第六話 恐怖の暴凶星!
激闘の末、辛くもドラゴンを屠ることができた勇者! その死闘に身も心も深く傷ついた勇者は、最後の力を振り絞って姫をその手に抱く。ああ姫よ、御身を父君へお返しするまで、この身は決して朽ち果てぬと誓おう! だが、勇者はまだ、ドラゴンを凌ぐ凶悪な存在が迫りくる危機に、気づいてはいなかった…
歴史に残るであろう激闘の末、紙一重の差でドラゴンを冥府に送ることができた。これもきっと、あのグロテスクなダゴン神とやらのご加護に違いない。
「さぁ、姫を探しませんと」
「そうだな。冷蔵庫の裏とかタンスの下とか、潜んでいそうな場所を虱潰しに探すか」
俺たちは手分けして姫を探すことにした。
俺の最初の捜索対象は、ドラゴンの死体だ。蛍光色のつなぎには興味がないが、うっかり家から通帳とか株券とかを持ってきてしまった可能性だって、あるに違いない。ヌンチャクもマニアには垂涎の一品だろうし。
「おい、この壁は動くぞ」
蔵人の声がした方角を見ると、奇妙なことに壁の一部分だけが鏡になっていて、更に不思議なことに何故か鏡の中から木の棒が生えている。
蔵人が鏡を触ってくれたお陰で、その理由が分かった。回転した反対側には、右手が鉤爪になっている額の広い乱れ髪のおっさんが、槍の穂先を胸から生やして力なくうなだれていた。
「かわいそうに、ドラゴンに返り討ちにされたのね」
レムリアは懐から数珠を取り出すと、僧侶らしく十字を切って鎮魂の言葉を唱えた。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
博学な俺をもってしても言葉の意味はよく分からんが、とにかくこれでこの男も浮かばれることだろう。
この出会いの思い出として右手の鉤爪を頂戴した俺は、壁を押し回して隠し部屋の中に入った。
姫は、そこにいた。
「やっほぉ~、ローラだよ~」
「無事でしたのね、ローラ姫!」
無事の感動に打ち震えるレムリアとは対称的に、俺はローラ姫を無性に殴りたくて仕方なかった。何故だろうか、ローラ姫の喋り方を聞いているといつも妙に歯痒くなる。
そんな俺の微妙な男心を酌んでくれるはずもなく、ローラ姫はほっぺたを膨らませたり舌を出したりしながら言葉を続ける。
「ローラはねぇ、ドラゴンにさらわれて怖くて泣いちゃった。でも今は、助けられたからハッピー♪」
「と、とにかく城へ戻ろう」心の中に芽生えつつある殺意が具現化する前に、一刻も早くローラ姫を連れて帰らねばならない。
ローラ姫は、親指と人差指で作った輪を頬に当てながら、満面の笑みで言った。
「オッケー♪」
「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない!」
「はいはい、ただいまおっさん」
ひげのおっさん三世に謁見した俺は、お姫様だっこで連れて帰れという無茶な要求を言いだしてきかなかったローラ姫を引き渡した。距離にして50キロもある道中でそれを強制された俺の両腕はどす黒く変色し、自分の腕であるという感覚すらない。
あまりのバカップル丸出しな行動に、途中で泊まった宿屋の親父からは「昨夜はお楽しみでしたね」といやらしく笑われてしまったが、何のことはない。楽しんでたのは女子バナで盛り上がったローラ姫とレムリアの二人だけで、俺は、「返事がない。ただの屍のようだ」と蔵人に揶揄されるほどの疲労困憊の前に昏倒していただけだった。
「よくぞ姫を助けてくれた! 感謝するぞ」有難いお言葉を下賜なされるひげのおっさん三世の表情は、何故か、娘の命を救われて嬉しさ感極まる父親には似つかわしくないものだった。
「顔色が優れないみたいですが、王さま?」
訊ねるレムリアに、おっさんは重々しい口調で語り始めた。
「実は、おまえたちがいない間に、悪の軍勢が決起したのじゃ」
「まぁ!」両手を頬に当てて目を丸くするレムリア。
また厄介事に巻き込まれるのか。
そろそろ遊び人に転職することを真剣に考える必要があるかなと考えながら、俺はおっさんに次の台詞を促した。
「何者なんだ、そいつらは?」
「奴らは竜王軍と名乗っておる。そしてそれを率いておるのが…」
おっさんは深い嘆息とともに言葉を継いだ。
「世紀末覇者・竜王と申す者じゃ」
「……痛すぎるネーミングセンスだな」蔵人のつぶやきに、俺は言葉を重ねた。
「そんな馬鹿の相手は胸に七つの傷がある男に任せたいものだ」
ひげのおっさん三世は俺の言葉に対して、世も末だと言わんばかりに首を振ってみせた。
「予もそう考えたのじゃが、なんでも聖帝十字陵とかいう観光名所に旅行中でいなかったのじゃ」
ダゴン神のご利益は、どうやらドラゴンを倒したところで終わっていたらしい。俺は頭を掻きながら、全く覇気のない棒読み口調で締めの言葉を吐き出すことにした。
「待っていろ竜王、この勇者が貴様を倒しに行くぞー、と」
読んでいただきありがとうございます。
ラオウの声優の内海賢二さんが昨日お亡くなりになりました。個人的にはラオウと言えば内海さんというイメージでしたので、非常に残念です。ご冥福をお祈りします。
よろしかったらまた次回もお付き合いくださいませ。