第6話「粛清ダイジェスト」
本作はフィクションです。
登場する人物・制度・社会状況はすべて架空であり、現実とは無関係です。
これは誰かを傷つけるための物語ではなく、“理不尽な世界”を問い直すための物語です。
夜の都会に、濁った月が浮かんでいた。
廃ビルの最上階、吹きさらしのコンクリート床に、ふたりの魔法少女が立っている。
風が通り抜けるたび、ボロ布のマスコットがくたびれた音を立てて転がった。
無財 希──魔法少女ノゾミは腕を組み、壊れた窓越しに街の灯を睨みつけていた。
その隣に立つのは、銀髪をなびかせたカレン。氷のように冷たい瞳で、ノゾミと同じ未来を見据えている。
「前回の件で、ますます頭にきた。年収を下げろって、あれだけ警告したのによ。
実際に応じたのは、せいぜい数人。……結局、言っても分からん馬鹿ばっかりだ」
ノゾミの声は低く、怒りを抑えた熱がこもっていた。
「所詮、利得の味を知った人間に、理屈など通じませんもの。
“自分だけは正しい”と確信しきった傲慢な加害者に、対話は無意味ですわ」
カレンは冷静に返した。怒りを感情ではなく、論理で切り捨てるような声音だった。
「なぁにが“自己責任”だ。
てめぇらが無責任に踏みつけてきたくせによ……こっちが反撃したら今度は“被害者ヅラ”かよ。……ふざけんな」
ノゾミは歯を食いしばり、息を吐いた。こみあげる怒りが、胸の奥で燻る。
「今までみてぇに自白剤ぶっ刺して、“納得できるまで聞く”とか、甘っちょろい真似はもう終わりだ。
こっから先は効率重視で行く。……容赦はしねえ」
「ええ。“見せしめ”の段階は、すでに終わっていますわ。
これからは、“粛清”のターンですもの」
カレンの表情は微動だにせず、その言葉には冷徹な決意がこもっていた。
「戦争だチー! だったら今回は──まとめていこうチー!」
チープルが破れたリボンをぶんぶん振りながら、場違いなほど陽気に跳ねまわった。
その無邪気な調子とは裏腹に、口からこぼれる言葉は地獄の鐘音に近い。
「魔法で同時多発的に、社会の“顔”を潰す。メディア、配信、広告塔──全部まとめて処理する」
ノゾミは腰に手を当てると、マジカル現金ポケットに突っ込み、札束を無造作に掴み出す。
それを乱暴に夜風へ放ると、万札が舞い、月光に照らされて青白く輝いた。
「チープル。ターゲットリスト、出せ」
「任せるチー! まずは年収5000万以上で、顔がムカつく奴ら限定リスト──これチー!」
チープルが手のひらをぱんと叩くと、空間にスクリーンが浮かび上がる。
配信者、評論家、タレント、企業家たちの顔がズラリと並ぶ。
どいつもこいつも満面の笑み。その背後には高級マンション、高級車、豪勢な料理──絵に描いたような成功者たちの記号があふれていた。
年収5000万。
平均年収500万の社会において、それは毎年9人分の賃金を一人で奪うということ。
搾取の数値化。すなわち、命の奪取。彼らは無意識のまま、誰かを貧困へと突き落としている。
「うっぜえ笑顔ばっかりだな……」
ノゾミが吐き捨てるように言った。
「ええ。“搾取の象徴”ですわね。
見ているだけで、怒りと冷笑が同時に湧きますわ」
「……全部、ぶっ潰す」
* * *
処刑は、ライブだった。
年収4.8億、配信界の王・シチフク コウヘイ。炎上上等の毒舌キャラ。
その日も彼は自室スタジオで「底辺批判トーク」を展開していた。
「貧乏人のくせに嫉妬で叩いてくんじゃねえよ。努力しろっての。
お前らみたいなのは、這いつくばってるくらいがお似合いだろ?」
その瞬間、配信画面にエラーが走る。
次の瞬間、スタジオの背後が闇に裂け、そこからノゾミが姿を現した。
「てめぇの努力ってのは、誰かの上に立って笑うためのもんかよ」
「なっ……誰だよお前!」
ノゾミは無言でステルス・インカムスコープを起動。
そのレンズに映った数字は「年収:480,230,000円」──満点の悪。
しかし男は怯えず、むしろ笑った。
「は? 魔法少女だか知らねーけど、俺は正直に言ってるだけだぜ?
