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別れ

○館山城

 小見川城、多良崎城の戦いが終わり、一時の平穏が里見家に訪れていた。

 戦後の論功行賞も終わり、一息つく義康であったが、来島長親と居室で茶を飲みながら話をしていた。義康の居室は飾り気のない素朴なものであったが、床の間に綺麗な枝ぶりの良い珊瑚が置かれていた。房州珊瑚独特の淡い上品な色合いと艶が飾り気のない部屋と調和し観る者を落ち着かせた。この珊瑚は素潜りの得意な長親が海底より採ってきて、義康に献上したものであった。


 「寂しくなるな。長親殿の提案には大分助かったわ。」


 「もったいのうお言葉ありがとうございまする。色々と勉強させていただきました。」


 秀頼から義康に書状が届き、そろそろ長親に帰ってくるようにとの事であった。長親は幾つかの実践を経験し、内陸での戦にも将として参じた。なかなか中身の濃い滞在であった。


 「それで、何時、発たれる?」


 「はい。弥七郎殿ともご挨拶をさせていただきたいですし、里屋九助とも話をせねばなりませぬ故、三日後に。」


 「そうか。寂しくなるのぅ。」


 義康は幾度もさみしくなると言う。本心なのだろう。


 (そうか。お抱えの商人『里屋』はどうするのであろうか。関白様の書状では淡路を長親殿に任せたいとある。となれば里屋九助も連れて行くということか。)


 「長親殿、九助はどうするのじゃ。もちろん、そなたのお抱え商人じゃから連れて行くのであろうがな。那珂湊はどうするのであろうか?」


 義康は那珂湊の商人達を束ねている里屋がどうなるのか気になった。里屋が抜ければ代わりに商人どもを纏める者を見つけねばならない。


 「それも九助と談合して決めたいと思うておりまするが、私が大阪に戻りましても、どこぞが私に宛てられるか分かりませぬ。それに里屋は那珂湊で商いをはじめ大きくなり申した。あくまで本店は那珂湊と思うております。」


 秀頼の義康に宛てた書状の中で、長親が治めるのは淡路とされているが、それはまだ長親に内密にとの事であった。ゆえに長親は己がどこを治めるのか知らないのだ。


 「なるほど。里見家としても里屋が那珂湊に残ってくれるのは助かる。」


 「は、私が大阪に戻りましても、よろしくお願いいたしまする。」


 こうして長親は義康の前を辞したのであった。




 翌日、長親は竜崎弥七郎を訪ねた。弥七郎は、長親が来た時と同じ様に港を見回っていた。弥七郎はまだ長親が大阪に帰る事を知らない。


 「弥七郎殿っ!」


 長親は声を掛けた。


 「おう。長親殿。殿に呼ばれたそうじゃが、もう済んだのか?」


 「はい。実は関白様からの書状が届きまして。私は大阪に帰りまする。」


 「な、なんとっ!……」


 弥七郎は一言いうと絶句した。評定が驚きの顔から寂しげな顔に変わる。何かを言おうと口を開くが言葉は発せられない。長親も別れはつらいものであった。


 「ほんに弥七郎殿にはお世話になり申した。」


 長親は深く深く頭を下げた。


 「や、やめよっ!わ、儂は長親殿を心の友と思うておる。そ、そんな、他人行儀な……。」


 弥七郎は十も年下の長親といつも行動を共にしていた。そして心の底から友と思っていた。急な別れに心が整理できなかった。お互いに真っ直ぐな心根を持ち、同じ船乗りとして共感しあって来たのだ。


 「も、申し訳ありませぬ。今宵は飲みませぬか。」


 「おう。飲みましょう、飲みましょうっ!」


 そう言ってはじめて笑顔になる弥七郎だ。



 その晩は二人は大いに飲んだ。二人だけではない。長親の兵達も弥七郎の兵達も、別れを惜しんで飲んだ。


 「長親殿。御子息は幾つになられる? 」


 「えっと、今年で五つになり申した。」


 「そうかそれは丁度良い!」


 赤ら顔の弥七郎が言う。


 「はて? 何がでござるか?」


 「実はでござる。儂には娘もおりましてな。今年四つになり申した。ご子息の嫁にもろうてくださらんか?」


 「な、なんとっ!弥七郎殿の御娘どのをでござるか?」


 「おうよっ!さすれば儂と長親殿は身内よ!いかがじゃ!? 里見家にとっても良い話じゃ。」


 確かに重臣の娘と豊臣水軍を率いていくであろう長親と縁を強くするのは里見家にとっても良い事である。だがこの話は即答はできない。大名の婚姻は秀頼に届けねばならない。これは故・秀吉の決めた事であった。里見家と来島家では大名同士の婚姻となり秀頼の許可が必要となる。しかし竜崎家と来島家の婚姻は大名同士ではないので、届け出る必要はないのであるが、竜崎家は大大名の里見家の重臣だ。一応、届け出た方が良いと長親は考えた。


 「これは嬉しいお話でござる。義康様や関白様にお伺いして許しをいただきましょう。お許しを頂いた暁にはよろしくお願いいたしまする。」


 「うん、うん。きっと認めてくださるわ。」


 赤ら顔で嬉しそうな弥七郎だ。その姿を見ていると長親も嬉しくなり酒が進むのであった。


 大阪に戻る前に、もう一度義康に会い話をし、大阪に戻ると秀頼に話をして長親の嫡男・道春と竜崎弥七郎の三女・房の婚姻は認められることになる。



 竜崎弥七郎と別れの宴の翌日、長親は屋敷に里屋九助を呼び、大阪に戻る旨を伝えた。九助も弥七郎同様に大層驚いていたが、商いの範囲が広がる事を喜んだ。さすがに商人である。その上で那珂湊を本店として継続して商いをしていくらしかった。



 こうして長親は大阪に戻っていったのである。


 


 

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