多良崎城の戦い(二)
千葉重胤は唯一の旗本で譜代家臣である東金政辰に命じて戦の準備をさせた。もとより攻められる事を予想して兵糧の蓄えや郭の整備など準備を進めていた。その為、雑兵達を集め、幾つかの小隊に分け配置する。多良崎城には鉄砲は五百ある。城の規模から言えば所持している方であるが、決して多いとは言えない。そして重胤は鉄砲を用いた戦は不得手の方であった。
重胤は鉄砲嫌いなのではない。ただ有効な使い方が分からないのである。主君が鉄砲が不得手ということもあり家臣の東金政辰は足繁く鳥居成次の元に通い鉄砲の扱いにつて教示を受けていた。
「政辰。その方に鉄砲隊五百全てを預ける。厳しい戦となろうが頼むぞ」
「はっ。命をかけて務めまする」
政辰は重胤と相談の上で三の郭には鉄砲隊を配置せずに、全て二の郭に配置した。全ての兵の配置が終わり、政辰は重胤に準備が整った事を告げに行く。
「うむ。御苦労。そなたに一つ聞きたい。こ度の戦の采配はお主以外にできるの者はおらぬ。そなたは三の郭に弓隊二百を置いた。しかし向こうてくるは四千と聞く。すぐに郭を取られてしまうのではないかと思うのだが? 」
重胤は政辰に問う。重胤は己の事を評価していない。「落ちぶれた名家」と己を貶めて見ているのである。そのために政辰任せの事が、内政面でも多かった。
そんな重胤を政辰は
(殿は自信さえ持てれば、良い武将であるのに。儂が支え、いつか殿が自信を、誇りを持てるように気張らねばならぬ)
と思っていた。
「殿。某が愚考いたしまするに、我が兵、千余りでは各所に散らばっておっても個別に撃破されてしまうのではないかと……。そこで三の郭はいわば半ば捨てて、二の郭から守りを固めてはいかがと思ったのでございます。殿はいかが思われますでしょうか」
「ふむ。なるほどの。しかし明け透けに三の郭に攻め込ませてもよいのかのぅ。儂は何としてもこの城を守らねばならぬのじゃ。三の郭でも一工夫、必要ではないか?」
普段は政辰の言う事に口を挟む事はない。それが今回は積極的だ。それだけ危機感を持っていると言う事である。
二人で限られた時間の中で策を練っていた。その時、二人が談合している部屋の外から声をかける者がいた。
「失礼いたします。我が主より、この戦のお手伝いをするように命じられております。何とぞ、働き場をお与えくださいませ」
それは大塚賢介の使いとして来た曽谷時頼であった。重胤は時頼から知らせを受けた後、時頼に対し「御苦労であった。しばし控えの間で休まれよ」と言って下がらせていた。時頼は何か言いたそうにしていたが、時が迫っている事もあり、重胤はすぐさま政辰と談合し始めたのだ。それゆえ時頼も言いそびれていた。
「おお、これは忝い。それでは早速、こちらで話そうではないか」
そういって時頼を招き入れるのであった。時頼は大塚賢介の出張る戦には全て同行していた。また側廻りとして、賢介の加わる評定や各種談合にも同行することが多かった。
時頼は近場に居る配下の者に声をかけ六名ほどがこの戦に加わると言う。時頼は先程までの重胤と政辰の話を聞き、三の郭で一戦させてくれと願い出た。将の足りなかった重胤達はこれを嬉々として受け入れるのである。
「曽谷殿。ありがたき事でござる。弓兵二百をお預けする故、お願いたす。したが、大塚様のご厚意に報いるためにも、無理をしないでくだされよ。曽谷殿の身に何かあったら儂の顔が立たぬゆえな」
「はっ。お気遣いありがたく」
こうして、多良崎城に曽谷時頼とその配下六名が加わった。
中根城の鳥居成次は、すでに多良崎城へ向けて水戸より敵兵が迫っている知らせを受けている。すぐさま、援軍として、伊藤刑部長安を大将とした七百程の兵を差し向けていた。長安も多良崎城へ急ぐ。




