クライアント:0
仲間も、名前もない。
どうやって英雄になれるのだろうか?
クライアント
第一章 揺らぐ忠誠
黒く錆びた鉄骨が、崩れ落ちる音。
廃棄されたテスト区画は、もはや戦場ですらなかった。
その空気を、無音のまま歩く影が一つ。
識別コード:FAZZ-003。
名を持たぬ処分兵。
今日もまた、命令に従い、“任務”を果たすだけの存在。
「……識別対象、ロスト・ナンバー05。最終確認を開始する」
通信チップから音声が響いたとき、彼の手はすでに銃の引き金へとかかっていた。
その動きに、感情はない。
ただ命令に忠実な、機械にも似た所作だった。
だが──。
「……おい、まさかお前……“003”か?」
その声が、鉄屑の山を背に現れる。
空気が変わる。
クライアントは銃口をゆっくりと向け直した。
──男がいた。
淡い銀髪に、焦点の合わない赤い目。
その手には、未完成の兵装──“VNソード”がきらめいていた。
「久しぶりだな。いや、わからねえか。俺だ、“暁”だよ。」
名を名乗るその姿に、FAZZ-003は一瞬、トリガーにかけていた指を止めた。
「……暁。処分対象リストに該当。任務を続行する」
「そうかよ。……それが“名前を持った奴”の選択か?」
その瞬間、空間がねじれた。
VNソード──理論上は実体化不可能とされた高周波粒子の刃。
暁のソードは不安定なまま閃光を帯び、空間そのものを裂いて迫ってくる。
クライアントは即座に二丁の処分銃を展開、交差する形で火線を走らせた。
金属音。火花。
ソードが跳ね返す。
すぐに至近距離。
クライアントは無言で踏み込むと、弾切れと同時に銃身ごと打ちつける。
暁は滑るように後退し、笑った。
「やっぱお前……強ぇな。まるで“感情がない”って感じだ」
「……ない。必要ない」
「そうかよ。でもな──“俺はある”。」
刹那、背後を取られる。
まるで消えたかのような軌道。
だが、FAZZ-003は無感情のまま、右肩にソードを受け、斜めに体を逸らして避ける。
流れる血。鋭い痛み。
それを「痛み」と認識した瞬間、何かが、胸の奥で軋んだ。
──なぜだ。
彼は自問する。
なぜ、この戦いに「違和感」があるのか。
銃を手放す。
素手で暁の腕を取り、逆に抑え込む。
「これ以上、動くな。さもなくば──“処分”する」
「……それでも、お前の目は揺れてるぜ、“クライアント”」
その言葉が、時を止めた。
「……誰が、その名を呼んだ?」
「アイツに聞いたよ。お前の名付け親──“エルメス”とかいう天才気取りの野郎にな」
「……っ」
思考回路が、軋む。
数秒の静寂。
そして──
「……命令を、放棄する」
初めて、その言葉が口をついて出た。
クライアントは、暁を処分しなかった。
それが、すべての始まりだった。
第二章:交差する命令
──コードネーム:#FAZZ-003──
「命令とは、絶対か。
それとも、ただの道標に過ぎないのか──」
◇ ◇ ◇
冷え切った金属の通路を、ブーツの音が乾いた反響を生んでいた。
FAZZ第七処理区──通称“死者の区画”。
そこは「プロトタイプとしての規格に達しなかった者たち」を始末するための、言わば廃棄炉だった。
クライアントの目に映るのは、焼却痕の残る隔離ゲート。
そして、その先に──いた。
「おい、そんな格好で動いてんのかよ。お前、正気か?」
声を発したのは、白銀の外骨格をまとった男。
コードネーム「Δ(デルタ)」──廃棄対象に分類されながらも、命令不服従のまま3年ものあいだ処分を免れている異端者。
クライアントは答えない。ただ、構えを解かずに歩み寄る。
「無言か。まぁ、そういうタイプだろうとは思ったよ」
Δは口元だけで笑い、足元から“歪んだ重力場”を展開した。
空気がきしむ。粒子が逆流する。
一瞬にして、全方向から殺意が集中した。
「任務確認:命令拒否個体・Δの拘束および無力化」
