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第3章 ねじれ家督――兄を差し置き藩主に、だが実子は「讃岐うどん藩」へ
光圀は徳川頼房の三男。長兄・頼重も同母腹だが、高松藩の高家として分封。そこで三男の光圀が1661年に水戸藩を継ぐ。しかし「家督横取り」と非難されぬよう、藩主位をあくまで一時預かりとみなし、1690年に兄の遺児・綱條へ譲った。
自分の実子・綱方は行き場がないため、逆に兄が去った讃岐高松藩へ入れ替え赴任。結果、長兄の子が本家水戸、藩主の子が分家高松という“ねじれ相続”が完成した。光圀はこれを「丸く治まるには円周を一回りせねば」と達観。家臣は「利根川が霞ヶ浦に流れ込むがごとし」と頭を抱えた。




