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【短編小説】2151

掲載日:2025/12/18

 重く垂れ込める雲はビルディングとの境界を曖昧にしていた。

 そのままアスファルトを飲み込んでしまいそうな錯覚に陥る。

 だがおれはアクセルを緩められない。

 バイクは走り続ける。


 おれは唖の美しい女が発する不気味な音に耐えきれず逃げていた。

 背後から追いかけてくる唖の女の音。

 それは機械を擦り合わせるよりは肉体的だが、生物的とは言えない音だった。

 とても不愉快だ。

 夕方の空に見る青と橙のグラデーションよりも不愉快で、いくら走っても逃げ切れないのはまるでその空の下にいるような感覚に陥る。


 唖の女の不愉快な音。

 だが女は美しかった。

 世界は平等だ。

 白く美しい唖の女。

 その女が発する醜い音。



 だがその女を抱く時には枕が必要になるかどうかも考える必要がなかった。

 もしくはおれには鼓膜が必要ないのかも知れない。

 それが平等ということだ。

 肉体の為に肉体を必要としなくなるのであればそれは解脱だ。

 おれは単車を駆って助走をつける。

 どこへ行こうとおれの勝手だ。


 夏を告げる雨の不愉快さが冬の風に引き延ばされて薄い影の様にどこまでも遠く伸びている。

 存在の希薄さ。

 薄められたアイデンティティ、または自他境界とかとかとか歩いて進んできた突堤みたいな人生の先端で深呼吸をする。

 おれの肺は耐えきれずに咳き込んだ。

 背中が痛む。

 頭も痛む。

 そいつは単なるカフェイン中毒者の禁断症状か、それともフォンレックリングハウゼンのもたらす憂鬱さか、または別の何か。



 機械の身体と交換したいか?

 螺子になりたいか?

 冗談じゃあない。

 おれは生身の肉体でおれはおれの生を生きて、おれはおれの死を死にたい。

 楽して生きたいハッピーになりたい。

 PainとPainとPainの真ん中に呼ぶChe、

 おい、Hey、こっちを向いてよハニー。

 だって何だか、だってだって何だからさ。


 唖の女が出した音を巻く。

 単車を止める。

 自動販売機が行き先の手がかりだ。

 ガチャン、頭痛を缶コーヒーで希釈する。

 薄い缶コーヒーで遠ざかるペイン。

 Hey、Pain、

 ユーノーアイムノットオールライト、

 ホールドタイト、ユーアーハイウェイスター。

 唖の女の音がおれを見つける。

 おれは単車を駆る。

 すぐに点灯する警告灯。

 タイヤが路面の細かな段差を丁寧に拾うからいちいち飛んでいきそうになる。

 それはそのままおれの人生。

 つまらない事に躓く、石も縁、Yen、宴はヤーレンソーラン、千代に八千代った焔魔堂を燃やす。

 諦め。

 それはそのままおれの人生。



「愛してるよ」

 おれは枕を女に押し付けて言う。

 枕の下で電動こけしの刺さった何かがモーター音に似た唸り声を上げる。

 聞こえない。聞こえない。

 おれは枕を押し付けて言う。

「愛してるよ」

 おれはおれすら愛しちゃいない。



 射精。

 回るメリーゴーラウンド。

 輝く走馬灯。

 思い出す景色と繰り返す景色。

 出口のないワンダーランド。

 入場券も無く、いや、優待券の半券がポケットにある。

 きしむ木馬、きしむベッド、きしむ肉体、きしむ喉。

 その喉から出る音がおれの鼓膜を突き破り脳味噌の真ん中に刺さり頭蓋の中を反響していく。


 耳から蟲が出ていく。

「愛してるよ」

 エンストを起こす性欲。

 勃起は中折れ。

 キックスタートは決まらずおれ信号の下で泣きそうになる。

 それが悪夢か現実かはどうだって良い。

 クラクションが輪唱される。

 ヘルメットの中で焦燥がつまって何も見えなくなる。

 クラクション。

 機械音。

 振り向けば美しい唖の女たちの列。

 胸に光るマークは射精。

 誰の、おれの、そんなまさか、枕はどこだ?

 おれは逃げ出す。

 いや、おれは逃げている最中だった。


 バイクを降りて走る様に逃げる。

 フルフェイスのヘルメットを脱ぐとそこは甲州街道なんかじゃなくおれはこの世にたった一人残った人間のフリをして生きている設定で眠る寸前の少年が抱えた枕の下にいたんだ。

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