クライアントは淡々と呟く。
「──了解。処分、開始」
Δの攻撃は理不尽なほど重かった。
重力制御型のその力は、質量を持たないはずの“空間そのもの”を引き裂く。
背後から迫る重力断層。
クライアントはギリギリで反転し、左腕のモノリス・ブレードを展開、断層の境目を“斬り捨てる”。
「へぇ……やるじゃねぇか、#003」
Δの声は軽く、しかしその眼光だけはまるで別人のように鋭かった。
彼の動きが止まったのは、クライアントの“構え”が変わった瞬間だった。
──無音の抜刀。
Δは咄嗟に防御姿勢を取ったが、既に遅い。
クライアントの刃は重力の外側を走り、Δの防御フィールドを瞬時に貫いた。
「……ッ、クソ。ホントに“ただの命令機械”かよ、お前」
Δが膝をつく。
だがクライアントは“処分”しない。
なぜなら──そこに、命令にはない違和感を感じたからだ。
「何故、命令を拒否する」
「質問? お前が?」
Δは、口元から血を流しながらも笑った。
「“命令”より大事なもんがあるからだろ。
お前も、その目をしてたぜ。あの少女を見たとき──」
◇ ◇ ◇
その一言が、クライアントの内部に“未処理エラー”を走らせた。
少女。あの逃げた実験体。名もなき、ただの存在。
──なぜ、処分できなかった?
Δは続けた。
「神の部品って知ってるか? その少女はな……」
「──喋りすぎだ、Δ」
突然、重低音と共に天井が砕ける。
落ちてきたのは、全身を装甲で覆った巨体。
処分官──ガーター。かつて、クライアントの訓練指導官だった男。
「#003、任務継続。Δは処分対象だ」
その目には迷いがない。
だが、その攻撃の“一手”だけは、明らかにクライアントの動線を「外していた」。
なぜだ。
ガーターは心のどこかで“処分”を拒否している。
その一瞬の迷いを見逃さず、Δはクライアントの手を取って撤退する。
「見たか? あれが、“交差する命令”の意味だよ」
逃走したΔとクライアント。
廃区画に佇む彼らの背後、警告灯が赤く点滅している。
「なぁ……お前は、本当にそれでいいのか?
命令だけで、進み続けるのか?」
Δの言葉は、答えを求めていなかった。
ただ、種を蒔いただけだ。
クライアントの中で、何かが静かに芽を出そうとしていた。
その時はまだ、
「神の部品」という言葉が、
世界を終わらせる鍵になるとは知らなかった。
第三章:名前なき少女
──神の部品:断章“器”──
「名前は、ただの記号だと、思っていた。
……でも、彼女がそれをくれたんだ」
◇ ◇ ◇
薄暗い格納区画──通称“バックエリア・V”。
機材と管が乱雑に散らばるその空間の片隅で、少女は震えていた。
年齢は十歳前後。白い検体服に、左手首の識別番号だけが赤く刻まれている。
“FAZZ-00X”──正式登録すらされていない、処分対象の「失敗作」。
だが、彼女の中には眠っていた。
異常なまでの適合率。
解析不能の神経結合──そして、ある日誰にも説明できなかった**「神の部品」**の共鳴反応。
それゆえ、彼女は逃げた。
殺される前に。壊される前に。
……ただ、生きたかった。
◇ ◇ ◇
──その前に現れたのが、クライアントだった。
「逃走対象、発見」
警告灯が点滅する中、彼は一歩一歩、少女へと近づく。
無表情。無感情。冷酷にして、正確。
それが#003、すなわち今の“クライアント”である。
少女は叫ぶ。
「こないでっ……こないで、お願い……!!」
しかし彼は止まらない。
左手の戦術ナイフを逆手に握り、処置モードへと切り替える。
──処分対象に感情を介在させるな。
──命令以外の判断は不要。
それが彼の“すべて”だったはずだった。
だが。
そのとき。
少女が恐怖に震えながら言った、たった一言が、彼の中に異音を鳴らす。
「……お願い、“名もなき人”……殺さないで……!」
──“名もなき人”?
