ニセモノの聖女
お久しぶりですわね、殿下。
学園の卒業パーティで婚約破棄されて以来ですから、もう一年が経つのでしょうか。
……私ですか?
私は実家の公爵家からは勘当されてしまいましたの。
仕方がありませんわ。十数年に渡る婚約期間で殿下のお心を掴めなかった上に、聖女としてもニセモノだった役立たずですもの。
今は冒険者として辺境の遺跡を回っております。
働かなければ食べていけませんものね。
殿下とそちらの方は相変わらず仲がよろしくていらっしゃいますこと。
学園のころもずっと一緒で、婚約者の私が入り込む隙間もありませんでしたものね。
……どうなさいました、殿下。
見えるのか? とお尋ねになられるのですか?
見えるに決まっているではありませんか。
ニセモノとはいえ、私は殿下の婚約者となってからの十数年間、聖女としての修業を積んできたのでございますよ。
悪霊──失礼いたしました、コホン。死霊も見ることが出来ますわ。
辺境の遺跡は死霊と動く屍ばかりですので、私の『浄化』が役立つと評判ですの。
……え? そちらの方を『浄化』しろ?
なんてことをおっしゃるのですか、殿下。
殿下とそちらの方は神に選ばれた運命の一対なのでございましょう?
いくら亡くなったそちらの方が死霊となって殿下に憑りつき、王宮中に呪いを振り撒いて多くの人々を殺したからって、そんなこと……
そもそもそちらの方が殿下に襲いかかって近衛兵に斬り殺されたのは、聖女修業中だった彼女が神殿で潔斎なさっていた間に、殿下がほかの女性と仲良くされていたからではありませんか。
まあ婚約者がいるのに浮気するような殿方は、べつの女性と付き合っても浮気するという当たり前のことを理解していなかった彼女にも問題はありますけど。
彼女を『浄化』したら再び婚約を結び、私を聖女にしてやるとおっしゃるのですか?
ご冗談はおやめくださいませ。
あのとき殿下がおっしゃった通り、私はニセモノの聖女ですわ。
そちらの方には到底敵いません。
……たとえそちらの方が亡くなっていても、ですわ。
ニセモノの聖女に過ぎない私には、本物の聖女を『浄化』することなど出来ませんの。
先日いただいたお手紙の返事でお答えいたしましたでしょう?
私にはこの塔に結界を張って、殿下が外に出られないようにするくらいのことしか出来ませんわ。
もちろんそちらの方なら私の結界くらい簡単に壊せますけれど、彼女が殿下から離れることはありませんもの。
これも殿下のご人徳でございますわね。
きっと殿下と一緒なら、いずれ彼女も死の国へ向かわれることでしょう。
ええ、もちろんその前にそちらの方がおひとりで死の国へ向かわれるのが一番でございますわ。ございますが……ね?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──それではそろそろ失礼いたしますわ。
私が王国に依頼されたのはこの塔に結界を張ることで殿下とお話することではございませんし、元婚約者の殿下とあまり長い間一緒にいると、今の恋人がヤキモチを妬きますの。
この塔を監視する多くの騎士達の存在も気に食わないようですわ。
うふふ、元王太子殿下に婚約を破棄された元公爵令嬢を口説くような殿方、変わり者で知られている大陸一の冒険者の彼以外いるはずありませんのにね?
ごきげんよう、殿下。
どんなに窓から御身を乗り出しても、私の結界があるから地面に落ちることはありませんのでご安心を。
ニセモノの聖女に過ぎない私のことなどお忘れになって、そちらの方と仲良くお過ごしくださいませ。
おふたりは神に選ばれた運命の一対でいらっしゃいますし、彼女は本当の聖女であらせられますから、もしかしたら殿下がお亡くなりになった後も永遠におふたりで過ごすことがお出来になるかもしれませんわね。
あらまあ、そんなに子どものようにお泣きになるほど嬉しくていらっしゃるの?
お揃いですわね。私も嬉しくてたまりませんの。
一年ほど前殿下に婚約破棄され断罪されて公爵家を勘当されたときは、怒りや悲しみさえ感じられないほど心が死んでおりましたのに、不思議なものでございますわね。
そうそう。私の今の恋人は、いつでもこの塔の周りにいる騎士達を叩き伏せられますわ。
大陸一の冒険者の呼び名は偽りではございませんの。だれかさんのおっしゃった、私の罪とは違いますわ。
もっとも私がニセモノの聖女だという一点だけは真実でしたけど。
ああ、ニセモノの聖女で良かったですわ!
<終>




