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側近Bと後始末2

 いつのまにやらあたしの周囲は魔物でいっぱい。いちにいさんと軽く数えてみると、30体いた。

 多勢に無勢って、沢山居るとどうしようもないという意味でしょう?

 じりじり包囲の輪が狭まっているのを感じながら、横目でちらりとユーディットを見た。

「どうしたの? メイ、助けてほしい?」

 にやにやにやにや。笑うユーディットは、改めて作った自分用の透明な壁の中で楽しそうにこちらを見てる。

「助ける気なんてないんでしょ?」

「あ、わかる?」

 さらさらないよ。

 輝くような笑みで言われたあたしはどうしたらいい?

 答えは決まっている。周りの阿呆で発散すればいい。

 それもこれもすべて、

「あたしを魔王様の女と呼んだのが悪い!あたしは魔王様の側近Bだ!!」

 そういうこと。


 叫ぶと同時、両手の人差し指の爪をしゅっと伸ばす。長さは腕と同じほど。ちょっとした剣くらいの長さはある。

 あたしのやる気にあてられたのか、魔物たちは途端にわっと包囲を縮めた。太い腕があたしに届くその前に、くるん。両手を伸ばして一回転をする。

 魔王様から頂いた深紅のマントが舞う向こうで、パッと魔物たちの血がとんだ。広がる血の匂い。マントが動きのままにあたしの体に巻き付いたころ、切られた魔物たちが意識を失って床に沈んだ。

 淫魔の魔術は爪か唇。

 ユーディットの言う通り。深く切った訳じゃないのにすごい効果だ。

 倒れた魔物は5体。あと、25。

 魅了状態の魔物たちは、実は、工事中の中位ダンジョンの住人たちだ。あたしが生まれる前からダンジョンに暮らし、侵入者を叩いてきた彼らには、戦いが身に染み着いている。

 それは意識がない今も有効で、あたしが5体を倒したせいで彼らの闘気が澄んだ。本気になった、のだ。

 あたしは中指と薬指の爪も伸ばし、小指を添えた。親指を中指の付け根と手のひらを繋ぐ折り目にたたみ、指を垂直に曲げる。

 そのまま、胸の前で両手を重ね合わせる。

 これがあたしの、戦いの構え。

「来い!!」

 魔物たちの雄叫びがあがった。


 最初に近寄ってきたのは長い髪のワーウルフ。あたしは伸びてきた手にそって体を移動し、すれ違いざま肩口を斬りつける。24。

 振り返ると2体が詰め寄ってきている。こちらもワーウルフ。押さえ込むように飛びかかってきたので、膝を折ってあたしが屈み、頭上を通る時にさっと傷をつける。22。

 潰されないように影から転がり出て起き上がると、丁度目の前に吸血鬼。あたしの動きに気づく前に前面を切りつけ、もう片手で手近にいたワーウルフを2体、切る。19。

 両腕を伸ばしたせいか、ぱし、と腕を掴まれた。目の前には吸血鬼。くぁっと口をあけてあたしの肩に牙を埋めようとしたので、とっさにもう片方の手で払ってしまう。あ、顔に。吸血鬼は顔面に三筋の傷をつけて崩れた。…18。

 あらためて周囲を見回すと、始めた時よりも強い目力で見つめられていた。どうやら、少しずつ魅了が抜けてきているらしい。飢餓感が増したようで、どうにもギラギラしている。

 背後に気配を感じたので爪でガードすると、キィンと高い金属音が響く。吸血鬼が腰の剣を抜いたのだ。両手で力を込め、ぐいぐい押してくる。

 さらに何を思ったか唇を突き出してきたので、びっくりして思わず股間を蹴り上げてしまった。吸血鬼はもんどり打って倒れ、床で苦しげに呻く。その腕にさっと傷をつけると静かになった。

「メイ、それはヒドいよ…」

 ユーディットから哀愁漂う声音で責められた。17。

 ひたひたと近寄ってきたのは、ワーウルフが変化した狼。夜色の毛皮と月色の瞳、鋭い牙を剥き出しに、ほうこうを上げる。素早さと力が上がった彼らは強い。

 飛びかかってきた影をひとつふたつと避けると、頭上から落ちてくる大きな何か。とっさに避ければ、頑丈な岩ゴーレムがずがっと音を立てて腕を床にめり込ませる。

 うわぁ、と嫌そうな声が喉奥から零れる。あたしはぐっと足に力を込め、跳んだ。魔物たちの頭上を飛び越えて、ユーディットの防御壁の上に降り立つ。

「どうしたの? ギブアップ?」

「休憩しにきただけ」

 ユーディットはとにかく楽しそうだった。ユーディットが出たら、ここにいる全員は30秒で倒せてしまう。そんな魔物に苦戦してるあたしが可笑しい、のではなく。

「切り刻んじゃえば良いのに。よく切れるメイの爪で、軽傷で済まそうとするから苦労するんだよ?」

 あたしの度胸のなさがおかしいのだ。二度と立ち上がれない姿にする覚悟があれば、あたしは苦労せずに勝てるだろう。くるくる回りながら爪を閃かせれば、中位のものたちでは防ぎようがない。

