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側近Bと凍菓子6

いつもの服の上に人間の侍女服を着て、魔王様のマントは綺麗に畳んで抱えて持つ。

「そもそもなんで着替えなくちゃいけなかったの?」

「厨房に料理人がいるかもしれないですから。それに廊下で誰かに会う可能性もあります」

あたしの肌はどれだけの毒があるっていうのさ。

何となく聞きながら、オニキスの案内で廊下を歩く。赤い絨毯は慣れているから歩きやすい。

中庭に面した廊下をぐるりと渡り、階段を下りる。


その途中、あたしの足がピタリと止まる。

「どうしましたか?」

オニキスも不思議そうに立ち止まって、あたしの視線の先を追う。

そこに飾られているのは、大きな絵だ。


金の髪の強そうな女性と、大きな剣を担いだ青年と、触れれば倒れてしまいそうな少女。

女性と青年が立っていて、その間に少女が座っている。

女性は歯を剥き出して威嚇するように笑い、青年はにっこりと柔らかく笑い、少女は緊張しているように強張って、微笑んでいる。


あたしはその絵から目が離せない。

似てる。――――ユーディットに。


「これは?」


「先代勇者たちの肖像画です」

「勇者?」

「ええ、あの右側の聖剣を掲げているのが先代勇者、クォーツ様です」

「クォーツ…」


ユーディットじゃ、ない?

似てるけど他人?


「前に座っていらっしゃるのがクリスタル様、左側で笑っているのがダイアモンド、俺たちの母親です。三人は兄弟なんですよ。

この肖像画は魔王討伐に向かう前に描かれたものです」

「魔王様に…負けたの?」

「分かりません。ただ母だけが、傷だらけになりながらも帰ってきました。母は魔王を倒したと言いましたが、新たな魔王が現れたとも言いました」


なら、先代魔王のことだろう。

魔王様は先代との戦いの事も、先代自身の事もあまり教えてくださらないけれど。


「じゃあオニキスは王子様なんだ」

と言うと、

「はい。でも、見えないでしょう?」

と笑った。まあ絵を見る限り、金髪が多いみたいだからね。


「俺はこの絵が好きなんです。小さいころから」

でもそう穏やかに笑う横顔は、絵の中の勇者様に似ているような気がするよ。


―――――先代勇者と、ユーディットが似ている。

もちろん細かいところは違う。先代勇者はいかにも優しそうだし、巨大な剣は聖剣だって。

そんなものユーディットが持ったらたちまち焼けてしまう。

人間なら血縁者で似るらしい。でも魔物と人間で似るには…なんだろう。


「ちなみに、あちらに飾られているのがこの城を建てた王と王妃です」


オニキスが指差した絵の中では、金の髪を後ろに撫でつけたがっしりした男と、青い髪の綺麗な女の人が寄り添って座っていた。

女の人の潤んだ目は、絵の中ですら色っぽい。

…はい、どう見てもメルト様です。




○○○○○○○○○○○




あたしがグダグダ考えている内に、オニキスに手を引かれて移動していたらしい。


「厨房に着きましたよ」

そう言われて顔を上げる。


そこは魔王城の厨房とそんなに変わらない。

魔王城だと竜族が炎を吹き込む特別な釜があるけれど、違いはそのくらいだ。

あと、こちらのが明るくて、魔王城のが殺気立っているくらいか。みんなお腹が空くと、ただでさえ乱暴なのがさらに自制きかなくなるから。


厨房の中には何人かの人間がいた。けれどオニキスは彼らと目も合わせない。

こっそりと隠れるようにして一番端の調理台の前についた。

コックらしい服をきた厨房の中の人間たちはそんなオニキスを確かに意識しているのが分かるのだけれど、こちらを見なければ声もかけてこない。


「仲悪いの?」

「いえ、その・・・」

オニキスは言葉を濁す。

困ったような顔をして、でも彼らが嫌いという感じでもない。

何か、遠慮している感じだ。

「あたしは嫌われててねー、厨房行くとだいたい暴言吐かれて乱闘になるよ」

「乱闘!?」

何かの準備を始めていたオニキスがぎょっとしてこちらを向く。

「だからオニキスは嫌われてる訳じゃ無いと思うよ」

そういうと、へにょりと顔が崩れる。

あ、その表情ちょっと魔王様に似ている。もっとやって欲しい!

