第5話 「革命は銀の刃と共に」
本作はフィクションです。
登場する人物・制度・社会状況はすべて架空であり、現実とは無関係です。
これは誰かを傷つけるための物語ではなく、“理不尽な世界”を問い直すための物語です。
「緊急の臨時ボーナス支給を決定しました!」
笑顔の社長が並ぶ記者会見の映像が、夜のリビングを照らしている。
続いて、工場の制服を着た従業員が笑顔でインタビューに答える。
「いやあ、ありがたいっすね。今月ちょっと家賃きつかったんで」
「パート・アルバイトの賃金を一時的に引き上げます!」
企業は続々と“善意”をアピールした。SNS上でも、にわかに「変化」を喜ぶ声が広がっていく。
《ウチの会社、時給100円上がった!》
《魔法少女のおかげで待遇改善されたってことでいいのかな》
さらには、政治家たちも流れに乗る。
「低所得層への支援は、政府主導で拡充を行います。皆さん、安心してください」
「自警行為に頼る必要はありません。我が国は法と秩序によって守られています」
まるで、魔法少女ノゾミの存在が社会改革の起爆剤であるかのように──
しかし、それは幻想だった。
──画面が切り替わる。
高級マンションの夜景を背景に、ニュースキャスターが険しい表情で言い放つ。
「善良な成功者が理不尽に命を奪われています。これは暴力です。断じて許される行為ではありません!」
映像には泣き崩れる家族。
血の跡が残る玄関。
涙ながらに語る富裕層のインタビューが流れる。
「僕は人一倍努力してきました。誰かを傷つけた覚えなんてありません……僕たちは、被害者です」
「彼女は最初『悪人退治』って言ってた。でも今は違う。いつ自分が狙われるかと思うと、眠れないよ……!」
「こんなやり方、正義じゃない。ただの殺人者だ!」
扇情的な報道と、薄っぺらい正義感。
それを繰り返し垂れ流すテレビ。
社会は、着実に「都合のいい方向」へと導かれていく。
──そう、高所得者による“一斉洗脳”である。
自分たちを守るため。
自分たちが殺されないため。
持てる力の全て――でかい声を持つメディアを使って、彼らは人々の意識を書き換え始めた。
「魔法少女は悪だ」と。
「殺されているのは無実の人々だ」と。
「金持ちは善で、貧乏人は嫉妬に狂っているだけだ」と。
その“声”に、抗う術などない。
声の小さい低所得者たちの意見はかき消され、社会はどんどん悪い方へと傾いていく。
SNSでも、怒号が飛び交っていた。
《魔法少女ノゾミ、もはやテロ組織》
《あいつ精神イカれてんだろ》
《暴力で金持ちを脅して金を奪うって、それ強盗と何が違うの?》
《貧困ビジネスだ。同情を装って暴れてるだけ》
煽り文句を言う生放送もあった。
「魔法少女だか何だか知らねぇけど、かかって来いよ! 逆にぶっ飛ばしてやるからよ!」
「クズのヒーローごっこ、そろそろ終わりだな。正義はいつだって俺たちの側だぜ」
一見すると、社会は少し良くなったように見えた。
企業は賃金を引き上げ、政治家は救済を口にした。
だが──所詮はその場しのぎだ。
本当の構造は何一つ変わっていない。
上からの取り分は削られず、富は守られたまま。
低所得層の怒りと不満だけが、薄く見えない膜で包まれて封じ込められていく。
私は、その光景をビルの屋上から見下ろしていた。
遠くの建物の隙間から、テレビの音がかすかに漏れてくる。
チープルがそれを聞いて、鼻で笑った。
「小銭撒いても、傷んだ心は治らねぇチー」
私は黙って、手のひらを握りしめた。
拳にこもるのは、まだ何も終わっていないという確信。
この洗脳された世界を、壊す。
それだけが、私の役目だ。
───。
夜の風が吹き抜けるベランダ。
ノゾミは鉄柵に肘をつきながら、ネオンに沈む街を見下ろしていた。
光の海。その下には、飢えた魂たちが蠢いている。
かつての自分もその一部だった。いや、今もまだ、そこから抜け出しきれてはいない。
「……この街、まだ全然揺れてないな」
ふわりとチープルが舞い降り、ノゾミの肩にとまる。
紫の瞳が、夜景を映してかすかに光った。
「ノゾミが顔出しで放送したんだから、すぐ捕まるって思ってるやつがいっぱいいるチーよ」
「面白いな。正義の味方にでも任せときゃ、誰かが勝手に私を始末してくれると思ってるのか」
「しかも誰もビビってないチー。ノゾミがどれだけ強いか、まるでわかってないチーね」
「バカにしてんのか、それとも現実逃避か……まあ、どっちでも殺すだけだがな」
とはいえ──多少、苦戦してる感は否めない。
力があっても、世論を動かすのは難しい。
それが今、痛感している現実だった。
「こっちも最初は、もっと簡単に潰せると思ってたチー?
