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側近Bと吸血城4

「この部屋は、吸血鬼の待機部屋。見たとおりうじゃうじゃいるでしょ?」


 そしてついに、あたしたちは目的の部屋に辿り着いた。

この部屋の通風口は天井裏に付いているので、上から見下ろす形で確認する。

待機部屋とはそのまんま、戦闘が必要になるまで待機している部屋だ。さっきの勇者達をまだ警戒しているのか、人数は多め。真っ黒なスーツや燕尾服やローブを着込んで手袋をはめ、髪型を固めた、似たり寄ったりな格好をした吸血鬼達がうようよいる。

 彼らはよっぽど暇なのか、カードゲームやボードゲームをして遊んでいる。なぜか端の方では腕相撲なんてものが行われていて、吸血鬼も身内だけだと気が緩むんだなーなんて思う。後でネタにしようと心に決める。


 吸血鬼達もこんな所に侵入者がいるなんて思いもしないだろう。誰一人として上に注意を向ける者は無い。


「ここから奇襲をかけるんですか?」


 オニキスが小声で囁いてくるのを、あたしは首を振って否定する。


「あんなのでも、奴らはそこそこ強いんだ。あたしやオニキスなら複数でも勝てると思うけど、吸血鬼って何かというと手下をガンガン出してくるから面倒なんだよ。ちょっと殴れば消えるようなコウモリでも何千匹も食いつかれたかなり気持ち悪い」


 思わず、以前見たことのある地獄絵図を思い出してしまって顔をしかめる。

 オニキスも想像できたのか、嫌そうな顔をする。


「そんな目には遭いたくないですね」

「でしょう。だから、今回は工夫しようと思う」


 荷物からアルビアに用意してもらった着火材を出す。

 ほぐした綿と、乾燥した藁と、動物の毛を混ぜた特別燃えやすいものだ。毛の割合が多いので、見た目はただの毛玉に見える。


 ここに魔界の雑草『涙々草』を入れる。この草は風に揺れても太陽に照らされてもずっと涙を流し続けるので、日照り続きの時は重宝されている。

 でもその真価は本体を食べたときに出る!

 涙は少し甘い良質の水なのだけれど、『涙々草』は強い麻薬。自分が今まで経験したことの無いような“泣ける”目に遭う幻覚を見る。

 あたしが前にカジった時は、魔王様の側近Aに上り詰めた幻覚を見た。嬉しすぎて泣いたし、幻覚だったと気づいた時にも泣いたし、毒性のモノをそうと知って食べたことがユーディットにバレて散々怒られて号泣したよね。

 まあそんなことは置いといて、燻した煙を吸っただけなら、“今まで経験した中で”泣ける体験を夢に見るのだ。


 ようするに、睡眠薬。


 ああ良いなあ。あたしこういうの好きなんだ。

 魔王様のお城はうるさいユーディットがいるから全然出来ないけど、昔は良くいたずらしたんだよねぇ。

 

 興味深そうに見ているオニキスに涙々草のことを説明する。魔界にはおもしろいものが沢山ありますねと頷いている。

 そうかな? あたしは人間界の方が便利で面白いものがあると思うけどな。


 さて、とひとつ息をついて、オニキスに完成した涙々睡眠薬を差し出す。


「オニキス、これに火をつけて! それと、ちょっと息を止めといて」


 そうお願いすると、指の一振りで涙々睡眠薬に火がついた。むむ、さすがに早い。


 オニキスにひとつ頷いて、あたしはようやく完成したそれを、えいやと天井から放り込んだ。

 いきなり丸いものが飛び込んできたので部屋の中がざわりと揺れた。


「なんだ!?」

「侵入者か!?」

「いや、煙が! 人間めどこから攻撃を!!」

「ここに進入できる人間などいるものか。何かの間違・・・ぐう」

「げほっ、痺れ・・・」


 おおう。凄い効き目。


 放り込んだ毛玉は爆発的に煙を吐き出して、あっという間に水色の煙に包まれてしまった。最初はわやわやと混乱した声が聞こえきたけれど、それはすぐに小さくなる。

 オニキスに頼んで風の魔法で換気すると、吸血鬼達は重なり合うように倒れ込んでいた。白目を向いたり、呻いていたり、さっそく涙をこぼしていたりと、予想以上に効果は抜群。


「よし!上手く行った! じゃ、行こう!」




○○○




 あたし達が颯爽と部屋の中へ降り立つと、昏睡状態の吸血鬼達が折り重なって非常に暑苦しい部屋になっていた。苦悶の表情を浮かべているのが大半なので、空気が重苦しい気もする。