「俺は長く部屋にこもってましたから、本当は誰にも合わせる顔が無いんです」

「じゃ、あたしのために出てくれたんだ」

オニキスは照れるように赤くなった。魔王様とはちょっと違うけど、これはこれで良いな、と思った。


「かきごおり! 作りましょう!」


それを無かったことにするかのように、オニキスが声を張り上げた。視界の片隅でコック達がなんだなんだと驚いている。が、オニキスは気づかない。

がさがさと鍋や器をいくつか出して、料理台の上に並べている。


「まず氷を用意します」


そう言うと、オニキスは両手を料理台にかざして魔力を込めた。

ガコン、と音を立てて巨大な氷が台の上に落ちる。

水晶のように透き通ったとても綺麗な氷。


――――氷魔法!?


魔王城では氷は水を凍らして作る。最初から氷を作るのは疲れるから、純度の高いものを必要とする以外は滅多にそのまま作ったりしない。


しかも一抱えくらいありそうだ。

かきごおり、一歩目から大変そうな料理だ。あたりはごくりと息を飲む。

ただ、オニキスはいたっていつも通りの調子で、しかも恥ずかしそうに

「すいません、失敗しました。―――――消えろ」

なんて言って、氷の上半分を消して一回り小さくしてしまった。

ああ、もったいない!

あんな純度の高い氷、そのまま削って魔王様のお茶に浮かべてさしあげたらきっと誉めて頂けるのに!!


そんなあたしの心の叫びを置いてきぼりにして、オニキスは止まらない。

「これを、削ります」

オニキスが両手で氷を包むようにかぶせると、竜巻がその中に出来た。


―――――風魔法、それも攻撃型。


カマイタチのようにひゅんひゅんと氷が細切れになり、最初に用意していた器にどんどん山になっていく。

こんもりと山が出来ると、その手の中の竜巻は空気に溶けて消える。


オニキス、それは本来なら手のひらに留めてそのまま敵に押しつけて、体の内側からバラバラにさせる魔法だよ。

体中の穴という穴から血が吹き出して大変なことになるやつだよ。…前に不死者の戦いで見たことあるんだ。えぐいの。


でもやっぱり、オニキスは全然構わないで続けていく。

「かき氷とは、砕いた柔らかい氷に甘いシロップをかけて食べるお菓子のことです。

なので今回はさっきの甘夏を使いましょう」


さっきの大きな果物を出して、オニキスがまた手で包む。


  『圧縮』


ここで初めて、オニキスが呪文を唱えた。

手のひらに黒い魔力が集まって、果物に消えていく。

するとすぐに果物が内側に向けて小さくなって、ぽとぽととオニキスの手の下に置かれた器に、果汁が落ちていく。


――――――重力魔法!! 重力魔法だ!!


滅多に使い手が居ない(難しすぎて理解できないから)と言われる重力魔法だ。

ユーディットが実践で使ったのくらいしか見たことないよ。

しかも、自分の体重を重くしたり軽くしたりするんじゃなくて、手で包んだものを内側にしぼませる…。


あれが果物じゃなくて魔物の頭だったら、と考えて途中でやめた。

効果音はパーンじゃなくて、ぐぎゅ、…いやいや考えないんだってば!


オニキスは次に、カラカラになった甘夏を捨てて、溜めた果汁の中に砂糖を混ぜる。

長い箸で普通に混ぜているので、ここからは普通の料理だと力を抜いて見ていたら、箸づたいに再び『圧縮』をかけていた。

どうやら果汁と砂糖をぎゅうぎゅうと押しつけ合っているらしい。

ただでさえ難しい重力魔法、そのさらに珍しい物体に作用させる魔術。それを、直接ではなく、しかも形がハッキリしない液体全体に混ぜる。

なんで箸や器は無事なんだろう。

――――ごくり、とあたしは息を飲んだ。


そのうち、器の中からコポコポ泡が上ってきた。

「え、いつのまに熱魔法?」

「いえ、これは摩擦です」

まさつって何ですか。もしや魔殺ですか。

せっかく答えてくれたけれど、あたしは怖くて聞けない。むしろ今まで通りスルーして欲しかった。


最後にまた氷をじゃらじゃらと出して、果汁だったもの…シロップ、を冷やすと、さきほどの山になったふわふわ氷にたっぷりとかけて、あたしに差し出してくれた。


「食べてみて下さい」


いやだ。と思わず断りそうになった。

でも魔王様が食べたいと仰った「かきごおり」なんだから、食べて味を知るところから始めないと作りようが無い。

なんかすごい技術の粋をあつめた「かきごおり」を、あたしはふるえる手でひとすくい、食べた。


……口のなかでふわっと溶けて、あっというまに無くなってしまう。

鼻から抜けるように甘夏の甘さと苦さが出てきて、とても爽やかな気持ちになった。


「おいしい!」


すごい!「かきごおり」おいしい!

初めて食べた!!


この感動を伝えたくて思わずオニキスに抱きつくと、彼はにっこり笑って、最後にこう言った。



「ね、簡単でしょ?」


それは絶対に嘘だ。 



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