一撃で体制が崩壊するって期待してたチー?」
「……図星だよ。力を見せりゃ震え上がると思ってた。
けど蓋開けたら、SNSで炎上芸人扱いだ。笑える話だよ」
ノゾミはわずかに口の端を上げた。
乾いた、感情の混ざらない笑みだった。
「ところでさ。年収1000万以上って、日本に何人くらいいるんだ?」
「約250万人チー。たぶん最近ちょっと減ったけど、それでも山ほどいるチーよ」
「250万人……!?
埒が明かんな。これだけ力があれば、もっと一気に崩せると思ってたが……やっぱ甘かったか」
ノゾミの呟きは、静かに空気へと溶けていった。
「…………」
チープルは黙ったまま、ノゾミの横顔を見つめていた。
その目には、なにか別の企みがあるような色が宿っていた。
───。
深夜の高級住宅街は、しんと静まり返っていた。
ノゾミはタワーマンションの屋上に静かに降り立ち、下を警戒する警備員たちを見下ろす。
鉄製フェンスの向こうに立ち並ぶのは、年収数千万クラスの富裕層が暮らすタワーマンション群。
今では赤外線センサー、警備ロボ、屈強なガードマンまで揃っている。
連中は、金で命を守る時代に突入したのだ。
「用心深くなったじゃねぇか。だが、そんな玩具で私が止まると思うなよ」
「そもそもマジカル・バイアスポータルがある限り、あらゆる警備は無力チー」
マジカル・バイアスポータル──変身中にのみ使用可能な偏在転送ゲート。
魔法少女の意思に応じて、高所得者の近くへワープする。
だが通勤には使えず、使いすぎれば魔力の枯渇や身バレのリスクもある。
ノゾミは小声で呪文を唱えた。
ステルス・インカムスコープが淡く輝き、空間が軋むように歪む。
次の瞬間、ノゾミの姿は闇の中に掻き消えた。
───。
男の部屋では、宴が続いていた。
ガラス張りのラウンジ。
シャンデリアの下、ブランド物に身を包んだ男女が、シャンパン片手に笑っている。
男は年収2800万。不動産投資とコンサルで荒稼ぎしているらしい。
女は年収1900万。美容系インフルエンサー。企業を複数抱え、SNSで信者ビジネスを展開中だ。
「──最近は困ったものだね。あの魔法少女のせいで、税務署がうるさくてさ」
「ホントよねぇ。下層の貧乏人たちはちょっと救われた気でいるけど、どうせまた元に戻るわ」
ノゾミはすでにその会話を聞いていた。
部屋の影に身を潜めたまま、その鈍感な笑い声に耳を傾けていた。
そこにあったのは、ぬるい安心と他人事の無関心。
誰かの不幸の上に咲く、傲慢な笑顔。
その無自覚さ、その軽さこそが、彼らの最大の“罪”だった。
ノゾミは静かに息を吐き出した。
「……誰一人、わかってねぇんだよな」
空気がひび割れるような音がして、突然、彼女は現れた。
白いドレスに赤い装飾をまとった、小さな魔法少女――マネーヘイト・ノゾミ。
鋭い赤い瞳が、宴の主をじっと射抜いていた。
男と女はその場で凍りついた。
理解が追いつかず、目を見開いたまま、ただ呆然と立ち尽くす。
「誰……?」
「……あれ、コスプレ……? いや、そんな……」
「違う」
ノゾミの声は低く、怒気をはらんでいた。
「お前たちが、低所得者から奪い取ってきたツケ――私が回収しに来た」
女が震える唇でつぶやく。
「……ま、まさか魔法少女……!? 嘘でしょ!? 警備はどうしたの!?」
男が顔をしかめて声を荒げる。
「俺たちの何が悪いってんだ!? 別に何もしてないだろ……!」
一歩、男が後ずさった。靴音がアスファルトに吸い込まれていく。
ノゾミの目が、ふたりを射抜くように細められる。
「ふざけんな。“何もしてない”なんて言い訳が通るか。お前たちが“高所得”でいること自体が、もう罪なんだよ」
その瞬間、男と女の顔から血の気が引いた。
何かが決壊する音がした。
「いやああっ、来ないで!」
「やめてくれ、頼むから!」
背を向け、逃げ出すふたり。
「待て。逃げんな。……話をしに来たんだ」
ノゾミの声は、氷の刃のように背中へ突き刺さった。
ノゾミはテーブルに手を置き、身をかがめて二人の目線に合わせる。
いつものように槍を振るわず、今は“言葉”を選んだ。
「お前たち、自分の生活がどれだけ他人を踏みつけてるか、考えたことあるか?