◇ ◇ ◇
クライアントの動きが止まった。
一秒。たったそれだけの“命令違反”。
次の瞬間、天井が破壊され、“黒い弾丸”が落ちてくる。
「接触個体確認:#FAZZ-003──対象コード:シャドー。
削除対象を上位優先に変更。これより、“影処理”を開始する」
それはFAZZ最古参の暗殺モデル。
影のように現れ、音もなく殺す、絶対暗殺者。
シャドーの出現によって、事態は急変する。
「君、命令を“無視”したね。……いい傾向だ」
言葉とは裏腹に、シャドーの刃は一切の容赦を持たない。
少女に向けて、一直線に放たれる殺意──!
「……くるな」
クライアントが、思わず声を上げた。
その刹那、彼の腕が独自判断で展開モードへと変形。
通常では不可能な“対多重影撃”を形成する。
影を斬ることはできない。
だが、影が立ち上がる瞬間を斬ることはできる。
クライアントは、シャドーの軌道予測に“ゼロ反応距離”で割り込み、刃を交差させた。
次の瞬間、空間が反転し、シャドーの幻影が砕ける。
シャドーは一歩引く。そして呟いた。
「なるほど。彼女は“器”か……ならば、お前も運命から逃れられない」
──その言葉だけを残し、シャドーは姿を消す。
◇ ◇ ◇
残されたのは、少女の震える声と、沈黙だけだった。
「……あなた、名前……ないの……?」
クライアントは答えない。
ただ、少女の左手にあるナンバーを見つめ、そしてふと、自分の胸の刻印に視線を落とした。
FAZZ-003。
それが、彼にとっての“名”だった。
少女は言った。
「じゃあ、私が、つけてあげる。
“クライアント”って……依頼を叶える人、って意味なんだって。あなた、私を助けてくれたから」
クライアントは答えなかった。
だが、その日から、彼はその名前を“名乗り”として受け入れた。
「この世界に、正しい破壊は存在するのか?」
少女の命を救ったその日、クライアントの中に“命令以上のもの”が芽生え始めた。
第四章:暁の目
──裏切りの序曲──
「秩序とは偽りだ。
神の力を“器”に封じるなど──人の傲慢にすぎない」
◇ ◇ ◇
時刻、プロトコル単位で21:03。
廃棄都市第六層、システム遮断区画“イグニスの檻”。
照明もなく、酸素濃度も薄く、そこは完全に“放棄された場所”だった。
本来、処分済みの個体がいるはずのない空間。
だが、その最深部に一つの存在がいた。
仮面をつけ、黒装束に身を包み、ひと振りの剣──腕部融合型ソード《VNブレード》を手に持つ男。
コード名──暁あかつき。
FAZZ内部で“最も完成に近づいた存在”とされながら、突如失踪。
その後、全データを消去し、“プロトタイプの敵”として暗躍することになる。
その男が、今まさに「処分対象となった少女」の名簿を見下ろしていた。
「──“神の器”の再起動個体か。しかも“#003”が関与した……面白い」
背後から声がした。
「……暁。現行の命令体系に手を出す気か?」
姿を現したのは、影のように現れたシャドーだった。
暁は言葉では答えない。
代わりに、彼のVNブレードが“唸る”。
シュウウウ……
刀身が空気を震わせる。
本来、接触武器であるはずのその剣は、周囲の電子命令を切断していた。
「俺はもう、“命令”には従わない」
「その選択が……“あの者”に繋がると理解しているか?」
「ああ。だが、それでも止める気はない。
人が“神の部品”を制御するなど、滑稽を通り越している。これは──破壊の正義だ」
