側近Bと焼菓子
あたしは魔王様の側近B。側近であって妾ではない。
もしも魔王様の女と呼ぶなら半殺すことに決めている。
なので、ここのところあたしは自室に籠もっていた。魔王様のお召しが無い限りは城内を出歩かないようにしている。
だってもしNGワードをふっかけてくる阿呆に出会ったら、勝手に体が動いて半殺しにしてしまう。最近は石柱の廊下に穴をあけたり、中庭を荒らして景観を損なわせたりと阿呆の移動に失敗しっぱなしなので、これ以上は自重してるのだ。
前回タランテから逃げた後、「そういえば中庭が」とまたユーディットに修復を促されたのだ。
このまま修復係が定着したらますます側近Bと呼ばれなくなってしまうに違いない。
鬱だ。
コンコン、とドアのノックの音があたしを呼んだ。誰がいるかは気配で分かる。
「ユーディット。開けていいよ、なに?」
「うん。メイ、お願いがあるんだけどちょっと良いかな?」
扉から顔を覗かせるユーディット。いつものようにゆったりした笑みを顔に乗せている。
あたしはだらけていたベッドから立ち上がり、テーブルの椅子を引いてユーディットを促した。
「はい」
「ありがとう」
音を立てずに席につく。
あたしはティーセットに手を出して、温かい紅茶をいれて出した。
お茶請けには昨日暇つぶしに作った金属植のクッキーを添える。
ユーディットはうきうきした様子でそれに手を伸ばし、パリポキと食べ始めた。
「ユーディット」
「う?」
口にものを入れたまま返事してほしくないのだけれど。あたしが顔をしかめると、気づいたのかお茶を飲んで流し込んだ。
「ん。何?」
「用件は?まさか大した用も無いのに、また魔王様をお1人にしたんじゃないでしょうね?」
ここのところ鬱々としていた気分が鎌首をもたげた。目の前にいるのが手を出しても全く問題のないユーディット、というのが大きな原因だと思う。
側近でありながら魔王様の近衛隊の一ノ駒であり、高位ダンジョンを3つ管理している。ようするに最強なのだ。
あたしも側近と兼任で高位ダンジョンを持ってはいるけど、数は1つ。場所も隠されたボーナスステージ風だから結構暇で、規模も小さい。
まあ、あたしには養う一族も居ないし部下も極小だから不満は全く無いけれど。ただ周りに舐められるだけで。
そんなあたしがユーディットに喧嘩を売っても、周りにはさっぱり気にされない。
「…なんかさらに鬱になってきた」
ふう、ため息をついた。
ユーディットはあたしの問いかけに答えず次々とクッキーを食べている。あたしが考え事をしている間は食べても良いと思ったらしい。
金属植を細かく割って混ぜたクッキーは、腹持ちが良くて保存も効く。味付けは自然な甘さに抑えてあり、金属植のパリパリ食感が食べていて口に楽しいのだ。鉄やミネラルが含まれているので魔族的には栄養満点でもある。
ユーディットの好物のひとつなのは知っているので、頬杖をついて食べ終わるのを待った。
たちまち、皿に盛ったクッキーは姿を消していく。そう勢い良く食べてもらえると作り手としては悪い気もしない。
「…ふう」
ユーディットはため息をついた。満たされた顔をして、前のめりだった体を戻したので、お茶を入れ替えてやる。
差し出すと、くーっと飲みほした。
「ごちそうさま。メイのクッキーは本当においしいよ」
にっこり一言。確かに、一山あったものを食べ尽くしたのだから説得力がある。
「ありがと」
誉められたのだから一応お礼を言う。
すると、ユーディットは今思い出したという顔をして、ぽん、と両手を打った。
「お願いってこのクッキーのことなんだ」
とようやく仕事の話を始めた。
「ダンジョンの工事に行ってるドワーフ達からね、どうしてもメイのクッキーが食べたいってリクエストがあったんだ」
「あたしの? クッキーくらい調理房でも作ってくれるはずだけど」
「そうだけど、彼らに丁度良い金属植の種類や含有量はメイのが知ってるでしょ?」
まあ、薬品や金属やらをいじるのも趣味の内なので。
不本意ながら頷く。
とはいえ全員分を作ることは不可能だと思うんだけど。それって何体分?
あたしは否定の意味を込めて首を振った。
だいたい趣味で作った菓子に期待をされても困る。あたしは調理人じゃない。魔王様の側近Bなのだ。
「それに魔王様も今日のおやつに食べたいって」
「すぐ用意するわ!」
ぐだぐだした思考は吹っ飛んだ。
魔王様があたしのクッキーをご所望なのだ!それ以外は全て些細なことに過ぎない。
喜び勇んで部屋を出ようとすると、ユーディットが物欲しそうな声で
「ついでに」
と自分の分を催促しそうだったので、
「それは嫌」
とぶった切ってやる。
すっとした気分に嬉しくなって、あたしの足取りは軽かった。
あたしは魔王様の側近B。魔王様のためなら多少の苦労も面倒もどうだっていいのだ!