来島長親来る!
1605(慶長10)年7月5日、百首城の港
一人の青年が港に着けられている鉄甲船を眺めている。
今は昼時であるが、朝も見かけたのでもう何刻もここで眺めていたのか? 良く見ると青年の腰には短い刀を携えている。なるほどやつも水兵なのだな。船の上では長い指し物は邪魔になるので短い刀を好む。袴の裾も絞ってあり、やはり水兵の身だしなみである。
竜崎弥七郎は青年に声をかけた。
「鉄甲船が珍しいかね?」
青年は弥七郎に顔を向け微笑すると
「元は大安宅ですかな?」
と逆に聞いてきた。大安宅とは大安宅船のことである。
「ふむ、詳しいな。」
「いえ、そうでもありませぬ。竜崎様。」
「ん、儂を知っておるか?どこぞで会ったかの?」
としばし考えた。青年はやはり微笑している。
「すまぬ、記憶にないわ。その方は何者ぞ?」
「お会いしたのは初めてでございます。ただ関白様よりお聞きしておりました故、竜崎様であろうと思いまして。申し遅れましたが、私は来島長親と申します。ここに関白様の里見義康様への書状がございます。ご案内お願いしてもよろしいですか?」
「おお、これは失礼いたした。関白様のご使者でしたか。ご案内いたしまする。」
こうして来島長親は竜崎弥七郎に案内され里見義康の元へ向かった。
7月10日久留里城
竜崎弥七郎は来島長親を久留里城へ連れてきた。馬を使って来れば僅かに1日で来れるのだが、長親が領内を見物しながら行きたいと言ったために徒にてやってきたのであった。先に使い番を走らせていたので、里見義康はすぐに来島長親と対面した。
「これは遠い所を御苦労でござる。儂が里見義康じゃ。」
「は、私めは来島長親と申します。よろしくお願いたしまする。早速ですが、上様の書状にございます。」
そう言って長親は秀頼の書状を義康に手渡した。
すぐさま義康は読み下す。
「承知した。来島殿、そなたは幾人ほど連れてまいった?」
「は、30名ほどでござる。今は百首城のはずれの入り江に待機させております。」
「なるほど。で来島殿は、姓名から察するに村上かね?」
村上とは村上水軍の事で、その流れをくんでいるのかと尋ねたのだ。
「はい、おっしゃる通り、村上の一派・来島村上水軍を率いております。とは申しても僅か80名ほどに数は減じてしまっておりますが、」
「そうか、やはり村上の出であったか。して上様の書状によると、長親殿は自ら申し出て我が百首水軍に学びに参られたとか。何を学ばれるか?」
「はい、まず第一に鉄甲船の造り方、第二に船戦の仕方でございます。」
「ほう、鉄甲船については分かるが、船戦とな。歴史のある村上水軍の流れを汲んでおられては戦の仕様はお分かりと思うが?」
「確かに私も配下の者も幾つかの船戦は乗り越えてまいりました。が、鉄甲船を、ましてや大筒や大鉄砲を使った船戦は未だに経験しておりませぬ。そのあたりを学ばせていただければと存じます。」
義康は話をしながら来島長親の一挙手一投足を観ていた。なかなかの若武者である。武辺だけでなく智略も持ち合わせていそうであると察した。
「分かり申した。この竜崎弥七郎について存分に学ばれるがよい。よいか弥七郎、出し惜しみすることなく教えて差し上げるのだぞ。」
と弥七郎に命じた。弥七郎は快諾した。
「ありがとうございます。それと義康様にもう一つお願いがございます。」
「なんでござろう?なんなりと申されよ。」
「では遠慮なく申し上げます。港の整備、すなわち商いの振興策についてでございます。先の話にはなるやもしれませぬが、上様のお力で再び戦のない世になりましょう。その時になって慌てて商いに力を入れても遅そうござります。百首城の港、富浦港を見聞させていただきましたが、特に富浦港の賑わいはお見事でございました。」
「なるほど。では時をつくりましょうぞ。」
「は、重ねて御礼申し上げまする。」