◇ ◇ ◇
同時刻──イグニスの外縁。
クライアントは、少女を隠し通路に待機させ、独り中へと足を踏み入れていた。
探知された“未許可端末”の信号。
それが、失踪扱いとなっていた「暁」に繋がっていると、FAZZ本部から連絡が入ったのだ。
「削除対象:暁──コード外個体。
優先順位:S+(特別命令)」
──最初で最後の“プロトタイプ叛逆者”。
だが、クライアントが遭遇した男は、ただの敵ではなかった。
「#003。いや、もう……“クライアント”と呼ばれているのか?」
クライアントは無言のまま、剣を抜く。
暁はその動きに目を細め、しかしすぐに微笑した。
「その目……まるで鏡だな。俺もかつて、命令に従うだけの人形だった」
「君もまた、FAZZの完成形だろう。なぜ命令を否定する」
「命令とは、“選ばされた自由”だ」
──その言葉に、クライアントは動揺しない。
だが、心のどこかで“引っかかった”。
暁の一撃は、美しかった。
斬撃というより、世界そのものを“一線”で分断するかのような動き。
クライアントは即座に反応、三重ブロックで受け流しつつ、膝で地面を突いて加速。
瞬間、二人の軌道が交錯する。
ザッ──!!
剣と剣が交差。火花が散る。
だが、暁の剣は“斬る”だけでなく、“流れを制御”する。
「……遅い。君はまだ“自分”を見ていない」
その瞬間、クライアントの側頭にかすかな切傷。
彼が傷つけられたのは、これが初だった。
暁は続けた。
「君の中には、まだ人がいる。“器”に触れたことで芽生えた感情──
それが、いずれFAZZを崩壊へ導くことになるだろう」
「それは、脅しのつもりか」
「いや。──“予言”だ」
最後、暁は一撃だけを残してその場を去る。
その一閃が、クライアントの左肩を裂き──その血が床に滴る。
「君が俺に追いついた時──世界は既に、終わっている」
その声だけが、静かに空間に残された。
そしてこのとき、クライアントの中で
「暁」という名が、単なる“敵”ではない存在として刻まれる。
第五章:444ニキMk-II、起動
──神の部品:断章“殲”──
「破壊に理屈はいらない。
理屈を知った時点で、お前はもう、純粋じゃない」
◇ ◇ ◇
【廃棄実験区 “DEEP-K”】
かつてのプロトタイプ適合率テスト用に造られた、地上から約2400メートル下にある旧型研究所跡地。
現在はFAZZ本部の特別封鎖区域となっており、外部からのアクセスは全て遮断されている──はずだった。
その中心部、超低温冷却ポッドに保管されていた“それ”が、目覚めた。
コードネーム:444ニキMk-II
プロトタイプ量産化の失敗作にして、唯一「破壊だけが完璧」だった兵器。
腕部カノン《ヘルゲート・アーム》、自動制御型ビームクロー、さらに人工神経により“笑いながら殺す”という異常な情動回路を持つ。
そして──
その笑い声が、暗闇を裂いた。
「ア”ァ”ァ”~~~~ッ!! 破壊!!再会!!ワイ参上や!!!」
◇ ◇ ◇
クライアントがDEEP-Kに派遣されたのは、偶然ではなかった。
彼の目的は、かつて“器”を巡る記録の一部がこの施設にあるという情報を得たこと。
だが、もう一つ──内部の端末が謎の再起動信号を検出していたこともあった。
「またか……」
油断のない足取りで進むクライアント。
そのとき、施設の中心から「爆発音」と共に、巨大な影が突進してくる──!
ズガガガガ!!
