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側近Bと勇者他1

あたしが魔王様に忠誠を誓うことを、おかしいと、不自然と言う魔族がいる。

あたしが淫魔だから。

淫魔が強い男の人の前にいる時、そのひとが“ほしくてたまらなく”なるものだと。だから本来なら身の回りの世話なんかしない。城内の手入れも、幹部とのつなぎも、しない。ただ魔王様の寝所の奥の奥に家具として存在して然るべき、と。

魔王様が望めば他の男から精気を集め、魔王様に捧げて。意志も心も持たず、ただ、ただ道具のように。

「まあ、お前のような役立たず、魔王の役には立たなかろう。道具としてすら不具合だろうが、我が引き取ってやっても好いが?」

含んだ笑みを浮かべてその魔族があたしの頬に触れた時。

それは確か、あたしが生まれてまだ半年。初めて殺してやりたいと思った、記念すべき相手。




「という訳で、それからは出会う度に原型無くすまでへこませてるんだ」

場所はいつもの治療院。の、すぐそばの廊下を挟んだ中庭で。ささやかな風が草木を揺らす爽やかな空気の中、白いテーブルセットを広げてお茶をしている。

メンバーはあたしと、メデューサのタランテ。それと、ミノタウロスの料理長、スフィロク。

「そんなこともあったわね」

とティーカップに口をつけるタランテを、スフィロクは何とも言い難い表情で見ている。

「メイちゃんと乱暴なことは、似合わないよ。タランテ、君は止めるべきだ」

悲痛な表情で訴えるが、タランテの心には届かない。どころか、お茶請けのケーキも紅茶もしっかり飲み込んでから、ぷっ、と吹き出してにやりと笑う。

「あんたに言われたらいくらメイだって憐れね」

訳すと、普段は誰よりも理性的で大人しく良心の塊のようなスフィロクも、戦闘時間は恐ろしい、身の毛もよだつような力を見せるから、人のことはいえない、と。

タランテはいつだって棘のある言動をする。言ってることは正確なのに、相手に理解する余裕を与えない感じ。狙ってやってるんだけど、なんだかなあ、とあたしは思う。

「君はどうしてそうメイちゃんに冷たいことを言うんだ」

ほら、伝わってない。あたしの事はあたしの好きにさせるのが良い、という意味なのに。

スフィロクが乗ってきて、タランテはとても良い笑顔(獲物を目の前にして舌舐めずりする蛇のような)で、

「嫌いだからに決まってるじゃない」

なんて言っちゃう。これも多分、何を嫌いか、をハッキリさせれば何の問題もないような言葉なのだろう。

でもそんなの、頭に血が登りつつあるスフィロクには分からない。冷静ならひっかからないけれど、相手がタランテで、ネタが年下でスフィロク的には“女の子”なあたしで、場所が平和なお茶会で、昼過ぎだからしばらく仕事もないし、誰にも迷惑がかからない。ここ一番では誰よりも冷静なスフィロクだけど、優しさゆえに、仲間内でのカッとなりやすさは飛び抜けている。

「撤回しろ!」

バンッ、とテーブルを叩いて立ち上がる。食器がカタカタ揺れるが、まだ無事だ。

「あら、やる?」

優雅にカップを持ちながら、口元をつりあげるタランテ。ほんとにいい笑顔。

スフィロクもタランテも、二の駒と三の駒だから、手合わせするのに文句はない。有事には連携プレーをとることも多いのだから、お互いの手札や、呼吸を知るためにとても良いことだと思う。魔王様のお役に立つことだ。

でも、食器を壊すのは別。

もちろん城も庭も壊すの厳禁。

「………。」

だから無言でタランテをじぃっと見る。

最初はこのまま暴れようと思っていたに違いないタランテは、あたしの訴えにふいと顔をそらし、立ち上がる。

ぽい、とあたしにカップを投げると

「森」

と低い声で呟いて、顎で中庭の壁の向こうを示し、トン、と軽い音と共に跳躍し、見えなくなった。

「お茶、ありがとう」

スフィロクも低い声で囁くように告げて、後に消える。ふと足元を見ると、スフィロクが踏み切った場所に蹄のような跡がくっきりと残っていて、本性のミノタウロスに戻りかけていることが分かる。きっと森について喧嘩が始まるころには、完全に変化しているのだろう。

タランテはそれを見て、満足げに微笑むにちがいない。

「スフィロクが“安心して”怒れる相手なんて、あんまりいないしね…」

おもわずほほ笑む。テーブルの上に乗っている皿の上で、まだケーキが残っているのは食べきれなかったあたしの皿だけ。スフィロクもタランテも、きっちり完食して、お茶もすべて飲み干してくれていて、作って用意したあたしのことを忘れずに思いやってくれたことが分かる。優しいのだ、二人とも。



