側近Bと勇者他2
ジリリリリリリリリリリリリ
警戒音が鳴り響く。
ケルベロスが守る魔王城の門から、この治療院までは一本道。途中に一般戦闘員たる平の魔物たちがうようよ居て勇者に戦いを仕掛けているはずだけれども、彼らでは大した時間稼ぎにはならないだろう。
あたしには良く分からないけれど、勇者とは『そういう』ものらしいから。
勇者とは、少なくとも初級・中等・高位の3つのダンジョンをクリアして魔王城にやってきた人間の総称で、高位ダンジョンをクリアした人間が現れると、監視の能力を持ったコウモリが憑いて回って、魔王城に入るタイミングを警戒することになっている。
そう。だから、こんな、グランドピースが居ない、なんてハプニングは起きないはずなのだ。
実際、中等のダンジョンが次々突破されているとは聞いていたけれど、高位ダンジョンがやられたなんて報告は入っていなかった・・・と、思う。書類仕事は全部ユーディットに行ってしまって知らないけれど、もし高位ダンジョンが突破されてしまっていたら、万が一子供たちに害があってはいけないから学塔を閉鎖する決まりになっているのだから、あたしがサロメルから何も聞いてないなんてことはありえないのだ。
それでも、実際に警戒のベルは鳴り響いている。
おかしいとか、ありえないとか言っている暇は、一切、ない。
問題は、やるか、やらないか。
守るのか、逃げるのか。
ユーディットや魔王様に知らせるとして、間に合うのか。
治療院前と調理房前という2つの関門を勇者にやすやすと明け渡して、学塔の閉鎖が間に合うのか。
ユーディットが言っていた。
『メイ、メイでは勇者には絶対に適わないから、けして戦ってはいけない。
メイの仕事は裏方でしょ。非戦闘員の避難の誘導と、負傷者の回収。
それはそれで大切な仕事なんだよ。分かるよね?
良いかい、だから、絶対に表には出てきてはいけないからね』
でもさ、ユーディット。
あたしにだって、引けない時あるんだよ。
ぐっと覚悟を決めて、あたしはひとつ頷いた。
ユーディットの言うことなんて知らないんだ。
あたしが困ったこの瞬間に居ない奴の事なんて、あたしは知らない!
まず治療院を振り返り、扉に手をかけて閉める。
その中心にある拳大の魔法円に手を当てて、魔力を送り込む。
「硬化、擬態。今から一定時間の開閉を禁止する。警戒レベル、最大」
魔力がとけこむと扉は命令に従い、周囲の壁と同化して分からなくなった。擬態と命令したけれど、ひらくことが出来ないのだから、壁で塞ぐも同じこと。
こうすれば、治療院の中の怪我人たちを守ることが出来るのだ。
よし、と気合いをいれて、軽くストレッチを始めた。
いちにいさんし、と体を動かしていると、後ろから何とも言えない気持ち悪さを感じて、振り返る。
すると、ぽつん、と立ってこちらをじっと見ている青白い顔の吸血鬼がいて、ああ、そういえばこんなのが居たんだったな、と思ったけど関係ないので気にせずストレッチに戻った。
なのに、「おい、ちょっと」と話かけてきた。
「まだいたの?」
「いたぞ!ずっといた!!」
そして「高貴なる我を無視するとは貴様。淫魔のくせに」とぐちぐちぐちぐち話出し、面倒になったあたしは右から左にスルーすることにして、ストレッチに精を出す。あたしの動きは緩急が激しくて、間接をしっかり緩めておかないと痛めてしまうのだ。治療院の世話には出来ればなりたくない。うん、だってタランテ怖いから。
「て、聞いているのか!?」
ぐああ!と吠えながらの吸血鬼。
は、と鼻で笑うあたし。
「あたし、暇じゃないんだ」
「どこがだ。何がだ! ・・・先ほどから聞いているが、この煩い音と関係あるのか?」
だから!! とあたしはイライラした。
魔王城の魔物なら、警戒音の意味と事態の深刻さは知っていて当たり前なのに。
・・・あ、この吸血鬼は吸血一族の息子だから、この城のメンバーじゃないんだった。
それなら勇者マニュアルを知らなくても不思議はないのか。
ようやく気付いたあたしはイライラを治めて吸血鬼に向き直った。
「この音は、勇者が魔王城に侵入したっていう警戒音」
すると吸血鬼は目を見開いた。
「一大事ではないか!!」
「だからそう言ってる!!」
「言ってない!」
・・・確かに。
「でも、これで分かった? あたしはここで勇者を食いとめる。これ以上、あなたの相手をしている暇はない!」
ジリリリリリリリリリリリリリリ
ジリリリリリリリリリリリリリリ
ジリリリリリリリリリリリリリリ
警戒音が鳴り響く。
「なあ、淫魔よ」
あたしが体をほぐし終わったころ、静かに吸血鬼が話しかけてきた。
「まだいたの?」
振り返ったあたしに対して、吸血鬼は、しかしいつもの様な嫌味は言ってこなかった。
初めて見せる真剣な目で、言う。
「淫魔は戦闘員ではないだろう。勇者相手に、勝てる見込みはあるまい」
「それでも、タランテやスフィロクが戻ってくるまでは足止めして見せる。それくらい出来なかったら、あたしは魔王様の側近を名乗れなくなってしまう」
「蛇蜘蛛と片目牛か。役目を果たせぬ駒を、お前が気にする事もあるまい。魔王や黒羽根や、お前の保護者はいるのだろう? 勇者と言えどたかが人間、素通しさせても問題はないと思うがな?」
あたしは自分の頭にカッと血が上るのが分かった。
蛇蜘蛛、片目牛、黒羽根。あたしはこの呼び方が気に入らない。
外見の列挙は何故か不快感を呼び起こす。見下しているような印象がある。あたしを“魔王様の女”と呼ぶのと同じ調子で呼ぶそれは、“名前を呼ぶ価値も無い”と言われているような、気がする。
心のままに鋭い目で吸血鬼を睨み付ける。しかし、今は余計な時間は一切ない。城のメンバーでない彼は、“お客”なのだから、とっとと安全な場所に行ってもらうのが一番だ。
「あたしのことは関係無いだろう。勇者が来る前に逃げるといい」
と、言いながらそちらを向くと、吸血鬼はしゃらりと音をさせて剣を抜いていた。一般的な彼等の武器は、サーベルのような細い剣だが、そいつの剣は違った。平たく、鈍く光り、引き寄せられるような魅力を感じた。
「いい剣だろう? 刀という東方の武器だ。骨まできれるぞ」
にやり、と笑う。
「我も戦おうぞ。吸血鬼が淫魔に後れをとるなど有り得ないからな!」
と言って、あたしの前に立った。その向こうから、騒がしい気配が迫ってきている。
やるか、やらないかなら、やる。
守るか、逃げるかなら、守る。
魔王様が大切にされていることを、あたしは守りたい。そう、だって、
「あたしは魔王様の側近Bだもの!」