貴方の大切【愛の形】
この王国の死刑囚は、最後に面会する人間を選択出来ます。
もちろん選ばれた人間は面会を断ることも可能です。
でも私は……元夫のウーゴ様と面会してみようと思いました。彼に聞いてみたいことがあったのです。
「マルゲリータ!」
鉄格子の向こうで、ウーゴ様が私の名前を呼びました。
私と彼は、幼いときからの婚約者同士でした。
我が伯爵領と彼の侯爵領は隣り合っていて、産業の発展などで協力し合うことが多かったからです。いえ、今の彼は侯爵家から絶縁された平民でした。
「お久しぶりです、ウーゴ様」
「ああ、婚礼の後で王都の侯爵邸へ入った君が意識を失って倒れて以来だ。……見舞いにも行けなくてすまなかった」
「貴方は私を禁忌の呪法で呪った罪で捕縛されていたのですもの。仕方がありませんわ」
「僕は君を呪ったりしていないッ!……いや、パッツィーアの企みに気づかず、まんまと君を呪わせてしまったのは僕の罪だな……申し訳ない」
パッツィーア様はウーゴ様の同い年の義妹です。
実の息子を絶縁して侯爵家を守った侯爵が、彼が学園に入学する年に再婚した相手の連れ子です。侯爵は再婚相手の女性とも離縁なさいました。
禁忌の呪法をおこなった罪は大きく、そうしなければ一族郎党が罰せられていたのですから仕方がないことだったのでしょう。
ウーゴ様は領地で蜜月を過ごしている侯爵に命じられて、王都でともに学園へ通うパッツィーア様の面倒を見られていました。
早くに母君を亡くして跡取りとして厳しく育てられた彼は、無邪気で愛らしい義妹が可愛らしくてならなかったようです。
一ヶ月に一度の婚約者同士の交流お茶会でさえ、私がパッツィーア様の同行を断ったら中止になさったくらいなのですもの。
ウーゴ様はパッツィーア様との関係は男女のものではないとおっしゃっていました。
家族愛だと、義妹として大切にしているだけなのだと。
でもパッツィーア様は違ったようです。彼女は憎い恋敵の私を排除するために禁忌の呪法へ手を伸ばし、王都の侯爵邸に呪いを張り巡らせていたのです。どんなに言葉を尽くしても私よりパッツィーア様のことを優先なさるウーゴ様との堂々巡りの会話に疲れ果てていなければ、私は嫁いだ後でじわじわと弱っていって病死と思われる姿で亡くなっていたことでしょう。
いいえ、実家からついて来てくれていた侍女が機転を利かせて私を王都の伯爵邸へ戻してくれなければ、あのまま呪いで亡くなっていたかもしれません。
実家へ戻されて、家族が呪いだと気づいてくれて、急いで神殿から大神官様を呼び寄せてくれて、本当に良かったと思います。
だから私は今、こうして生きていられるのですから。
……パッツィーア様は、ご自分の呪いを返されてお亡くなりになりました。
だからといって禁忌の呪法による殺人未遂を闇に葬ることは出来ません。
共犯を疑われてウーゴ様が捕縛されたのは、見せしめのためもあったでしょう。
さすがに私達の学園在学中に一度も王都を訪れなかった侯爵の管理責任を問うのは無理がありますもの。長期休暇に数日領地へ戻ってくるだけの連れ子の心情を慮るなんて不可能です。もっとも生さぬ仲とはいえ、多感な年ごろの娘の世話を同い年の実子に一任していたことは大きな罪だと思うのですが。
「ねえ、ウーゴ様」
「なんだい、マルゲリータ」
「私、ウーゴ様をお慕いしていましたわ。ずっと愛していたのです。貴方に愛されたいと望んでいたのです。……貴方は私をどう思っていらしたのですか?」
パッツィーア様に対する気持ちは何度も聞きました。
生さぬ仲の義妹なのだから、あまり距離が近過ぎると彼女のためにもならないと忠告すると、いつも毒虫を見るような目を向けられて、邪推をしないでくれと怒られていたのです。私をどう思っていらっしゃるのかは、答えを聞くのが怖かったので今聞いたのが初めてです。
ウーゴ様は私を見つめ、真剣な表情でおっしゃいました。
「愛していたよ、マルゲリータ。今も君を愛している」
「……ふふっ」
思わず声が漏れてしまいました。私の口角は上がっていたことでしょう。
「そのお言葉もっと早く、学園を卒業する前にお聞きしたかったですわ」
「ああ、言っておけば良かった。そうすればパッツィーアが僕の気持ちを誤解することもなかったのに」
「ウーゴ様、勘違いなさっていませんか?」
「え?」
「学園在学中に貴方に愛されていると知っていれば、私は家族の勧めに従って貴方との婚約を解消していましたわ。だから、早く聞きたかったと申し上げたのです。呪い騒動で貴方との結婚が無効になったとはいえ、貴方と婚約していた期間は無駄でしかありませんでしたもの」
「マルゲリータ、なぜ……僕に愛されたいと望んでいたと言ったじゃないか!」
「……貴方の愛と私の愛はきっと形が違うのです」
眼球が熱くなるのを感じます。
たぶんこれがウーゴ様のために流す最後の涙となるでしょう。
彼への愛は、彼の愛を望む心は、たった今終わったのです。
「私は貴方に愛されたなら、パッツィーア様のように大切にしてもらえるのだと思っていました。だから愛されたかったのです。一ヶ月に一度の婚約者同士の交流お茶会でくらいは、ふたりきりで過ごしたかっただけなのです。半日にもならない程度の時間でさえ、パッツィーア様をひとりにしておけないとおっしゃったのはウーゴ様です」
私は彼を見つめて尋ねました。
「私の愛は、相手を大切にして互いの幸せを望むものです。貴方の愛は私だったのかもしれませんが、貴方の大切はどなただったのですか?」
ウーゴ様は答えません。
色の抜けた顔で俯いた彼に別れを伝えて、私は監視員に面接を終了すると告げました。
答えられるはずがありません。彼の大切はパッツィーア様でした。たとえそれが愛でなかったとしても、私が彼に与えて欲しかったものは彼女のものだったのです。
共犯の疑いは晴れたものの、大切な義妹の管理責任を問われてウーゴ様は処刑されます。
おふたりは死後もともにあるでしょう。
今も昔も、学園在学中もそうだったように──
牢を出た私は、待っていてくれた新しい婚約者と帰路に就きました。
新しい婚約者の愛の形は私と同じものです。
帰る途中で新しい婚約者は、終わった恋の最後の涙を優しく拭ってくれました。
<終>