矢作城攻め、終結
水野勝成は方円の陣で里見軍を迎えうつべく布陣する。方円の陣は守りに優れた陣形である。
「ほう、方円の陣ときたか。水野勝成らしからぬ陣形だが、それだけに矢作城を守る意気込みを感じるな。」
里見義康は、水野軍の陣形を見て呟いた。自軍は先ほどと変わらぬ長蛇の陣である。
時刻は未ノ刻を過ぎた頃である。太陽は高く昇っているが、今は真冬だ。激しい戦でかいた汗が冷やされ、体温を容赦なく奪う。両軍とも兵の消耗が激しい。義康は今日中にけりをつけねばならぬと思っていた。戦が長引き、明日に持ち込まれることになれば、野営をしなければならない。この寒さでの野営は兵達の士気が落ちるのは明らかだ。対する水野陣営は矢作城に引き籠れば暖が取れる。
「水野方にはもう鉄砲は少ない。御子神大蔵承、騎馬兵2千を率い突っ込め。続いて右手より勝長門守行遠、槍隊千。左手からは竹田権兵衛、同じく槍隊千。いけ! 」
里見軍の騎馬兵の突撃で戦は再開された。僅か三百にまで数を減じていた水野方鉄砲隊は、御子神率いる騎馬兵に突っ込まれ、壊滅。水野はすぐさま騎馬兵を投入する。
馬の嘶き、悲鳴、槍の穂先の交わる金属音、それぞれが混じり合い大きなうねりとなって、辺りに木霊する。その喚声が激しさを物語っている。
数に劣る水野軍であるが、互角に里見軍と渡り合っている。水野勝成は、里見軍と当たっている隊が疲れてきたと見るや、すぐに新手を繰り出し、疲れた隊を引き揚げさせる。非常に高度な駆け引きを行っている。また、その策に方円の陣は適していた。
○利根川堤
遠くから銃声が聞こえる。戦が再開したのを鳥居成次は感じ取っていた。成次は戦況を調べるようにと、物見を出した。ほどなくして帰って来た物見の話では、戦況は五分であると言う。
「義成殿、暇でござるな。」
鳥居成次は、隣りにいる寄騎の土岐義成に話しかけた。
「そうですな。あちらは激しそうですがな。」
土岐義成は喚声のする方を見やって答えた。
「もうじき夕刻になります。我ら少兵なれど、合力いたしませぬか。」
再び成次が義成に話しかける。里見義康本隊に向いている水野隊に後から槍をつけようという企みである。
「儂もそう思っておりました。そうするとして策は? 」
土岐義成も賛意を示し、やるきに逸った顔をしている。
「我らは矢作城に籠りし者どもに悟られぬよう、少々迂回しまする。迂回し、敵の背後に回り…… 後は突っ込むだけ。向こうが押し返してきた時は、さっさと引きましょう。それもできるだけ敵を引きつけながら。さすれば水野の陣は伸びます。義康様本隊でけりをつけるでしょう。」
鳥居成次は己の策を話すと、すぐに隊を纏め、進軍をはじめるのであった。
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「うぬ、しぶといな。まだ崩せぬか。黒川権右衛門、そなたは騎馬兵百で左手から横腹をつけ! 」
「はっ! 」
里見義康はじれて、護衛の旗本を次々と投入していた。もう義康の周りには怪我をしている堀江頼忠の他は三人ほどしかいない。
やっと黒川権右衛門が見事に敵の横腹を突き、左手から里見軍が押しはじめた。
「よし! そのまま押せ! 頼忠! 怪我をしているのに悪いが、腕の立つ弓手を選抜し、中央の騎馬兵を討ち取れ。よいか、無理をするでないぞ。少しづつ敵を削れ! 」
「御意にっ! 」
堀江頼忠の弓隊は、一人、また一人と騎馬武者を屠っていく。頼忠の差配は見事で、決して戦の喧騒に飲まれることなく、二十ばかりの弓手を比較的安全な所に動かし射かけさせる。
「ほう。頼忠にこれほど戦の才があったとはの。」
義康も感心して見ていた。頼忠は政務に長じており、戦の折は留守居が多かったのである。
黒川権右衛門、堀江頼忠の働きで、戦況は里見軍有利に展開する。このままいけば里見軍が勝利を治めるであろうと思われたが、日の入りまで時間が迫っている。何としても今日中に方をつけたい里見軍と、持ちこたえて明日に持ち込みたい水野軍との戦いであった。
水野軍もしぶといな、と義康が思っていた時である。水野軍が崩れた。見ると水野本陣辺りが騒がしい。何事であろうかと義康は首を伸ばしてうかがう。
義康の目に『黒字に白の鳥居』の旗印が映った。
「成次め、やりおったな。」
義康はにやりと笑うと全軍に突撃を命じた。
鳥居成次が水野勝成本陣の後ろから槍をつけることに成功したのだ。
「皆の物、全軍突撃! 」
里見軍は水野軍を包むように進軍し、水野軍はとうとう崩れた。後を鳥居成次隊に、前から義康軍、両隊に挟まれる形となってしまったからである。一度、崩れてしまうと里見軍より数の少ない水野軍を立て直すのは困難である。
「いかん! 引けーっ! 」
「殿、何処に引けと申されますか? 城へ戻るは鳥居隊が構えております。」
「うむ、こう乱れてはどうにもならぬ。こうなれば臼井城に向けて引け! 」
「し、城を捨てなさるか? 」
「命あっての物種よ! 」
「井田様は? 井田様はどうされますか? 」
「放っておけ! やつは端からやる気などないわ! 」
こうして、乱れる兵を纏めつつ水野軍は臼井城へ引いて行った。臼井城はかつて酒井家次が治めていたが、先年、上野国高崎へ移封となり、領土は徳川直轄領に、城は空城となっている。
水野勝成が矢作城ではなく臼井城に引いて行ってしまい、困ったのは寄騎としてこの戦に参じていた井田胤徳である。胤徳は僅か千兵で矢作城に取り残されてしまった。
里見軍に取り囲まれた胤徳は、すぐさま降伏し城を明け渡した。井田胤徳は解き放たれ、居城の宮和田城へそそくさと引き揚げていった。
○矢作城
矢作城を接収した里見義康らは城内に入っていた。
「殿、見事に落としましたな。」
鳥居成次が里見義康に言う。
「うむ、その方がでしゃばったお陰よ。ふふふ。…… さてとこの城をどうするか? 」
「そうですな、この矢作城下の版図は凡そ四万石、東の我が領である銚子方面に広げて七万石と行った所ですか。難しいですな。ここは北は利根川を挟んで常陸国、西は水野勝成、東は藤堂正高と徳川方に囲まれております。守るには結構な兵を置かねばなりますまい。」
「そうなのだ。水野勝成が息まいてこちらに出張る勢いであったので退治したのだがな。」
「はい。…… ここは関白様に馳走されてはいかがですか? 」
「ん?…… 馳走のぅ。」
義康は考えた。三方を徳川方に囲まれる矢作城を守るには、成次の言うように多くの兵を留め置かねばならない。かといってせっかく獲った城を放棄するのも、もったいない。どうやら成次の言う通り秀頼に預けるのもよいかと結論を出した。
「そうじゃな、そうするか、したがこの戦で死んでいった者達に申し訳ない。版図を東に広げて、三万石ほどは里見家領としようではないか。」
里見義康は、豊臣秀頼に矢作城下を献上する旨の書状を送る。秀頼は、これを喜び、ひと月後に片山久安を送り、四万石で治めさせることになった。