「ウオオオオオオ!!やっと起きたでええええええ!!FAZZぅぅゥゥゥ!!ぶっ壊したるぞゴラァァァァ!!!!」
──444ニキMk-II、完全覚醒。
眼光は赤く、声は狂気に染まり、制御信号は一切効かない。
444のヘルゲートアームが火を噴いた。
推定弾速:マッハ5。重力加速度を無視した重質量弾が、一直線にクライアントを襲う。
「──っ!」
クライアントは即座に横跳、左肩をかすめて砕けた壁に飛び込む。
着地と同時に膝を使って“地面を滑る”ことで、さらに間合いを取る。
しかし444は、速度すら狂っていた。
笑いながら、両腕のビームクローを展開。
「ア”ア”ァ”ァ”ァ”!!!ぶちまけろ!!!お前の中身、見せてみぃぃぃ!!!!」
斬撃と狂乱が交差する。
クライアントは紙一重でそれらを回避し、反撃に転じる──!
右手から展開される多層ブレード《C-Breaker》が444の腹部装甲を切り裂く……かに見えたその瞬間、444が笑いながら手榴弾を飲み込む。
「……爆発ぅ?するで?」
【BOOOOOOM!!】
施設の半分が吹き飛ぶ。
爆煙の中、クライアントは血まみれで床を転がっていた。
「──これが、“破壊される側”の視点か……」
最後──クライアントは、崩落する施設の瓦礫の中、立ち上がる。
444はまだ健在だった。だが、突如、遠くから射出された“無音の狙撃弾”が444の頭部を直撃。
ズギャッ!!
遠くの影──そこにいたのは、**“Δ”**と名乗る謎の存在。
長身、白いマント、そして手には反則的狙撃兵装《クリアラインMk-Z》。
Δは、静かに言う。
「破壊を遊びと混同するな。……今の君は、殺される価値すらない」
444は初めて“怯えた表情”を見せ、撤退していく──。
この出会いが、“Δとクライアント”の奇妙な縁の始まりとなる。
薄暗い研究施設の奥深く。
床に倒れた少女は、かすかに意識を取り戻し始めていた。
彼女の体は無数の実験痕で覆われている。だが、その瞳には、かつての無垢な光はなく、代わりに深遠な何かが宿っていた。
「なぜ、私を……」
声はかすかに震え、しかしその響きは不思議な静けさを帯びていた。
その瞬間、少女の身体を包んでいた神の部品が微細に光り始める。
光は次第に膨張し、少女の身体を飲み込み、形を変えていく。
彼女の細い腕は黄金色の神秘的な翼に変わり、背中からは膨大なエネルギーが放たれた。
「私は、Unknown──存在の根源、神の欠片」
少女の声はもう人間のものではなかった。
冷たくも慈愛に満ちた響きが研究室を満たし、空間は凍りついた。
その変貌は、ただの進化や強化を超えた、まさに“神への覚醒”だった。
「この世界を、終わらせるために。
そして、新たな世界を創るために──私は目覚める」
少女は深く息を吐くと、背後の暗闇に溶け込むように消えていった。
第六章:Δコード:観測者
──神に最も近づいた男──
「君の行動は予定通り。
だが、予定通りということが、必ずしも救いを意味するとは限らない」
◇ ◇ ◇
──“その男”と再び相見えたのは、444との激戦から3日後のことだった。
廃棄都市の更に奥、構造物にすら分類されていない「無形区域」
空間構成すら安定しておらず、座標は常に揺らいでいる。
クライアントは、そこへ**“導かれるように”**足を運んでいた。
「おかしい……これは、誰かの“誘導”だ」
視界が揺れる。
記録装置に残されていたコード「Δ-CODE:ARCHIVE」──
それは、FAZZ上層部でも閲覧不能とされる“封印指定ファイル”だった。
