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矢作城攻め2

1610年2月10日

 矢作城に近い出沼で攻城方・里見義康軍と矢作城方・水野勝成軍が対峙した。


 水野勝成軍は鋭くとがった矢のような陣形・鋒矢(ほうし)の陣で、対する里見義康軍は蛇のように長く各隊が緊密に布陣する長蛇(ちょうだ)の陣である。


 「鋒矢(ほうし)の陣か。剛の者として知られる水野勝成らしい陣形よな。よほど自信があると見える。」


 里見義康は水野勝成の陣容を見て呟いた。その後で自陣の様子を見る。


 先手の先頭は細野彦兵衛率いる鉄砲隊千だ。その後に先手大将の印東河内守が率いる弓隊2千。敵に近い先頭からハノ字に配されている。中備・勝長門守行遠の率いる槍隊3千は弓隊の間から敵を望むように布陣し、後備の堀江頼忠は騎馬隊3千を率いる。騎馬兵は千づつ3つの隊に分けられ、横に並んでいる。中備までを支える形だ。その後に義康率いる本隊が布陣する。本隊は6つに分かれ横に2列、縦に3列、前の一列の3隊は長槍、後の3隊は騎馬兵である。本陣の後ろを守る形で鉄砲隊が5百と弓隊5百が控えている。鉄砲隊、弓隊で敵を崩し、厚い中備、後備で押し込むという策である。




 両軍の戦いは激しいものであった。はじめは鉄砲隊による撃ち合いからであった。水野方の鉄砲隊は500ばかり、撃ちながら進んでくる。数に勝る細野彦兵衛率いる鉄砲隊は落ち着いて、敵に銃弾を浴びせる。普通であれば、2倍もの鉄砲の数に怯むのだが、水野方鉄砲隊は怯むことなく、数を減らしながらも間を詰めてきた。


○里見陣営○

 「よし、細野鉄砲隊は下がれ! 長門守殿の隊の後ろまで下がれ。決して背を向けるでないぞ。撃ちながら引け! 弓隊は援護の弓を放て! 前列の者は敵めがけて射よ。後列の者は山なりに射かけよ! 」


 先手大将・印東河内守の指示は的確だ。敵・水野方の鉄砲隊は数を大きく減らし、既に隊列をなしていない。その鉄砲隊を蹴散らすように印東河内守率いる弓隊の前に出てきたのは槍隊であった。矢の先をこちらに向けたような隊列で弓隊に向けて突っ込んでくる。


 「左右に引け! 間を取り、包むようにせよ! 」


 突っ込んでくる水野方槍隊に対し印東河内守は弓隊を左右に引かせた。まるで槍隊を飲み込むように弓隊が遠巻きに包んでゆく。水野方槍隊の突撃は止まらない。


 「よし! 我らが出番じゃ! 敵の槍隊など受け止めよ! 隊列を組め! 槍をつけるのはまだじゃぞ。」


 勝長門守行遠はしっかりと槍隊を指揮し、迫りくる水野方槍隊に対峙する。やがて間が詰まる。


 「いまじゃ。槍を振り上げよ。それ! 叩きつけよ! 太鼓に合わせよ! そーっれ! 」


 しっかりと統制のとれた槍隊の見事な槍衾である。これには水野槍隊は大きく崩れる。崩れて散ると脇から弓が飛んでくる。里見軍の見事な連携である。


 「河内はなかなかなるの。しかし水野の方は騎馬隊を出してくるぞ。伝令! 河内に伝えよ! 弓隊同様槍隊も左右に引けと申せ! それから堀江頼忠に河内の隊が左右に割れたら、騎馬兵を突っ込ませるよう申せ! 」


 義康の元から伝令が慌ただしく走っていく。



○水野陣営○


 「ふん、里見義康、やはり戦上手よの。まあ、こちとら所詮、寄せ集めじゃからの。なんの戦はこれからよ! 」


 水野勝成は槍をしごきながら不敵な笑みを浮かべ戦況を眺めていた。


 「右手の槍隊が薄い! 中備の都築忠兵衛は右手の槍隊に突っ込め! 」


 水野勝成は、右手・・・里見方から見て左手の槍隊が薄いと見るや、そこに都築忠兵衛率いる騎馬隊千騎を突っ込ませた。




 これには里見槍隊は大崩れしてしまう。


 「いかん! 御子神大蔵丞、そのほう騎馬20騎を連れて左手の槍隊を支えて参れ! 後備の槍隊は竹田権兵衛、その方が率いて真っ直ぐ進み、堀江頼忠らが討ち漏らした奴らを片付けよ! 放っておくと息を吹き返す! 片付けたら敵の右手に回れ! 」


 里見義康は本陣に護衛として残していた御子神大蔵丞に騎馬兵をつけて、崩された槍隊を立て直すよう命じたのである。竹田権兵衛には、中央で水野方の槍隊が息を吹き返し、左手の味方を包まれるのを防ぐように命じたのだ。


 「右手でございますか? 左手ではございませぬか? 」


 「右じゃ! 厚い所を叩かねば、堀江が挟まれる! 急げ! 」


 「はっ! 」


 権兵衛は押されている左手に寄せるものだと思っていたのであるが、義康の命は反対の右手を押さえろという。義康の意は、左手が崩されれば、敵の右手部隊が、左手に寄せて来るだろうと、それを阻止するようにとのことだ。予想外の水野軍の動きに、慌てながらもすばやく対応する義康であった。



 「堀江頼忠殿、敵将・都築忠兵衛を見事討ち取りましたが負傷! 」


 「何! 頼忠が! 」


 今や、戦場は左手の戦いが中心で、敵味方が一進一退の攻防を繰り広げ、大いに乱れていた。


 「堀江殿、大丈夫でございまするか? 」


 負傷した堀江頼忠の元に駆け寄った御子神大蔵丞が、怪我の塩梅(あんばい)を尋ねる。


 「おお、これは御子神殿、忝い。少々右手が効きませぬわ。これでは采がふれませぬ。御子神殿、我が騎馬隊を率いてくださいませぬか? 」


 堀江頼忠を見ると、右肩を突かれたようで、血にまみれており、指先から血が滴っている。


 「分かり申した! 貴殿は下がって休まれよ。」


 御子神大蔵丞が堀江頼忠に代わり堀江が率いていた騎馬隊を率いることになった。


 「堀江殿の兵達よ。これからこの御子神大蔵丞が指揮を執る! 従え! 」


 御子神は乱れている左手の戦場から更に左へ兵を進め、敵味方の団子状態を抜けだした。そこで兵を整え、再び右に突っ込んでいく。突っ込まれた水野方の騎馬兵達は大将・都築忠兵衛が討たれ統率がとれず、次々と討たれていく。



 大きく乱れていた両軍であったが、御子神大蔵丞の奮戦により、里見軍が落ち着きを取り戻した。隙を突かれた形であった左手の陣を持ちなおした里見軍は、右手から水野軍を包む形となっていった。



 「引けーっ! 3町ばかり引いて陣を立て直す。者ども引けーっ! 殿は杉山孫六、河村重長両名が務めよ! 竹本吉久、鉄砲隊で両名を支えよ! 」


 水野勝成は戦の駆け引きを心得ており、戦況が不利と見るや、さっと引いて行く。水野勝成は剛の者であるが、単なる猪武者ではないようである。里見義康は深追いをせずに、まず自軍を纏めた。


 「いかほどやられた? 」


 「は、およそ千ほど。」


 「うむ、さすがは水野勝成よの。」


 被害を確認し軍を再編成した義康は、十分な間をおいて粛々と水野軍を追っていく。

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