愛されない王妃様
黙れ?
今黙れとおっしゃいましたの、陛下。
おっしゃる相手をお間違えですわ。
黙らせなくてはいけないのはあなたの隣で囀っている女のほうでしょう?
今夜は私達の初夜なのですから。
それと、王妃である私の肩を掴んでいるこの男を、いつになったら叱責なさるのかしら。
陛下の護衛騎士にして、その女の兄である男爵子息なのでしたっけ?
……エリザ、陛下にその気はないようだから、力尽くで引き離しなさい。
「うぎゃああぁぁぁっ!」
人の肩の骨を折ろうとしていたのだから、自分の肩の骨を折られる覚悟くらいしていたのでしょう?
……さて、陛下にお尋ねしますわ。
今夜、陛下はその女と過ごすおつもりですの?
(小声)ああ、うるさい。陛下は愛人を黙らせることもおできにならないのね。
そのつもり? かしこまりましたわ。
でしたら私に部屋へ帰れとお命じになられれば良かったのに。
察するというのは、王妃にして公爵令嬢である私のために周囲がすることですわ。
それでは失礼しますわ、陛下。
一日だけの結婚生活、楽しゅうございましたわ。
あら、なにを驚いた顔をなさっているの?
初夜にほかの女と過ごすような男、父である公爵が許すはずがありませんわ。
白い結婚を理由に離縁させるに決まっているではありませんか。
「やめて、やめてくれっ! そんなことをされたら、もう剣が握れなく……ぎゃあぁっ!」
侍女がなにをしているか?
エリザは陛下の護衛騎士の指を折っているのですわ。
いいえ、ごめんなさい。粉々に砕いているのです。
どうしてそんなことを?
陛下は部下に叱責もできない優しい方だから、エリザが代わりに教えているのです。
身分を弁えないと痛い目を見るのだと。
……うふふ、そんなことどうでもいいではないですか。
陛下、父である公爵は庶子に過ぎないあなたに継承権を与えるため神殿に金を積み、議会に根回しを続けてきました。
恩を仇で返されて喜ぶ人間はおりません。
これからは身辺にお気を付けくださいませ。
それと、陛下が社交界にお出になられた際に公爵家がご用意させていただいたお洋服の代金は、きちんとお支払いくださいませね。
陛下がお持ちの王領の税収だけで返すなら、百年ほどかかりますけれど。
身の回りの世話をするもの達の給金や食費、消耗品などの費用も公爵家が立て替えておりましたので、お早めにお返しくださいな。
そちらは兄の名義になっております。
兄は父よりもお金にうるさいのでお急ぎなさいませ。
「陛下、陛下助けてくださいっ! この女にやめるよう言ってください。妹よ、お前も……があっ!」
エリザ、彼は気を失ってしまったようよ。
うるさくないのは良いけれど、痛みを与えないと学習しない人種だわ。
早く起こしてあげなさい。
……それでは陛下、そろそろ失礼いたします。
ああ、ご安心くださいませ。
公爵家からは優秀な侍女をたくさん連れてきておりますの。
エリザが陛下の護衛騎士を躾け続けていても、問題なく王妃の部屋に戻れますわ。
今日が最初で最後なのですもの、たっぷり堪能させていただきますわ。
もっとも弟君の王妃として、再び王宮へ参ることになるかもしれませんけど。
どうなさいましたの、陛下?
え? 私が陛下を好きで、結婚したいと父に懇願した?
父は人を喜ばせるのが上手いでしょう?
本当のことなど言うはずがないではありませんか。
運ぶ荷物は軽いほうがいい。嫡子である弟君は賢過ぎる、だなんて。
あなたのお父君と愛人……そちらの女の叔母なのでしたっけ?……に苦しめられた先代王妃様は、息子の弟君には国王の苦労を味合わせたくないようですけれど、弟君ご本人には野心がおありのようですわ。
私もあの文武に長けた凛々しい弟君のためでしたら、父を裏切っても構わないと思うかもしれませんね。
弟君は、ご自分のお母君を苦しめた陛下と愛人、そして愛人の実家である男爵家をとても憎んでらっしゃるようでしてよ?
「ひいっ、ひいぃっ!」
エリザ、その男が漏らしたところはちゃんと拭いておいてね。
ドレスの裾が汚れてしまうのは嫌よ。
あら陛下、どうなさいましたの?
行くな? 私の妃はそなただけだ?
まあ嬉しいことをおっしゃってくださいますのね。
たとえ国王の祖父になりたいと願う父のためのお人形に過ぎないとしても、そんな言葉をいただけると胸がときめくような気がいたしますわ。
……でも今夜は部屋へ帰ります。
この男の漏らした糞尿の匂いで気が削がれてしまったのですもの。
それと陛下、私はもう二度と、自分からこのお部屋へは参りません。
私が欲しいのなら、王妃の部屋の前まで来て跪いて懇願してくださいませ。
黙れ? ああ、その女におっしゃったの。
やっと本当におっしゃるべき相手がお分かりになったのですね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
王宮の王妃の部屋に戻り、私は寝台の上で腹を撫でた。
この中には私が本当に愛したあの人の子どもがいる。
陛下の言う通り、私は彼がいいと父に懇願した。
どんなに賢くても私に夢中の弟君ならば簡単に傀儡にできるけれど、弟君の髪と瞳の色では、すぐに父親ではないとわかってしまうから。
夜着の上からお腹を撫でながら、私は思う。
男の子でも女の子でもいい。
母様が王にしてあげる。
真実に気づいて邪魔をするようならば、お祖父様だって処分するわ。
公爵の権力は強大で、彼自身もずる賢く手強い。
親子なのだから、だれよりも知っているわ。
排除するには時間がかかるでしょうが、あなたのためならやり遂げてみせる。
そんな恐ろしい私をあなたは嫌うかもしれないわね。
でもいいの。だれにも愛されなくてもいいの。だれよりも愛してくれた人がいたから。
あの人の子どもであるあなたを守るためなら、私はどうなってもいい。
なにを言っているの、エリザ。
私のお腹にはちゃんと子どもがいるわ。
妊娠がわかりにくい体質なだけよ。
時間? そんなものいくらでも誤魔化してみせるわ。
キスだけ? 私の愛したあの人は結婚前の恋人を穢すような方ではない?
黙りなさい、エリザ。……お願いよ、黙って。
<終>




