真実の愛の成就【監禁】
ええ、そうです。彼は真実の愛に囚われていたのです。
私と伯爵家ご当主のジョナタン様の結婚は政略的なものでしたわ。
それでも私は見目麗しい彼をお慕いしておりましたし、最初は政略でも時間をかけて愛し愛される関係になれるものと信じて嫁ぎました。
まさか初夜の床で物語のように、お前を愛することはない、なんて言われるとは思ってもいませんでした。
ジョナタン様は自家のメイドだったランキュニエという女性を愛していたのです。
ご本人が真実の愛だとおっしゃっていたのです。
ですが、身分が低く後ろ盾のない彼女と結婚しても旨味がないので、豪商から叙爵したばかりの我が子爵家の財力をお求めになったのです。
私を愛さないと告げたジョナタン様は、夫婦の寝室にランキュニエを呼び入れると、伯爵邸の使用人達に命じて私と実家からついて来てくれた侍女を離れへと運ばせました。
それから三年、ずっと離れで暮らしていました。
もちろん白い結婚です。おかげで、すんなり離縁出来たのは良かったと思っています。
それ以外の理由ですと、婚姻を認めた神殿にいろいろと追及されますものね。
離れには筆も便せんもありませんでした。
実家に助けを求めさせたくなかったのでしょう。
食事こそ運ばれてきましたが、泥水とカビの生えたパン、虫の入ったスープという有り様です。ジョナタン様は世間には、私が病気で寝込んでいると言い触らしていらっしゃいました。
そう言っておけば、いつか冷遇がもとで死んだとしても誤魔化せると思っていらしたのでしょうね。
……私を溺愛する家族が黙っているはずがありませんのに。
実際見舞いさえ許さないジョナタン様に業を煮やした実家の家族が、王家に訴え出てでも私を探すと言ってくれたおかげで、私は離縁することが出来たのです。
三年の月日は長かったですけれど、建国からの貴族である伯爵家と叙爵したばかりの子爵家の戦いで勝利出来ただけ儲けものでしょう。
侍女が私を救うために無理をして、伯爵邸の使用人達に暴力を受ける前で良かったと思います。
正妻の私が離れに監禁されていたので、本館の女主人はランキュニエでした。
家令のダヴィドが彼女の情夫だったこともあり、ランキュニエに逆らう人間は伯爵邸にはいませんでした。
ジョナタン様はあのとき初めてお知りになったようですが、私はずっと前からランキュニエとダヴィドの関係を知っていました。
あのふたり、離れの近くで密会していたのですよ。
私に見せつけるためだったのでしょう。
離れに監禁された私がなんらかの手段でジョナタン様にそれを告げても、彼が信じるわけがありませんものね。
意地の悪い遊びです。
もっとも私は離れに監禁された時点でジョナタン様への愛情が冷めておりましたし、親友でもある気の強い侍女が無茶をするのではないかということに気を取られておりましたので、彼らの密会には反応しませんでした。
反応しない私が気づいてないと思ったのか、密会場所の声が離れにまで聞こえていないと考えたのか、ふたりは睦み合うだけでなく密談もするようになりました。
それで、ふたりが秘密結婚をしていることを知ったのです。
ダヴィドは不満なようでした。
だって神殿に記録が残りますものね。でもランキュニエとしては、ふたりの関係がジョナタン様に気づかれたとき、自分ひとりの意志で誘惑したのではなくダヴィドも噛んでいたのだと証明出来るものが欲しかったのでしょう。
ええ、そうです。だからふたりは駆け落ちしようとしたのです。
私と離縁したら、ジョナタン様はランキュニエと再婚なさるおつもりでした。
白い結婚だと結婚自体が無効になります。
私の持参金も子爵家からの援助金も返すことになりますけれど、ジョナタン様は運だけは良い屑でした。持参金と援助金の投資運用で儲けて、伯爵家の資産をちゃんと増やしていたのです。
身分が低く実家の後ろ盾もないランキュニエを正妻にしても大丈夫なほどに。……もっとも潤沢な資金さえあれば、だれだって成功するまで投資運用出来るような気もしますが。
ジョナタン様にそれを告げられたランキュニエ達は焦っていました。
ふたりはランキュニエを愛妾の立場にした状態で、金持ちの正妻を持った伯爵家当主から金を巻き上げ続けていたかったのです。
ジョナタン様の正妻になど、だれがなりたがるものですか!
