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側近Bと勇者他5

思い出してみてほしい。チャームアイに掛った者どもの醜態を。

結界にも躊躇せず突っ込んで潰れる意識の低下。唇を突きだしてくる気持ち悪さ。あたしの血だけを求めてゾンビのように迫ってくるおぞましさ。

あれですら軽い魅了なのだ。

強い魅了って何だ。怖い。怖すぎる。


そんな強い魅了に侵されてしまったらしい勇者は、片膝をついてこちらに手を伸ばしている。

その手を取れと? 取ったら結婚することに??

結婚って、人間の男と女が2人で暮らすことだっけ? 子供を産む約束だっけ?

「あれ、人間の子供ってどうしたら生まれるの…?」

後ろで吸血鬼がビクッと震えたが、気にするなお前に聞く気はない。


勇者はにこにこと笑っている。

「結婚式はいつにしますか?」

すでに結婚することは決まっている!?

「しないよ!」

急いで答えると、

「しないんですか…?」

と呟いて何やら考え込んでしまったが、体勢はそのままだ。

「当たり前ですわ! 勇者様はわたくしと…!」

と聖女が魔法陣の中で何やら叫んでいた。


何というか、勇者は結構意識がまともなように思う。言っている事はおかしいが、チャームアイに掛った者どものような馬鹿な真似はしていない。強い魅了とはいえ、勇者自身が耐性があるのかもしれない。

なんて考えていたのだが、


「じゃあ僕のご主人さまになってください」

「激しく悪化した!!」

駄目な方向に下方修正してきてしまった。


「嫌ぁぁぁ!!」と聖女の悲鳴が響く。

聖女は髪を振り乱してなんとかこちらに来ようと暴れるが、仲間に抑えられている。人の行き来があると魔法陣に悪影響が出て、一度崩れたら作り直すことは難しいのだろう。


ああ、うん。これは、駄目な流れだ。たらたらと冷や汗が流れたのを感じながら確信する。

放っておくと絶対面倒臭いやつだ。

急いで魅了を解かないとまずい!


矢が刺さって魅了に掛ったんだから、矢を抜けば解けるだろうと勇者から出ているそれを掴んだのだが、

(いつのまにか、矢の羽はハート型に、色はピンク色になっていたことは無視しよう)

「矢を抜くと心臓の穴から血が出てヒトは死ぬぞ」

うおぉっと。慌てて手を離す。危ない。

「不便な!」

人間って、あたしたちを一瞬で消し炭にするような攻撃力があるくせに、体の一部に穴が開いたくらいで死ぬんだからバランスが悪い。デリケートすぎる。


ユーディットは魅了解除の方法を何て言ってたっけ?

―――――キスするか爪で切り裂くか、決めてね。



よし切り刻もう。


頬にひと筋傷でもつければ良いだろうと右手の爪を伸ばしたが、勇者に触れる前にあっさりと掴まれてしまった。

「あなたの爪は美しいですね」

そしてそこに唇を落とした。

ひいいい!!?

あたしはぞぞぞと鳥肌を立て、思わず左手を殺す勢いで振りかぶってしまう。

まずい、と思ったと同時にそちらも簡単に勇者の手の中に収まっていた。

両手を塞がれて、あたしはどうすることも出来ずに勇者を見る。あたしと勇者の目が正面から見つめあうことになった。勇者の目は、深い青の色をしていた。

急に、勇者はぐっと膝を落として、あたしごと宙に飛んだ。

そして一瞬前まであたしたちがいた場所に、ずべじゃと何かが転がる。吸血鬼だ。

勇者の隙をついて攻撃を仕掛けたが、あっさり避けられた上蹴られて転がったらしい。

「はは、無様だな!」

「貴様は本当に我が嫌いだな!!」

何を当たり前のことを言っているんだ。


すたん、と勇者が軽やかに着地すると、いつのまにかあたしは勇者に抱きしめられていた。

背中に片手が回り、もう片手は太ももを支えている。横抱きにされて蹴る事を封じられ、腕も抑え込まれてしまっている。少年の細い体かと思ったが、大剣を背負っている上にあたしの体重まで支えて全く震えていない。腕にはしっかりと筋肉がついていて、あたしがどれだけ力を込めてもびくともしない。

随分近くなった顔の位置で、覗きこみながら勇者は言う。

「その空を写したような青い目も、蜂蜜を溶かしたような髪も、雪のように白い肌も、血のように赤い爪も、あたなを作るもの全てが奇跡のように美しい。どうか愚かな僕にお慈悲をお与え下さい」

そして動けないあたしに、勇者の唇が迫ってくる。


「いやあぁぁ、勇者様!!」

響くのは聖女の絶叫。

あたしはあまりの事に何も言えない。


しかし、あと少しで触れるというその瞬間に、

ズガン!!

