婚約破棄されたらガチャが現れたのでSSRのイケメンを引きました。
「ミレイユ! 私、王太子ニールは、そなたとの婚約を破棄するぞ!」
──私こと侯爵令嬢ミレイユは、前世の記憶を思い出した。
学園の卒業パーティの会場で王太子のニール殿下に婚約を破棄された瞬間、目の前にガチャが現れて回り始めたからだ。
これまでの学園生活でニール殿下の浮気を目の当たりにしてきた悲しみや卒業パーティでさえエスコートしていただけなかったことへの怒り、微かに残っていた恋情もすべて、ガチャで吹き飛んだね!
うわ、懐ー。スマホゲーの『エンジェルクエスト』、略して『エンクエ』のガチャじゃん。
ガチャ課金が激しいから、ネットでは漢字で『円食え』って書かれてたっけ。
『ガチャよ、円食え』って言いながら課金すると、欲しいのが来るってジンクスがあったな。
「……おい、ミレイユ。そなた、どこを見ているのだ?」
回り続けるガチャは、転生者である私以外には見えていないらしい。
というか、ニール殿下の隣に立ってるヴィガリスタ様って『円食え』主人公の母親と同じ名前じゃん!
そっかー、ニール殿下と結婚して女王になるのね。……ニール殿下はゲーム開始前に儚くなってた設定だったけど。
そういえば私、昔からニール殿下の姉君のイザベル王女のこと、なぜかイライザ王女って間違え続けてたんだよねー。
あれって、前世少女漫画の古典的名作の影響だったのか。
転生者あるあるかな?……うん? イザベル王女がいらっしゃるんだから、ニール殿下が儚くなってもヴィガリスタ様は女王にならないよね? あれぇ?
「聞いているのか、ミレイユ!」
おっと! 変なこと考えてる場合じゃなかった。
「ふっ……どうやら私との婚約破棄の衝撃で硬直していたようだな」
この国の未来よりも、ガチャでしょガチャ!
男性は女王と結婚しただけでは王になれないけど、女性は王と結婚しただけで女王と呼ばれるって聞いたことあるし、ニール殿下亡き後ヴィガリスタ様が女王と名乗ってたのは単にそういうことだよね。
婚約破棄された私が投獄されるのか処刑されるのか追放されるのかは『円食え』に出てこなかったからわからないので、今はガチャに集中するしかない。
「ミレイユ? やっぱりそなた視線がおかしいぞ。な、なにを見ているのだ!」
宙に浮かんで回り続けるガチャを──止める!
【SSR夜魔ギリアムを手に入れた!】
真っ黒な髪の美青年が現れて、私の前に跪いた。
あ、カードじゃないんだ。
『円食え』はこうしてガチャ(基本プレイ無料だから、一日に一回だけ無料で引ける)でキャラやアイテムを引いてデッキを構成し、モンスターを倒して世界を平和へ導くRPGだった。
「な、な、なんだ、その男は! ミレイユ、そなた浮気をしていたのか?」
「……」
自分に恋人ができたからと一方的に婚約を破棄しておいて、わけのわからないことをほざくニール殿下の隣で、ヴィガリスタ様が顔色を変える。
私は止まったガチャを見つめていた。
今日はもう回せないのかなー?……ん? お金の代わりに魔力を注げばいいみたい。きゃっほー! 王国一の魔力量を見込まれて王太子の婚約者に選ばれた侯爵令嬢ミレイユ様の実力見せてやるぜー。
「どうした、ヴィガリスタ。あの男を知っているのか?」
「……」
「……我が主」
「ぴゃっ」
ガチャに魔力を注いで2828していた私が飛び上がったのは、夜魔ギリアムが耳元で囁きかけてきたからだ。
『円食え』は女性向けのゲームだったので、激Rキャラはみんなイケメンで人気声優が声を当てていた。
ギリアムの中の人は『聞いてたら耳に子どもが出来ちゃう』と噂されるほどのセクシーボイス声優だったっけ。前世では当てたことないから初めて聞くけど、本当に艶っぽい声だな。
「な、なんですの?」
「あの女……女神とは因縁がある。あなたにお仕えする前に、因縁を晴らしてきても良いだろうか」
「ああ、うん。好きにして」
ガチャのが大事です。
「女神? ヴィガリスタ、そなた女神だったのか?」
「……」
「そうだ、人の子よ。その女は我を騙し、粉々のかけらにした女神よ。その際自分の力も使い果たして眠っていたようだが、またぞろ世界征服に動き出したのだろうよ」
ヴィガリスタ様が微笑む。
「もう遅いのよ、魔神。666のかけらに砕かれた貴様には、アタシを打ち倒す力など残っていないわ!」