そして、その中心で彼は立っていた。
──Δ(デルタ)
白の装束、遮光フード、そして口元を覆う無骨なマスク。
彼の武器は遠距離兵装でありながら、“接近戦”に特化している。
「……ようこそ、“観測対象003号”。」
◇ ◇ ◇
「何者だ」
クライアントの声に対し、Δは笑うわけでも怒るわけでもなく、ただ静かに告げた。
「私は、存在しない記録を観測し、
破壊された未来を“見届ける者”だ」
「それは……神の名を騙るつもりか」
「違う。神は“思考”しない。私は、ただ見る。
君たちプロトタイプの戦争も、神の部品も、Ω神の覚醒も」
その言葉に、クライアントの瞳が揺れる。
「……なぜそれを」
「君は知らず知らずのうちに、“神の器”の再起動を許した。
少女に宿っていた“核”は、神の部品の中核【コア・オブ・ゼロ】だ」
「君の選択が、Ω神の再構築を加速させている」
「俺が、……災厄の原因だと?」
「因果は誰か一人に背負えるほど、軽くはない。
だが──君が“最後の選択者”になることだけは、確定している」
◇ ◇ ◇
クライアントが剣に手をかけると、Δの動きが変わる。
「無駄だよ。私は、“未来を見てから動く”。
君の動きは、全て読み終わっている」
次の瞬間、Δはブレードを抜いたかと思えば、クライアントの背後へ瞬時に転移していた。
振り向いた瞬間、Δの掌がクライアントの後頭部を叩く。
──空間が“音を持たずに砕ける”。
「……なっ……!?」
クライアントは初めて、自分が“完全に手も足も出ない”相手を前にしていた。
「落ち着け。“力を見せる”ためではない。
これは“未来を変える資格”があるかを見るための、観測だ」
クライアントは最後に問う。
「俺は……これから、何を選べばいい」
Δは微かに笑う。
「君が“人間でありたい”のなら、破壊を選ぶことになる。
君が“器”でありたいのなら、守ることになる。
だがその選択は──“既に始まっている”」
次の瞬間、空間が反転。Δは姿を消す。
クライアントはただ、風の中に残された言葉だけを聞く。
「次に会う時、君は“Ω神を殺せる男”になっているだろう」
第七章:トライアル=シャープ、覚醒
──神の部品:第六片《鋭シャープ》──
「生存率0.03%──つまり、“生きて帰る方法は1つ”あるってことだ」
――クライアント
◇ ◇ ◇
【極寒機構区画:プロトタイプ監査施設“IX-CHAOS”】
地上からすでに失われたとされる、旧世代の“試験兵”たちの監査施設。
現在は閉鎖済み……のはずだった。
だがそこでは、密かにある一体の完全適合体が封印されていた。
コード名:トライアル=シャープ
──FAZZ創設以前に試作された「究極のプロトタイプ」。
「“神の部品”が適合するのは、完成された“器”のみ」
その理論を基に、初めて器から創られた兵士。
感情・本能・思考・記憶、全てが“神の影響下”で作られた異端の存在。
そして、それが今、覚醒する。
◇ ◇ ◇
「侵入者確認。プロファイル:#FAZZ-003。戦闘行動、許可」
その声は、無機質でありながら、どこか人間臭かった。
――次の瞬間、凍てつく鉄床を砕きながら、トライアル=シャープが起き上がる。
「…………」
無言で立つその影は、装甲でなく、**神経質な皮膚で全身を包まれた“生体装甲”**だった。
背から伸びる五本のコードは“意識共有中”の状態。
それぞれの先端には、自律式の小型ブレードユニット。
「生体中枢、同期完了。実戦モード:“ラスト・インストール”起動」
◇ ◇ ◇
初手、シャープは空気を切り裂く五連突進を放つ。
