側近Bと治療院
あたしは魔王様の側近Bだ。その2でも女の方、でも良い。
でも魔王様の女といわれるととりあえず半殺すことにしている。
という訳で今日も今日とて、禁句を叫んだ阿呆を引きずっていた。石柱の廊下は白い石で出来ていて、滑らかで艶やかで涼しく、綺麗な中庭に面している。
その中庭の上を、ずるずると阿呆を運ぶ。散策のための庭石や景観のための金属植が生えているから時々引っかかって、ぐふっ、と呻いていた。けれどどうせ半殺し済みなのだし、ひとつやふたつ傷が増えたところで大した違いは無いだろうと思う。
前回石柱の廊下に穴をあけたから、あとであたしが直さなければならなくて大変だったのだ。
本来なら何も言わなくてもゴーレムやドワーフがやってくれるのだが、今はダンジョンの工事に出払っていて人手不足。魔王様の部屋からの帰り道、「出来るんだからやってね」とユーディットに押し付けられて渋々やった。
確かに、城に傷がついたままなんて魔王の名誉のためにもあってはならないことなのだ。
だから今回からは廊下を使わず、外を引きずることに決めたのだった。
それにしても、治療院は何でこんなに遠いんだろう。ようやく長い長い廊下を渡りきって、治療院へとついた。
「タランテ、いる?」
「いるわ」
入口から声をかけると、奥からすらりとした白衣の女、タランテが出てきた。黒い縁の眼鏡を掛けて、灰色の髪は全て細かい三つ編みにして後ろに流している。
タランテは気怠げだった。ちら、とあたしの足元のソレを見て、嫌そうに顔をしかめる。
「またやったのね」
溜め息。
「魔王様を侮辱した罪は重い。例外なく半殺すことにしてるから」
ボロボロのソレを背後から持ち上げて、床に傷が付かないように配慮しながら中に入る。
治療院の中は薄暗く、魔物の力の元になる高濃度の障気に満ちている。水棲の魔物なら水槽に、土製なら穴に、魔人ならベッドに寝かせて回復を待つ。
「今回は吸血鬼、ねぇ」
ベッドにソレを寝かせると、タランテは物憂げに呟いた。
「シェリーメイ、あんたモテすぎ」
タランテはいつもあたしをからかう。それも唐突に。意味が分からないからあたしは何も言わずに首を傾げるしかない。
タランテは古参で、あたしより長く魔王様にお仕えしているから、あたしもユーディットの時のようには好き勝手に叫ばないようにしてるのだ。
「分かりません、て顔ね」
頷く。と、タランテがいらっときたのが分かった。三つ編みが一本、猫の尾のように持ち上がったのだ。
「タランテ?」
あたしは怯えた。
タランテはふふふ…と妖艶に笑い始める。
怖い。
「シェリーメイ。私、さっき振られたのよ」
「ひ。え、タランテは美人なのに!」
思わず悲鳴が漏れた。
「そんなの関係ないそうよ。男はみんな清楚可憐がイイんだと。例えば風になびくフワフワの金髪の。真っ白ですべすべな肌の」
ちなみにあたしの髪は長いウェーブの金で、目は青。肌は城に籠もっているせいで比較的白かった。
「でも、エロいのもぐっとくるそうよ?例えばマントからちらりと覗く太ももとか」
あたしは多分顔面蒼白だった。あたしの服は凄まじく露出度が高い。そういうものだから仕方がないと言われたのだ。それはもう人魚に鱗があるのと同じように。けれど魔王様の側近の証の赤いマントは長いから、ほとんど隠れて見苦しくないはずなのに。
ちらりって、何!?
タランテの髪は全てが半分程宙に浮いて、内の一本にだけがうっすらと蛇の顔が浮き出ていた。赤い舌がちろ、と泳いだ。
「タランテ!あ、あたし、今すぐ魔王様の所に行かないと!!」
じゃあ!!
叫んで、後ろを見ずに走った。そんなあたしを、タランテの声が突き刺した。
「この清純系淫魔が!顔と服装が会わなすぎるのよ!」
タランテ酷い。気にしてるのに!!
でも、振り返らない。もし目があってしまったら怖いもの。
誰だって石になりたくは無いものだし、機嫌の悪いタランテには近寄ってはいけなかったのだ。
あたしは魔王様の側近B。
魔王様の女と言われて怒るのは、あたしが淫魔だからなのだ。