それに神殿は白い結婚以外の離縁の理由を追求します。ご自分達が神様の代行として認めた婚姻を破ろうというのですもの。
特に今回の場合だと、貴族が無理矢理使用人の妻を奪おうとしているのではないか、そう考えて根掘り葉掘り調べることでしょう。
でもそれをされてしまうと、ふたりがジョナタン様を誘惑して金を巻き上げていたことも知られてしまうかもしれません。伯爵邸一丸となって神殿に認められた正妻を冷遇していたことにも気づかれてしまうかもしれません。
だからといって重婚するだなんて、神殿が許すはずがありませんしね。
ふたりは、ジョナタン様が離れで私と離縁の手続きをしている間に伯爵邸の財を盗んで逃げ出すことにしたのです。
結婚して初めて離れへいらっしゃったジョナタン様は私に、離縁してやるし持参金も援助金も返してやるのだから監禁されていたことは言うな、と脅しをかけました。
ただでさえ三年間の冷遇で弱っているときに脅されて、私は恐怖で体が震えて、ジョナタン様が持ってこられた筆を床に落として踏み潰してしまったのです。
先ほども申し上げた通り、実家に手紙を送られたくないジョナタン様は、離れには筆も便せんも置いていませんでした。
着替えも寝具も満足に無く、家具も数えるほどだった離れは廃墟のようで……いいえ、今は離縁の手続きのときの話でしたわね。
そういうわけで、ジョナタン様は筆を取りに本館へ戻らなくてはなりませんでした。
はい、ちょうどランキュニエとダヴィドが伯爵邸の財を抱えて逃げ出そうとしているときにです。
いつまで経ってもジョナタン様が戻っていらっしゃらないので、私は侍女とふたりで本館へ向かいました。
使用人達の姿はありませんでした。
そうでしょうねえ、主人が愛妾と使用人の頂点に立つ家令を殺して血塗れになって高笑いしていたのですもの。怖くて身を隠すしかないと思いますわ。
ジョナタン様の署名はすでにしてくださっていたので、私は本館の筆を借りて離縁届けに署名をし、そのまま侍女と一緒に伯爵邸を出て神殿へ向かい手続きを終えました。
嫁いだときに持って来ていた荷物ですか?
全部売られていましたよ。ああ、装身具の一部はランキュニエが使っていたようですね。
そんなわけで、私にはジョナタン様への愛情などひとかけらも残っていないのです。
そもそも白い結婚で離縁した時点で他人ではないですか?
裏切り者達を殺してからずっと、夢の世界で笑い続けているジョナタン様の面倒は伯爵家分家の貴方達が見てください。家族が私の様子を調べて欲しいと頼んでも、本家の当主には逆らえないと言ってなにもしてくださらなかったくせに、今さらなんですの?
異常を感じて心配していた?
でしたら私も、ジョナタン様の面倒を見ている貴方達のことを心配して差し上げますわ。ええ、貴方達と同じように心の中だけでね。
あらまあ! ジョナタン様はランキュニエの骸を抱いたままなんですの?
それはそれは、真実の愛の成就というわけですか。
私が離れに監禁されていたように、真実の愛に囚われていたジョナタン様がついに報われたということですものね。
ランキュニエはもうほかの男性に抱かれないし、ジョナタン様のことだけを見つめ続けているということでしょう?
……それが幸せかどうかはともかくとして。
<終>