疎外
「君はそこにいるだけでいい。黙って、ね?」
婚約者の彼、侯爵家のアルノー様は、私に向けてそう言い放った後、再び彼女――あの輝くような美しさを持つ伯爵令嬢エリザベートへと視線を戻す。
その声に含まれる冷たさを感じないほど、彼女の笑顔は彼を魅了しているのだろう。
ふわりと広がる彼女のドレスの裾。宝石を散りばめたような刺繍が陽光を受けて輝く。その眩しさは、まるで私にこう告げているかのようだった――「あなたはただの影だ」と。
「エリザベート、こちらの新作はいかがかな? 君にぜひ試してほしくてね」
アルノー様が声を弾ませながら彼女に差し出したのは、見事な細工が施された金の腕輪だった。豪奢で、美しいもの。それ以上に彼の目がそれを超える喜びを映していることが、私には堪えがたかった。
「まぁ、なんて素敵なの! アルノー様、こんな高価なものを私に?」
「君のためなら、どんなものだって惜しくはないよ」
何の躊躇いもなく、彼はそう言う。私が一度だって聞いたことのない言葉が、目の前で容易く口にされる。そのたびに、私の中の何かが音を立てて崩れていく。
「本当に似合っているよ、エリザベート」
「まぁ、アルノー様ったらお上手ですわね」
二人の間に流れる空気は、まるで絹糸のように滑らかで、それが私を締め付けてくるように感じられる。目の前に広がるのは、決して入り込むことのできない美しい絵画。どれだけ手を伸ばしても、その縁にすら触れることは叶わない。
彼女が笑うたびに、彼の目が細くなり、その目尻に浮かぶ柔らかな表情は、私のために一度でも向けられたことがあっただろうか――思い返そうとして、諦める。そんな記憶はどこにも存在しないから。
それでも、彼の傍に座る私は婚約者という肩書きを持っている。だからこそ、エリザベートに負けじと華やかなドレスを纏い、舞踏会の場に出席するけれど、その努力が彼の目に映ることはないと知っている。
「エリザベート、お席をどうぞ。そこの――アリシア、君は外してくれるか」
私の名前を呼ぶ声は、まるで雑踏の中で響く無意味な鐘の音のよう。命令とも言えない軽薄さ。
一瞬、侍女が笑みを堪えたのが見えた。侍女でさえも、私がいかに惨めかを知っているのだと思うと、胸が締め付けられる。
エリザベートが席に着くと、アルノー様は彼女のスカートの裾を軽く整えた。そんな細やかな気配りを私が受けたことが一度でもあったか、問いただしたくなる。でも、それは無駄なことだとわかっている。
「アルノー様、さすがですね。こういうの、お慣れなんですの?」
「君に対しては自然とそうなるだけだよ、エリザベート」
彼の言葉が私の胸に突き刺さる。
自然と――自然と、か。
私が彼のそばにいるとき、そんな自然な振る舞いを引き出せる自分だったなら、どれほど良かっただろう。けれど現実は、私がいれば彼は眉を顰め、ため息を漏らすばかり。それが自然だと言うのなら、私の存在がどれほど彼に負担をかけているかは明白だった。
それでも――それでも私は、彼のそばを離れられない。
心の中で何度も繰り返したその言葉を、声に出す勇気は私にはない。私が口にすれば、それが彼にとってどれほどの迷惑になるかを知っているから。
笑い声が広間に響く。彼と彼女の声が美しく溶け合う音を聞きながら、私はただ、静かに息を殺す。