今はだれよりも
あらダーヴィッド様、お久しぶりですね。
急に訪ねていらっしゃるだなんて、どうなさいましたの?
私に会いに来た?
ご冗談を!
貴方が幼馴染の白百合嬢を身籠らせたことで、私との婚約は破棄になりましたのよ?
ダーヴィッド様は白百合嬢とご結婚なさり、私は辺境伯家のバラージュ様と婚約いたしましたわ。
お互い愛する方に疑われるような真似はやめましょう?
そうでなくても貴方達は白百合嬢を娶るはずだった侯爵令息に恨まれていらっしゃいますのに、この上辺境伯家にも睨まれたいんですか?
そうなったらダーヴィッド様はご実家の伯爵家からも縁を切られて、身重の白百合嬢ともども路頭に迷う羽目になりましてよ?
私の誕生日を祝いたかった?
まあ、どうしてですの?
婚約していたときも白百合嬢を優先して、私のことなど顧みてくださらなかったのに。
贈り物はしていた?
ええ、そうですわね。今日もいつものように白百合の花束をお持ちくださったのね。
ところでご存じでした? 私、白百合は大嫌いなんですの。
聞いたことがない?
そんなわけありませんわ、私何度も言いましたもの。
幼いころ領地の森で道に迷って、崖から落ちてしまったことがあるんです。
幸い途中に出っ張りがあって、そこに引っかかったことで命は助かりました。
でも助けが来るまで時間がかかって……その出っ張りが白百合の群生地だったので、私は白百合を見るとそのときの恐怖が蘇るんですの。
婚約前の顔合わせのときも、それから何度も白百合をいただくたびにご説明いたしました。
ええ、途中からは諦めて言わなくなったかもしれませんわね。
ダーヴィッド様はいつも私に花束を押し付けると、用は済んだとばかりにお帰りになられていましたもの。
去っていく背中になにを語っても虚しいだけじゃありませんこと?
ともかく私は白百合が好きではありませんの。私が好きだったのは黄色い……いえ、なんでもありませんわ。
そもそも白百合の花束にしたって、私のために用意なさったものではないでしょう?
白百合が好きだから白百合嬢と呼ばれていたあの方のために用意した白百合の余りじゃございませんの。
その手の花束もあの方に捧げてくださいませ。
貴方の愛しい幼馴染、儚げでか弱い白百合嬢に。
彼女の婚約者の侯爵令息を裏切ってまで愛し合い、愛しい子どもまで授かった奥方様に。
愛しい子どもなんかいない? なんて酷いことをおっしゃるの?
ダーヴィッド様の子どもではなかった?
あら、もうお生まれになっていらしたの。
貴方と結ばれたときの子どもだとしたら早過ぎる? 見た目もまるで違う?
どちらかの祖父母に似たのではありませんの? そういうこともあると聞いたことがありますわ。
違う? 白百合嬢の実家の庭師の子ども?
まあまあ、白百合嬢とその庭師が生まれた子どもを連れて駆け落ちしましたの?
ダーヴィッド様と親しくなさっていたのは、嫉妬深い侯爵令息に庭師が本命だと気づかれないように? 関係を結んだのも本命の子どもを身籠ったのを誤魔化すため?
あらあらまあまあ……それがどうかしましたの?
貴方が白百合嬢に騙されていたからって、私が慰める筋合いはありませんわ。
この家を訪ねたときに、笑顔の私に迎えられるのが好きだった?
去っていく自分の背中を見つめる悲し気な視線に、歪んだ快感を感じていた?
悪いご趣味ですこと。
白百合嬢と結婚する気なんかなかった? 少し遊んだだけだった?
高い遊び代になりましたわねえ。
……バラージュ様!
どうなさったんですの、突然。
いえいえ、嬉しいですわ。
でも辺境伯家で魔獣の間引きがあると聞いていたので、こんなに早くお会い出来るだなんて思わなくて。
ああ、気になさらないで。伯爵家のダーヴィッド様はすぐにお帰りになりますわ。だってもう私とはなんの関係もない方ですもの。
さようなら、ダーヴィッド様。
早く白百合嬢が見つかるとよろしいですわね。
私が口を出せるようなことではありませんけれど、不貞の罪を犯した白百合嬢と庭師は仕方がありませんが、お子様は幸せになれるようにしてあげてくださいませね。
まあ……ダーヴィッド様と同じ金髪でも白百合嬢と同じ銀髪でもない、庭師と同じ黒髪でしたのね。
もし銀髪だったなら、そのままダーヴィッド様を騙し続けるつもりでいらしたのかしら? ごめんなさい、余計なことを申し上げましたわ。お気をつけてお帰りになって。
……いらっしゃいませ、バラージュ様。
お会い出来て嬉しいですわ。
無理をして時間を作ってくださったのではありませんの? 魔獣の間引きで怪我をなさってはいませんか?
ふふ、そうですわね。
私の婚約者様はこの王国で一番強い、未来の辺境伯閣下でしたわね。でも無茶をしては嫌ですわよ? ずっとお元気でいてくださいませね。
誕生日を祝いに来てくださったんですの?
真っ赤な薔薇の花束ですのね、素敵!
先日お邪魔させていただいた王都の辺境伯邸で育てていらっしゃったものですか?
黄色い花でなくてすまない?
ああ、そういえば婚約前の顔合わせで黄色い花が好きだとお伝えしていましたわ。
覚えていてくださったんですね、ありがとうございます!
でもごめんなさい、実は好みが変わってしまったんですの。
今は赤い花が好きなんです。
バラージュ様の髪と同じ、燃え上がる炎のように赤い花が。
今はなによりもだれよりも……
<終>