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鳥居成次と池引内匠助の確執

 里見家領内では、急激に整備されどこも活気があった。義康は特に商いに力を入れていた。家康は海外との交易を禁止する気配が見える。

 だが海外との交易は大きな利が出るのである。里見家は海外との交易で俵物といわれる海産物、刀を輸出し、絹糸や青磁や白磁などを輸入していた。また国内での商いも独自の製法で硝石を生産して利益を得ていた。特に近畿地方との取引は活発であった。





 里見家家臣団の中で池引内匠助は武芸も秀でていたが、内政の手腕に特に優れていたため、領内を走り回り大忙しであった。


 鳥居成次は兵の強化を担当し、日々鍛えていた。先日、家老補佐から家老へと昇格していた。鳥居成次は徳川家康の股肱の臣・鳥居元忠の二男で、先の豊臣方の伏見城の攻撃で負けはしたものの激戦を展開した剛の者である。家康に伏見での戦いを叱責され蟄居を命じられ、徳川家を出奔してきたのであった。


 池引内匠助と鳥居成次の普段の接点はあまりなく、たまに久留里城で出会うくらいであった。

 しかし、実際のところ、池引内匠介は鳥居の事を良くは思っていなかった。徳川の名の知れた将・鳥居元忠の息子であるのに、飛び出してきたところも気に食わなかった。そして成次が里見家の臣になった時、池引は常陸・鹿島に代官として赴いていたことも原因であった。鹿島から呼び戻されて、安房に戻った時、主・義康は成次に信をおいていることが分かり、里見家にずっと仕えていた身として面白くなかった。嫉妬である。大名が大きくなると必ずと言っていいほど譜代と外様の家臣の仲は一度は悪くなる。その場合、ほとんどが嫉妬心からである。


 鳥居成次はというと池引内匠助に対して、敵意は持ち合わせていない。むしろ先日の本多忠勝とのやり取りを聞いた成次は尊敬してもいた。成次という男は真面目であり、漢儀がある。




 ある時、鳥居成次の担当する兵の鍛錬で、池引内匠助の家臣が倒れた。それは兵同士の乱れ稽古(木刀を使っての立会稽古)中に打ち所が悪く、昏倒してしまったのである。激しい訓練ではこういうことはよくあるのであったが、相手が成次の家臣であった。内匠助は激怒し成次に詰め寄ったのである。


 「あやつはまだ剣の稽古をして間がない。いくら乱れ稽古といえども構えを見れば分かるであろう。今度は儂が稽古を付ける故、連れてまいれ!」


 家臣を昏倒させた乱れ稽古の相手を引き渡せというのであった。普段の内匠助は分別をわきまえた筋の通った男であるが、今までの成次に対する感情とあいまって、頭に血が昇ってしまっていた。


 「稽古での責任は私にあります。ならば私がお相手いたします。」


 と成次が言った。


 「なに!良かろう!では参れ!」


 「いいえ、稽古であれば稽古の時間にお願いいたしまする。」


 と成次は言って、すぐの立ち会いは拒んだ。


 「うぬ、逃げなさるなよ。」


 と言って内匠助は肩をいからせ帰っていった。



 池引内匠助は屋敷に帰り、怒りを鎮めるため酒を煽ったのであるが、次第に冷静になってきた。冷静になりよくよく考えると自分のとった行動が恥ずかしく思えてきたのである。


 【儂というやつは、小さい男じゃ。よくよく考えれば成次殿は皆の評判もいい。いい男なのかもしれん。】


 内匠助はそう思うといてもたってもいられず、酒の大徳利を二つ抱えて、屋敷を飛び出し成次の屋敷に向かっていた。

 やがて成次の屋敷に着く。戸を叩くとすぐに成次はあらわれ中に通された。


 「先ほどはすまぬ。」


 内匠助は頭を下げた。


 「私の稽古が行き届かなかっただけでございます。こちらこそ大事なご家臣にお怪我を負わせ申し訳ありません。」


 「やや、まあよいわ。今宵は飲みませぬか。」


 と持参した大徳利を抱えて笑った。


 「よろしいですな。お付き合いさせて下され。」


と成次は笑顔で答えた。


 二人で酒を酌み交わしはじめてしばらくすると、若武者が酒の肴を持ってやってきた。そしていきなり叩頭して言った。


 「申し訳ありませなんだ。池引様ご家臣のお相手は私が務めました。お許し下され。」


 「や、そなたが!」


 改めて若武者を見ると引き締まった顔立ちに無駄な肉のついていない鍛えられた体驅をしているのが見て取れた。目の輝きも強く澄んでいる。


 「いや、怒った儂が悪いのじゃ。」


 と笑って若武者を眺めた。


 とその時…。


 『ガシャツ』


 と音がしたので目をやると仰向けに成次が倒れている。


 「ど、どうされた!鳥居殿!」


 と慌てて声をかけたが、若武者は平然と言った。


 「またでございますか、我が殿は。」


 と言って掛け布を持ってきて成次に掛けたのである。

 あんぐりと口を開けて見ていた内匠助は問うた。


 「ひょっとして酔われたのか?」


 「はい、殿は酒は好きなのですが、めっぽうよわいのです。」


 とにこりと笑って若武者が答える。

 内匠助はしばらくあっけにとられ酔って寝てしまった成次を見ていたが…やがて


 「ははははっ、これは愉快じゃ。酒が好きで弱い男がいるのじゃな~。これは面白い。はははっ」


 と笑いだした。釣られて若武者も笑いだした。


 「そうじゃ、一人で飲んでも詰まらん。そなたも付き合え。」


 と杯を差し出した。


 「いや、私ごときがご一緒したりしたら、あとで主に怒られます。」

 

 と若武者は頭を下げ断ったのであるが。


 「よい。儂が頼んで相手をしてもらったと成次殿には言っておくゆえ、付き合え。それともそなたも酒が弱いか?」


 と挑発するように笑いながら、再度盃を差し出した。


 「は、さすれば。」


 と若武者は盃を受け取りぐっと飲み干した。


 「ほう、いける口ではないか。それもう一献。」


 「ありがとうございます。」


 二人は成次の事をつまみにしながら酒を酌み交わしていた。


 「うむ、鳥居殿が、家臣の者たちによう慕われているのが分かったわ。」


 「はい、私めは、この酒の弱い主にどこまでも付いてゆきます。」


 と肯いた。酒で口が滑ったのか、若武者は昼間の稽古についても言った。


 「あの時も私は、相手がまだ未熟ゆえ手加減しておりましたら、手招きされて呼ばれたのございます。」


 「ほう。」


 「で、あの者は見所がある故、手加減しなくともよい。その方があの者のためになるのじゃ…と申されまして。」


 「そうか。そういうことじゃったのか。早く言えば良いものを…。」


 とまた成次を眺めながら呟いた。

 こうして夜中遅くまで飲み交わして、千鳥足で内匠助は帰っていった。


 


 それからである。鳥居成次と池引内匠助は竹馬のごとく仲が良くなり義康を支えたのである。

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