こうして秀頼から派遣されて来島長親は水軍についてと港の振興策について学ぶことになったのである。里見家にとっても来島長親が来たことは、良いことであった。里見家と豊臣家の結びつきが強くなるという政治的な側面以外でも、長親の提案は百首水軍にとって大きな力となったのである。
長親の提案の例を上げると、次のような事がある。
鉄甲船の動力は櫓であるが、大変な労力を必要とし、一艘辺り200人もの漕ぎ手が必要である。その労力を軽減するために、てこの力を利用したからくりでもって少ない力で大きな動力を得ることを提案した。
また、外洋での推進力に帆を併用することも提案した。今までは鉄甲船は完全な櫓による航行で会ったのであるが、櫓との併用で、労力を軽減できるようになった。
長親が安房に来て一年と半年がたつころ、長親は大阪の秀頼に使い番を出して、ガレオン船を用意してもらうことにした。ガレオン船は南蛮の大型帆船で、戦ばかりでなく、商船として、たまに日本に入港していた。大阪に着いたガレオン船を秀頼は大枚を出して買いつけ、百首城軍港へ送ってきたのである。
長親は百首城の港が軍港として整備されるのを待っていたのだ。この時の百首城軍港は関ヶ原の戦の時と比べて、大きく変貌を遂げ大きな戦船を30艘以上は停泊できるようになっていた。
ガレオン船が届くと弥七郎と長親は、船に鉄板を貼り鉄甲船に造りかえはじめていた。
「長親殿、これは仕上がりが楽しみですな。」
「はい、楽しみですな。」
しかし長親の顔は少々冴えない。
「長親殿?いかがされた?」
「はぁ、見まするにガレオン船は風を受けると確かに速そうですが、左右に弱いようですな。」
その言葉はまさにその通りで、ガレオン船は横の力に弱く一度傾くと容易に転覆する危険性があった。
「なるほど、速度を重視しておりますれば、重心が高いのでしょう。」
といって弥七郎も腕を組んで思案した。
「弥七郎様、船底に少々重りを入れますか?さすれば安定は良くなると思われます。しかし少々速度は落ちるでしょうな。」
「ふむ、さていかがしましょうや。」
二人は色々と考えた結果、やはり重りを入れて重心を低くすることにした。日本近海での船戦ではさほど速度に重きを置かなくて良いだろうとの結論であった。
ガレオン船の改造は昼夜を問わず突貫で行われ、三ヶ月で完成した。長親が安房に来て2年の月日が経っていた。
「おお、こうしてみますといい船ですなぁ。」
満足げに弥七郎が言う。
となりで長親も笑みを浮かべて船を眺めている。
「大阪にいい土産ができましたな、長親殿。」
「いや、弥七郎様、これは大阪へは持って行きませぬ。」
「えっ!?なぜでござるか?上様が買われた船でござるぞ?」
「いや、私が大阪に帰るのはまだ先の話でございます。志摩の九鬼殿が船戦を仕掛けてきたら、この船の出番となるでしょうが…。その前にこの船を九鬼殿、いや家康殿に見せとうはございませぬ。」
「ははぁ、なるほど。家康殿は船戦を軽視しておりますからな。いざという時にお披露目と言うことでござるか。」
長親は笑顔で肯いた。
「なので、試航行を済ませましたら、入江の奥に隠しておきましょう。」
と悪戯っぽく微笑んだ。
「そうしましょう、ふふふ、お披露目の時が楽しみですなぁ。」
と愉快そうに弥七郎もにやけた。
この頃になると、長親が連れてきた水兵たちの鍛錬は順調すぎるほどであった。そんなある日、百首城下の長親の屋敷に里見義康が尋ねてきた。
「これは義康様、いかがさてたので?御用であれば出向きましたのに。」
「いや、今日はちと面白い趣向を考えたのでな。弥七郎も呼んでくれぬか?」
「はい、すでに使い番を走らせておりますゆえ、直にお見えになるでしょう。」
義康はいつになく上機嫌でにこにこしている。
さて、義康は何を考えているのであろうか…。