 でもそれは、駄目だ。

「魔王様のためのものをあたしが傷つけるなんて、絶対だめ」

 言い切るとユーディットから呆れたようなため息が聞こえる。

「いつもはボコボコに潰してるくせに」

 ボコボコにする分には良いのだ。魔物は治療院に放っておけばすぐに傷は癒える。けれど腕や足が取れると特別な治療が必要で、もしうっかり首を落としてしまえば、傷に強い吸血鬼ですら死んでしまうのだ。

 あたしは少し考えて、自分の爪を折った。

「メイ!?」

 ユーディットが焦ったような声を上げる。

 けれどそれを無視して、折ったのとは他の爪で、折れたそれを縦に割く。4つに分け、魔物に向かって投げ、1体の岩ゴーレムと吸血鬼、2体の狼に命中。彼らはぱたりと床に臥した。

「あと13」

 小さく呟くと、急に体が沈む。なに!? と周りを見渡すと、ユーディットの腕の中だ。頭上にいたあたしを、壁の中に引っ張り込んだらしい。

 珍しく焦った顔をして、あたしの折れた爪の手を掴んだ。

 爪からは、ゆっくりと血がこぼれ落ちている。赤黒い珠が指を伝い、腕に筋を作っている。その一本がユーディットの手を汚す。

 大して痛いものでもない。なのにユーディットはそれを見て顔を歪めた。

 そして、半眼になって爪に触れる。ちくりと痛みが走ったが、血は一瞬で止まっていて、折れた傷口も滑らかに治っていた。治癒魔法だ。

 魔物に効く治癒魔法は人間向けのそれより遥かに複雑で、少なくとも城ではユーディットしか使うことができない。

 それをこの程度のことで。と思ったが、考えてみればあたしも自分の部下が傷だらけだった時はあまり考えずに精気を分けていた。文句を言うべきじゃない。

「ありがとう」

 でも過保護だとは思うので、あたしは微妙な顔になったと思う。ユーディットは顔をそらし、あたしを持ち上げてまた壁の上に戻した。

 ユーディットはあたしが自分に傷を作るのは嫌らしい。けれど降り立って魔物たちに軽傷を負わせるには、あたしと魔物たちの強さは近かった。

 どうしようか、と悩んでいると、ふと腕の血が目に入った。


「ユーディット」

 思いついたそれが正解か、自信がなかったのでユーディットを呼んだ。ユーディットは何? と言いながらこちらを見上げる。

「淫魔の爪は、血で出来ている?」

 ユーディットは一瞬ぽかんと呆けてから、にやりと口角を上げた。

「正解」

 それから歌うように告げる。

「表面は血を固め、内は血が流れる。血は魔力を含み、爪は力そのもの。失えば死ぬかもしれない」

 最後の一言は、こっそりと告げられた。そういうことは早めに言って、と思うあたしは間違っているのだろうか。

「爪は大事なものなんだよ。だからメイは感謝しなくちゃね」

 くすくす、笑う。

 ユーディットはいつもあたしで遊ぶのだけど、命がけなのはひどいと思う。ユーディットがあんなにも慌てたのは、あたしが自分の命を危機にさらしたからなのだ。

 あたしは懐から自分用のクッキーを取り出した。数は5枚。それに、腕から流れていた血を浸す。

 ユーディットが勿体ないとかなんとか言ったが、もう、知らない。13になるように適当に砕くと、あたしはそれを一つずつ、魔物たちの口めがけて放り込んでいった。それが魅了をかけたあたしの血だからか、魔物たちは自ら口をあけてクッキーを迎え入れ、ぱたぱたと倒れていく。

 平和だ。


 クッキーに始まりクッキーに終わる。随分高くついた騒動だったな、とあたしは疲れたため息をつく。

「ユーディット。あたし、もう、魔王様にしかクッキーは焼かないことにするわ」

 そんな!? と上がる悲鳴が唯一のなぐさめだった。

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