 ほっそりとして青白い、というイメージの強い吸血鬼は、数が集まればそれなりに色々な容姿の者がいる。

 あたしは一番近くにいた吸血鬼の、くたっと力の抜けた、それこそ本当に死人の手みたいな手首を持って、黒い皮手袋を外しながら聞いた。


「オニキス、今なら選び放題だけどどんなのが良いの?」

「ええと・・・今まで吸血鬼の爪を見比べたことが無いのでなんとも・・・。そもそも『死者の爪』はかなり貴重な素材なので、俺もあまり見たことは無いんです」

「そっかー」

「あ! でも、頂いた他の材料がとても良質だったので、『死者の爪』も良質の物の方が良いと思います」

「ホント? じゃあ良い爪を探そう」


 また素材を誉めてくれたので嬉しくなって、にやにや笑ってしまう。

 これは気合いを入れて探さなければ。


「うーん、この吸血鬼は爪の中に黒い汚れが挟まっていて汚いからダメ」

「この吸血鬼は色が悪いからダメ」

「こっちの爪は・・・ささくれてる。ダメ」

「わ、爪に色を塗ってる。しかも黒? 趣味悪い・・・剥げかけてるしダメ」

「ううん。この腕は・・・触りたくないからダメ」

「この吸血鬼は骨っぽくて栄養足りてない感じがするからダメ」


「あとは魔力が少ないなあ・・・あ! この爪結構良いんじゃないかな!」


 重なり合った中から、丁度良く整った爪を見つける。

 形も良いし、色も良いし、手入れをしているのか傷も付いてないし、魔力もたっぷり籠もっている。吸血鬼は普段は刀で攻撃していて爪を武器に使うことは無いけれど、これならイザという時にも使えるんじゃないかってくらい質が良い。

 吸血鬼は身だしなみを整えているイメージだけれど、大体手袋で隠しているからか、手が綺麗なやつはあまりいないのは驚きだった。ここにいるのが殆ど男ばかりっていうのも問題なのかもしれないけれど。


 さて、じゃあ良い爪も見つかったし剥ごうかな、と自分の爪を出して、吸血鬼の人差し指の甘皮の辺りにあてると、がばっ、と死体の山の中からその爪の持ち主が顔を出した。


「やめんか!」


「・・・は?」


 そして顔を出したのは、あたしがこの世で一番嫌いな、見つけたら必ずぼこぼこに殴り倒すことにしている吸血鬼の頭領の次男だった。


「げ。この短期間に二回も会うなんて・・・」


「なんだ貴様は! 人を目の前にしてそんなことを言うな! 傷つくではないか!」


 吸血鬼の次男は両手を腰について胸を張り、ぷんぷん怒っている。

 あたしがこいつを嫌いなように、こいつだってあたしを嫌いなはずだし、何を言ったって別に良いじゃないか。


 あたしはふん、とそっぽをむく。


 そんなことよりも、こいつの爪をとっととはぎ取って、城に戻った方が良い。侵入するには楽しい城だけど、予想より騒いじゃったし、あんまり長居したい場所じゃないからね。

 そう思って手を伸ばしたけれど、吸血鬼が自分の手を抱え込むようにして隠してしまう。


「だからやめろと言うておろうが!」

「いいじゃない。減るもんじゃないんだし」

「確実に減るわ!」

「淫魔みたいに死ぬ訳じゃないんだし」

「極論だな!痛いだろうが!」


「痛くないように良く冷やすから」

「やめろ!ちょ、無駄に良質な氷を用意するな!というかいつのまにそんな器用な真似が出来るようになったんだ!?」


 かきごおりの訓練の賜物である透明な氷を浮かべながら、そっ、と吸血鬼の手を取る。


「爪、ちょうだい?」


「ああ、もちろん構わ・・・ぁぁああああ!!! 構うわ!やめろ!

