側近Bと勇者他3
結果は、一瞬で惨敗だった。
白柱の廊下の向こうに人影が見えた? と思った瞬間に、凄まじい威力の魔導波に打ち抜かれたのだ。
それは“聖”の属性の力で、あたしと吸血鬼は、もちろん一番相性が悪い力だ。
体中の水分が一瞬で蒸発するような激痛に焼かれて、あたしたちは声を上げることもできず、吹っ飛ばされて何度か転がり、地に伏した。
吸血鬼が懐に隠していたらしい武器類が四方にぶちまけられて、ガシャガシャと轟音を響かせる。小刀に弓にクナイに手裏剣にまきびし、煙幕弾。
どこに仕舞ってた!?お前は何になりたいんた!?と突っ込む余裕はもはやない。
「う……あ??」
チカチカ明滅する視界を何度か瞬きをして戻すように努力する。
魔導波は明らかに勇者たちが打ったものだ。
勇者って、メイじゃ叶わないって、こういうどうしようもない力の差があるものだったの…?
あまりのことに頭を真っ白にして愕然としていたが、
「な…いくら勇者でも、こんなことは、ありえん…」
吸血鬼がうめく。
そうか。ありえないのか。
しかし、実際にあたしたちは指一本動かせない。意識があるのが奇跡の様な状態だ。
そんなあたしたちに、カツカツと、足音が近づいてきた。
気合いを入れて、なんとか、頭を上げると、勇者一行が見えた。
吊り目で大剣を背負った少年と、くるくると豪華に髪を巻いた少女と、その後ろに黒い長い髪の少女が隠れるように立ち、一番後ろに鍛えた筋肉が輝くような半裸の男。
このグループ知ってる。確か、勇者と、聖女と、女魔術師と、武道家。初期は剣士と弓師がいたけどいつのまにかいなくなった、最小人数のグループだったはず。
弱くはないが、人数が少なすぎるために攻略が遅く、しばらく警戒は必要ないと言われていた。いつの間に、こんなところまで…。
あたしが呆然としていると、巻き髪の少女(特徴からすると聖女のはず)が踵の高い靴をカツンと鳴らしながら、一歩前に出てきた。
そして、手のひらをこちらに見えるように口に当てると、
「ほほほほほ!わたくしのために死になさい!」
…聖女?
「ああもう! だから!! 今からそんな大技出さなくても!」
と叫ぶのは大剣を背負った少年、すなわち勇者?で、
「うふふ。ご心配なさらなくても大丈夫ですわ。わたくしの力を持ってすれば、この程度、あと何発だって撃てますわ、勇者様!」
にこやかに完璧な笑顔で答える聖女。違う、そういう事じゃなくて…と呟く勇者の言葉は空気に溶けて、彼女の耳には聞こえないようだ。
「びっくり…した。怖い。大きい音イヤ」
高笑いする聖女の後ろでは、ぼそぼそと影のように寄り添い、顔色は真っ青の女魔術師。
艶やかな長い黒髪はサロメルに似ているけれど、体つきはずっと肉感的。ああ、彼女を見たら、自分の体型を好んでいないサロメルは自分の定め(空を飛ぶためには体重を抑えないといけない)を涙を流して悔しがるかもしれない。
「はははははははは!エメロードは強いな!相変わらず!」
そして最後に、一人陽気な、武道家。
光を反射する胸筋。上腕二等筋。一本の毛も生えていないスキンヘッドもきらきらと輝いている。
勇者たち少年少女より頭三つ分くらい大きな体躯で彼らの一番後ろに控え、あたしたち敵には途方もない威圧感を、味方には大きな安堵感を与えていることだろう。…多分。
「ええ、勿論。当然ですわ、お兄様!」
聖女はにこやに武道家に答えている。
というか兄弟なのか!似てないな!!
「あの愉快な集団は、何だ…」
吸血鬼が疲れた声で呟いた。
ああ、屈辱にも、初めて吸血鬼と意見が一致してしまった。
なんというか、あの聖女は、タランテとすごく気が合いそうだなと思う。
勇者への態度と、タランテの魔王様への態度はどこか似ている気がする。うん、敬語は使うけど、だから? みたいなね。もう、それが定着しすぎて、色々諦められている雰囲気とか凄く。
となると、スフィロクと戦うのはきっと筋肉の武道家、かな。本性になったスフィロクは猛り狂う牛。重量級のぶつかり合いは大迫力だろう。
そして、女魔術師とはサロメルが。何故だろう・・・何か、両方とも泣きながら、それでも高出力の飛び攻撃をぶつけ合う様子が脳裏を掠める。あの魔術師から感じる魔力は本当に人間かと思うほど大きいのだ。あたし、その戦いが一番そばに居たくないな…。
最後はユーディットか。
でも勇者は魔王様と戦うんだろうから、もう一人はいた方が良いんじゃないだろうか?
と思ってから、これは試合でもなんでも無いんだから、勇者グループ全員対グランドピース一人ずつ、で戦うに決まっているか、と妄想を打ち切った。
あたしが現実逃避をしているうちに、勇者一行は倒れ伏したあたしたちのすぐ近くまで寄ってきていた。
「どうします勇者様。もう一度先ほどの聖魔法を打ちますか? 憎き魔の撲など、打ち消してさしあげましょう」
と言って、聖女は両手を祈りの形に組み、その翠の両目を細める。
あたしたちは傍目にも分かるほど青ざめた。
あれをもう一度喰らったら、本当に蒸発してしまう!