「それはどうかな?」
「ヴィガリスタ、事情を説明してくれ。ヴィガリスタ……う、うわあああぁぁっ!」
ヴィガリスタ様を囲んでいた、王太子ニール殿下、宰相閣下のご子息、大公家のご令息、国一番の商会の跡取り、騎士団長の息子、魔術師団長の息子、が六色の光となって彼女に吸い込まれていく。
ヴィガリスタ様は色の違う六つの翼を得て飛び上がった。
うわあ、懐かしい。『円食え』のヒロインは一色分の翼だけ持っていたのよね。それがタイトルの『エンジェル』の由来。最初に決めた魔力属性が髪と翼の色を決めるんだったっけ。
「ほほほほほ、忠実な下僕達の力がアタシを女神に戻してくれたわ」
「若い男の欲望を煽って集めた力など、なんの意味もない」
そんなことよりガチャ、ガチャ~♪
【SSR天魔アーヴィングを手に入れた!】
輝く金髪の美青年が現れて、私の前に跪いた。
パーティ会場に集まった学園の生徒や教師達を不思議な力で守りながら、黒い蝙蝠のような翼を広げて女神と戦っていたギリアムが叫ぶ。
「我が主、それはこの女神によって砕かれた我のかけらのひとつだ。どうか我に戻してくれ!」
……戻す? ああ、合体かな。手に入れたカードを合体させるとレベルが上がったり、進化したりするのよね。
金髪美青年が私を見つめた。
「主よ、ギリアムも元の魔神の一部分、色欲を司るかけらに過ぎません。どうかこの私、傲慢を司る天魔アーヴィングこそを素体にお選びください」
えー、考えるのめんどい。
【夜魔ギリアムを素体にして、天魔アーヴィングを合体させますか?】
ギリアムの申し出のほうが早かったからか、そんなメッセージボードが現れる。
→Y/N
「うわあああぁぁっ!」
さっきのニール殿下達のような光になって、アーヴィングがギリアムに吸い込まれていく。
ガチャはまだ回せそうだ。
アーヴィングのときの一回で消費したと思われる魔力は極わずかだった。この分なら十連二十連三十連……百連ガチャ行けるかも!
【SSR炎魔インガムを手に入れた!】
【夜魔ギリアムを素体にして、炎魔インガムを合体させますか?】
→Y/N
真っ赤な髪の美青年も光になって、ギリアムに吸収されていく。
強いキャラやお役立ちアイテムが欲しくて課金してたのに、気が付くとガチャを回すこと自体が目的になっている──というわけではない。
ガチャを見て前世を思い出してから、私が求めているのはただ一体だ。
SSRじゃない。URでもない。SRでもなくて、Rでさえない。
ただのNで、『円食え』プレイヤーにハズレと罵られていた最弱モンスター、お団子モンスターが欲しいのだ。
【SSR水魔ウェンディを手に入れた!】
【夜魔ギリアムを素体にして、水魔ウェンディを合体させますか?】
→Y/N
私も最初に出たときはハズレだと思った。
HPなんか3しかないし、攻撃方法の『転がる』は成功率七割だし、名前からもわかる通り、まんまダンゴムシのモンスターだし。
でも無課金で回してたら毎日あの子が出て(運営ェ)、合体させてイベント進めて行くうちに愛着が沸いて、アプデで名前を付けられるようになったらもう、私のパートナーはあの子しかいなくなっていた。
【SSR風魔チェスターを手に入れた!】
【夜魔ギリアムを素体にして、風魔チェスターを合体させますか?】
→Y/N
そういえば、前世でも風魔チェスター引いたことあったなあ。
お団子モンスターのマルマル(命名:前世の私)を素体にして合体させたけど。
元がNでステータスが低かったからか、SSR食わせたらカンストしちゃったんだよねえ。次のアプデで進化できるようになるって噂だったのに、その前に死んじゃったのか、私。……もしかしたらゲームがサービス終了になっただけで、私は年を経て寿命を全うしたのかもしれないけど。
「どうした、女神。息が上がってきたようだな」
「う、うるさいっ! 自分だけ合体で力を上げていって……! あの女さえいなければっ!」
「よせっ!」
【SSR地魔タガートを手に入れた!】
現れた褐色の肌の青年が、ヴィガリスタ様が私に向けて放った熱線を吸収した。
「……大丈夫か、主殿」
「ありがとう」
【夜魔ギリアムを素体にして、地魔タガートを合体させますか?】
→Y/N
あ。せっかく助けてくれたのに、Y選択が癖になっててギリアムと合体させちゃった。
……同じ魔神様のかけらみたいだからいいよね?
