多良崎城の戦い(三)
水野重好の軍勢は水戸城出立から一刻半後に多良崎城前に着く。重好はすぐに物見を放つ。
(まあ、篭るは千あまり。敵がなんぞ策を労したとて数で押せるわ。)
重好は多良崎城を眺めて、力押しで落とすつもりであった。
「重好様、城には凡そ二千余りの兵が籠っておる様子にございます。三の郭では鉄砲の試し撃ちをしておるようで銃声が聞こえております。総じて申すならば場内、息盛ん!」
「なに!? 二千余りとな? 」
重好は思わず大きな声になっていた。
(千ほどしかいないと思うておったが、二千もおるのか。鳥居成次らの援軍が向こうてくれば、兵数では均衡するではないか! しかし、ここまで出張って来て今更引けぬ。引けば我が主が笑い者となるは必定。さて、力押しは無理となったか。)
重好は予想以上の兵を擁する多良崎城攻めを考え直さねばならなかった。
実は多良崎城には当初の兵数、すなわち千余りが籠っているだけである。それがなぜ二千兵を擁するように見せかける事ができたのか。それは三の郭を任された曽谷時頼は城の裏手にある竹林から竹を切り出し、城内にある布を旗印に仕立て上げた。その上、あちらこちらで焚き火をする。城内で煙が上がれば、それは飯焚きの煙と思うのだ。それらの細工は、三の郭だけでなく二の郭や本丸でも行われた。そうしてあたかも二千程が籠っているように見せかけたのであった。重好の物見が銃声と聞こえたのは、焚き火に竹をくべたのである。竹のはぜる音は、聞きようによっては銃声に聞こえる。それも計算の内であった。まんまと曽谷時頼の策に乗ってしまったのであった。この時、重好は三の郭には鉄砲隊が五百程度籠っていると思っている。実際は弓兵二百だ。
「重好様。ご指示を。」
重好の陣では従う将が指示を仰いでいた。
(うむ、鉄砲隊五百か。当初の予定通り力押しで行くのは無理じゃ。そのうち援軍も現れ、我が方は前面の城方と後方の援軍に挟まれる。う~ん、いかがしたものか )
「重好様?」
「と、とりあえず、火矢を放て!」
何の考えも浮かばないまま重好は火矢を打ち込む事を命じたのであった。
火矢を打ちこまれた三の郭では、みな落ち着いている。曽谷時頼と配下の者、合わせて七名が二百兵を指揮している。
「皆の者、慌てるでないぞっ! 近くに火矢が落ちたならば拾え、余裕があるならばその火矢を撃ち返すがよいっ! 」
「これは面白い。敵の矢をそのまま返すとは。」
郭内の兵は面白がって近くに落ちた矢を拾い、撃ち返すのだった。
「やや、城方からも火矢が飛んでくるぞ!」
攻め手の重好配下の弓隊も驚いていた。
重好は鉄砲による兵の損害を覚悟し、城門を打ち破る事を決めた。城方から鉄砲が放たれる事を承知で、城門へ寄せる。数少ない手持ちの鉄砲隊に援護させる。
「曽谷様、いよいよ寄せて参りましたな。」
重胤の弓隊小頭が曽谷時頼に言う。
「そうだな。もっと引きつけて、こちらも仕掛けるぞ。準備しておけよ。」
「はっ。準備整ってございます。いつでも!」
時頼はまだ何やら策があるようであった。