お前っ、今チャームアイを使おうとしたろ?! 我はお前より強いからな! 効かんぞ!? 効かんのだ!! だからまたやろうとするな。やめろやめろやめてくれ」


 そう叫ぶと、吸血鬼は両手で耳をふさいで、目を閉じてしゃがみ込んでしまう。

 あたしは我慢せずにちっと舌打ちをする。

 チャームアイは目と耳から魔力を流し込んでかけるらしいのだ。だからそこを塞がれてしまうともうどうしようもない。

 確かにコイツの魔力耐性は、血筋から考えてもとても高い。たしか戦闘の技術についても、珍しい武器を自由自在に使いこなすとかで、ユーディットも評価していたから、この隙に後ろから殴り倒すのも難しい。


「せっかく良い素材なのになぁ・・・。勿体ない」


 はあ、とため息をつく。

 でも手に入らないなら仕方がない。他にも吸血鬼はいるし、余計な時間をかけてはいけない。


「じゃ、もういいや」


「だから嫌だ・・・と? は? いいのか?」


 しゃがみ込んだままこちらを見上げる吸血鬼。

 両手がまだ耳を塞いでいるままで、警戒しているところは武人らしいと思う。

 けど、しゃがんだままなのは隙になる。

 あたしは吸血鬼に手を伸ばして頭に触れ、ぐっと押す。


「何だ!? どうした急に! お前から我に触れるなど一体・・・! むぐっ!!!」


 あたしはダンジョン攻略に来ているのだから、吸血鬼は全員敵なのだ。

 という訳で、頭を押さえ込んだまま両腕で抱き込んだ。吸血鬼の手で塞いだ上にあたしの腕で押さえているから、こいつの耳には何も聞こえていないはずだ。

 こいつはあたしに気を取られていたから、まだオニキスのことは気づいていない。


「オニキス、逃げよう」


 小声で話しかけると、オニキスは片手に袋を持って、こちらに小走りで向かってきていた。

 袋の中は、ナイフで切った吸血鬼達の爪のようだ。それも、長く延びてしまったものを整えるように、余分な部分を少しだけそぐようにして。

 そうか! どうせ細かく砕くなら、爪を全部剥がさなくても良かったんだ!

 その方が目を覚ましにくいし、数はたくさん居るんだし。


「分かりました。あの、この方は?」

「あたしが抑えてるから、オニキスは通風口に戻って。橋はオニキスだけだと危ないから、通風口から出ないで待ってて」

「でも、一人では…」

「平気平気。上手くやるよ」


 それよりも、聖女や勇者の関係者であるオニキスが吸血鬼に見られるほうがまずい。


「急いで」


囁くように伝えると、オニキスは少し迷ったようだけど、頷いた。袋を懐に入れて駆け出す。


さてこれからどうやって誤魔化すかなぁ、と腕の中の吸血鬼を見る。

さっきまで怒りかプルプル震えていたのに、急に静かになった。締め過ぎたかな?と覗き込む。オニキスはあと少しで通風口に入る所だし、そろそろ良いかと思って腕の力を緩めると、吸血鬼の手が伸びてきて逆に腕を掴まれてしまった。


「シェリーメイ。お前を謀ったのは、誰だ?」


シュ、と何かが擦れる音が耳元でして、吸血鬼の姿が消えた。反射的に目で追い掛けれたのは、ただの偶然。

あたしの目には、後ろを向いて走るオニキスに、刀を振り上げる吸血鬼の姿が映る。それは瞬きよりも早くオニキスに降りそそぐ。


ズガン!!


とても重いものが当たる轟音が響き、もうもうと埃が上がる。

瞬間、あたしはサァッと血の気が引いた。


「オニキス!」


それしか出来なくて叫ぶ。

でもすぐに埃は落ちて、オニキスが吸血鬼の刀を受け止めているのが見えて、あたしはへなへなと力が抜けてしまった。


「大丈夫です!」

「人間の名など呼ぶな!」


2人が同時にこちらへ叫ぶ。

するとギリギリと火花でも散らしそうにお互いを睨み合い、刀を押し込む吸血鬼と、それを横にした剣の腹で防ぐオニキス。

オニキスの剣はとても硬く重い素材でできているらしい。

吸血鬼は舌打ちをして、一旦後ろに飛んで離れた。


「お前は何者だ!こいつに何を吹き込んだ!」


こいつ、と言いながら、吸血鬼はあたしの肩を掴む。ので、ぺしっと叩いてひっぺがした。


「触らないで」

「おい、こんな時までふざけるのは止めろ」

「は!?」


何だそれ。

まるで普段のあたしの態度が遊んでるみたいじゃないか。本当に心の底から大っ嫌いなのに!


むっとして、吸血鬼に向き直る。

何だか思ったよりも吸血鬼が真剣な顔をしているけれど、知ったことか。

文句を言ってやろうとしたその瞬間、カッ、と目も眩むほどの光が足元から立ち昇った。


「なっ」


目の前の吸血鬼が息を呑む


あたしはこれ、知っている。

目の前が真っ白になって、吸い込まれるこの感じ。


召喚魔法!





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