誰もいなくなったので、お茶会はお開きになった。

皿を一枚一枚重ねて片づけ、テーブルクロスを畳み、椅子とテーブルを解体して専用の箱に詰めて、治療院の中の棚に戻す。タランテは自分の楽しみに関係ない所で無駄な労力を使うことがとても嫌いだ。だから自然と、お茶会は治療院のすぐ側で開くようになった。時々甘い臭いをかぎつけた患者たちが、それこそゾンビの様な足取りで近づいて参加を希望する事もあるけれど、彼らがお茶を飲めるか治療院に逆戻りさせられるかは、すべてタランテの好感度にかかっている。今の所、8割弱が逆戻りコースをたどっているのだけれど。

あたしは自分の食べ残したお皿を前に、苦笑を浮かべた。

作る時にケーキを味見したせいで、食べきれなかったのだ。捨てるのはもったいないし、かといって、食べきることは難しい。どうしようかと食べかけのケーキをじっと睨んで考えていると、

ひょい、と黒くて細い手がそれを浚っていった。

驚いて見ると、もぐもぐと口いっぱいに頬張って食べているそいつは、

「ぐふぅ!??」

あたしにいつもいつもいつも喧嘩を吹っ掛けてくる、最初にあたしが殺意を持った相手である、吸血一族の頭領の次男だった。

なぜか、頬張った口元を押さえて、うめきながら床をゴロゴロと転がっている。

 さっき原型無くすまでへこめて治療院に放り込んだのに、なんて回復が早いんだろう。もうそこまで元気になったのか、一体何を遊んでいるのだろうとその男を良く見てみたら、顔色が土気色だった。どうやら、ケーキが喉に詰まってしまって呼吸が苦しいらしい。

やがてなんとか呑み込んだらしく、盛大に咳き込みながら、ゆっくりと立ち上がってこちらを見た。

「おい女!! 喉に詰まったではないか!! 高貴なる我にこのようなことをして良いと思っているのか!」

「勝手に人のものを食べといて、どこが高貴と?」

はっ、と鼻で笑って冷笑を浮かべてやると、次男は青筋を立てて怒りだした。

「我の腹に全力の突きをかましておいて、しらばっくれる気か!!」

え? と思って自分の手を見ると、確かに腕を突きだした状態で固まっていた。そういえば、柔らかいものを思い切り殴った感触も残っている。ああ、あまりにも嫌いすぎて、腕が反射的に攻撃を加えたらしい。

「ああ、あたしの腕、良い仕事したね!!」

「誉めるな!!」

 だって嫌いなものは嫌いなのだ。この次男は、なぜかあたしよりも弱い。それなのに、なにかにつけて嫌がらせをしてくるから、ついつい殴り倒してしまう。でも魔王様もユーディットも良いって言ったし、問題ないんだ。

「女、お前は確か魔王の側近を謳っていたな。この無礼、魔王の側近の行いとして我が長に報告させてもらおう」

 にやりと悪辣な笑みを浮かべる吸血鬼。こいつは、そう言えばあたしがうろたえて謝ると思っているのだ。魔王様を盾にするなんて、なんて下劣な男なのだろう。

 うん、ちょうど良いから、この機会に完膚無きまでに潰してしまえ。

 あたしはにっこりと会心の笑顔を浮かべて、言った。

「この間ユーディットから聞いたんだけど、頭を強く打つと、記憶って消えるんだって」

 うふふ、と高くて柔らかい笑い声が自然と喉から漏れてきた。

 そのまま両手の骨をボキボキ鳴らして、次男に近づく。祈るように重ねた両手を頭上に掲げて、全力を込めて振りおろせば、細い吸血鬼は頭から石柱の廊下に沈み込むに違いない。その後は、上から踏みつぶして治療院に長期間拘束されてしまえばいいんだ。

 あたしの目の奥に宿る唯ならない感情を見たのか、吸血鬼は急にうろたえだして、一歩、二歩と後ろに下がる。顔の前で手を横に振って、

「いや、まて、・・・こっちへ来るな!」

 と叫ぶ。

「ふふ・・・。今更、遅い。その頭、二度と首につくと思うな!!」

 あたしがぐあ、と腕を振り上げるのと、吸血鬼が両手で顔を覆ってしゃがみ込むのと、それは同時だった。


  ジリリリリリリリリ


 はっとして、手を振りほどく。

「な・・・なんだ? この煩い音は??」

 吸血鬼はそっと顔をあげて周囲を見回しながらとぼけた事を言う。

 このベルの音は、魔王城の門番である、三つ首頭のケルベロスが敗北して侵入者を許してしまった時の警戒音。魔王城に住む者は皆知っている。この音が聞こえたら、非戦闘員は扉を固く閉じて、奥にじっと身を潜めなければならない。


 グランドピースは配置について、各々武器を手に取り、侵入者を────勇者を迎えなければならないのだ。

 それなのに、初戦のタランテとスフィロクがいない。


 どうしよう。これは、紛れもなく非常事態だ。








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