高級レストランも、海外旅行も、お前たちが安く使った労働の上に成り立ってる」
「そ、そんなこと言われても……私たちだって努力して──」
「だったらその努力が何人殺したか、数えてみろ」
ノゾミの声は冷たくもなく、怒鳴りもせず、ただ底なしの重さで迫っていた。
男が震える声で言う。
「ゆ、許してくれ……。年収……下げる。資産も寄付する……! 本当に反省してる、だから──」
女も涙を浮かべ、首を縦に振った。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私たち……怖かったの、本当は……」
ノゾミは一瞬、槍を持つ手を緩めた。
これが演技か、本心か──今この場では測れない。
だがその言葉の中に、ほんのわずかでも「変わる可能性」を見た気がした。
(こいつらが言ったことが本当かどうか……マジカル・サブスタンスを使うか? いや、面倒だな)
◆マジカル・サブスタンス:自白剤(Veritas Injecta)
注射器型の魔法アイテム。自動で対象の首筋や腕に幻影の針を射出し、強制的に真実を語らせる。針は即座に消滅する。
正直、ノゾミの中で何かが少しずつ変わり始めていた。
前回の出来事を経て、ただ怒りに任せて殺すことに疑問を抱き始めていた。
話し合いで、少しでも彼らの考え方を変えられるのではないか。
もしそうなら、その方が……意味があるのかもしれない。
「……だったら、お前たちはこれから稼ぎすぎを控えろ。少し休め。他の人への取り分を増やすようにしろ」
男が恐る恐る言った。
「そ、それって……許してくれるのか……?」
「あ? ……それは──」
──その瞬間だった。
「“許す”とは、ずいぶん甘いのですわね」
背後から、透き通るような声が響いた。
ノゾミが振り向くより早く、銀の光が閃いた。
“ゴンッ”
肉が砕ける重い音。男の首がねじれ、そのまま床へと崩れ落ちる。
テーブルに血が飛び散り、女が悲鳴を上げた。
「きゃあああっ!」
ノゾミが声をかける暇もなく──女も、すぐに潰された。
「な、なにを……!」
そこに立っていたのは、白水色の髪を風になびかせる、もう一人の魔法少女──カレン。
その手には、黒鉄の重厚な杖が握られていた。
先端には紫色のギロチン型の刃、その手前にはウニのように鋭く放射する黒棘の分銅。
《マネージャスティス・メイス》──罪の重みに応じて自動的に“制裁判決”を下す、冷酷な審判の武器だった。
「“許して”なんて言葉で、殺された人々は蘇りませんわ。
私たちの正義は、過去に遡ってでも“精算”するものです」
そう言うとカレンは女をじっと見つめ──次の瞬間、容赦なくメイスを振り下ろした。
ノゾミは、その場で一歩も動けなかった。
「……おい、なにしやがった」
「あなたの甘さは、貧困層をまた地獄に突き落とすことになりますわよ、ノゾミ様」
カレンの笑顔には返り血が飛び散っていた。
それでも彼女は、寸分の乱れもない動作でハンカチを取り出し、ギロチン刃と分銅の表面を丁寧に拭った。
「甘えてなんかいねぇよ……。私は、まだ話を訊いていた途中だったんだ」
「──この世界を本気で変えるなら、躊躇いなど不要ですわ。
話など聞くまでもない。高所得であること自体が──罪なのですから」
ノゾミは言葉を返さなかった。
冷たい床に転がる死体、まだ温もりの残る血の匂い。
彼女の槍の先は、力なく沈黙していた。
「申し遅れました……ごきげんよう、ノゾミ様。はじめまして、ですわね」