ああもう、タランテがいれば、こんな攻撃跳ね返してしまうのに!!
タランテは頭の蛇の石化能力の他に、もうひとつ武器を持っている。
それは鏡の盾で、その盾をかざせばどんな光線も反射する。実態を伴わない魔法攻撃は全て無力化でき、逆に攻撃を放った本人を害する、とんでもない武器なのだ。
『昔、愚かにも私を倒そうとした坊やから奪ったのよ』
だそうで。
それはきっと、タランテが持っていてはいけない、タランテの天敵であるべき武器なんじゃ…。なんて思っていたりするけれど、タランテが倒されるのは嫌だからあたしに文句はない。
その盾がここにあれば。
ううん。そもそも、タランテがここにいれば。
あたしは不覚にも泣きそうになった。
役立たずにも程がある。
自ら、限界以上のことをやろうとして、一瞬の足止めにもならないなんて。あんまりな惨状だ。
サロメルやユーディットの力を信じて、大人しく城内の人たちを避難させていれば良かったのかもしれない。
そして、もうひとつ。
――――――――あたしの隣にいる吸血鬼は、吸血一族の長の次男なのだ。
あたしと一緒に消し炭にされたら、その後、とても大変な問題にならないだろうか?
なるなる。きっとなる。吸血鬼はとてもプライド高いから。
となれば、どうやって、こいつを逃がそう?
あたしが死ぬのは自業自得としても、こいつは逃がさなければならない。
そう、あたしが悩みに悩んで、吸血鬼の方をちらりと見ると、吸血鬼はこちらを見てはいなかった。
真剣な目で見上げていたのは、勇者だ。
勇者も吸血鬼の目線に気付いて、手を伸ばして聖女の行動に待ったをかけている。
聖女は不思議そうにしたが、勇者にひとつ頷かれて、一歩下がって両手を解いた。
自然とあたしの体から力が抜ける。
「勇者よ。…この者、正規の魔ではないのだ。見逃してやってはくれまいか」
「―――――は?」
思わず漏らしたあたしの声は無視をして、吸血鬼はふらふらと上体を起こす。
目は勇者を見たまま。
「頼む。失う訳にはいかんのだ。我は塵と消えても構わん」
そして頭を下げて、首元を勇者に晒す。
それは、完全な、服従のポーズだ。
意味が分からない。
吸血鬼があたしのために命乞いをしている。
違う。それは逆のはずでしょう。何故、どうしてお前がそんなことをする!
お前はあたしを魔王様の女と呼ぶ憎い敵なのに。
あたしはどうして良いか分からず、戸惑った。
一方勇者も戸惑っているようで、吸血鬼とあたしを交互に見ている。
「それは…彼女は魔物ではない、という意味…」
という途中であたしは吠えた。
「あたしは魔王様の側近だ!」
「余計な事を言うな馬鹿者!!」
「何が余計だ!あたしの誇りを汚すつもりか!?」
あたしはキッと勇者を睨みつけた。
「あたしは魔王様の側近Bだ。魔王様に害なす者は許さない」
───だが、あたしでは手も足も出ない。
じわじわと視界が滲んでいく。なんて情けない。あたしは側近失格だろうか?
そんなあたしに、勇者は戸惑うように瞳を揺らし、手を伸ばしてきた。
「…君は」
「…?」
その手であたしに攻撃をしかけるのだろうか?
だが勇者は、結局私に触れずに手を下ろした。
そこに、勇者様、と少女の声が割って入った。
「とにかく、そこの者どもは魔の撲なのでしょう? 成敗するのにためらう必要などありません。わたくしにお任せ下さいませ」
聖女はキラキラと輝くような笑みを浮かべ、嬉しそうに話している。
そのうちまた、ほほほほ!と高笑いを始めた。
「このわたくしにかかれば、このまま魔王だろうがただの王だろうが木っ端微塵にしてみせますわ!」
魔王様を…木端微塵?
それを聞いた瞬間に、あたしの頭は真っ白になった。
目の前に転がっていた煙幕を掴んで投げつける。
パアン、と破裂音と広がる煙。
勇者一行は慌てずに距離をとり、武道家が何かを唱えながら腕を一振りすると煙は散ってしまったが、その時には既にあたしは弓を構えて引き絞っている。
「こら、お前が弓を打つと・・・!!」
奇跡の一打は吸い込まれるように聖女に向かっている。
聖女は少しも慌てず、「全方位防御(オールクリア!!)」と唱えると、半球体の透明な膜が現れて聖女を外界から守る。
しかし、矢はその膜をするりと経過した。
「なんですって!??」
初めて聖女が声を荒げた。
そのまま聖女に命中するかというところで、横から影が聖女を突き飛ばす。
そして、その胸にふかぶかと矢を生やしたのは、
「きゃああ、勇者様!!」
勇者の、丁度心臓の上に、あたしの矢が埋まっている。
―――――あたし、勇者や(殺)っちゃった?
聖女=高飛車+天才+一途
勇者=真面目+不憫
というイメージです。