ホームレス? ワープア? 何言ってんの? 生まれた時点で人生終了じゃん。
“格差”ってのは才能の結果だろ?」
ノゾミの瞳が細くなる。冷気が空気を裂いた。
「……黙れ」
マネーバランサー・スピアが静かに、しかし確実に彼の心臓を貫いた。
画面が赤黒く染まり、視聴者数は4000万を超えていた。
「死ぬまで“再生数”にすがってろ。……これが最後のバズだ」
* * *
処刑は、加速した。
今や世界最大級の配信サイト《KillaTube》に名を連ねる動画投稿者たち──インフルエンサー、ブランド広報、金融コンサル、
“成功者”を名乗るすべての者が、次々と断罪されていった。
「年収三・二億、ライフスタイル系チャンネルのユナミ。経費と称して親族へ脱税スライド。
『好きなことで、生きていく』? ──他人の命を踏みつけて、な」
ノゾミの一撃で、彼女の顔面が液晶越しに炸裂する。
血と脂粉が飛び散り、視聴者コメント欄が即座に炎上。
《え? マジ?》《演出だろ?》《止まってないけど?》《ガチかよ》《誰か通報しろ》
「その顔、今度は“加工”じゃ隠せねぇぞ」
ノゾミの声に重なるように、チープルがぴょんと跳ねる。
「これは芸術チー!“格差ポップアート”チー!」
* * *
次に現れたのは、Vチューバー「アマノミカ」。
アニメ調の美少女アバターで「低収入男性は恋愛対象外」と断言し、炎上とバズを両翼に飛び続けた“毒姫”だ。
その正体は、大手広告代理店コンサル部門の幹部。年収二・九億。差別と嘲笑で数字を稼ぐ、絵に描いた搾取屋だった。
ノゾミは、KillaTuberの仮想ライブ空間へ転送ゲートで侵入した。
「顔隠してりゃ安全だとでも思ったかよ。
──中身が腐ってりゃ、どんなフィルターでも匂いは誤魔化せねえんだよ」
マジカル・サブスタンスが、アマノミカのアバターの胸元に突き刺さる。
すると透明な層が破れ、中から“本音”が滲み出した。
「……金ない男と話すのって、時間のムダじゃん……。
どうせ下で生きるしかない奴らには、夢だけ見せときゃいいでしょ……」
ノゾミの目が細まり、静かに槍を構える。
「──舐めてんじゃねえよ」
振り下ろされたマネーバランサー・スピアが、アマノミカのアバターを貫いた。
バーチャル空間が崩壊し、ライブ視聴者三十万人が同時にログアウト。
映像は凍結されず、高画質アーカイブとして即座に全ネットへ拡散された。
* * *
そこから先は、もはや“公開処刑フェス”だった。
美容系インフルエンサー・モエナ。
自宅から生配信中、突然バイアスポータルが開き、背後の空間が歪んだ。
そこから姿を現したのは──魔法少女・マネーグレイス・カレン。
「えっ、なに……えっ?ドッキリ?コラボ!?やだもう〜カレンちゃ〜ん♡」
声が震えた瞬間、魔法が発動する。
床から伸びた銀の枷が、モエナの両手と首を拘束。
そのまま椅子ごと宙に浮かび、ギロチン台の幻影が現出した。
まるで拡張現実。視聴者たちは「演出」と信じた──その刹那まで。
「“努力は報われる”って、貧乏人にも夢を見せるのが私の仕事なんですよ~!」
歯を見せて笑うモエナに、カレンは微笑を返す。
「その“夢”の代償で、どれだけの人間が飢えて、死にましたの?」
細身の黒のロッドが、ひと振り。
──音もなく、刃が落ちた。
笑顔のまま、首が床に転がった。配信は途切れなかった。
* * *
教育評論家やつは、オンライン講演の真っ最中だった。
演題は「生まれより努力──人生を変える黄金律」。
だが、魔法によって会場全体がスクリーン化され、彼の過去発言が再生された。
「この国は、能力と結果の世界であって当然……」
読み上げが終わると同時に、額に赤い花が咲く。
音も光もなかった。ただ、首ががくりと垂れた。
血がキーボードを染め、その“黄金律”を真っ赤に否定した。
* * *
高級レストラン「クリムゾン・フォーク」。
テレビ取材中、オーナーシェフが笑顔で答える。
「お金は信用の証です。持たざる者に、価値はありません」