という物凄い音がして、勇者が吹っ飛んで行った。石柱の廊下の壁に激突して、もうもうと土埃の中に隠れる。

「私の物からその汚い手を離しな愚図」

そしてその綺麗な足を、勇者を蹴りあげた体勢のままふりあげて「百年早いんだよ餓鬼が」と壮絶に不機嫌な表情で言ったのは、タランテ。

「メイちゃん、大丈夫?」

そしてスフィロクが、あたしの体を支えて心配そうに覗きこんでくれていた。


二人とも、帰ってきたんだ…!!


あたしは安堵のあまり泣きそうになりながらスフィロクに抱きついた。

「大変だったね。よく頑張ったよ」

温かく微笑みながら、スフィロクはぽんぽんと頭をなでてくれる。

「スフィロクぅ…。タランテも、お帰り!!」

2人に笑いかける。


「ちょっと留守にした間に虫が入ったようね」

「そうだねぇ…。メイちゃんをこんなにボロボロにするなんて、許せないね」


タランテは既に髪の毛が全て蛇に変わっており、一匹一匹がうねって威嚇しており、眼鏡は外して白衣の胸ポケットに収められている。

スフィロクも、ゆっくりと戦闘形態に変化していった。牛の角が生え、耳が生え、手足が蹄に変わっていく。その途中で、ふと一つだけの目をぱちりと瞬いて、にこりと笑った。

「なんだ。もうタランテがお仕置きしていたんだね」


さすが、と笑いながらスフィロクは戦闘形態をキャンセルしたようで、またゆっくりと人型に戻って行った。その目線は、勇者が飛んで行った方向に向いている。

疑問に思ってそちらに目を向けると、土煙りが晴れたその場所に、


――――胸に矢を刺したまま勇者が石になっていた。


「あの、タランテ…?」

「なによ」

つん、と澄ましてこちらを見ないタランテだが、ヘビが一匹得意げにキラキラ目を輝かせてこちらを見ている。雰囲気も、やってやった!という達成感に満ちていた。

とてもじゃないけど、そこまでやらなくても良いのに、とか言える雰囲気じゃない。

半狂乱になった聖女の悲鳴が聞こえるが、無視させてもらおう。

「ありがとう」

やや引きつりながらもお礼を言うと、

「別に、シェリーメイのためじゃないわ」

とふいと顔をそらしてしまった。

「私が気に食わなかったのよ」

よくも勝手に口づけなんて…! と小声でぶつぶつと呟くタランテ。

あたしのこと考えてくれたんだ! あたしは思わず感動して、

「タランテ大好き!!」

がしっと抱きつこうとして、華麗に避けられてたたらを踏んだのだった。


「さて、では彼には帰ってもらいましょうか」

ひょい、とスフィロクが勇者の石像を持ちあげて、魔法陣の方に連れて行く。

「ふん。そんな丁重に扱うことないわ」

それを後ろからタランテが近寄って、勇者を取り上げて魔法陣の中に蹴り込んだ。

今の、上半身の防具がちょっと砕けた気がする。人間は穴が空いただけで死ぬけど、肩とか欠けたらどうなんだ。死ぬの?

慌てて武道家が受け止めて、聖女が近寄って泣きながら抱きしめている。

「よくも、わたくしの勇者様を…!!!」


その言葉も似たようなのを何度か聞いたけれど、さすがにここまでやると申し訳なく思ってきた。

胸に矢刺して殺しかけ、魅了して求婚させて、断って石化して。


しかも、勇者が放り込まれてすぐに魔法陣が強く発光し、勇者一行はどこかへ移転していった。

魔術師がこの瞬間まで相当努力して維持していたのだろう。最後の顔色は紙のように真っ白だった。



という訳で、結局石化を解かないまま返却して。あ、胸に矢も刺さってるから魅了も解いてないや。

タランテの石化を解くには、タランテが解除するか、特製の軟化剤を作って解くしかない。

魅了を解くには、あたしの血が必要なんだっけ?


果たして、彼ら人間にそれができるのだろうか…?

心に苦いものを感じながら、近いうちに軟化剤を用意しておこうと、あたしは密かに決意したのだった。

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