それよりマルマル、私のマルマル~♪
【SSR冥魔レンレイチェルを手に入れた!】
【夜魔ギリアムを素体にして、冥魔レンレイチェルを合体させますか?】
→Y/N
「これで終わりだ、女神よ!」
「ぐわああぁぁぁっ!」
SSR六体を吸収したギリアムが、ヴィガリスタ様を倒した。
彼女が霧散してもニール殿下達は戻ってこなかったが、脅威が消えたことを感じた学園の生徒や先生達が歓声を上げる。
だってここは魔術学園。人間を奴隷、あるいは使い捨ての道具としか考えていなかった悪しき女神に666のかけらに砕かれて封印される前の魔神様から授かった魔術を学び伝えてきた場所だ。魔神様の勝利を喜ばないはずがない。
【SR ホーリードラゴン(風属性)を手に入れた!】
【夜魔ギリアムを素体にして、ホーリードラゴン(風属性)を合体させますか?】
→Y/N
……まあ、それはそれとして、私はガチャを回し続けるのだけれどね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ダブりモンスターやアイテムもあるので、私がマルマルと再会できたのは、666を遥かに超えたガチャを回した後だった。
この世界のマルマルはカードじゃなくて実体があるから、運営のアプデを待たなくても自力で武器や防具を作って装備させてあげることができる。
とりあえず触覚に結んだリボンがとっても似合ってる♪
「我が主、早くそのモンスターもこ奴らも我に戻してくれ」
「ギリアム、お前も一部分に過ぎないでしょう」
「素体にするのは俺がお勧めだぜ、主」
「僕じゃダメですか、主様ぁ」
あ、水魔ウェンディは僕っ子で男の娘です。可愛いです。
「主ちゃんといられるなら、俺はこのままでもいいけどねえ」
「……俺は主殿のお考えに従う」
「拙者を選べ、主いぃぃっ!」
女神ヴィガリスタ戦のときはなにも考えずギリアムに合体させていったSSRの面々だけど、通常バージョン以外にキャンペーンの特別ビジュアルもあったんだよね。
前世を思い出す和服姿を鑑賞しながらおしゃべりしてたら情が湧いちゃって、同じキャラクター以外は合体できなくなっちゃいました。
ニール殿下亡き後、イライザ……じゃなかったイザベル王女が婿を取って女王陛下となられたので、王国は平和です。
たぶんもう『円食え』の世界にはならないでしょう。
あのゲームの主人公って、ヴィガリスタの娘じゃなくて彼女の分身だったんじゃないかな。魔神のかけらを倒したり懐柔したりしていくことで完璧な女神になろうとしていたのではないかしら。
「我が主っ!」
ギリアムが後ろから私を抱き締める。
色欲を司っているからか、彼はボディタッチが多い。
「召喚された瞬間に、我はあなたに恋をした。我を素体に選んで、ほかのものを合体させてくれないか? ふたりで永遠に愛し合おう」
顔を近づけてくるギリアムに、私は言った。
「そうやって無理矢理迫ってくるのはやめなさい。今度したら、マルマルを素体にして合体させるわよ」
「っ!」
ギリアムは拗ねたような顔をして私から体を離した。
今の私は婚約を破棄されたので結婚の予定が無くなり、使い魔のマルマルと一緒に魔術学園で魔術の研究をしている。前世の院生みたいなものね。
王国がそれぞれの神殿を造ったにもかかわらず、私の研究室へ入り浸っている魔神様のかけら達を見つめて思う。……魔神様が七柱いたっていいんじゃない?
七柱のイケメンに主、主と慕われるのは、彼らには素体に選ばれたいという下心があるからなのだと自分に言い聞かせていても、心ときめいてしまうものなのです。
<終>




