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小見川城の戦い (二)

一月二十一日 早朝

 夜明けとともに、水野軍の軍太鼓が響き渡り、水野軍は進軍を開始した。俗に言う『第二次小見川城の戦い』である。

 この時点で小見川城方、すなわち里見方では、水野軍の進軍に備えて矢作城に入っていた里見義康が、矢作城にに千兵を残し、八千の兵を率いて、小見川城の援軍に駈けつけるために出立していた。昼過ぎには到着するであろう。

 援軍が来るであろう事は、水野勝成も当然、予想しているが、その前に城に侵入するつもりであった。手間取った場合は、すぐに白井城に引き返すつもりであった。


 【里見はさすがに戦が上手い。我の小見川城攻めも、既に読んでいるであろう。となれば援軍は来る。寄せ集めのこちらとしては援軍が来たらまとまりが聞かんであろうな。援軍が来るまでの数刻が勝負よ。援軍が来し時はさっさと退却しようではないか。それまでに落とせればよし、落とせなんだら、当分城が使い物にならぬようにするまで。】


 勝成は心で呟くと静かに采を振った。



 城攻めは、水野勝成の策通りに進められ、正門へ向けて西郷康員が銃撃を開始した。勝成は千丁の鉄砲の内、手元に二百を残し、八百の鉄砲を西郷康員に預けていた。八百の鉄砲による銃撃は、先の戦の修繕が終わったばかりの門を容赦なく傷つけ、『ピシッ』『ポスっ』と言う音と共に木端を散らしている。

 小見川城はちょっとした台地上にあるが、斜面の緩い向かって左手から井田隊が火矢を打ち込み始めた。小見川城の城代を務める黒川権右衛門は、城に入って日が浅いが城内をよく整備し綺麗に片づけられていたために火矢により延焼する物もなかった。いたずらに城内の地に火矢が突き刺さる。しかし、城内で火矢の犠牲になる建物はなかったが塀の一部に火が付き、はじめはちろちろと炎が上がりはじめた。季節は冬である。関東の冬は空気が乾燥しており、塀に点いた火は、瞬く間に大きな炎となり、二軒に渡って塀は崩れてしまったのである。


 「でかした! 者ども! 城内に攻め込めーっ! 」


 一番槍は我が隊とばかりに気の逸る井田胤徳に鼓舞され、崩れた塀の間から、それっとばかりに井田隊の兵が雪崩れ込むが、瞬く間に黒川隊に討ち取られた。


 井田胤徳と言う武将は、守り戦は強い。しかし、攻め戦は不得手である。不得手ゆえに慣れていない。その為、引き時が分からないのである。敵の城の一角が崩れた時は勢いに乗り一気呵成に乗り込むのが常套手段であるが、それが叶わなかった時は、一旦、兵を纏め鼓舞し、攻め込まねばならない。そうでなければやがて当初の勢いは枯れて悪戯に守りを固めさせてしまうのである。


 「者ども! 怯むでない! 一番首を上げし者は恩賞を与えるぞっ! 」


 慣れない攻め戦で、城塀の一角を崩した胤徳は興奮して、さらなる手柄を求めた。しかし統率する者もなく兵達がそれぞれ勝手に攻め込むので、黒川隊に無残にも討ち取られて行く者が増えた。



 「井田殿、水野勝成様からの伝言でございます! 」


 胤徳の元に勝成の使番が現れて言う。


 「塀を崩した功は一番手柄。おめでとうございます。さて、ここは一旦引き、兵を纏められたしとの事でございます。その上で二間ばかり更に左手から、更に火矢を打ち込むようにとの事でございます。」


 勝成は兵の消耗を避けたのだ。その上で更に左から火矢を打ち込むことにより、城方の注意を引きつけおき、ぽっかりと開いた塀から中に飛び込む隙を伺うのであった。


 「承知! ならば、そういたす。」


 胤徳は兵を纏め、左手へ移動していった。

 対する城方は、水野勝成の狙いを読んでおり、崩れた塀の守備に黒川隊が留まり守りを固め、井田隊に対するのは遊軍として控えていた中山照守率いる一隊が対峙することにしたのだった。



 【名前などしらぬが城を守りし者は、なかなかやるな。これでは時がかかる。】


 そう思った勝成は、自身を守るために残しておいた鉄砲隊二百を崩れた塀に向かわせ、銃撃を開始させた。


 『ダダーンッ』


 水野鉄砲隊の鉄砲が火を吹く。対処が若干遅れてしまった黒川隊の十五人ばかりが命を落とした。


 「いかん! 竹束で防げ! 十名ばかりは城内から畳を引き剥がし持ってこい! 」


 権右衛門が叫ぶ。しばらくすると塀の穴は畳で塞がれた。権右衛門の機転が功を奏したのだ。畳と言うのは案外丈夫で、この時分の、特に徳川家の所有する鉄砲の弾はほとんど貫通することはなかった。ちなみに里見家や豊臣家の所有する鉄砲ではほとんどが貫通する。両者の鉄砲の精度には、それほどの違いがある。

 権右衛門は更に、板戸まで取り外し畳の後ろに重ねて強度を増した。


 畳や板戸であれば、火には弱いのであるが、火矢隊を率いる井田隊は左手に移動している。


 さて、どうしたものかと水野鉄砲隊の大将が思案している時に、目の前の畳の内一つがぱたりと倒れた。その時中から十名の鉄砲兵が躍り出て発砲した。


 『ダーンッッ!!』


 きっかり十名の水野鉄砲兵が撃たれる。撃ち漏らすことなく全ての銃弾が当たり、黒川鉄砲兵はさっと身を隠し、すぐに元通りに畳で穴は塞がれた。


 「な!? 腕のいい奴がおるな。」


 やがて、その場では睨みあい状態になる。水野勝成は状況を見て、水野本隊から二百名を選抜して井田隊と鉄砲兵の間、すなわち、崩した塀と火矢を打ち込んでいる間の塀に差し向けたのだ。そこで二百名の者どもは幾人かの者が土台となり塀をよじ登り、中に潜り込み始めた。黒川隊と中山隊の間であったがために、城方の抵抗はなく次々と城内に入っていく。


 「やや! 敵が侵入しておるぞ! 」


 誰かが叫んだ。声を聞いた者がそちらを見ると二十人余りの敵兵が刀を振り上げ黒川隊に向かっていくところであった。



 戦の風向きは水野方に有利に展開しそうな気配である……。


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