その瞬間、天井に亀裂が走った。
次のフレームで、建物ごと“何もなかった”かのように消滅。
高架下には、赤い塵と燃えた札束だけが残された。
* * *
誰が言ったかは、もはや覚えていない。
次々と崩れ落ちていく“神々”の姿に、群衆は凍りつき、そして喝采した。
嘲笑と侮蔑に飽きた社会が、ようやく「黙らせ方」を学んだ瞬間だった。
* * *
夜。都心のとある屋上で、ノゾミとカレンが月を背に並び立っていた。
ビルの谷間から、遠くで燃え上がるセレブタワーの火柱が見える。
「順調だな」
ノゾミが腕を組んで、満足げに呟いた。
「ええ、計画通りですわ。けれど──」
カレンは風に髪をなびかせながら、スコープに映る群衆の反応を見ていた。
「“これから”が本番ですわ。富裕層は必ず、組織で反撃してきますもの」
「だな。……そろそろ、話し合ってた“例の作戦”に移る時だ」
ノゾミの声が低くなる。
「知名度は最高潮、世論も傾きつつある。政府も焦ってる。今しかねぇ」
カレンの目が細くなり、口元が静かに笑んだ。
「“年収一千万円以上は死刑”──大胆ですが、実に明快なルールですわね」
「これで終わらせる。遠回しのやり方は、もう十分だ」
ノゾミは前を見据えたまま、静かに言った。
「議会の扉、物理的にこじ開けて差し上げましょう。“民主主義”ってやつの、本当の意味を教えるために」
カレンの声が、楽しげに冷たい。
「さて──次は、政府の番だ」
* * *
その頃、首相官邸では、非常事態閣議が開かれていた。
「……もはや、法律では止められません」
「被害者は十二名。そのうち七名は、国政に深く関与する人物です」
モニターには、連続して爆発し崩れ落ちる高級タワー、燃え上がる邸宅の映像が流れていた。
映っていたのは、名の知れた“上級国民”たちの末路。
血の色が、液晶越しでも鮮明に浮かび上がっていた。
閣僚たちは青ざめ、誰もが沈黙していた。
その中で、ひとりの若手議員が静かに立ち上がる。
「……ならば、取り込むべきです」
「なに……?」
「魔法少女たちの力を、法で囲い込むんです。制度に取り入れ、“敵”ではなく“味方”として動かす。
そうすれば、彼女たちも暴走しなくなるはずです」
「馬鹿を言うな! あんな連中に立法の場を触らせたら、国が終わる!」
「いいえ。抑えつければ、さらなる暴発を招くだけです。
ならば、彼女たちの“怒り”を──国家の機構に組み込むべきです。
合法的な“制裁機関”として、政府が彼女らを承認する。それしか道はありません」
その瞬間、議場が揺れた。
「地震……?」
「ちがう……! これは──」
空間が歪み、天井に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
その中心から、亀裂のように開いた転送ゲート──マジカル・バイアスポータルが出現した。
そしてそこから、二つの人影が現れる。
──ノゾミとカレン。
背に月を負い、重力すらねじ伏せるかのような威圧感とともに、国の頂点を睨み下ろす。
「へえ。ここが、“腐った頭”の集合場所ってわけか」
「皆様、ようこそ。庶民の命と引き換えに“所得”を独占してきた方々へ──最後の査定ですわ」
スコープが展開し、議員たち一人ひとりの年収が数値で浮かび上がる。
2200万。2700万。3100万。……4800万。
「本日付で、我々からひとつ、法案を提示する」
ノゾミの声が、淡々とした響きをもって議場に落ちた。
「年収一千万円を超える者は、国家の“再分配審査”の対象とする。
所得の過剰集中は、“社会的殺人”の引き金だ。
命の値段を操作した者には──命で、返してもらう」
「実施はこれより即時。立法過程が必要なら、今この場で可決して下さいまし」
カレンの声は冷たく、そして優雅だった。
「ふ、ふざけるなッ!!」
一人の中堅議員が立ち上がった。額に血管を浮かせ、握った書類がぐしゃりと潰れる。
「そんな制度がまかり通るなら、優秀な人材がこの国から消えるぞ! 投資も企業も国外に逃げる!