コードによる空間固定→次元圧縮→弾道分割を経て、すべての攻撃が**“時間差で同時に命中する”**。
クライアントは即座に戦術転移。
「……こんな連中が、昔から隠されてたってのか」
地面を蹴り、反転、即座にシャープの懐へ滑り込むが──その瞬間、シャープの目が「笑った」。
「感情制御・解放」
──シャープの全身から**“神の部品:第六片《鋭シャープ》”**が展開される。
空気が“断裂”する。
次の瞬間、周囲300メートルの空間が文字通り「スパっと切断」された。
世界そのものが“刃物になった”ような殺意が放たれる。
クライアントは咄嗟にブレードを盾にし、左腕ごと叩き斬られながらも強引に脱出。
血飛沫、閃光、重力崩壊、神経の破裂音。
だが──彼は立ち上がる。
「──殺せるもんなら、殺してみろよ。
“生きてる限り、俺は死んでやらねぇからな”」
最終局面、クライアントは自らの“神経出力”を強制過熱。
斬られた左腕の神経に「神の部品の破片」が入り込み、暴走寸前の出力を得る。
《暴走モード:FAZZ-CORE [χ] 起動》
全身が赤く輝き、剣は触れるだけで空間を裂く刃となる。
──斬撃一閃。
シャープの胸に、明確な“亀裂”が走る。
「……君、やっぱり、“器”だね」
そう呟いて、トライアル=シャープは崩れ落ちた。
◇ ◇ ◇
シャープが崩れ落ちた後、残された「神の部品:鋭」が、
クライアントの背中へ吸収される。
このとき、彼の瞳が微かに“紅く染まる”。
それは“人間の目”ではなかった。
それは、“神の器”の兆し。
そして背後から、またひとつの気配が現れる。
「よぉ、やるじゃん。やっぱ、アンタが“最終鍵”なんだな」
──“シャドー”と名乗る、仮面の男。
次章、「第八章:影より来たる者」へ続く。
第八章:影より来たる者
──シャドーの接触
「君が最終鍵──クライアントか」
仮面の男は静かにそう言った。
◇ ◇ ◇
冷たい雨が降りしきる地下遺跡。
クライアントの背後に立つシャドーは、その黒い仮面の奥に光る二つの赤い瞳を隠していた。
「シャドー。暁派の精鋭だな」
クライアントは警戒を強める。
「俺はエルメス派だ。用件は?」
「暁は動いている。Ω神復元計画は着々と進行中だ。
そして、君の存在は“計画の中心”であり、最大の障害でもある」
シャドーはそう告げ、闇に溶け込むように姿を消した。
◇ ◇ ◇
その後、クライアントは自身の中で芽生えた“人間性”と“兵器としての自分”の狭間に揺れていた。
「俺は、何のために戦っているんだ……?」
その問いに答えはなかった。
しかし、遠くの空で響く爆発音が、彼に次なる決断を迫る。
第九章:暴走する神の腕
──覚醒の淵
「──これは、俺の意志か、それとも神の意思か──?」
◇ ◇ ◇
激しい戦闘の傷跡がクライアントの左腕に刻まれていた。
トライアル=シャープの残した“神の部品《鋭》”は、その傷口にゆっくりと融合し始めていた。
だが、その融合は予想以上に激烈な反応を引き起こす。
彼の左腕は徐々に異形の形状へと変化し、神経系が異常な速度で再配線されていく。
「感覚が、研ぎ澄まされていく……しかし、制御が効かねぇ……!」
その瞬間、左腕が勝手に動き始めた。
制御を失った腕は、まるで自らの意志を持つかのように振るわれ、周囲の壁を容易く引き裂く。
◇ ◇ ◇
その場に突然現れたのは、暁派の影武者──Δ(デルタ)。
「暴走する腕か。面白そうだ」
Δは高速移動を駆使し、まるで刃の雨のような斬撃でクライアントを追い詰める。
