内乱の気配
正木頼忠、薦野頼俊、長田義房達は薦野頼俊の館山屋敷で談合していた。会しているのは、三名の他に薦野頼俊の寄騎である上野源八、角田丹右衛門、長田義房の寄騎の楠市兵衛、合わせて六名だ。
「とんだ恥をかいたわ。殿の言い様は、儂がまるで何もしておらぬような言い方じゃっ!」
正木頼忠は怒り心頭といった具合だ。
「まあ、少し落ち着け。確かに義康の言う事は正論じゃ。」
薦野頼俊は頼忠をなだめる様に言う。
「頼俊様っ!我らは昔から里見の家を支えてきたのですぞ!」
頼忠は落ち着くどころか更に興奮している。正木頼忠はずっと里見家を支えてきた様な物言いだが、正木家は一時、里見家を離れ北条家に与した。秀吉の北条征伐後に里見家に帰参した、いわば出戻り家臣だ。
「されど明日の領地替えで外様や、池引殿に護摩する奴等が加増され、重きを置かれるのでしょうな。」
長田義房が落ち着いて口を開く。義房はいつも飄々としている。
「そこよ! 我らの様に、与えられし領内を守っていた者は軽んじられて、加増どころか減らされるやもしれぬぞ。」
頼忠は言うが、この三名は積極的に領内の治世を行ってはいない。義康が徳川に反旗を翻した時は、「勝てるはずがない。直に潰される。」と思い、目立った行動はせずに息を潜めていただけである。
おそらく里見家が徳川に攻められて敗北したならば、真っ先に徳川へ城を明け渡し、従臣したであろう。しかし、里見家は勢力を伸ばし、今や五十二万石の大大名である。
「されば、どうする?」
頼俊が二人に問う。
「うむ。いかがするかの。」
「儂には分からぬわ。」
二人も具体的な策がある訳ではない。そんな二人を見て、頼俊は少し小声になった。
「このままでは先がない。いっそ儂らの旗を上げるか?」
「か、返り忠!?」
驚いた頼忠が思わず呟く。義房は一瞬、目を見開いたが、黙している。
薦野頼俊は頼忠より、今後の行く末を危惧していた。そして密かに機会を狙っていたのである。
「しかし、我らの兵は僅かじゃぞ。儂の所が僅かに百。義房殿の所は?」
「儂か? 儂の所は五百だな。」
「頼俊様は?」
「儂か? 儂は千五百じゃ。」
「な、頼俊様はそんなに抱えおるのか! 確か知行は三千ほどでござろう?」
「三千二百五十よ。じゃが儂はある方から支援を受けておってな。それで抱えおるのよ。」
頼俊は下卑た笑いを浮かべた。
「ふーん……。」
義房はどこか冷めた目で頼俊を見やっていた。
「ま、取り敢えず明日の評定を待つか。全く期待はできんがな。二人とも、良く考えておいてくれ。」
頼俊はそう言って笑った。
(ある方か……。大体、察しが付くがな。もう既に頼俊様の中では青図ができているということらしいの。後ろ盾があっての返り忠ということか。さて、どうするかの。)
そう義房は考えていた。
○館山城・義康居室
「さて、奴等は何を談合しよるかのう。」
ここには池引内匠介、堀江頼忠、鳥居成次、大塚賢介、そして竜崎弥七郎が呼ばれている。
「おそらくは、よからぬ事を考えておるでしょう。」
大塚賢介が呟く。
「さもあろう。で、賢介は何か掴んでおるのか?」
「詳細までは掴んでおりませぬが、頼俊様の所には服部党の者が出入りしております。」
それを聞いた鳥居成次が驚きを隠さずに叫ぶ。
「何ですとっ!? ……となれば、徳川に手を突っ込まれておると言う事か……。」
他の将も驚いた顔をしている。平然としているのは義康と賢介だけである。
「獅子身中の虫ということじゃな。各々、警戒せよ。また従兄じゃと近い者を調べよ。
成次は里屋を呼び材木を集める様にせよ。それと土岐義成を呼んでおけ。」
「はっ。かしこまりました。」
「内匠介は大多喜城で軍備を整えておけ。」
「御意っ!」
「堀江は下総を固めよっ!」
「はっ。御意っ!」
義康は矢継ぎ早に呼び寄せた将に命じた。
夜が明けて再び評定が開かれるのであった。