経済は破綻し、医者も弁護士も教師もいなくなるんだ! 国家が終わるッ!!」
彼は机を叩き、吠えた。
その刹那──ノゾミが動いた。
「黙れ」
スピアが放たれ、男の胸を正確に貫く。
次の瞬間、彼の身体は爆ぜるように崩れ落ち、血と煙の中で絶叫が上がった。
「年収1000万もあって、まだ“足りない”って言うのかよ」
「一部の人間が1億、2億と稼ぐ裏で、手取り15万で倒れる人間がどれだけいるか──わかってんのか?」
「“優秀な人材が逃げる”? 違う。“独占してる連中”が消えるんだよ。
そうすれば、もっと多くの人にチャンスと金が回る」
「資源は有限だ。あんたらが吸い上げすぎて、下に届かねぇだけだろ」
「国家が終わるんじゃねぇ──あんたらが終わるだけだ」
ノゾミの声に、議事堂は凍りついた。
「反対票が、ひとつ減りましたわね」
議場を支配するのは、静寂と怯え。
言葉を発せられる者は、もう誰もいなかった。
「議決権が欲しいなら、収入を下げろ。
血の代わりに票で済むなら、安いもんだろ?」
そして──。
政府は、屈した。
恐怖と混乱の中、異例の速さで新法案が起草され、わずか数時間で仮可決に至った。
その夜。
全国放送に、総理大臣が映し出される。
汗まみれの顔、震える声。
背景の旗が、ひどく小さく見えた。
「……本日より、“年収制限審査法案”を適用します。
年収一千万円を超える者は、順次審査・処分の対象となります。
速やかに、資産を手放し、生活水準を引き下げるよう──強く要請します……!」
テレビの前で凍りつく上流階級。
SNSには怒号と絶望が交錯し、資産家たちは次々と国外退去を試みた。
すでに、空港には長蛇の列ができていた。
それは──国家が、魔法少女による制裁を“合法”と認めた日だった。
* * *
そして、夜。
場所は、防衛省地下。
厚い鉄扉が軋み、重く閉じられる。
黒いスーツの男たちが集まり、無言のまま椅子に座る。
「……魔法少女たちは、もはや社会的災厄だ」
「国家が屈したなら、次は我々の出番だ」
「“最終兵器”を投入する。想定していた通りだ」
巨大なスクリーンに、ノゾミとカレンの戦闘映像が映し出される。
その下に赤い文字が浮かび上がった。
――Project M.S.T
Magical Suppression Troops
「対魔法少女専門部隊、発足の準備に入ります」
誰かが、静かに、だが確実にそう告げた。
これはただの“反乱”ではない。
戦争だった。
世界の秩序が、音を立てて崩れ始めていた。
【第6話:終】
今後の更新については、少しお時間をいただくことがあるかもしれません。
「続きが待ちきれない!」という方には、全話+設定資料をまとめた完全版をBOOTHにて公開中です。
よろしければ、そちらもご覧ください。
BOOTH(全話・設定資料・キャラデザイン収録)
https://natsuhikari3.booth.pm/items/7205748
また、FANBOXでは本サイトより先に数話分を公開しています。
最新話や活動報告も合わせて読めますので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。
FANBOX(最新話公開・活動報告など):
https://natukawahikari.fanbox.cc/