長く流れる水色の髪に、夜の闇を貫くような澄んだ青の瞳。
紫のドレスと銀の王冠を身にまとい、まるで月下の貴族のように立つその姿。
優雅な微笑みの裏には、冷たい狂気と断罪の意志が潜んでいた。
その右手には、ギロチン型の巨大メイス《マネージャスティス・メイス》。
黒棘の分銅と紫刃が月光に鈍く光り、まるで“清算”の神罰そのもののようだった。
「……見かけない面だな。お前、何者だ」
「一人じゃ大変そうだからチーが仲間として迎えたチーよ」
「はぁ!? お前、また勝手なことを……!」
ノゾミが怒りをにじませて睨むと、チープルは悪びれもせず肩をすくめた。
「私はマネーグレイス・カレン。あなたの志に深く共鳴した者ですわ。
……ようやく、お目にかかれましたわね、ノゾミ様」
「ふざけんな。勝手に私の名前を呼ぶな」
「ご無礼をお許しくださいまし。ですが、あなたがこの街を“清算”していく姿……
そのすべてを見届けてまいりましたの。
怒りと正義に満ちたその背中、私にとってはまさに──革命の旗印ですわ」
カレンは胸元で手を組み、陶酔するように語る。
その声には芝居がかった滑らかさと、抗いがたい狂信が入り混じっていた。
「私は一人でやっていける。仲間なんて要らん」
ノゾミの冷ややかな視線の先で、チープルがぬるりと囁く。
「ノゾミ。敵は巨大だチー。お前一人の怒りでは足りなくなる日が来るチー」
「……黙れ。まだやれる。
それに、“同志”なんてのはな、利用できるうちは擦り寄って、いざとなりゃ背中を刺すもんだ」
「まあまあ、ご警戒もごもっとも。
でもご安心を。私は決して裏切りませんわ。
ただ……これ以上、黙って見ていることが、もう耐えられなかったのです。
どうか、あなたの革命──お供させてくださいまし!」
カレンは舞台の女優のように両手を広げ、優雅に微笑んだ。
「却下だ。元いた場所に返してこい」
ノゾミがそう言い放った、その瞬間──
チープルの声が低く、異様に沈む。
「ノゾミ、勘違いするなチー。
これは“みんな”の願いチー……勝手なことをしたら、魔法少女をやめることになるチーよ」
ノゾミの目が細められる。
チープルの台詞に、ぞわりと背筋を撫でる嫌な感触がした。
「……チッ」
ノゾミは舌打ちを落とし、鋭い眼でカレンを睨みつけた。
「お前らも勝手な行動はするな。次やったら、ただじゃおかねぇぞ」
「もちろん、ですわ! ノゾミ様の御命令には、忠実に従いますわ!」
カレンは嬉しそうに頷いたが、その目の奥には、拭いきれない熱が潜んでいた。
その忠誠が、いつまで“忠誠”であり続けるか──今は、まだ誰にも分からない。
「……にしても、他の警備員がそろそろ駆けつけきても、おかしくないころだが?」
「あー、それなら──」
カレンは無邪気な笑顔で両手を広げた。
「全員、高所得者でしたので……24人、まとめて“清算”しましたわ」
ノゾミの目が細められる。
その瞳の奥に、かすかな警戒と興味が混じる。
「ほう……」
チープルがゆらりと揺れ、不気味に笑った。
「ふふ……これで革命は第二段階に突入だチー。
もっともっと、高所得者に絶望を刻んでいくチー!」
ノゾミは無言で、夜空を見上げた。
その瞳に、星の光は映らない。
この世界を壊すために。
そして──いつか必ず訪れる裏切りに備えるために。
革命は、まだ始まったばかりだった。
【第5話:終】
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