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梅鶴丸

1610年5月


 里見義康は海路、大阪を目指していた。同行するのは嫡男・梅鶴丸 、竜崎弥七郎である。里見家では独自の製法で煙硝を製造しており、その煙硝を大阪城に運んでいる。普段は商船を装い弥七郎配下の水兵達が、運搬の役目を果たしていた。

 今回、義康自ら大阪に向かうのは、秀頼への御機嫌伺いと、里見家筆頭家老の板倉昌察の顔を見たかったせいでもある。板倉昌察は表向きは里見家を追放され、大阪にて秀頼に仕えた事になっていたが、実際は義康の指示であった。昌察は向島の守将を務めており、豊臣家にとってはなくてはならない存在になっている。

 もう一つ、義康には大きな目的があった。それは秀頼の面前で梅鶴丸を元服させることである。梅鶴丸は今年七つになる。早い元服であるが、里見家は五十二万石の大名に成長し、跡継ぎ問題で家内が割れたりすることのない様にと考えての事である。



大阪城謁見の間


 「里見右近衛大将義康殿御一行、参られました。」


 大野修理治長が秀頼に伝える。


 「おお、来たか。はよう通せ。」


 秀頼は相好を崩して言う。義康は秀頼の守役を短期間だが務めていた事もあり、早く会いたかったのである。朝から、首を長くして待っていた。


 「失礼いたしまする。」


 その声がするや、下座の扉がすっと開き、里見義康が現れた。つつっと歩み寄り下座に座り、平伏する。傍らには嫡男・梅鶴丸も同様に伏した。


 「おお、里見のとと殿、顔を上げてくれ。もそっと近こうに。」


 秀頼は義康に言う。


 「は、それでは。」


 義康は体を起こし、秀頼の近くまで寄っていった。梅鶴丸は平伏したままである。

 秀頼は、平伏したままの梅鶴丸を見て、不思議そうな顔をして尋ねた。


 「とと殿、あの童は何じゃ? 」


 「は、某の愚息にございまする。」


 「おお、梅鶴丸か。これ、梅鶴丸も頭を上げ、もそっと近こう来てくれ。そこでは顔も見えん。」


 秀頼は梅鶴丸にも近くに来いと話しかけた。

 梅鶴丸は平伏したまま、名乗りを上げた。


 「関白様、お目にかかれて幸せにございまする。その上、お声掛けいただき、恐縮にございます。里見義康が息子・梅鶴丸でございます。お言葉に甘えさせていただき、御尊顔を拝謁させていただきまする。」


 そう言って梅鶴丸は表を上げた。


 「おお、立派な跡継ぎじゃのう。」


 秀頼は梅鶴丸の言上と居住まいを見て、義康に声をかけた。童には違いないが、堂々としていて、さすが義康の子だと感じ入っていた。

 体を起こした梅鶴丸であるが、秀頼の近くに寄って行こうとしない。それを見た秀頼は再び声をかけた。


 「梅鶴丸。近こう寄れ。遠いわ。」


 再び声をかけられた梅鶴丸は、今度はすすっと寄って来た。満足そうに秀頼が頷く。


 「とと殿、こたびは急にいかがしたのか? 関東になんぞ動きでも? 」


 秀頼は急に真面目な顔になり問うた。


 「いえ。某が上様の顔を見とうなっただけでございますよ。」


 義康は笑って答える。


 「それと一つお願いがございましてな。」


 「ほう、なんじゃ? 」


 「この梅鶴丸の元服をさせていただきたくて参りました。何とぞよろしゅうお願いいたしまする。」


 義康と梅鶴丸は頭を下げた。


 「なんと、元服するか。これはめでたい。分かった。めでたいのう。のう、修理よ? 」


 「はい、めでたき事にございます。」


 こうして梅鶴丸は秀頼の面前で元服することになった。秀頼の面前でということは、すなわち烏帽子親になってくれということである。元服後の名付け親になるのである。

 この時代、烏帽子親の一字を取り名づける事が多い。信長が烏帽子親の場合は『信』の字をつけることが多かった。秀頼は考えた。秀の字か、頼の字か、それとも他の名か、誰に相談するでなく考えた。



 翌日、梅鶴丸元服の儀は大広間にて行われた。列席したのは豊臣秀頼、片桐且元、大野治長、真田幸村、前田利長、前田慶次郎、板倉昌察、横浜茂勝、池田輝政、宇喜多秀家、織田秀則、長宗我部盛親、塙直之、南条元継である。現在の豊臣方近畿地方の中心人物達といっても良いであろう。


 梅鶴丸は烏帽子帽をかぶり、凛としている。そして、いよいよ秀頼によって新たな名が付けられる時が来た。


 「梅鶴丸。その方の名はは本日より『藤康(ふじやす)』じゃ。藤の字は父上の昔の名、藤吉郎からとった。元服したとはいえ、その方はまだ若い、父上がそうであったように更に大きく成長せよ。その暁には、余の一字を与えよう。」


 集いし者達はどよめいた。みな『秀』の字をつけるであろうと思っていた。秀吉の昔の名から一字を取るとは誰も思っていなかった。それぞれが口々に良い名だ、出世間違いなしじゃなどと言い合っている。

その喧騒を静めるように梅鶴丸が言葉を発した。


 「上様、素晴らしい名を頂戴し、ありがとうございまする。某、本日から藤康を名乗らせていただきます。名に恥じぬよう精進いたします。我は若輩者故、今後、上様をはじめ、皆様に厳しいご指導のほど併せてお願いいたしまする。」


 こうして梅鶴丸は藤康と改名した。それだけではなく藤康には侍従の官位が与えられ『里見侍従藤康』と呼ばれるようになる。


 後年、藤康は秀頼の子・国松を支えて行くことになるのだ。



 無事に梅鶴丸の元服を終えた義康は向島の板倉昌察の屋敷を訪ねる……。

 


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