だが、クライアントの暴走した腕は、攻撃を受ける度に形状を変え、まるで生きているかのように防御と反撃を繰り返す。
刃がぶつかる音、振動が空気を震わせる。
時折、腕から発せられる神の部品の光が、周囲を妖しく照らした。
「……これは、俺の意志だ。
どんなに壊れても、俺の意志が、俺を守る」
クライアントは拳を握りしめ、暴走を抑え込もうと試みる。
だが、Δはさらに激しい攻撃を繰り返す。
激闘の果てに、クライアントはついにΔの猛攻を受け止め、強烈な一撃を叩き込む。
「これで終わりだ……!」
だが、その表情には決して勝利の安堵はなく、むしろ何か恐ろしい覚悟を秘めていた。
第十章:黒幕の影
──暁とΩ神の真実
「すべては、この世界の“秩序”を取り戻すためだ」
暁は冷徹な笑みを浮かべて言った。
◇ ◇ ◇
【廃墟と化した旧FAZZ本部跡】
激しい戦いの痕跡が広がるそこに、一人の男がゆっくりと歩みを進めていた。
彼の名は暁──エルメス派の裏切り者であり、暁派の首領。
「君が“クライアント”か」
冷たい視線でクライアントを見据えた暁は、その手に神の部品の一つを握りしめていた。
「Ω神復元計画は全て私が指揮している。
君もまた、この計画の“重要な駒”であり、同時に最大の障害でもある」
激闘が始まる。
暁は腕に装着されたVNソードを抜き放ち、雷光の如き斬撃を放つ。
一撃一撃に“神の部品”の力が宿り、周囲の空間が歪む。
クライアントも左腕の神の部品《鋭》を最大限に活性化し、赤く光る剣で迎え撃つ。
刀身がぶつかるたびに閃光が走り、衝撃波が爆発的に広がる。
「君の過去も、俺の過去も──
この“神の部品”が導いたものだ」
暁の目は狂気に満ちている。
戦いの最中、暁は告げる。
「この世界は“破壊”なくして再生はない。
Ω神を復活させ、新たな秩序を築く。
そして、君には最後の“依頼”を与える」
その言葉は、クライアントの心を揺さぶった。
しかし、クライアントは隙を見せてしまった。
その隙を暁は見破ったのか、クライアントに一撃を与える。
暁の一撃がクライアントの防御を突き破り、腕を深く切り裂く。
しかし、傷口から神の部品の光が爆発的に溢れ出し、両者を包み込む。
「これが……終わりではない……!」
そう叫びながら、クライアントは立ち上がり、次の局面へと歩み出す。
最終章:Ω神の覚醒
──破壊と再生の刻
「すべては終わる。そして、すべては始まる──」
クライアントは静かにそう呟いた。
◇ ◇ ◇
廃墟の中、神の部品が発する光が渦巻き、空間を引き裂く。
クライアントの左腕は完全に神の部品と融合し、彼の身体はもはや人間の域を超えていた。
暁もまた、VNソードに神の力を宿し、全力でクライアントに挑む。
だが、その戦いは単なる肉体の激突ではなく、精神と意志のぶつかり合いでもあった。
◇ ◇ ◇
光と闇が交錯する中、クライアントは神の部品の力を制御し、力の奔流を自らの刃に変える。
暁の斬撃は鋭く、雷のように轟くが、クライアントは闇を切り裂く閃光となって迎え撃つ。
二人の衝突で生じた衝撃波は、周囲の地形を変え、時間すら揺らいでいく。
「俺は……ただの兵器じゃない。
俺は、俺自身だ!」
クライアントの叫びは、そのまま神の部品に宿る意志となった。
光が炸裂し、Ω神は再び封印される。
クライアントは消えゆく光の中で、最後に一言だけ呟く。
「ありがとう……名もなき人たちよ……」
そして、静かに世界は新たな均衡を迎えた。
私は兵器でも、英雄でもない。
ただ一人の、意志を持った“人間”であることを証明するために生きたんです。
クライアント