側近Bと凍菓子1
あたしは魔王様の側近B。
いつでもどこでも、魔王様のお望みを叶えて差し上げるのがあたしのいる意味。
それは暑い夏の日のことだった。
魔王様の執務室で魔王様のためにキンと冷えた呱々麦茶を淹れていると、突然、魔王様が悩ましげなため息をつかれた。
今日のおやつのバームクーヘンも食が進まないご様子で、今日も暑いな…と呟かれて、呱々麦茶を一気に喉に流し込んで目を閉じられた。額には先ほどお渡しした、冷えたおしぼりが乗せられている。
魔王様は暑いこの季節がお好きではない。全ての魔物の頂点に立つ最強の魔王様だけれど、夏の暑さばかりはどうしようもないのだ。
こんなに魔王様が消耗されているのに、あたしがお役に立てることといったら、せいぜい地下から汲んできた冷たい水でお茶を用意して、お絞りをお渡しすることくらい。その地下水だって、管理しているのは地下洞穴の貯水池にいるマーメイドの力なのだ。
何か、魔王様のお役に立てる事はないだろうか…。
じぃっと考えているその時、魔王様の小さな呟きが届いた。
「かき氷が食べたいな…」
魔王様が、お望みを…!!!
○○○○○○○○○○○
魔王様が「かきごおりを食べたい」とおっしゃった。
あれは明らかに独り言だったけれど、あたしが聞いた以上、どうしても叶えて差し上げたい!!
でも、それには一つ、とても重大な問題がある。
かきごおり、って一体何?
○○○○○○○○○○○
「メイちゃんわぁ、いつもぉ、一生懸命よねぇー」
うふふ、おねぇさんそういう子、大好きよぉ、とあたしの目の前で妖艶に笑うのは、魔王城の地下で水質管理をしてくれている最古参幹部の一人、マーメイドのメルト様だ。
どこか舌足らずな喋り方をされる方で、垂れた目じりが非常に色っぽい。
淫魔としては学ぶところの多い方だ。
この方には、王子を誑かしたとか、その国を潰したとか、色々と凄い逸話がある。
自分からは何も言われないけれど、きっと全部本当なんだろうなぁと思う。だって、女のあたしだって、時々くらくらして、ふわふわして、何だか良く分からなくなる時があるくらいなのだ。
男なんかイチコロに違いない。
「でもぉ、なんでおねぇさんに聞きに来てくれたのかしらぁ? おかしなら厨房のお牛さんのが詳しいしぃ、相談なら、つんでれちゃんとかぁ、過保護とかにいつも聞くじゃなぁい?」
厨房のお牛さん=ミノタウロスのスフィロク(やさしい片目のおにいさん)
つんでれちゃん=メデューサのタランテ(つんでれって何?)
過保護=何かと煩いユーディット(ほんとに過保護だよね!!)
の事だ。メルト様はあんまり人を名前で呼ぶことが無いので、時々誰のことを言っているのか分からないけれど、聞いても教えてくれないので、まあ、あの人かなぁと推測して済ましている。
「スフィロクは、分からないそうです。それで、『こおり』と付くからにはメルト様にお知恵をお貸し頂けないかと思いまして!」
最古参なのできっとご存じだろうと思いました、なんて、口が裂けても言いません。
「そぉねぇ、確かにおねぇさんは何だって凍らしちゃえるけどぉ。
うーん。かきごおり? 聞いたこと………ああ、あるわ!!」
「本当ですか!?」
「ええ、確かあれは200年ま…すこぉしばかり前のことねぇ…」
「はい!!」
ちらっ、とメルト様がこちらを伺うので、あたしは笑顔で頷いた。
余計なことは、聞いていません。ええ、聞いていません!!!
と、その笑顔に思いを込めてみました。メルト様は納得していただいたようで、にこぉ、と蕩けるような笑みを浮かべて満足そうに頷いて下さいました。
「たしかぁ、人間のところにいた時にぃ、聞いたんだと思うわぁ。
だから、『かきごおり』は人間のおかしねぇ、きっと」
「なるほど! では人間の所へ行き、話を聞いてこればいいのですね!?」
よし、と直ぐにでも向かおうとすると、ぎゅ、とメルト様に手を握られる。
鱗が途中まで覆っているメルト様の手は少し冷たい。魚の形の足元を地下水の透明な水の中で揺らしながら、メルト様は困ったように眉をしかめている。
「ダメよぉ? メイちゃんわぁ、ココから外に出たら、あぶないわぁ」
うふふ、と妖艶に笑いながらも、どこか必死だ。
いつもは綿雲のようにふわふわした水色の髪が、額に張り付いている。
「いいえ! 魔王様のお望みなんですから、多少危険でも構いません!」
「そんなこと言わないでぇ。おねぇさんも命が惜しいから、引き留めちゃうわぁ」
「え、い、痛!!」
握られた手がパキパキと音を鳴らして凍り始める。
メルト様、本気だ!
あたしはとても焦った。
だって、メルト様に凍らされたら人間のところに行くどころじゃなくなってしまう。
ユーディットに引き渡されて、部屋に鍵かけられて、お仕置きに魔王様にもしばらくお会い出来なくなってしまう…!!
どうしよう!! と焦っていると、ふと耳にあたしを呼ぶ声が聞こえた気がした。
あたしの名前じゃないけれど、あたしが返事をしても良いような、不思議な呼び声だった。
なんだろう。
良くわからないけれど、あたしはココだ、と言ってみたくなった。
すると、ぱぁぁ、とあたしの体が光り始めた。
「えっ、えっ!?」
「シェリーメイ! 駄目!!」
メルト様が目を見開いてあたしを引き込んだけど、あたしの体は地下水に触れることもなく、目の前が真っ白に染まった。
○○○○○○○○○○○
ぱちり。
瞬きを一つする。目を開けても閉じても真っ暗なので、ここは真っ暗な部屋なのだろう。
「ここはどこ?」
首を傾げると、ぽん、と音がして柔らかい灯りが点った。
足元に膝くらいまでの大きさの卵形のランプがあった。細かく彫り細工が施してあり、見事な牡丹の花が咲いていた。
いいなあこれ。魔王様の寝室に飾りたい。
「ここは俺の部屋です」
「!?」
暗い部屋の中のどこかから聞こえてきた声は、若い男のものだった。