たかだか2000字程度の下らない話でも、
構成も何も考えず勢いだけで書き続けるのって、結構大変なことなんだと実感しています(;^_^A
よろしかったら、また次回もお付き合いくださいませ。